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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第壱章 伝えろ、繋げ。慈愛の国
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第1修 奇妙な御縁


 ──そこは地上。砂漠地帯の中心にある、都市国家フッブ。人を襲い害をなす異形……“魔物”も跋扈(ばっこ)する世界の長く険しい旅路、その中で安らぎを求めて訪れる全ての者を平等にもてなすことから、別名『慈愛の国』とも呼ばれている。


 地上の国々の中でかなり穏やかであり、治安が保たれている部類に入るその国。しかし騒ぎというものはどんな場所でも起こるものだ。



「ぼっちゃま、お待ちくださいませっ!」



 しゃがれさせた声に追いかけられるようにして小さな腰高窓の縁へ片手をつき、建物の外に飛び出た一人の少年。

 幼子のような背丈の彼は赤茶の癖毛をゆらし、上着を翻して白砂の石畳に着地する。



「やぁだね、俺なんか放っておいて、じいやは授業を続けててよ!」



 日中ということもあり、行き交いが盛んな街道。少年はその中にすばしっこく紛れて走り去っていき、追いかけるには限界がある。

 じいやとよばれた者は他の生徒の目がある以上自身も窓から飛び出すような真似も出来ず、少年を見送るしかない。そんな彼はヒトの大きさ程のカマキリ。その細くしなやかな体で特殊な燕尾服を着こなしていた。


 一方教室にいる他の生徒たちの各々__大体は狼や鳥、昆虫や猫など。そっくりである姿の者や、ヒトの体でありながら耳や尻尾など一部で他種の特徴を持っている__の声には、授業を飛び出ていった少年へ心配するような色は全くなかった。



「あー、劣等生のくせにまた出ていったあ」


「先生、もうあんな奴ほっときましょ。どうせいつもみたいに、すぐ帰ってきますって」



 少年も元は勤勉な生徒だったということもあり、今回のように逃げ出しはするものの遠くにいくことがない。そして授業の終わりには毎回帰ってきている。

 じいやは少年の走り去った先を気がかりそうに見てはいたが、残っている生徒たちの声に引っ張られるようにして、元の立ち位置に戻った。



「ごほん。……では、授業を続けましょうか」



 最早授業脱走常習犯となっている少年は、良くも悪くも国中で有名である。騒ぎが聞こえた民たちは特に隠すこともなく、呆れ笑いと共に話しだした。



「あーの劣等生、またかぁ。信心も根性もない。そんなのだから神様から魔法を授かれず、いつまで経っても出来損ない扱いだ」


「元気に育ってくれてるだけで十分じゃないの、あくまでも長様のご兄弟なんだから、それぐらいにしときなさいよー」



 ヒトの感情や思想によって自由自在に形を変え、使い方を工夫すれば自然現象をも使役できる『魔法』。世間ではまだ未知数な部分もあるため短時間の調理で使う小さな火を起こせるだけでも十分、魔法使いとして認められる。

 ただフッブの国の民は特殊で、魔法の得意分野が必ず一つはあり、威力の調節や長時間の維持はお手の物。彼らの長ともなれば国の生活圏全体に薄い膜のような結界を常に張り、激しい砂漠の気候や魔物の侵入を遮断出来てしまっていた。


 そうした環境で育つ子どもは物心を持つ頃には何かしらの魔法は使えるようになっている……筈なのだが、少年は一度たりとも魔法を使えたことがない。

 彼なりに努力を重ねた時期はあるのだが、ただ一つ実ったのは国一番の劣等生という通称。本人でその自覚もあるにはあるのだが、周囲から向けられる生温い視線は全くといって気に入らないのが事実だった。



「使えないものはどうやっても使えないんだってのっ」



 強がった不満を溢して、すぐに首を振る。そのまま駆け抜けていく街道には、常に行き交う他国から来た旅の者達。すれ違いざまに向けられる好奇の視線から隠れるようにして、少年は自分の上着の裾を掴んで引き寄せた。



