06.
ライオネルと共にエミリアの護衛を務めるもうひとりの騎士は、ザカライア・ベイリーと名乗った。
くるくる強くうねる茶色の巻き毛と、常人の二倍はありそうな太い眉が特徴的な正騎士だ。
「お嬢さまやライオネルからはザカリーと愛称で呼ばれております。以後、どうぞお見知りおきを」
大柄な体躯を屈め、ジュリエットの手の甲に口づけを落とす仕草は、クマのような野性的な見た目から想像もつかないほど繊細で優雅だ。
「クマ紳士……」
「ぅふ……っごほん!!」
帽子が飛んでいっても笑うような年頃なのだ。軽率に笑わせてくるのはやめてほしい。
背後でメアリが発した呟きに、ジュリエットは危うく吹き出しかけたのを咳払いでごまかす。
クマ紳士というのは、エフィランテ中の子供たちに愛されている『クマ紳士シリーズ』と呼ばれる絵本の主人公だ。
クマが人間に混じって服を仕立てたり、舞踏会に行ったりして、生粋の紳士のような振る舞いをする。
ジュリエットとメアリが、小さな頃一番大好きだった絵本である。
言葉遣いといい髪色といい、ザカライアはそのクマ紳士にそっくりなのだ。モデルと言われても、多分なんの疑いもなく信じてしまうだろう。
ジュリエットはこっそりとメアリを睨んだ。彼女のせいで、もうザカライアがクマ紳士にしか見えなくなってしまったではないか。
「すぐにお嬢さまがたもいらっしゃいますよ。騒いでいないで準備をしなさい」
「はっ、はい! ステア・ザカライア」
ザカライアに指示され、アダムや他の騎士たちが慌てて厩舎のほうへ駆けていく。
――お嬢さまがた?
不思議に思ってライオネルを振り向くと、軽く苦笑いの混じった言葉が返った。
「男爵夫人の、双子のお嬢さまたちです。普段は西棟で生活なさっているのですが、乗馬のレッスンは、エミリアお嬢さまとご一緒に受けていらっしゃるのですよ。――あぁ、ほら。いらっしゃいました」
彼が視線を向けた先にはエミリアと、小さな双子の女児たち。そして、付き添うミーナの姿がある。
揃いの乗馬服に身を包んだ子供たち三人は、遠目には仲のいい三姉妹のようにも見えた。
実際、双子の姉妹たちはエミリアの両腕にそれぞれしがみつき、満悦の様子だ。他方、エミリアはといえば、これまでに見たことがないほど渋い顔をしている。
「ねえねえ、おねえちゃま。あの女の人が、おねえちゃまのあたらしい先生なの?」
「ペニーは、リンジのかていきょうしって言ってたわ。ねえ、リンジってなぁに? おしえて、おねえちゃま」
きゃっきゃとはしゃぐ双子は、その呼び方から考えても、エミリアのことを姉のように慕っているのだろう。しかし一方が好意的な感情を抱いているからといって、もう一方も同じ感情を返してくれるとは限らないことは、前世で実証済みだ。
「臨時は一時的っていう意味よ」
エミリアの答えは至極端的で、簡潔で、かつこれ以上話しかけることは許さないと言わんばかりの早口だった。
相手がある程度の年齢だったら、その表情や態度を見て不機嫌を察し、すぐさま口を噤んだことだろう。初夏を感じる爽やかな空気が、エミリアの周囲だけなんとなく濁っている。
しかし、相手は三歳児。場の空気を読めというほうが無理な話だった。
「イチジテキってなぁに?」
「イチジテキってなーにー!?」
「なんでイチジテキなの?」
「リンジじゃない先生じゃダメなのー?」
ぶんぶんとエミリアの両手を振り回し、質問攻めを始める。
「――おふたりの城内での愛称は、〝歩く騒音〟です」
「それから、〝小さい野獣〟とも言われています」
ライオネルとザカライアが小声で補足してくる。
これが、いわゆる『なぜなぜ期』というものだろう。話には聞いていたが、想像以上に激しい。ふたり同時だから尚更だ。
なるほど、先ほどライオネルが浮かべていた苦笑いの意味がなんとなくわかった。
もしあの調子でずっと懐かれているのだとすれば、確かに、あれは十二歳の少女にはきつい。我慢できているだけでも立派だ。
「エミリアさま!」
助け船を出すため軽く手を上げて駆け寄ると、狙い通り、双子の意識はエミリアからジュリエットに逸れた。
ふたりとも一切人見知りする様子を見せず、エミリアから離れ、ぴょこんと頭を下げる。
「リンジのせんせい、こんにちは」
「こんにちは!」
そんなちびっ子たちの後ろでは、ようやく解放されたエミリアがすっかり気力の失せた表情でため息をついていた。
「こんにちは、小さなお嬢さまたち。わたしの名前はジュリエット。エミリアさまの新しい先生です。あなたたちのお名前を伺ってもいいですか?」
「キティです!」
「ジェーンです!」
その場で腰を屈めながら問いかければ、双子は顔を見合わせ、我先にと名乗りを上げた。顔立ちも、声も、身長も、瓜二つの女の子たちだ。
マデリーンにはあまり似ていないから、父親である前エヴァンス男爵似なのかもしれない。
どちらに似ていようと、マデリーンに対する個人的な感情を子供たちの前で持ち出すつもりはなかった。が、ばっちり揃ったタイミングで「よろしくおねがいします!」と手を上げる姿を、素直に可愛らしいと思えた自分に少しほっとした。




