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シャルロッテ、夜這いする

 どこかで鳥の鳴き声が聞こえた。


 チュン チュン


   チュン チュン チュン

 

 ああ、のどかで楽しげな鳴き声だ。

 僕は微睡みの海に意識を揺蕩(たゆた)わせる。このところ随分と寒い夜が続いて眠りが浅かったけれど、昨夜は何故か寒さを感じることなくこんな時間になるまで眠ることができた。思えば、夜営用の簡易ベッドを使うようになってからこれほどの深い眠りは初めてかもしれない。もうすぐ当番兵が起こしにくる気がしたが、この至福の時をもう少し味わっていたかった。


「ううん」


 僕は少し伸びをして寝返りを打った。


 ポヨン


 あれ、手に何か柔らかいものが触れたような……

 はて? 間に合わせの木材を組み合わせて隙間に藁を詰めただけの簡易ベッドにこんな柔らかいところなんてあったけ?


 さわさわさわ


 ぼんやりと、なかば無意識にその柔らかいものを手で探る。

 

 ぷにぷに 


 なんとも言えない心地よい柔らかさと暖かみが癖になりそうだ。


 さわさわ 


 ああ、本当に気持ちが良い

 

 さわさわ ポニョん


「あん!」


 そう、そう。さわさわ、ポニョんに、あん!

 …… …… あん?

 何か甘い声がしたような

 僕はゆっくりと目を開ける。目前にシャルロッテの顔があった。


「へっ?」


 間の抜けた声が出た。


「シャルロッテ……?」

「おはようございます。セドリック様」

 

 とろけるよう笑顔が僕の心をとらえる。

 これは夢だ。僕は夢を見ているのだ。

 うん、そうに違いない。僕のベッドにシャルロッテ嬢がいるなんて夢以外に考えられない。

 僕は一人納得する。

 しかし、この手のひらに伝わる柔らかさと温もりは……なんて、なんてリアルなんだろう。

 

 ぷぬゅ ぷぬゅ


 夢であることを確かめるつもりで僕は指に少し力を込めた。


「あん!もう、セドリック様ったら朝から大胆ですわ」


 夢の中のシャルロッテは頬を赤く染めながら鼻にかかった吐息を洩らした。そうして、自分の胸に置かれた僕の手を愛しそうに両手で包み込んだ。すべすべした指が僕の手の甲をさわさわとくすぐり撫でる。


「そんなことをされますと胸のドキドキが止まりません」


 これ……夢だよね。いや。だって、そんなことって…… …… ……


「うおおおおー!!」

 

 僕は大声を上げながら起き上がるとさらに体をくの字に曲げて後方に飛びすさった。さながら捕食者から全力で逃れようとするエビが如く!

 体はたちまち簡易ベッドの領域外へと弾きとんだ。


「ぐわぁ」

 

 ベッドからずり落ちた僕は尻と背中を強かに地面に打ちつける。それでも落下の勢いは止まらず、そのままゴロゴロゴロと三回ほど地べたを後方回転してようやく止まった。

 地面にひれ伏し、全身の痛みに息も絶え絶えになりつつ見上げると、さっきまで安眠を貪っていた簡易ベッドの上に上半身を起こしたシャルロッテが僕を見下ろしていた。 


「シャ、シャ、シャルロッテ」


 僕が絞り出すように彼女の名前を呼ぶ。

 シャルロッテは嬉しそうに、『はい』と答えた。なんてことだ。これは夢ではない。正真正銘の本物(リアル)だ。


「シャ、シャルロッテ。

シャルロッテ!

シャルロッテ嬢!!」


 もう何をどこから突っ込めば良いのか!混乱して、僕は馬鹿のように彼女の名前を連呼する。すると彼女は彼女で嬉しそうに律儀にその全てに返事を返してくる。


「はい。はい。はーい。セドリック様。

いかがいたしました?」

「いかがいたしました、じゃないよ!」


 僕はようやく立ち上がると叫んだ。


「そんなところで何をしているですか?!」

「何って?寝ておりましたが」


 シャルロッテは意味が分からない、とでも言うように少し小首を傾げて答える。

 いや、意味が分からないのはこっちだから。


「そうじゃなくて!