「──……このあたりだったよな」



 特に戦えるわけでもなく魔法も使えない以上、結界の外へ出ることは死に直結する。故に少年は外の世界とは無縁だが、興味がないわけではない。今回彼が授業を飛び出した理由は、家の屋根の上をぎこちなく飛び移っていく、知らない人影が見えたためである。



「屋根伝いだなんてするぐらいだ。きっと今度こそ──」



 期待と共に頭を過った憂鬱に気をとられていた少年は、黒い毛並みに正面からぶつかり跳ね返った。



「わっ」


「おいテメェ、どこみてんだよ」



 ふらつくまま見上げると、鋭い赤目とかち合う。少年がぶつかったのは大きな狼の前足だった。長くスッと伸びた鼻先、薄く開かれた口から覗く、白い牙と分厚い舌。頭部にはふさふさなたち耳が生えていて、時折ぴくぴくと動く。



「ごめんなさいっ」



 少年は後ずさり、萎縮してしまう。すぐに離れるべきだ、と振り返ったが、そこには既に琥珀の目の狼たちが三頭、道を塞ぐようにして立っていた。彼らはニヤニヤと下卑た笑みを携えながら、少年の逃げ場を奪っていく。



「なぁこいつ、この国で噂の魔法が使えない劣等生だろ。ちょうどいい気晴らしになりそうじゃね?」


「っえ、俺今ちゃんと……」



 謝ったし、軽く当たっただけなのに。少年がつい溢せば、ぶつかった赤目の狼から刺すように鋭い眼光で睨まれた。



「テメェにぶつかられた前足が痛んでるんだが。あー痛い。骨いったんじゃないか?」



 そう言いながらも上げた口角は隠さない。そんな赤目の狼の言葉にゲラゲラと笑い、後からきた三匹がやいのやいのと口を挟んでいく。



「うわ。下手したら死んじゃったんじゃね」


「おいお前ー。言葉だけの謝罪で殺人未遂も許されるのかよー」



 とんだ言いがかりだ。他の旅の者達はいざこざに巻き込まれることを恐れ、あるいはなにも知らずに通り過ぎていくだけだった。



「そんな……俺にそんな力があるわけないっ」



 目を潤ませつつ負けじと睨み返す少年だが、鼻で笑い飛ばされ。彼らは2メートル程の背丈がある二足歩行の狼男へ__変化の魔法で__姿を変えて、少年を軽々とつまみ上げる。



「は、離してっ」


「ギャハハハハハ。生意気なチビにはちょっと痛い目にあってもらおうか!」


「チビじゃ、ないっ」



 反抗の声を掻き消すように下品な笑い声を響かせながら、建物に挟まれた細く暗い奥の道へと進んでいく。……ふと少年の服がずれ落ちその中を見ると、彼を掴んでいた狼男は琥珀の目を見開き、彼を前に投げ捨てた。



「わ、濃く混ざってるエントマは苦手なんだよ!」



 少年は咄嗟の受け身で転がると起き上がり、上着を羽織り直す。



「こっちは謝ったからなっ、神様はいつでも俺たちを見てる。お前らただじゃすまないぞっ」


「そのカミサマから貰えるっつー魔法も使えないくせに、ナマいってんじゃねぇよ!」


「!! ……魔法ならつ、使えるよっ」



 少年の精一杯の強がりに、狼男達は失笑する。



「へぇ。じゃあ火でも出してみろよ。フッブのヤツなら基礎中の基礎じゃねぇの?」


「っ望むところだ。 …… “炎よ”っ」



 少年は言われるままにミトンを付けた右手を自分の前にかざし叫ぶ。本来ならば燃え盛る炎を産み出し、彼らをギャフンと言わせられたのだろう。しかし何度試そうともその空間に変化は一切なく、その表情が悔しさに歪む。



「…………っ」


「っはは。安心しろ、火花ひとつでてない。出来損ないのチビには、本物を教えてやっても良いかもな」


「よく見とけ、魔法ってのは……こうやって、使うんだよッ!」



 赤目の狼男に唆され調子付いた狼男の一人が、お手本といわんばかりに小さな暗雲を作り出し雷を放った。少年は咄嗟の出来事に避けることが出来ず、じゅわっ……と焦げるような音を聞く。

