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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第壱章 伝えろ、繋げ。慈愛の国
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第9修 怪物襲来、対面


 ソルリアが悲鳴が聞こえたと言った方向、市場の者達の間を駆け抜けてユースティが走り続けたその先。広い場所で、なにかを囲むかのように民や旅の者が集まっている。



「__本当に、何かが起きてたんだ……!」



 その後ろについたはいいものの、周りの旅の者達との身長的な差の問題で中の様子が見えない。焦燥感に駆られ無理矢理でも通ろうとしたその腕を、肉球と爪を持つ大きな黒い手が引っぱって留めた。



「わっ」


「まて、テメェが敵う相手じゃない」


「誰っ、……!」



 人間が反論しようと振り返り、見上げた先にいたのは。ソルリアに言いがかりをつけたあの赤目の狼男だった。



「昨日の傍観いじめっ子じゃないか!」


「いじめっ子じゃない、ディールのハザック様だ」



 外部の者でありながら、きちんと郷に従ってそう告げたハザック。ユースティは驚いた様子を見せ、早速学んだことをアウトプットしていく。



「ディールっていう種族のハザックだね!」


「わざわざ言い直すな。中央に突っ込むのもやめておけ。あれは格違いだ」


「なんで、格違いって対峙する前から──」



 ハザックが顎で示した先、野次馬たちのわずかな隙間。つられてそちらを向けば、紫色を元にした様々な色が混ざっている巨体が見える。



「!」



 それは太い手足で這うような姿勢でありながら、体表の丸い不定形の突起で構成されている異形をしていた。

 どこからともなく開いた大きな口を動かしては体液を散らばらせ、なにかを咀嚼している。その全身が脈打つ度、一回りずつ大きくなっており──


 ……あの怪物にはどうやっても敵わない。本能からそう感じ、背筋が凍るような恐怖が人間を襲う。しかしそれと同時に、怪物の前で動けないまま立ちつくしてしまっている細い肢体の、緑髪の少女の姿も見えた。



「……っ、それでも」



 ──授業中、会話をしたからよく覚えている。彼女はルリだ。現在怪物は何かを咀嚼することに必死なようだが、いつ彼女に襲いかかることになるかわからない。



「こんなに大勢なら、見てるだけじゃなくて助けなきゃいけない。離してよ、このままじゃあの子が!」


「オレサマの手もほどけないくせに無理するな」


「っ無理なんかじゃ!」


「それならどうしてすぐに振りほどかない? ろくに力を入れてないぞ。……オレサマの手を振りほどけば、あれと戦わずに済む理由がなくなるからか?」


「は……? 違う。おれはそんなことじゃ、っ……!」



 心外な言葉を受け、両手で無理矢理その手をほどこうとした時。後ろの方から駆けて来た民衆の一人が叫ぶ。



「みんなッ! 長様だ、長様が来てくれた!」



 どよめきが静まる。それは誰もが待ちわびていた、救世主の訪れを意味していた。


 キィン、と高い音が響く。


 たちまち怪物は蒼い焔に包まれ、うねりながらおぞましい叫び声をあげる。炎がきた方向には、翅のようにも見えるマントを翻し着地したフッブの長──エトワールが現れた。彼の登場に誰もが注目し、時が止まったのかと錯覚するような静けさの後。……その口が動く。



「──……“踏舞”」



 怪物もその声の方を向くと、体や地面を揺らして前足に力を入れ、大きく飛び出していく。石畳が割れる音と共に迫り来るそれに、エトワールが顔色を変えることはない。地を滑るように怪物の足下を通り、そのまま背中側へと移動する。

 飛び込んだ先で獲物が忽然と消えた。怪物が疑問を抱き周囲を見回す間にも、飛び舞うような足取りを繰り返す青年。その軌跡には複雑な文字が記された円形の陣が次々と現れていく。


 そして腕を薙ぐように払えば、すべての陣の中心から産み出される、先が尖った氷柱。一斉に怪物へと飛び出したそれが体を貫けば、叫びと共に紫の液体が辺りに飛び散った。

 直後、怪物の頭上に展開した大きな円陣。そこから大きな雷が貫くようにその巨体へ追い討ちをかけ、雄叫びをあげながら倒れる。エトワールは腰につけた細剣を鞘から抜き手に取ると、巨体の左胸……恐らく、心臓部であるそこへと突き立てた。



「……せめて、安らかに」



 怪物は刺された後も呻きながら浅い息を続けていたが、その言葉と共にゆっくりと動きを止めていく。するとその体は分解されるように霧散していった。

 エトワールは剣を収めて怪物の消滅を見届け、そのまま動けずにいた少女──ルリの方へ歩いていき、膝をついて声をかける。



「お怪我はないですか」



 ルリはひどく怯えた顔で、しかししっかりと頷く。二人が立ち上がったわずかな沈黙を挟み、圧倒されたその場の誰もが湧き上がった。



「長様、長様がまた助けてくださった!!」


「流石長様だ!!」



 目の前で行われた一連の戦闘の迫力に気圧され、黙りこんでしまう人間。ハザックに掴まれた腕を払おうとすることも忘れ、その光景を見続けていた。

 青年はそんな中で片手を上げる。それを合図に民衆の声は一斉に彼の言葉を待ち沈黙する。



「──かの魂に神の救済があらんことを。皆さん黙祷をお願いいたします」



 そう告げられ、その場の全員が一斉に頭を垂れる。……というよりは、ここに居合わせたフッブの民が事情を知らない旅の者たちの頭も下げさせている。それはユースティ、ハザックも例外ではない。



