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シャルロッテは諦めない

「では、作戦の要領を確認するわ」


 目の前にいるカルディナとミゼットを交互に見つめる。我ながら少し緊張していた。


「ミゼット。あなたはセドリック様をミシェル大聖堂へお連れするのが役目よ」

「アイアイサァーですぅ」


 きりっとした表情で敬礼して元気良く答える。でも、こういう時のこの子は信用してはいけない。


「じゃあ。念のために聞くわね。どうやってセドリック様をお連れするつもり」

「えっと、お嬢様が無理やり結婚式をしようと手ぐすね引いて大聖堂で待ってま「(ゲシッ)」あいたたたた」


 ミゼットは私の手刀を額に受け、うずくまる。


「あんた、絶対、わざとやってるでしょ!

どこの世界に目の前に落とし穴がありますから、さあ、はりきって進んでください、なんていう人がいるのよ」

「ああ、落とし穴を掘っている自覚はあるんですね」

「カルディナは黙りなさい」


 すかさず突っ込んでくるカルディナを一喝する。


「セドリック様には、ハーマンベルの感謝式典が大聖堂で執り行われるからって言うのよ!

正式な式典なので式典用の軍服を着てくださいって、言うのも忘れないで」


 本当なら婚礼用の服を着て欲しいけれど、さすがに怪しまれるからね。


「お嬢様はしっかり花嫁衣裳ウェディングドレスを用意させていますよね」

「当たり前でしょ。一生に一度の機会なんですから。カルディナ、そっちのろうはちゃんと用意できているんでしょうね」

「はい。大変でしたが、ちゃんと用意しております」

「よろしい。ではカルディナは私と一緒に大聖堂に行って式の準備よ」

「自ら式の準備をする花嫁というのもどうかと思いますが……」

「いいのよ! 細かいことは気にしたら負けよ。

司祭様もちゃんと確保しているでしょうね?」

「勿論です」

「よし(グッド)! それでは各自、行動開始よ」



 時を告げる鐘が鳴り響く。

 純白の花嫁衣裳ウェディングドレスを纏った私は、セドリック様の到着を今や遅しと待っていた。

 大聖堂内にある教会には式を司る司祭様のほかにはカルディナしかいない。

 新郎と新婦。その付き添いと司祭様だけ。

 極秘裏の必要最小限の式だ。

 祝福してくれる親族も友人はいない。それでも構いはしない。私はきらびやかな式をだれかに見せびらかしたいわけでも祝福されたい訳でもない。セドリック様と一緒になれさえすればそれで満足なのだ。だから他の事はなにも気にならない。


 ……いや、一つだけ気になる事があった。


「ね、ねぇ、私、変じゃない?」


 隣に控えているカルディナに小声で問いかけた。

 私の付き添い役のため、今日のカルディナはいつものメイド服でも着慣れた軍服でもなく、黒を基調とした貴婦人然としたドレスを着ていた。カルディナは細身で背も高いのでこういうの着せると本当に映える。それ故に比較されてしまう自分の格好がすごく気になっていた。

 カルディナは無言のまま、しげしげと私をねめつける。


「ど、どうなのよ。

変? やっぱり変?

セドリック様、私を見たらなんて思うかしら?」


 何も言わないカルディナに、私はじれた。


「まあ、あきれますね」


 ぼそりとカルディナがつぶやいた。


 あ、いたぁ。


 予想はしていたけど、あからさまなダメ出しに私は動揺した。


 ああ、やっぱり、変だったか。ああ、失敗した。こんなことなら、花嫁衣裳ウェディングドレスなんて止めて、自分も祭儀用の軍服にしておけば良かった。あれなら、着慣れているし、見慣れているから、セドリック様に笑われることもなかった。

 あ、そうだ、今からでも遅くないから着替えてくるか。そうだ。そうしよう。


 ぐるぐると思考のネガティブスパイラルの陥りパニックになる。


「そ、そう……そうかぁ。

あははは。

あーー、私、やっぱ、着替えてくるわ」


 このドレスは無かったことにしよう。


 そう決めて、走り出そうとする私。



「あまりの美しさに、あきれて声もでないでしょう」


 その私ををカルディナの言葉が引き止めた


「えっ? 今、なんて言ったの?」


 えっ?ダメ出しじゃなかったの?


「あきれるほどにお美しいと申したのです。

その姿を一目見たらどのような殿方でも馬鹿のように呆れ返ってしまうことでしょう」


 カルディナは珍しく柔らかな笑みを浮かべていた。


 えー、なにそれ。落として上げてくる?

 それになんなの。ちょっと誉めすぎ。

 誉めすぎで引くーー。

 でも、嬉しい。ほっとする。


「えっと、本当? 本当にそう思ってる?

