シャルロッテは激怒し、カルディナはカールを優しく昇天させる
「シャ、シャルロッテ、何故あなたがここに?」
まあ、セドリック様ったら私を見て、照れていられる。なんと可愛らしい。
「勿論、セドリック様にお会いするためですわ」
「えっ?でも、ここは戦地です。ご婦人がこられるところではありません。
何より危険です。民間人が面白半分に来るところではないのですよ」
「まあ、私の心配をしてくださるのですのね。それだけでシャルロッテは嬉しゅうございます。
しかーし!心配はご無用です。
カルディナ、辞令をセドリック様にお渡しなさい」
私の隣にいたカルディナは馬を下りると辞令をセドリック様に恭しく差し出した。
「辞令?
これはベルガモンド伯爵の、いや陸軍大臣としての署名。
『シャルロッテ・ベルガモンド准将を第三近衛兵団の作戦参謀に任ずる』
……
……
えっと、准将?
参謀……? ……?」
私は馬から下りるとセドリック様の目前に片膝をついた。
「シャルロッテ・ベルガモンド。セドリック様のために馳せ参じました」
「いや、あり得ないだろう。君はベルガモンド伯爵のご令嬢でしょう。それが軍人なんて非常識にも程がある」
「お言葉を返すようですが、我がベルガモンドは代々軍事にてお国仕えしております。
曾祖父も祖父も代々将軍としてファーセナンをご奉公して参りました。
父も中央正規軍の大将軍を経て、今は陸軍大臣としてこの国を守護しております。そのベルガモンドの血筋たる私でございますから、准将も参謀も何の問題も御座いませんわ」
「何の問題も御座いませんわ、って全然問題があると思うのだけど」
「そ、そ、そうです。いかにベルガモンド陸軍大臣のご令嬢でも、婦女子ごときが准将とか参謀とかそのようなふざけたことが――
ヒッ!」
小太りの変な男が私とセドリック様の逢瀬に割って入ってきたが、突然、目の前に槍を突き立てられ、悲鳴を上げて尻餅をついた。
「ごめんなさいまし。つい手が滑ってしまいました」
カルディナがにこやかに笑いながら言った。
なにをどう手を滑らせるとあんなに深々と地面に槍が突き立つのか甚だ謎だったけど、取り敢えず、カルディナ、グッジョブ!
「ふざけるもなにも、ベルガモンド伯爵は陸軍大臣にして中央統合参謀本部本部長でございます」
カルディナが槍を引き抜きながら言った。
「そのベルガモンド伯爵からのご命令です。軍隊である以上、慎んで拝命するべきです。
例え第三王子であってしても、ここは戦地。あなたは近衛兵団の最高責任者であらせられるのですから」
むむ、カルディナ近い、近いぞ。私のセドリック様に無闇に近づくな。
「こ、このシャルロッテが参謀を勤めますれば、セドリック様は大船に乗ったつもりで悠然としていてください」
慌てて、カルディナとセドリック様の間に強引に体を割り込ませた。
「とにかく、外で立ち話もなんですので天幕で世間話、いえ、軍議でもいたしましょう」
私はセドリック様の腕を取ると半ば引きずるように天幕へと向かった。
□
えっと、まず言っとこう。私は大変機嫌が悪かった。
「つまり、ばーんと大砲を打ち込んで、空いた穴から、えいやっ!って突撃する。
そう言うわけですね」
「そうです」
カールと言う名の副官がこくこくと頷く。
「それで、その先鋒をセドリック様がお務めになる、と?」
「はい、はい。殿下自ら志願なされました。
いや、私めは、殿下の勇気に感服いたしました。
殿下自らが先陣を切られますならば、兵士の士気は上がり、ハーマンベル攻略は確実かと存じます」
顔を紅潮させ、カールは嬉々として己れの考えを力説した。
「ふーーー」
私はこめかみを押さえながらため息をつく。
気を取り直してもう一つ質問をしてみる。
「それで、砲撃はどこを狙う予定でしたか?」
「どこを砲撃?えっと、正面の門付近……ですかな」
私はもう一度大きなため息をつく。
「ハーマンベルの城内地図を見せてください」
「はっ?ハーマンベルの城内地図ですか?
お、おい。城内地図を持ってこい」
カールは後ろに控えている将校に向かって命令したが将校たちは顔を見合わせるばかりで一向に地図が出てくる気配はなかった。
「ふーーーー。
つまり、あなた方は攻略しようとする城塞がどうなっているかよく知りもせず、適当に砲撃して、空いた穴の先になにが待ち構えているかもわからないけど、取り敢えず突っ込もうと、そう考えていたわけですね。
しかも!
よりによってセドリック様に先陣を切らそうと?
ほーーー、ほほぉーーーう。
つまり、死ねと?」
私はこの無能な男を射殺す勢いで睨み付けた。
「は、はあ。い、いや、そんな風には思ってはおりませんが」
カールはひきつった笑いを張り付けたまま、じっとりと汗を滲ませた。
「ここの情報参謀と作戦参謀……いいや、めんどくさいから、あなた方、全員まとめて解任します」
「はっ、はい?!い、今なんと申されましたか」
文字通り目の玉が飛び出そうな顔つきでカールが叫んだ。全く、うざい。私は今、大層機嫌が悪いのよ。
「全く、言った言葉も理解できないほど無能なのかしら?
解任。任を解きます。平たく言うとクビ。
今すぐ荷物をまとめて王都に帰りなさい」
「し、し、しかし、私どもがいなければ軍が成り立ちませんぞ!」
「構いません。
私が連れてきた歩兵中隊と騎兵中隊から適当に士官を任命します。
そちらの方がやり易いわ」
私の言葉にカールはあんぐりと口を開けたまま、固まった。顔がみるみる赤くなり、ぶるぶると体を振るわせる。この手の小心者がこういう状況に陥ると大抵……
「ば、馬鹿な。小娘風情が舐めたことを言いやがって!」
ほら、怒鳴り散らしだすのよね。
「そんな、そんな、ふざけたこと……、ことが!通ると思うな!
偉そうに、お前になにが分かると言うのだ、お前のような箱入りの、箱入りの――」
うるさいなぁ。女だとか、箱入りとか、見た目でしか判断できない空っぽな者たち。
堪忍袋の緒を切ってもよい頃でしょう。
「カルディナ!カルディナ!
とっととこの役立たずどもを追い出して!」
「かしこまりました」
天幕の入口で控えていたカルディナがわめき散らすカールにゆっくりと近づいていく。
「なんだ、女?!お前ごときがこの百戦錬磨のこの私をどうにかできるなんで思い上がる――
ぐあっ」
カルディナの膝が鳩尾にめり込み、カールはうめきながら体を折り曲げた。その首にカルディナの腕が蛇のように巻きつく。ぴくぴくとカールの体が痙攣したかと思うとすぐにぐったりと弛緩した。
「さて、皆様。ご自分の足で外に出られるか、わたくしの手を煩わせるか、どちらかお選び願います」
カルディナはにこやかに微笑みながら、呆然としている将校たちに言った。
とたんに将校たちは我先にと外に向かって逃げだした。
その光景を見て、セドリック様が私に小声で話しかけてきた。
「こ、殺しちゃったの?」
「まさか。気絶させただけですよ」
苦笑しながらセドリック様に答える。
そして、ずるずるカールを引きずって行くカルディナに命令する。
「ミゼットを呼んできて。あの娘に情報参謀をやらせましょう」
2020/05/14 初稿
2020/06/10 侯爵を伯爵に変更しました