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17 最終話・星降る丘

 土手から道路へと移動する。

(なんだか体と心が軽い)

 最終バスの時間は過ぎていた。一時間ほど歩けば帰れるのだが、

「俺の家の方面のバスはまだあるから、来る?」

 そう言われて、詩季の家に泊めてもらうことになった。


 美味しいご飯をもらって、着替えは詩季の服を借りた。

 二人でふかふかのベッドに入り、したいこと、してほしいこと、苦手なことをいっぱい話した。二人の世界の決まりを二人で決める。なんだか秘密基地みたいで楽しい。



「関係は隠したい?」

「そんなに。でも冷やかされるとかあるのかな」

「どうだろう。高校入ってからはあまりされている人いないけど、もしかしたらあるかも」

 詩季の知っている範囲内でもそうなのか。なら問題ないかな。でも詩季は噂の的だからなあ。

「訊かれたりするのは少し苦手」

「じゃあ隠そうか。個別に言いたい相手については相談するというのでいい?」

「いいよ。そういえば、なんで響、僕の相手知っていたんだろう」

「タロウが言ったんじゃないんだ」

「うん……、言っていない。響って意外と鋭いんだね」

「な」


 スキンシップの話になった。

「タロウ、無理にキスしなくていいんだよ。俺は一緒にいるだけで幸せだし」

「そう言われると、僕ずっとしないかも」

 詩季はぐっと堪える表情をして、

「構わないよ」

 と宣言した。気づかってくれている。詩季の優しいところ好きだけど、これについては堪える必要はないのに。

「あのね、詩季。嫌がっていないことは遠慮しないで。詩季がしたいことをできる方が僕は満足なんだよ。詩季を幸せにすることが僕の趣味みたいな感じ」

「幸せにすることが……」

 詩季は少し考える。

「そっか。分かるかも」

 納得してくれたようだ。

「詩季だって、いつも僕を幸せにしてくれるからね」

 そう言うと、詩季ははにかんだ。かわいい。

 相性がいいのだろうか。いつのまにかお互いにありがとうと言っている。一方的なんかではない。幸せが二人の間で回り回っている。

「キスは本当に大丈夫だよ」

「……分かった。そのうちさせて」

 詩季は赤くなって応えた。


 話し合いはさらに性的な色を帯びていく。

 詩季はタロウに質問しながら、すごく恥ずかしがっていた。勇気を振り絞るように言う詩季に庇護欲が湧いてきて、よく分からない質問もあったが全て同意した。


 思いつくことを話し終えた頃、

「俺たちが合わないところって、少しだけなんだね」

 安心した表情で詩季が言った。

「――うん」

 タロウも安心して、詩季に抱きついた。



 *****



 肩が触れた状態でタロウが眠っている。

 詩季は胸の動悸を抑えるのに必死だ。


 床には空の布団が敷かれている。詩季はそこで眠るつもりだったのだが、タロウにベッドを勧めたら、タロウは嬉しそうな顔をして枕だけ拾い、詩季を奥に押しやって、一緒のベッドに入ってきた。

 タロウの勘違いに気づいたが、訂正はしなかった。タロウの嬉しそうな顔を崩したくなかったのと、正直、欲望に負けたのだ。


 おかげで今、タロウの可愛い寝顔が隣にある。

(寝る直前に色々言ったけど、意識しないんだな)

 自分でも感じるくらい赤くなった詩季の質問に答えながら、タロウは恥ずかしがるでもなく、何やら使命感を帯びた表情をしていた。

(相談、ちゃんと伝わったよな?)

