第18修 舞姫
すっかり暗くなったその日の夜。大通りに設置された舞台の周りを囲むように沢山の机や椅子が並び、旅の者も民も皆で騒ぐお祭り会場が出来上がっていた。
謎の怪物化。その原因と名乗りを上げた者を討ち果たした喜びを分かち合いつつ、犠牲者たちを弔う目的のお祭り。アイシャの意向により、無礼講のどんちゃん騒ぎが推奨されていた。もうしばらくすれば、舞台を使った有志のパフォーマンスが始まる時間となる。
ユースティとソルリアは端の席でその時を待ちながら、それぞれがもらったお弁当を食べていた。
「……なぁ、ユース。これみて」
「? ……うわ?!」
ソルリアのもらったお弁当には、一部なんとも言えない……食欲より吐き気を煽る、グロテスクな見た目の食べ物がつめられていた。真っ黒で焦げているように見えるものはまだマシな方なのである。
「でもな、一口食べるとめちゃくちゃ旨いの」
「なんだか香りもいいもんなあ」
「しかもこれ、全部見た目が変わってるけど、俺が好きなものばっかりはいってんの」
「な、なんだいそれは……?」
「悪いのは見た目だけって……混乱するよな」
そういって神妙な顔でぱくぱくと食指が進んでいる少年と、それを心配そうに見ていた人間。そんな二人の前に、アイシャがお盆を持って現れる。
「お待たせねぇ、功労者さんたち」
「アイシャさん!」
「皆の分もあるからささやかなご馳走ではあるけれど。ちゃんと建国記念日仕様にしたから、是非食べてって」
彼女がテーブルに置いたのは、箱の形をした容器に入れられた、カラフルな豆がたっぷり入ったクリーム色の暖かいスープ。雑穀米のご飯としっとりふわふわとしたパン。飲み物はさっぱりとしたミュールンのミルクだ。
「このスープは神の恵みって呼ばれる料理でねぇ、フッブの伝統料理なの。ご飯と混ぜてリゾット風にしてもいいし、パンを浸していただいても美味しいのよぉ」
「わああ、全部試したい……!!」
二人は手を合わせ、祈りを捧げて。早速といったように一口食べたユースティは唸り、顔を綻ばせた。暖かくトロリとした舌触りと豆のホクホクとした食感が癖になる。ご飯やパンと共に食べれば噛むたびに甘みも増し、しっかりと楽しませてくれる。
「あっもうすきだこれ、ぜんぶすき……しあわせ……」
「あはは、ユースすごい顔になってる」
「しょうがないだろ、全部美味しすぎるもん」
「それは確かになっ」
「ふふ、その言葉がなによりも嬉しいねぇ~」
くすくすと微笑むアイシャさんの目の前で、いつも通りスプーンが止まらないユースティ。ソルリアももぐもぐと食べ、誇らしげに笑った。
「この街にはたくさん美味しいものがあるんだって、師匠にもいってあげてくれよ」
「うん、真っ先に伝える……なんなら彼女自身を連れてくる……!」
パンを浸して染み込んだ旨味を味わうもよし、ひたすらご飯をかきこむもよし。いくらでも食べられそうである。
「おかわりください!」
「ふふ、そういうと思ってちゃんと持って来てるわよぉ、どうぞ」
「わぁい!」
お弁当も平らげ、更にスープもおかわりをするユースティ。流石の健啖家だなあ、なんてソルリアが見ていると、周りからざわ、と一際大きく声があがる。それはステージへと歩いて来た人物の影に向けられたものだった。
「ああ美しい……」
「今日の中でも、とりわけメインといって過言じゃないからな」
「噂には聞いてたんだよ、フッブの舞姫! 一度見た者はすっかり彼女に惚れ込んじゃうんだって!」
ユースティたちがそちらを向けば、きらきらと輝く布のベールをまとい、様々な宝飾に彩られた舞姫……ヴァリータが二人の方へと歩いてきた。
「しっかり楽しんでるみたいね、研修生?」