 直後、時間差で全身が焼けるような痛みに襲われ、小さな肢体が崩れてしまった。



「ぁぐっ……?! かは、っ……ぁ、あっ、……」



 体を震わせる。酸素を取り込むことが難しい。内臓に響いたようで血液の循環も狂い、だんだんと遅くなっていく。……必死に起き上がろうと這いつくばり呼吸を試みようとすればするほど、少年の意識は薄れていく。



「うわ直撃させんのはワルだわ、大丈夫かよ」


「いいんじゃね? 恨みはねぇけど、こいつの兄貴は気に食わないしな。

 噂じゃまだガキで、魔法が他人より上手く使えるってだけで国の長をしてるんだってよ。おとなしく小便して寝てりゃ良いのによ」


「ぅ゛………………」



 魔法だけの長じゃない、兄貴は俺たちの立派な先導者だ。少年がそう食らい付いてやりたくとも、思うように口が動かない。……このままだと、自分はどうなるのだろうか。何も出来ないまま、奴らに弄ばれて殺される?


 ──それで全部解決するのなら、諦めてもよかったけれど。


 その腕は必死に地面を掴み、体を起き上がらせようと動いていた。しかし魔法の衝撃がそれで和らぐことは一切なく、意識を手放しそうになった……その時だった。



「オブォッ?!」



 突然空から落ちてきた何か。それに赤目の狼男が背中から下敷きにされ、石畳に倒れこむ。



「──はいどーも、炎が召還されました。ってね!」



 得意げな表情が思い浮かべられるような、感情豊かで通りのよい声。その主は倒れこんだ狼男の背中の上で砂埃を手でぱんぱんと払い、何事もなかったかのように笑った。

 黒の前髪を片手でかきあげつつ五体満足で立ち上がったその人間は、丸く集まって枝先に咲く花の刺繍が襟元のボタンに施されている、白のケープを翻し。少年に常磐色の瞳を向けた。



「さてご主人様、ご命令をどうぞ?」



 あたかも当たり前だというように告げたその人間に、少年や狼男たちの心当たりはない。

 一つ確実にいえることは、その人間は明らかになんの力も持たないようだということ。今まさに自分の命が危うかった少年でさえ、その儚さに危機を覚えた程だった。



「──……っに、げ」


「ああ、そりゃ上手く喋れないよな。先にいじめっ子達をこらしめないと」



 少年からの忠告を、人間はさらりと流してしまう。……自分達を舐めきっているともいえる態度に、残った琥珀の目の狼男達も煽られてしまった。



「なんだお前、いきなり現れて……邪魔するんじゃねぇよ!」



 一匹が吠え、少年に当てたものと同じ電撃を放つ。それは人間の目の前まで真っ直ぐ進んだ。しかしたどり着く一瞬で円を描くように分散し、電撃の魔法は人間に踏み台にされていた狼男へと流れ込んだではないか。



「あばばばびびばっ?!」


「ぎゃー本当に魔法だ、実物は初めて! ごめんな狼男君、といっても当然の報いだけど!」



 今確かに、雷魔法の軌道が逸らされた。一体どうやって?


 魔法を使ったわけでもない人間の様子が不可解だったのであろう、その場の全員が固まる。対して人間は魔法に対して目を輝かせ、それどころか足元で気絶しているであろう赤目の狼男を心配する余裕さえみせていた。



「というかそっちの狼男君! おれが弱い人間なのは事実だけどなんでもかんでも電気当てるのは違う! よってたかってその子にも八つ当たりみたいなことして、下手したら立派な殺人行為だぞ!」



 人間はそういうと、歩きだしつつケープの内側のポケットを探る。何か小さいものを取り出せば、途端に手の中で大きく変形して……それは人間の身長と同じくらいの、大きな片刃を持った得物──斧に変貌した。



