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セドリックは狼狽し、シャルロッテはにこやかに笑う

「ボナンザンが派兵?」


「正確にはその動きがある、です」とカルディナはそういうと隣に控えるミゼットのほうを見た。


「です、です。

ミッターゲン、グランハッハからハイベルンに向けての書簡が多数発行されたのと、食料の調達と民間の荷馬車との契約の動きがあるとのことですよ」

「ふーん」


 ハーマンベルの密使とか色々動きが早い。既定路線ということなのかしら。


「あの、良く分からないけれど、それと派兵とどう繋がるの?」


 セドリック様がおずおずと手を上げて質問をしてきた。


「ハイベルンがボナンザンの首都であるのはご存知ですよね。そこ宛の書簡が増えたということは、つまり国の中枢に両都市がお伺いを立てる事案が発生しているということです。

そして、食料の調達と荷馬車の準備は軍の補給部隊の準備を始めたのを意味してます。

ボナンザンは軍事組織上、物資の輸送を民間に委託する仕組みになっています。すなわち、近々に大きな軍事行動を起こす前触れ、ということです」


 説明を終えると私は机で頬杖をつく。

 今、天幕にいるのは私とセドリック様。そしてカルディナとミゼットの四人だけだった。

 机に広げられている地図へと目を落とした。

 ハーマンベルの東を北東にむけて一本の河が伸びている。ミュゼ河と呼ばれるその河はそのままボナンザン国境まで延びている。グランハッハもミッターゲンもミュゼ河沿いにあるボナンザンの要塞都市だ。地図の丁度上端にその名前が載っていた。ミュゼ河はさらにボナンザンの国土を北東に二つの城塞都市の真ん中を走っている。グランハッハはミュゼの北側、ミッターゲンは南側にあった。


「グランハッハとミッターゲンの駐屯兵力はどんなものなの?」

「グランハッハが1万ぐらいでミッターゲンは2万ぐらいですね」とミゼットが(そらん)じる

「どっちも守備隊としては多いわね」


 やはり、ハーマンベルを狙って兵力を少しずつ集めていたと考えるのが妥当かしら。となれば準備出来次第すぐに進軍してくる。


「えっと、どういうこと?ボナンザンが攻めてくるってこと?そんなことにはならないよね。だ、だってそんなの、戦争になってしまうじゃないか」


 思案を巡らせているとセドリック様が心配そうに聞いてきた。


「そうですね。

ですが、もともとこの辺はボナンザンも領有権をずっと主張しているところなので、ちょっとしたきっかけでこういうことが起こる地域なのです。

だから私の父もずっと速やかな鎮圧を主張していました」

「そうかもしれないけど、ボナンザンがハーマンベルを占拠したら、ファーセナンも黙っていない、取り返そうと大軍を送ることになって、全面戦争になってしまうじゃないか。そんなことが簡単に起こるものなの?」

「仮にボナンザンがハーマンベルを占拠したとして、それをファーセナンが取り返すために大軍を送り込むかは微妙です。

ハーマンベルが敵の手に墜ちたとして、それを取り返すのにどのくらい兵力がいると思いますか?

10万ぐらいの兵力が必要になります。果たしてそのコストを払いますかね」

「その理屈はおかしいでしょ。だったら、ボナンザンもハーマンベルを占拠するのに10万のコストを払わないとだめじゃないか。それこそなんで急にボナンザンがそんなコストを払ってまで進軍しようと考えるのさ」

「どちらかと言うと今だからです、かね。

ハーマンベルとボナンザンは最初からつながっていたのです。

ハーマンベルの反乱も今回の派兵もみんなひとつの計画に従っていると考えるのが妥当でしょう。安いコストでハーマンベルを手中に納めるための計画です。

今までは私たちの本気度を探るために様子を見ていた。或いはもっと別の調整に時間がかかっていたのか……

その辺は良くわからないですが、派兵までは予定の行動と見るべきでしょうね。

今なら、ハーマンベルを囲む1万の敵軍を蹴散らすだけで手に入れることができます」

「えっと、1万の敵軍って、もしかして僕らのこと?」

「そうなりますね」


  私の言葉にセドリック様の顔色が変る。


「えー、そんな大変じゃないか。さ、さっきグランハッハに1万、ミッターゲンに2万とかいってなかったっけ?

じゃ、じゃあ、もしかしてあわせて3万ぐらいが攻めてくるってこと?」

「いや、いくらなんでもそんなには来ません。都市に守備する兵力を残さないといけませんから」

「ああ、そうか。それを聞いて安心した。でっ、どのくらいなの?」


 セドリック様が少し、ほっと胸をなでおろした。


「そうですね。2万ぐらいでしょうか」


 私の言葉にセドリック様の口があんぐりと開いたままになった。


「もう少し多いのではないですか」とカルディナが口を挟んできた。

「ほら、お嬢様がハーマンベルに対して3万で押し潰すとかふかしてましたから、相手も3万程度を用意してくるかと思います」

「あー、そうかも知れないね。なら、こっちは2万って言っとけば良かったかしら」


 私はてへっと舌を出して、その場を取り繕う。


「いや、てへっとか、言ってる場合じゃないでしょう。たった1万で3万もの軍勢に勝てるわけないよ。

こうしてはいられない。今すぐシャルロッテたちは避難してくれ」

「私たちは、ですか。

セドリック様はどうするおつもりです?」

「ハーマンベル攻略を命じられている以上退くわけにはいかない。僕は最後までこの地に踏み止まり戦うつもりだ。

ボナンザン軍が来る前にハーマンベルを全力で攻略して、籠城して援軍が来るまで待つつもりだ」

「1ヶ月かけても落とせてないものを無理攻めして落とせるとは思いませんが。無駄に戦力を減らすだけかと」

「な、なら、防御陣地を作って援軍が来るまで持ちこたえるよ。

どちらにせよ命の保証はない。だから、シャルロッテには大人しく帰ってほしい」


 真剣な眼差しで私を見つめるセドリック様は本当に私の身を案じてくれている。それは感動的で、ちょっとうるっとしてしまう。


「ああ、セドリック様、そのお気持ちは大変嬉しいです。シャルロッテ、感動してしまいます」

「じゃあ、承知してくれるんだね」

「いえ、全然」

「はい?」

「全然。全く。完全に不承知です。

そもそも本当に勝ち目がないのならば速やかに軍を退くべきです。それを下らない面子に拘り兵卒を死地に赴くなど一軍の将としてはもっての他です」

「で、でも、他にやりようがないじゃないか」

「あります」

「えっ、あるの?

3倍もの敵に勝てるっていうの?」

「はい。

だから申しているではありませんか。いかような敵がこようとも負けませんと」


 私はにこやかに笑って見せた。

2020/05/18 初稿

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