「うん、とっても楽しいよ!」
「ソル君も、お弁当ありがとう。とっても美味しかったわよ!」
「あわ、よ、よよ、よかったよっ」
いつも自分をからかうお姉さんであるヴァリータの晴れ姿に、わかりやすく挙動不審になる少年。対してユースティはきらきらと彼女を見つめる。
「その衣装すごく似合ってるね。綺麗だ」
「ふふ、嬉しいわ」
その肢体、特にちらりと見えるお腹に、割れるまではいかなくとも絞られた肉体美が目視出来る。そんな彼女はいつものフランクな笑みを見せていたが、……たちまち年相応の膨れっ面をした。
「それにしてもエトワールったら、こういう時くらい休めばいいのに。いつも準備を一緒にするだけして、自分は長だからって役所に仕事しに行っちゃうのよ!」
「え、そうなの。折角のお祭りなのに!」
「ほんとに。ワタシの踊りも、たまには見て欲しいんだけど!」
拗ねて寂しそうな顔をする彼女の様子に、ユースティは同調しつつ……ふと口が緩んだ。
「ちょっと思ったんだけどさ。もしかしてヴァリータ、エトワールのことが好きだったりするかい?」
「えっ?!」
あからさまに驚いた反応をして固まる彼女。こういった話に敏くない者でもわかりやすい反応に、ソルリアも進んで身を乗り出した。
「ヴァリータさんと兄貴はお似合いだよっ」
「ソル君まで何を言い出すのかしら?!」
「俺も応援するっ。だから俺をからかうのはもうやめた方がいいよ、ねっ」
「それがいいたいだけでしょっ!」
いつも揶揄われている分揶揄い返したい、そうした意図を隠そうともしない彼に、もう! と怒ってみせるヴァリータ。
「っははは。これは思わぬ仕返しだったな、ヴァリータ」
「笑わないでよ研修生っ」
すっかり暗がりでもわかる程赤らんだ顔。やがて目線を逸らし、咳払いをして切り替えた。
「でもめげないわよ。エトワールもいつか、ワタシの踊りを魅せちゃうんだから。
……踊り子としてまだまだ勉強中だけど、今でも中々にいい線はいってると思うの。だから研修生も、もっと楽しんでってね!」
そう言って笑顔でウィンクをし、去っていく。しっかりと存在感を見せつけながら舞台へと向かうその背中へ、ソルリアが呟いた。
「謙虚だなぁ。今でさえ旅人がみんな、彼女を一つの目当てにしてフッブに来るぐらいなのに」
どうやらそのままパフォーマンスが始まるらしい。舞台へと上がっていく彼女に合わせて、唯一照らしていた明かりが消えていく。満点の星空を背に、まるで妖精のように衣装の輝きを振り撒いて。何度も軸が通った回転をくりかえし、その中心へと向かっていく。観客の注目を一身に集めながら、その影は右に、左に舞う。
後ろでは楽器隊が現れ、静かに演奏を始める。踊りと曲に煽られていくように、段々とその場を彩る照明にその場の人々の熱がひしひしと伝わって来るようだ。
全てが一体になった時……一瞬の沈黙。
音が、視界が、躍りが。一斉に勢いを強めて広がった。刻むビート、ぞわぞわと駆け上がった興奮に全身が震え、口角もつられて上がり、体が乗り出す。
限界などないと言わんばかりに情熱的なリズムを刻んでいく音楽。一瞬一瞬をくまなく切り取り魅せる照明。全てが整った舞台の上で激しく、時に妖艶に舞い合わせる踊り子。その姿は正に、夜空を自由自在に駆ける天女。
彼女たちが作り出す唯一無二の熱に観客は溶け込まされ、呼吸さえ忘れて場に熱中していく。最高潮を迎えたステージ上からヴァリータの、重力など感じさせない飛躍──……
その着地と共に、全てが終わりを迎える。
消える照明、寒気さえ感じたその余韻。終演を理解したその時、思わず漏れるのは感嘆の息。
「……、っ、!」
その場の誰もが、一息遅れてから拍手を送った。