「おいお前、今のはどうやって──」


「これ以上争いをご所望なら、そのご自慢の魔法を撃ってきなよ。その分お返しはするけどな!」



 今度は大きな武器を軽々と構えた、得体の知れない人間。本能から危機を感じた獣たちはたちまち、たじろいでいく。



「う、撃たない、撃たないから! もうやめるからこっちに来るな!」


「ホント? わかった、ならしかたないな。じゃあ、おれも君たちをこれでぶつのはやめよう…………

 なんてな、ちょっと痛い目見てもらうぜ!」


「キャインッッ?!」



 そのまま人間はぐるぐると回り、勢いのまま狼男たちを斧で殴り飛ばした。……肉は斬れていないし、血も出ていない。それが本物の刃ではないことはその場の全員が理解出来た。



「ぐ……なんだこれ?!」


「空気が入ってるのか?! それにしては一撃が重いぞッ」


「風船斧くんは外側も頑丈だからね。軽々と重い一撃を放てるんだ!」


「魔法が効かない人間なんてのも聞いたことがない、お前は何者だ!」


「っはは、おれ?」



 その言葉を待ってましたとばかりに、人間は微笑む。



「おれはユースティ。研修中の探求者さ!」



「ッわけわかんねぇ! おい、ずらかるぞっ」


「それが良いな。二度とこんなことするんじゃないぞ、狼男君達!」



 衝撃に伸びてしまった仲間を回収すると去っていく狼男達。それを追うことなく、にこやかに手を振るユースティと名乗ったその背中。大きな風船の斧はしぼんでみるみる小さくなり、懐へとしまわれた。

 その光景をぼんやりと見ていた少年は、意識を失わずとも体の麻痺が解けていたことに気付く。



「! ……あの、ありがとう」


「なんてことはないさ。それより大丈夫かい、すごく苦しそうだった!」



 声をあげた少年に人間は心配そうに振り返り、駆け寄ってくる。……少年自身もかなり回復出来たようで、起き上がって問いかけに頷いた。



「うん、寝てたらなんだかわりと平気になってきたかも」


「本当に? それなら良かった」



 君が見た目よりも頑丈でよかった……だなんて人間が呑気に続けた気がするが。少年は聞こえないふりで、しかしすぐに瞳を輝かせ。人間との距離を詰め、直角に近い首の角度で見上げる。



「それにしてもさっきの雷撃、どう逸らしたんだ? あんな魔法見たことない。かっこよかったよっ」



 少年の興味津々といった様子と言葉に、人間は照れくさそうにしつつ、苦笑いを溢して。少年の首が丁度よい角度になる位に距離をとってしゃがんでから口を開いた。



「君と同じで、おれも魔法は使えないよ」


「えっ」


「魔法使いはそれぞれ得意分野を主力にするって聞いたことがあってさ。……彼らは雷魔法を使っていたから、これなら対抗出来るかと思ってね」



 そういって人間が新たに取り出すのは、赤いボタンが付いた黒い球体。これだけ見ても少年にはどこがどうなっているのかわからない謎の物体だ。



「なにそれ」


「あめーじんぐカプセルくん」



 当然のように告げられたその名称に、一瞬の沈黙が流れる。



「あめ……?」


「つまりは電荷操作機さ。でもノーダメージってわけにはいかなくて……あ。そういってたらショックがきたかも、ちょっと寝るね、おやすみぃ……」


「えっちょ、ちょっとっ」



 ぎりぎり言いきって、その場で気を失ってしまう人間。ヒトとしての大きさの平均値ではであるものの、少年の背丈で測ると二倍程度の差がある。先ほどの獣たちより華奢ではあれど、少年に受け止めることなど出来はしない。その体は背中から地面に倒れてしまう。



「あっ……ま、まあ大丈夫だよな、きっと」



 少年は突然のことに戸惑ったが、ずっとここに居るわけにもいかない。すやすやと眠る人間の足を持ち、引きずるようにして小さな脇道へ歩きだした。


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