何でベッドで寝ているのかと聞いているのです」

「はぁ……

ベッド以外で何処で寝ろと?」

「だから、そうではなくて、ですね僕のベッドでなんでシャルロッテが寝ているか、といっているのです」


 ああ、といいながらシャルロッテはぱちんと両手を打ち合わせた。


「ほら、昨夜はとても冷え込みましたから。セドリック様が寒さに震えていないかと、その、添い寝?をしようと思いつきましたの」

「添い寝って、い、一体、何時きたの?」

「そうですねぇ。昨夜、カルディナの報告を受けてから少し経ってからですから2時を少し回ったぐらいですか。あっ、でも中に忍び込むのにそれなりに時間が掛かりましたから、添い寝ができたのは3時ぐらいですかしら」


 忍び込んだ……

 そうだ、天幕の入り口には警備兵が立たせておいたのだ。シャルロッテを避けるために警備兵に彼女は絶対入れないようにとしっかりといい含めておいたはずだから、入り口から入ってくることはできないはずだ。


「そうだよ。警備兵には君は入れるなと厳命しておいたのに、どうやって入ってきの」

「はい、はい。きっとそういう意地悪なことをすると思っておりましたので、そこから入ってきました」


 シャルロッテが天幕の奥の指差す。見ると、こんもりと土が盛り上がっていた。


「そこから地面に穴を掘って、もぐりこみましたのよ」

「いや、穴を掘って入ってきたって……

確か、この辺の地面ってすごく硬いとカールが言っていたような。陣地構築に兵士総出で一週間ぐらい掛かっていた記憶があるけど」

「確かに多少硬くはありましたが、なんと言うことはございませんでした。

穴堀もですね、コツがあるのです。素人はとかく腕の力で掘ろうとしますが、こんな風に自重や背筋(はいきん)を使って掘るとですね、割かし楽にいけるのです」


 シャルロッテは身振り、手振りで楽しげに説明してくれた。


「そ、そうなんだ。なるほど」

「そうなんですよ。慣れていないと肩やら腰の筋を痛めてとんでもないことになりますわ」「ふむふむ。そんなことを知っているなんてすごいね」

「まあ、そんなに誉められますと照れますわ。この程度、レディのたしなみです」

「そうかぁ、レディというのも色々と大変なんだ、ってちがーーう!」

 穴掘りがレディのたしなみなわけがない!

 いや、それも違うな。今は穴堀りをどうこう言っている場合ではない。


「いや、穴堀りの話はどうでもいい。そ、そんなことより、つまり、昨日の夜中からずっと僕のベッドで一緒に寝ていたっていう?」

「はい!」


 シャルロッテは満面の笑みで元気に答えた。

 …… 全然気づかなかった。そういえば昨日はそんなに寒さを感じなかったのはそのせいなのか。

 なにもされていないよね。

 僕は胸とズボンの様子を探ってみた。


「いやですわ。なにもしておりませんから。ただ、そっと横で添い寝をさせていただいていただけです。

もう!そんな乙女みたいな仕草をされては。萌えて鼻血が、あっ!いえ、胸がきゅんきゅんしてしまいます」


 シャルロッテ嬢はなにか身悶えしている。

 なんか凄く恥ずかしくなってきた。


「いや、別にそういう意味じゃないんだけどね……」


 あわてて、苦しい言い訳をしてみたが、顔が火照って仕方なかった。

 わ、話題を変えたほうが良い。


「えっと、なんだかよく分からないことになっているどね、シャルロッテ。未婚の女性が夜這い、いや、夜中に男のベッドにもぐりこむのは、感心しないよ」

「あら、セドリック様は私の婚約者ですから、何の問題もないかと。

いずれベッドを共にするのですからそれが今か将来かの些細な違いですわ」

「きっと些細な違いじゃないと思う。

それにさ、婚約は破棄したじゃないか」

「いいえ、私は納得しておりませんから」

「しかし、ベルガモンド卿にはちゃんと承諾を「私は承諾しておりませんから!」」


 シャルロッテ嬢の声が僕の言葉をさえきった。腕を組んで、むっふぅ、っと鼻息を漏らす。

 こ、こわい


「いや、国王陛下の承諾もね……そのぉ、受けているんだよ」

「父も国王陛下もこの際関係ありません。むしろ、周囲の反対があったほうが燃えます」


 えーー、そういう方向性なの?