 タロウは本も映像も詩季より多く嗜んでいるので、著しく知識がないわけではないと思うが、不安だ。その時になったらもう一度よく確認しよう。ただ一生ハグだけという可能性も覚悟していたが、それよりはさせてくれそうなことは分かった。

(させて……くれる……)

 想像してしまい煩悩が渦巻く。タロウから目を逸らした。


 しばらくして、気持ちが落ちつく。

(……でも、触りたいと思ってもいけないことじゃないんだよな)

 タロウが今寝ているから何もしてはいけないだけで、起きていたら頼んでもいい。詩季がそのうちそういう頼みをすることを、タロウは知っていて、その上で隣に寝ているのだ。

(タロウを好きでいていいんだ)

 どきどきが心地良い。


 告白して恋人になって、けれどタロウの特別になれなかった。そう思ってしまった。

 その印象は今日話して変わった。タロウは詩季の気持ちを拒絶しているというより、返せないことに苦しんでいるようだった。

 特別に想ってくれていた。

(……”永遠”か)

 今思うと、欲望のままの名付けだ。それでも袋小路にいるようにみえたタロウが、またいっぱい話してくれるようになった。


 常夜灯のオレンジ色の光の下、あの丘で会った日と同じように、隣でタロウの寝顔を見ている。

 あの日からたくさんのタロウを知って、たくさんの詩季を知ってもらった。

 そして今、こんなに穏やかな気持ちでいる。

「おやすみ」

 次第に眠気が訪れてきた。



 *****



 次の日、詩季の部活についていった。もともと会う約束していた日だったが、目覚めてからずっと一緒という贅沢な一日になりそうだ。

 図書室に向かうふりをして、こっそり体育館を覗く。三年生が引退して詩季がキャプテンだ。プレイ中の活躍の他に、メンバーに掛ける声も聞こえてきて楽しい。


 タロウは見学している間、響とメッセージのやりとりをした。

『詩季とうまくいったよ』

『おめでとう。付き合うんだ』

『そうだけど、付き合うというか』

 そこまで送信して、タロウは手が止まる。

 どう説明すればいいのだろう。昨日の夜、付き合っている人がいることだけは明かしてアピールしてくる人を断りたい、と詩季に言われて了承した。ということは付き合っているのだろうか。

 タロウが悩んでいると、

『ごめん。悩むくらいなら説明しなくていいよ。そんなに興味ないし。無駄に悩み広げないで夏城相手にだけ悩んでおけ』

 と響から送られてきた。なぜ悩んでいることが分かったのだろう。

 ともあれ気づかってくれたわけだからお礼を言おうとしたが、”興味がない”、”無駄”という微妙な口の悪さが引っ掛かり、ぐるぐる目のスタンプを送るに留めた。

『それと他の人には秘密にしてほしいです』

『分かった』

『ところで僕と詩季のこと何で知っていたの』

『隠す気があるなら校内で相合傘するな』

 部活の日の見送りのことかな。

『短い距離だし傘開くの面倒かなと思っただけだよ。他にもいるじゃん』

『お前らはわざわざ約束しているだろ』

 なぜ知っている。

 むくれ顔のスタンプを押しておいた。

(そんなに分かりやすいんだ。詩季と相談しとこう。でも詩季といる時間減らしたくないなぁ)

