時を経て、曙
枝葉が空一面を覆っている緑の森の中腹にはとある大樹がそびえたつ。幹には人が通れるくらいの穴が空いており、上へと登る自然の道が出来ていた。そこを登ればやがて、空高くに浮かぶ大きな人工島『空の国』を見る事ができる。
そこの住人で、奇妙な縁から友人となった私ともう一人は、島の隅に位置する誰も寄り付かない閉鎖された廃公園へと向かっていた。
階段を上る背で朝の訪れを告げる太陽の光に照らされ、霧越しに染まっていく街並み。今は大きな気温の変化により中層の水路から濃霧が発生していて、監視を欺くにはちょうどいい時間帯である。難なく廃公園侵入することができた。
そこは島の最先端、あるのは中途半端に壊されたバリケードのみ。以降は遮るものもなければ、踏みしめるような道もない。真上には宙、真下には雲が広がっているのみだ。
「本当にここから飛び降りるんですか、ユース」
嗚呼。肌を刺すような冷たさの風が、目の前の馬鹿を今すぐ氷像へ変えてしまえばどれほど良いか。いくらでも吐き出せそうな悪態の代わりに訊ねれば、ユースティ__常磐色の目を輝かせて空に見とれていた黒短髪の人間が、こちらを振り返りからかうような声色で告げる。
「今さらだな、師匠。そんなにおれのことが心配かい?」
今まで師匠と呼ばれたことは一度もない。顔も合わせずに無視してやれば、自分の無神経な発言に気付いたのか慌てて言い直した。
「……えっと、コッペリウス」
「自分で危険な方法を選んでおいて、心配してもらえるとでも? そんな愚鈍でお調子乗りの弟子など私には居ません」
「っははは、そうだね。ごめんごめん!」
こちらには掴みどころを与えない癖に、他人の問題には進んで頭を突っ込み一緒に悩む。……そんな救えないお人好しは今日、ここから下界へ旅立つことを決めていた。
つまりはこの高所から地上へひとりで飛び降りるということだ。その時が近付く程に少しの後悔位はしていて欲しかったのだが、直前になっても様子が全く変わっていない。
「生きてる間にしてみたかったんだよな、スカイダイビング。こんな美しい薄明に溶け込むことができるなんて、最高じゃないか。
君の発明品もあるし、探求者研修の出だしは好調だな!」
「確か『世界相手に現地研修をするんだ!』でしたかね。一体何を探求するつもりですか?」
睨みつけながら軽く追及してやれば、ユースティはあからさまに詰まってみせる。
少しは反省したか、と思ったのも束の間。
「スミマセン。研修や探求者って言葉がカッコいいよなってだけで言ってましたーっ!」
「……あなたの感性は、控えめに言っても溝渠の汚水ですね」
「酷くない?!」
私からすれば、あなたの方が酷い。
地上はここよりも危険で、生身一つで行動しようなど狂気の沙汰。無理矢理でも引き留めるか何もせず見捨てるのが周りの反応としては正しい。しかし私はただ死なせたくない一心で、あれよこれよと旅に役立つ筈の自分の発明品を渡し。こうして見送りまでしてしまっていたのである。
「私もやれるだけのことはしましたので。後のことは知りませんよ」
これ以上どうも出来ないひねくれた口で突き放せば、安心したように微笑まれてしまった。
「本当に、ありがとう」
「……どう、いたしまして」
私にここまでさせたのだから、ただの投身などは認めない。あなたがこれから過ごす日々に、抱えきれない位の大きな実りがありますように。
そう強く祈っている。
「じゃあいってくるよ、コッペリウス!」
「いってらっしゃい、──」
他の誰でもない、『あなた』へと。