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8 市民コート

 縁石に座ったタロウの隣に、詩季が腰掛けて大きなバッグを置いた。山村のトレーニングの進み具合を教えて、まったりと校庭を眺める。

「知らせてくれてありがとう。俺がうじうじ悩んでいただけだったな。恥ずかしい」

「そんなことない。なんともなくて良かったね」

 詩季はまだ微妙な表情でいる。

「恥ずかしくないよ。詩季だって、僕がうじうじしていた時、ただ待っていてくれたよ」

 一緒に映画に行きたいという一言も言えなかった。

(今は……)

 二人で並べていることが幸せだ。

 詩季は納得してくれたのか、

「ありがとう」

 と優しい声で言われた。

 詩季が笑顔になるだけで、タロウも元気になる。内気なタロウが山村とあれほど話せたのは、詩季のためになりたかったから。

 タロウが思わず奮起してしまうほど、詩季の存在は特別なのだ。

「教科書複数持っていたら、借りてもいい? 俺も少しやっていく」

「うん!」

 友だちになれて幸せだ。




 大会は順調に進んだ。

「詩季、すごい!」

 詩季にボールが渡ることがゴールの合図、というくらい得点を取っていた。ディフェンスの外側からの3ポイントシュートも、ゴールに手が触れそうなくらい中に切りこむシュートも次々決めている。観戦初心者のタロウには目まぐるしい。

「やったあ、勝った!」

 すごい。もう県内でかなり上の方だ

 毎週格好いい詩季を見られて、タロウはとても楽しかった。




 山村とも仲良くなった。

「なんで俺だけ中間終わらないの?」

「赤点取ったから」

 項垂れる山村を詩季が諭している。


 大会期間中とはいえ、本分は学業である。今週テストが返ってきて、週明けには補習のプリント課題を提出だ。

 試合が終わった後、詩季が山村の課題を手伝うというので、タロウもついてきた。そして今、市立図書館の談話室で机を囲んでいる。

「ヤマくん、忙しかったのに赤点一つですごい」

 ただし先生が非常に熱心な教科なので、裏表みっしりと詰まったプリントが幾枚もある。

「タロウは詩季と違って優しいな」

「詩季は今回も一番ですごい! 試合でも交代なしであれだけ活躍して、体力底無しだし。ヤマくん、詩季がいてくれたら課題も試合も安心だね」

「……まごーことなき詩季の味方だー」

「タロウ、ありがとう」

 詩季の眉がへにゃっと下がった。かわいい。


 タロウはテストで間違えた部分を復習する。詩季は山村とタロウに教えつつ、動画で全国区の選手のプレイをリサーチしている。

「かずちゃんがくれた去年のテスト、同じ問題少なかったんだよ……」

「人のせいにしない」

「ナツも、手伝うって言ったのに答え教えてくれない」

「間違っていたら教えているだろ」

「間違った場所じゃなくて、答え!」

「夕方になりそうだったら考える」

「もう帰りたいー」

 詩季の面倒見の良さと意外な厳しさを見られた。タロウにとっては新鮮で、真面目にノートに向かっている振りをして、心はふわふわしていた。


「休憩しよーよっ」

 山村の集中力が切れた。

「来る途中バスケコートあったじゃん。あそこで一戦。そうしないと脳動かないー」

「ボールないだろ」

「持ってきた!」

 難色を示す詩季だったが、

(詩季の格好いいところ間近で見られるかも)

 タロウが期待の目を向けると立ちあがった。

「五本先取だけな」


 駐輪場に行き、山村の原付にくくられているボールを回収した。コートはここから見える距離だ。三人で坂を下る。

「原付羨ましいな」

 高校の規則で原付登校許可地区は少なく、学校の駐輪場にも十台くらいしかない。

「副部長さんも原付登校?」

「そうだよ。夏休みツーリング行くんだー」

「おー、いいね。気をつけてね」


 コートは空いていた。

「タロウも入る?」

「見ていたい」

 二人の勝負を観戦する。同じチームの時しか観ていなかったので新鮮だ。


 ボールがタロウの後ろの方に転がっていった。取りにいくと、もう一つ放置されたボールを見つけた。山村のボールは詩季たちに投げ返して、タロウはそのぼよぼよボールで、空いている半面のゴールに向かってシュートする。

 届かない。

(3ポイントシュート、結構遠いな)

 次のシュートは力を込めて打つ。今度は届いたが、直線的なシュートはフレームに当たり大きく跳ねて、タロウは慌ててボールを拾いに走った。

(この距離で狙うの無理だ)

 大人しくゴールまで二歩ほどの位置に近づいたが、それでも決まらない。

「斜めから奥のボードの四角に一度当てると入りやすいよ」

 詩季がすぐそこにいた。勝負が終わったようだ。

「そういえば体育で習った気がする」

 気落ちしている山村にボールを貸してもらう。しっかりと張っていて、心なしか軽く感じる。

 六本打って、やっと一本入った。

「やった!」

「ナイスシュート」

「ありがとー。待たせたね」

「いいよ。俺らに付き合ってもらったんだし」

「シュート楽しいね」

「うん」

「ジャンプして片手で入れるやつも格好いいよね」

 上に向けた手のひらにボールを載せる。

「なんかぐらぐらする。どうやって片手で持つの」

 タロウの手から落ちて跳ねるボールを詩季が掴んだ。

「こう?」

 詩季は下向きでも落とさない。

「おー、プロみたい」

 ボールを受け取りタロウも下に向けて掴むが、やはり落ちてしまう。

「どうやっているの」

「どうって……」

 詩季が空で手を広げて悩んでいる。その手のひらに、タロウは自分の手を重ねた。

(大きさは……、やや詩季が大きい?)

 ぴったりと重なるよう調整する。

「タ、タロウ」

「なに?」

「いや……」

 詩季の顔が赤い。運動した熱が今頃現れたのかな。


 ぼよぼよボールでシュート練習していた山村を引きずって、図書館へと戻る道をいく。

「タロウは部活に興味ないの?」

「うん。でもさっきのは楽しかったから、一人で黙々とできるのならいいかも」

「陸上とか?」

「散歩は好きだけど走るのはなー」

「運動っていうよりレジャーっぽいのがいいのかな。うちの高校の部活ではなさそう」

「運動、した方がいいかな」

「徒歩距離は多いし姿勢もいいし、別にいいんじゃないか。瞬発力はなさそうだけど」

「うう」

 図書館内に入り、声を抑える。

「なあ」

 詩季が雑誌コーナーを指差す。

「ああいうのは?」

 ホビー誌の表紙に写っていたのは、夏山の緑だった。


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