「ほら、お前らも下げなさいっての。せめてもの弔いなんだぞ」


「わわっ」



 暫くの黙祷を終えた者たちから、ぱらぱらと顔を上げてはその場を離れていく。そして青年もルリを見送ると、割れた石畳を魔法であっという間に直し、早々にその場を去ってしまった。


 跡一つ、残らない。


 ……ハザックは無理矢理下げられた頭を上げると、ぶっきらぼうにユースティの腕を離す。



「ったく首がいてぇ、思いっきり下げられた。

 長様とやらが間に合ったからよかったものの、毎度ヒヤヒヤさせられる。他に頼れる奴は居ないのかよ、この国は」



 ぶつくさと文句を溢せば、頭を上げてもぼんやりとしていた人間の額を指で軽く弾く。



「い゛っ」


「おい研修生。あれぐらい出来るようになってからそういう綺麗事をいうんだな。でなきゃ死ぬぞ」


「……ほんと、だな。少し落ち着いたよ、ハザック」


「ふん。特にテメェはオレサマを踏み倒しやがったんだ。直々にボコボコにしてやるつもりだから、無駄にのたれ死なれたら困る」


「えっうそ、まだ根に持ってるの。しつこい男は嫌われるぞ?」


「あぁ?」



 理由がなんであろうと、彼が自分を留めてくれたことは事実だ。ユースティがハザックへの印象を密かに改め直した中、聞き慣れた声が後ろからかけられた。ソルリアだ。



「やっと追い付いた……っ」


「ソルリア!」


「ユース、一体何があったのっ」


「大きな紫色の異形の怪物が暴れようとしてたんだけど、君のお兄さんが倒してくれたんだ!」


「そうなのか、よかった……!」



 彼なりに全力で走ってきたのだろう、安心したように息をつく。しかしユースティの隣に居るハザックをみるとすぐに目をかっぴらいて跳び跳ねた。



「ってうわぁぁあぁぁお前なんでここにっっ」



 すぐにユースティの足にしがみつき隠れるが、全くもって意味がない。ハザックはその赤目を細めて呆れたように見つめる。



「今頃かよ、出来損ないのチビ。テメェは危機感が全くねぇな」


「俺はチビじゃないってばっ」


「ソルリアは出来損ないでもない!」


「なんだよ二人揃って。おもしれえやつら」



 二人の否定に喉の奥だけで笑った。しかし、彼はどうやらそれ以上は何もしてこない。



「そういやハザック、前一緒にいた彼らは?」


「知らねえ。たまたま一緒だっただけの赤の他人だ。オレサマは同じ場所には留まらねぇ主義だからな」


「えっそうなの、凄く手慣れたいじめ集団だと思ってたのに!」



 純粋に驚いた発言を皮肉と受け取ったのか、ハザックは顔を顰めたがそれ以上話題を続けることはなかった。



「……まあ、もうテメェらと話してる暇はねぇ。オレサマにも行くところがある。じゃあな」


「そっか、わかった。またね」



 そのまま背中を向け、何事もなかったかのように歩きだしたハザック。ユースティが手を振ると、背中のままではあるが手を上げてひらひらと振り返した。そんな様子にソルリアも拍子抜けな顔をしつつ見送って。



「なに、あいつは仲良くなって大丈夫なやつ?」


「君にやったことは駄目だけど、今回は大丈夫なやつだったみたいだな。……さっきは飛び出してごめんな、ソルリア。今度こそお兄さんに会いに行こうか」



 目的が変わってないことを改めて伝えれば、わかりやすく嬉しそうな表情を返した。



「そうだぞユース、まだこれからだからなっ。寄り道ばっかりして、すでに疲れてきてるんじゃないだろーなっ」


「っはは、まだまだ大丈夫さ」



 改めて二人で道を歩き始めれば、そのまま誇らしげに話し始める。



「兄貴の魔法や戦い方、雰囲気がまるで違うんだよなあ。色んな魔法が得意だし、その使い方は中々真似出来るものじゃないんだって言われてるっ」


「確かにかっこよかったな。お兄さんがあれだけ出来るんだ、ソルリアも絶対出来るようになるよ!」


「ええ、どうして俺がそこで出てくるんだよ。……まぁ、ありがとう?」



 ──……魔法についての発言に反応はするものの、否定をすることはなくなった。授業で炎を使えたからだろうか、その表情もある程度明るくなった気がする。

 人間が確かな手応えを感じた中でたどり着いたのは、周りの家々の風景に溶け込んだ少し大きいくらいの建物。派手な装飾もないため、普通に歩いていれば通りすぎてしまいそうな場所だった。