 結局図書室には行かず、ずっと詩季を見続けた。




「暗いね。気をつけて」

「懐中電灯大きいのにして良かったね」

 夜、タロウと詩季は山道を登っていた。

 二人が出会った丘陵で、今夜は流星群を見るのだ。

 人里の小さな丘とはいえ、少し進めば人家の光は届かなくなる。木々に囲まれた暗闇を、二人はわくわくと進んだ。見晴らし台まで登ると、遠くに淡い光が見えた。

「あ、手入れされたみたい」

 夏場なので数日前に来たときは鬱蒼としていたが、雑草は刈り込まれて、空を覆っていた枝がいくつか取り払われている。

「川原や田んぼ道ほどじゃないけど、これなら見えそうだな」


 寝っ転がって夜空を見上げる。雲のない絶好の観測日和。流星を待ちながら、たわいない話をする。

「詩季、星座分かる?」

 タロウはあまり詳しくない。

「少しは分かるよ」

「教えて」

「じゃあもっと寄って」

 詩季に腕枕されて、その指の先を目で追う。

「あの十字が白鳥座。一番明るい星がデネブで、千四百光年離れている」

「すごい。よく知ってるね」

 そう驚くと、詩季はへにゃっと照れた。かわいい。

「遠いんだね」

「そうだね。デネブは特に。彦星のアルタイルは十六光年だったかな」

 もう一つの織姫のベガも地球との距離はそのくらいで、この三つの星で夏の大三角形だ。

「おー、覚えたことある気がする」

 北斗七星と北極星も指してもらって分かった。

「あとは何が分かりやすいかな」

「鳥の星座、他にある?」

「ごめん、知らない」

「そっか。じゃあ白鳥座が一番好き。詩季に見つけてもらった鳥だから覚える」

 そう言うと、腕枕に抱きしめられた。

 狭まった視界に、静かに佇ずむ月が見える。地球から三十八万キロくらいの距離。月に二千万回以上行くとやっと一光年。今日の流星群は百キロ上空の大気にぶつかった砂だ。

(人の目って適当だな)

 タロウも詩季に頬擦りしかえした。

 目の感覚が適当なら、心の感覚もそうなのかもしれない。千光年以上向こうの星が、詩季が教えてくれたことにより、茫洋としたタロウの心に一等星として輝く。


「きた」

 星が流れた。地球に触れて燃え尽き輝く塵が、流星という天の主役になる。

(詩季とずっと一緒にいられますように)

 ひとつの願いごとを何度もお願いした。一度だけ小さく声に出して言うと、ぎゅっと引き寄せられた。

「叶うよ」

「うん」

「俺のも同じだから叶えてね」

「……叶える!」

 春から夏に見た綺麗なものは、すべて詩季との大好きな思い出になった。

 零れた涙も詩季は拾ってくれるから、今、天の川がこんなにも綺麗。

 悠久の空に垂れる光の花。それを横切る流星を、大好きな人の心音を聴きながら見続けた。






 菜の花に囲まれた線路を電車が走る。陽光のなか、春風が青葉を揺らす。


 詩季とタロウは街に出て、県内随一の神社に来た。三年になった詩季は、もうすぐバスケットボールの最後の大会を迎える。賽銭箱の前で長々と必勝祈願した。

「これできっと勝てるね」

 タロウは本当は神頼みしなくても良い成績を残せると思っている。そのくらいメンバーの皆が上手くなっていた。だが、詩季キャプテンがまた悩んで緊張していたので、いっそ神様に丸投げしてしまおうと誘ったのだ。


 詩季はよく悩む。タロウより心のしっかりした人だと思うが、日々必要とされている回数が違うので大変だ。悩む回数が多いのは、詩季が思っていることをよく話すからでもある。詩季は弱音を吐きたいタイプのようだ。

 タロウは悩みをあまり話さないタイプだ。その代わり、黙って詩季に抱きついているとほっとして、結構な数の悩みが消える。


 夏休み以降は、気温の低下とは裏腹に、温かくて穏やかな日々だった。

 優しい日常は、詩季の優しさで成り立っている。

 そういうと詩季は、タロウの優しさのおかげだよという。

 お互いがお互いの回復機関だ。



「じゃあ、どこで遊ぼう」

 お参りは終わったので、このあとは詩季の気晴らしとタロウのお楽しみだ。

「そうだな……」


 詩季の提案で緑地に向かうと、藤がちょうど満開だった。二人でベンチに座る。

「僕、少し藤苦手だったことがある」

「ああ、俺がここでおどかしちゃったっけ」

「よく覚えているね。でも今は好きだよ」

「よかった」

 こんな何気ない会話も、詩季の優しい声色が、仕草が素敵な日々に変える。

 僕に好きだと思わせてくれて、僕の好きから幸せを感じてくれる人。

「綺麗だね」

 同時に言ってしまい、二人で笑い合った。


〈終〉

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