第12修 お迎え
__その夜、二人は深く眠り。珍しく朝早くに起き上がったユースティへ、ソルリアが既に準備万全というように駆け寄ってきた。
「おはよ、ユースっ」
「おはよう、ソルリア」
「今日はどうする? 兄貴には昨日ぐらいの時間で会いに行くとして。市場も気になる所多かったみたいだし、暑くなる前にちょっと歩いてみるか?」
そうして前のめりに提案していくが、ユースティはくすりと微笑んで告げる。
「まずは学校に行こうな、ソルリア!」
その瞬間からソルリアの全身から力が抜けていく。
「……。覚えてたかー……」
「ショウさんに言われたからね。
学校は魔法を使えるようになるための場所だし、あの時使えたなら、君はちゃんと出来てるんだ。逃げる必要なんてないし、責められる必要も本来はないさ」
その上に肯定を説かれてしまうと照れくさく、そっぽを向いてしまった。
「ほんとお前って変わってる。こんな出来損ないの劣等生なんて放っておけばいいのにさ」
「ソルリアは出来損ないじゃない。いずれすごい魔法だってバンバン使えるようになるさ!」
自分のことのように堂々としたユースティの言葉に、ソルリア本人も本当に何でも出来てしまえるような気がして。……すっかりはにかんだ小声で応える。
「……ありがと」
そんなやりとりの後。学校の玄関へと足を運んだはいいが、入口にいたショウに告げられた言葉は予想外のものだった。
「すみませんが今日の授業は、休みになりました」
想像していた展開と異なり呆然としたソルリアには、ポカン、といったような間抜けな効果音が相応しい。
「……っえ? どうして、じいや」
「すみません、ぼっちゃま。これに関しては、口外出来ないのですじゃ」
彼からはその理由は聞けそうになく、二人は不可解ながらも玄関から離れ、近くにある広場へ来ていた。ショウの様子からなにかあったのは間違いない。劣等生いじりをされないことは嬉しいけれど、気合いを入れ直して来た結果としてはあまり嬉しくないかもしれない。ソルリアは微妙な心持ちで呟く。
「……どういうこと……?」
「なにかあったんだろうな……?」
同じく顎に手を当てて首を傾げてみせたユースティの耳に入るのは、二人組の男女が話す声。
「──また、らしいわよ」
「今度は子どもだったんだって?」
今回のことに関連がある話かもしれない。ユースティはその男女のもとへ歩いて行く。
「急に割り込んでごめんね。またってことは、フッブで何かあったのかい?」
「ん。最近増えてるんだよ、“お迎え”がね」
「お迎え?」
「もう見たことあるだろうが、最近増えている例の怪物だよ」
「!」
男の言葉へ、女が少々不安げに返した。
「お迎えとはいうけどあんなの最早、呪いじゃない」
「思っても言わないのが吉だろう、確かに異質だが。今のところ旅の者が被害にあったことはないけど、あなたも気を付けなよ」
「うん、ありがとう……?」
そうして足早に広場を去った二人に、ユースティは感謝を口にし、控えめに手を振るしか無かった。
一方ソルリアは広場を眺め、休校となって時間を持て余した他の子どもが遊んでいるのを見つける。少し強張る体、とある人物かその中にいないか探して──安堵の息をついた。
「良かった、あいつは居なさそうだな」
遊んでいる子どもの中に、ドリスの姿は見あたらなかった。しかし少年の目線に気づいたらしい、その中の数名が声をあげる。
「あー、劣等生だあ」
……既に染み付いてしまったその呼び名。たまたま一度授業で魔法を使えた位では無くならず、元凶が不在であってもそれが覆ることはない。
「ふーんだ、俺はソルリアですーっ。……な、ドリスは?」
「彼女は来てない。折角学校に来るんだから、みんなで遊びたいんだけどねー」
「ねー。ルリちゃんも見てないや」
「そっか」