「ユース、ここが役所だよ」


「うそ、もっと王宮って感じの豪華な場所かと思ってた!」


「ほんと。役所っていっても居る人はほとんど兄貴だけだからな。これでも十分でかい方」



 先導して扉を開くソルリアについてエントランスに足を踏み入れる。そこには左右と正面の三方向に扉があり、各々の扉の間にカーテンのついた窓、天井のステンドグラスから光が差し込んでいる。



「左の扉は本棚とかがある倉庫で、普段から鍵がかかってる。右側が執務室で、さらにその奥に兄貴が寝泊まりしてる休憩室があるんだ」



 今回は正面にある大きな扉の先から話し声が聞こえてきた。


 

「……じゃあ、正面は?」


「応接間だよ。……今、誰か来てるみたいだ」



 先程怪物と対峙して帰ってきたばかりだろうに、すでに先客がいたらしい。二人で扉に近付き、わずかな隙間から覗きこむ。真っ先に見えたのは細長く、ヒトよりふた回り程は大きな体。

 剥き出しになった電源コードの束のような首。Vの線を描くようにして割れた頭。それと繋がっている太めの一本の体に、筋張った羽と細長く肉付いた四つの足。鋭い角が細い両目の真下から前に向かって生えていて、その間にある長い嘴からは鋭い牙、長い舌が時折見える。人工物と生物の継ぎ合わせのようなその姿。……今は足をたたみ、体でうねって動いている様子から、辛うじて蛇と呼べるかもしれない。


 そんな来訪者と対峙するのは、先程怪物を倒したばかりである国の長の青年エトワール。二者には明らかな体格差があるものの、存在感はどちらも負けていない。……ゆっくりと瞑っていた目を開くと、エトワールが言葉を続ける。



「恐れながら、その件については一切許容出来ませんね。お帰りください」


「あくまでも“カギ”を隠すのか。今度こそオマエは朝日を拝めなくなるだろうなァ。それでもいいのかァ?」


「僕をその立派な嘴で啄もうとするのはいっこうに構いません。……しかし、苦虫を潰したような酷いものを味わうことになりますよ」



 一音一音をはっきりと緩やかに。言外で静かにかけられていく圧力。外のユースティたちにも伝わってくるそれはまさに、上に立つ者の風格を感じさせた。



「次に我が来るまで、自分の立場を考えておくことだなァ」



 どうやら話は終わり際だったようだ。蛇がこちらの扉から出てくることを察し、急いでユースティ達はエントランスのカーテンの陰に隠れる。直後に扉が開いて、蛇はうねるように進んで役所から出て行った。

 暫くして応接間から聞こえるのは、あからさまに苛立ちを含んだため息。



「一昨日きなさい、蛮族が……」



 その一連の出来事にソルリアは口を開く。



「ユース。今日の兄貴、とても怖いみたい」


「あの蛇に変な交渉を持ちかけられていたみたいだね。

 ……それでも行かなきゃ。だよな?」


「……うん。ごめん」


「謝らないで。おれは大丈夫さ!」



 ユースティが見たソルリアの表情は、並々ならぬ憂いを帯びていた。しかし勇気を振り絞ると先導して応接間の扉を開き、兄の前へと飛び出していく。



「兄貴っ、俺、ちゃんと家で大人しくしてたよっ」


「っソル」



 兄はその声と姿を視認した瞬間、先程までの苛立ちはどこへやら。瞬く間に顔を明るくする。一方弟も安心したように笑み、兄に向かって駆け出し飛びついた。とてもほほえましい二人の抱擁。



「兄貴も大丈夫だった?」


「うん。この通りだよ」



 しかしその空気は、エトワールがソルリアについて来た他人……もといユースティの存在に気づくと、たちまち張り詰めたものへと戻ってしまう。



「……。どちら様でしょうか?」



 口角は上がっているが、向けられるのは冷たい瞳、凍てつくような声。わずかに震えを感じつつも、ユースティは口を開く。



「おれはユースティ。研修中の探求者さ! ……そんなに警戒しなくても、敵じゃないよ」


「あなたはそのつもりかもしれませんが。僕たちから見て本当に敵じゃないと言いきれますかね」



 近くで見ればよりはっきりとわかる、エトワールの深い目の隈。体も非常に痩せ細っている。そんな彼がこちらに向ける表情は、険しさを増すばかりだった。……これには思わず笑みをひきつらせてしまうユースティ。ソルリアは兄の腕の中で、焦ったように口を挟む。



「あっ兄貴っ、ユースティは俺を助けてくれたりしたし、ほんとに敵じゃないよっ」


「……。ユースティさん。少しだけ二人でお話をさせていただきたいのですがよろしいですか」



 その言葉のお陰で幾らか圧は収まった気がするが、向けられた眼差しの冷たさは変わりそうにない。ユースティは一度深呼吸をすると、真っ直ぐに頷いた。



「うん。おれも、君に聞きたいことがいくつかある」


「そうですか。……少し席を外してくれるかな、ソル?」


「わ、かった」



 決して良いと言えない空気に、ソルリアはかなり不安そうに二人を見つつ、しかし言われた通りに外へと出て行った。



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