「セドリック様。昨日もお伺いしましたが、セドリック様は私のことをお嫌いですか?」


 その言葉に、僕はシャルロッテの顔を改めて見つめた。

 採光用の天幕の隙間から漏れる朝日がベッドの上のシャルロッテに降り注いでいた。彼女の波打つ黄金色の髪は、その光を反射しきらめいている。頬を膨らませ少し怒った表情も、怖いけれども、愛らしい。

 それが結局、僕の彼女への嘘偽り無い思いだった。だけれども……


「昨日もいったはずだよ。好きとか嫌いという話じゃないんだ。命が掛かった話なんだ。

こんな危険なところに君がいてはいけないんだよ」

「奇遇ですね。私も昨日言ったと思いますよ。たとえどんなことがあろうとも、私がセドリック様をお守りしますと」

「また、そんな戯言を。なにがあっても守るなんて、言うのは簡単だけど。自分を『仮面の騎士フェルミナ』かなにかと勘違いしているのかい?」 

「フェルミナとは、あのフェルミナですか?」

「そうだよ。それ以外にフェルミナなんてないだろ」


 数年前の話だ。ファーセナンの東に位置するコンラッド公国が軍部と少数貴族の反乱で見舞われたことがあった。その時、フェルミナと名乗る騎士が現れて囚われた王族を救出して反乱を鎮圧した。騎士は事件が終結するといずこへとも無く去っていった。おまけにその騎士は仮面をつけていて最後まで素顔を明かさなかったといわれている。そんな物語のようなことが実際に起こったのだ。事件解決後、コンラッド公国ののみならず、周辺諸国の上も下もフェルミナ人気で大いに盛り上がった。ファーセナンも例外ではなく、『フェルミナ物』と呼ばれる本や絵画がたくさん作られた。子供たちが『フェルミナごっこ』をして遊ぶのも珍しい風景ではなかった。まあ、僕はフェルミナの事件があった時には14歳になっていたからさすがに、ごっこ遊びは体験していないけど。当然、シャルロッテもフェルミナのことは知っていて、自分でもできるつもりでいるんだろうけど、世の中はそんなに甘いものではないんだ。


「フェルミナですか。あれぐらいにはうまくやれるとおもいますわ」


 わぁ、やっぱり。できるとかしれっと言っちゃったよ。


「いや、あのね。簡単にできるって言うけど、なにを根拠にそんなことが言えるの?

確か、カールも初対面で同じようなことを言っていた記憶があるよ。

『なに、私がついておりましたら、騎士フェルミナが三人、いや五人、傍に控えていると思ってください』とか言っていたよ」


 カールの名前が出たとたん、シャルロッテは肩頬をひくりと引きつらせた。


「ふん。あのような口だけの無能と一緒にされますのは心外ですわ」と鼻息荒く吐き捨ててきた。

 う~ん、どうにも平行線だなぁ。どういったらいいんだろう。っていうか、あれ、これ何の話だったっけ。夜這いの是非だったような気がするけど、なんでこんな話になっている?話題を変えようようとしてもっと墓穴をほっているような気がしてきた。と、とにかくこの話題ほうがまずいから元に戻そう。


「えっとね」


 口を開きかけた時、「入ります」と大きな声が聞こえてきた。

 振り向くと二人の女性が中に入ってきた。カルディナとミゼットだ。


「ああ、ホントだ。お嬢様、居た」


 ミゼットがベッドにシャルロッテを見つけ、一言つぶやいた。


「セドリック様、シャルロッテ様」


 カルディナは無表情で静かに僕らの名前を呼んだ。ここにシャルロッテがいることはスルーなの?と思ったけどすがすがしいまでにスルーしてきた。


「グランハッハとミッターゲンで動きがありました。ボナンザンが軍の編成を開始した模様です」


 カルディナは淡々とした口調でそう報告してきた。




2020/05/17 初稿

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