ぶっきらぼうに返すとそそくさと子どもたちから離れ、ソルリアは膨れっ面をする。
「ルリちゃんはともかくドリスめ、ハブられてやんのざまあみろっ」
「ごめんソルリア。ちょっといい?」
「うわぁあ?!?」
後ろからかけられた声に振り向くと、その姿にソルリアはあわてて飛び跳ねた。彼女は緑の髪に細い肢体をもつ、ルリだ。
「話をすればルリちゃ……?! 何の用かなっ」
「……あのね、これ。代わりに渡してって言われたの」
彼女から渡されたのは一つの包み。……昨日ソルリアも作ったお弁当と同じ形式のものだった。
「──……え、これって」
「食べてあげてね、じゃ」
誰からのものなのか告げることもなく去って行ったルリ。ソルリアは包みを開いてお弁当の中身を間から覗き、ぎょっとして……こっそり香りを嗅げば、拍子抜けしたように目を瞬かせた。どうやら意地悪の類ではなさそうだと判断したようで、一度包み直す。
丁度話を終えて戻って来たユースティに、困惑のままその包みを差し出した。
「なぁ……お弁当もらったんだけどこれも食べるか、ユース?」
「え。それソルリアがもらったんだよな。折角だから君が食べなきゃだよ」
……それもそうだ。ソルリアは思い直し、差し出したそのお弁当を自分で抱えた。
「渡すことはあっても、もらったのは初めてだから驚いてさ……」
「はは、よかったな」
「後で一緒に食べような」
「うん、勿論さ!」
そうして多少予定がは早まったものの、二人はそのまま役所へと向かった。まっすぐ応接間へとはいって行けば、既に席を立っていたエトワールが振り返った。
「兄貴ー、お弁当持ってきたよ!」
「! ありがとう、ソル」
駆け寄ったソルリアからお弁当を受け取り、しゃがんで目線を合わせ、その小さな頭を優しく撫でる。
「待たせたね、エトワール」
一方で堂々と現れたユースティには、ソルリアに見えないようにしつつもあからさまな不信の目を向けた。
「あなた方が来るのを魔法で察知してから、待つことにしただけなので。お気になさらず。
……ソル、昨日よりも長くなると思うから、今度はエントランスか休憩室で待っててね」
「わ、わかった」
顔を明るくして応え、とてとてと慌てて出て行くその様子を見送る。その後、エトワールは立ち上がり。
「──……あの。僕は別日、と言っただけで次の日だとは言いませんでしたが」
「あれ、そうだっけ?」
とぼけると一瞬その場がひどく凍えたような気もしたが、ユースティは知らないフリをした。
「改めてユースティさん。ここまでご足労くださり、ありがとうございます。そして先日はお見苦しいところをすみませんでした」
「ううん。おれがそうさせちゃったから気にしないで」
「……ありがとうございます」
エトワールはそのまま奥の椅子へと戻れば、手すりの辺りに触れて離れる。カチッ……と音がした後に大きな円陣が周囲に現れ、椅子がその壇上ごと回転して新たな扉が出現した。その一連のカラクリに、ユースティが感嘆の声を溢す。
「それ、魔法陣っていうんだっけ。昨日の怪物を倒すときも使ってたよな」
「見ていらっしゃったんですか」
「うん、丁度君が来てから最後まで。おれ、この国に来て初めて魔法に触れたから新鮮でさ」
「魔法陣は魔素の並び方を固定して安定させ、より質の良い魔法を使うためのもの。戦闘では魔法を出力するものとは別の魔素でこれを練り上げたりもしますが……何度も使うカラクリには、最初から記しておくと便利でして」
「それって普通のペンとかでもかけるの?」
「無闇に並びが歪なものを書いても、安定しません」
「かけはするんだね、やってみたいな」
きらきらと輝く目線に、エトワールはそれ以上応えることなく。扉を開いて進む彼に続いて扉をくぐれば──
吹き抜けの澄みわたった青空の下、外の光景からは想像が出来ない程広い、役所の中庭へと出た。