似合っている? セドリック様、喜んでくれるかな」


 私の質問に答えることなく、カルディナは一度、顔を上に向けて、目を忙しくしばたたかせる。やがて、ふうと大きくため息をつく。目が少し潤んでいた。


 あれ、もしかして涙ぐんでるの?


「あーー、言いたい事は山のようにありますが、もうこうなってしまったからにはなにも言いますまい。

今のお嬢様の姿を見たら、セドリック様は、あの坊やは、腰を抜かします。

そうなったら、乗っかろうが、押し倒そうが、お嬢様の好きになさいませ。

行くところまで行ってしまってください」

「え? いや、ここで押し倒したりはさすがの私も無理!」

 

 と、いいながら、ちらりと司祭様のほうを見る。司祭様は慌てて視線をそらした。


 ああ、避けられている。そりゃ、そうだよね。教会でこんな話してたら、罰が当りかねない。


 そんな事を思っていると、教会の入り口の大扉が音を立てて開かれた。


 いよいよ、セドリック様が来られたのだ!


 私は入り口のほうへ生涯最高の笑顔を向ける。


「お嬢さまぁ~」


 入り口にはミゼットが立っていた。

 ミゼットが今にも泣きそうな表情で、一人でぽつんと佇んでいた。


「ミゼット。どうしたの? セドリック様はどこ?」


 私の問いに答えることなく、ミゼットは持っていた書簡を手渡した。それは中央からの辞令と命令書、そして一通の封筒だった。


 なんでこんなものを手渡すの?

 なんでセドリック様の姿がない?


 私は嫌な予感を感じつつ、渡されたものに目を向けた。


「セドリック様への新たな辞令……?

『第三近衛兵団司令を免ずる 

カルドナ方面軍司令に任ずる』」


 なにこれ? 

 なんでセドリック様がカルドナ地方の地方軍の司令官に任命されるわけ?

 それもなんでこのタイミング?

 訳分かんない。

 

 震える手で次に命令書を開いた。


『セドリック少将はただちにカルドナ方面軍司令部へ移動。

 カルドナ方面軍を指揮して、侵攻してくる北方連合を迎え撃ち、これを撃退すべし』

 

 なんなの、なんなの。

 北方連合が動き出したってあの北方連合?

 それがうごきだした……ってこと?

 

 不安が関を切って溢れ出した。


「どう言うことですか。ミゼット!

セドリック様はどこですか! 

なぜ連れてこないのです」


 ミゼットの肩を掴み、まくし立てる。ガクガクと体を揺すられミゼットは悲鳴を上げた。


「ごめんなさい。ごめんなさい。

分かんない、分かんないですぅ。

探しましたけどどこにもいませんでしたぁ。

机にこの辞令とお嬢様宛の封筒があるだけで、それを、それを持ってきただけですぅ」

「どこにもいなかったではすまないわ!

あなた、ちゃんと探したの?!」

「お嬢様。落ち着いてください」


 カルディナが私をミゼットから引き剥がした。


「恐らくセドリック様はもうハーマンベルには居ないと思われます。

既にカルドナ司令部へ向かわれたかと。

セドリック様からお嬢様宛のお手紙があるならば、ミゼットを責める前にそれを読まれるのが良いかと思います」


 カルディナの言葉に私ははっとなる。目の前のミゼットは体を縮ませ、震えていた。

 本気で怖がっているようだった。どっと罪悪感がのし掛かってきた。


 そう。確かにそうだ。ミゼットは何も悪くない。

 

 ごめんなさい、とミゼットに謝ると震える手で私宛の手紙を開いた。


『シャルロッテ。なんの挨拶もせずハーマンベルを去ることを本当に申し訳ないと思う。

突然、僕はカルドナ地方方面軍の司令に任じられた。

前々から危惧されていたプロンテシアとバルブ=セアスン連合の北方連合がカルドナ地方に侵攻準備を始めたようだ。僕はその侵攻を阻むように命じられた。

正直、厳しい戦いになると思う。

今度も、いや、今度こそ命の保証はないだろう。

そんな話をすれば、君はきっと付いていくと言うだろうから言わず出ていくことにした。

本当に申し訳ないと思っている。

シャルロッテ。君と過ごした時間は本当に楽しかった。ありがとう。

最後に約束を守れなくてゴメン』


 思わず手に力が入り、手の中の手紙がクシャリと潰れた。その拍子に封筒から一枚の紙片かヒラヒラと床に落ちる。

 拾い上げるとセドリック様が書かれた辞令だった。セドリック様が私に宛てたものだ。


『シャルロッテ准将を第三近衛兵団の司令に任ずる』

 

「こんなものを………

こんなものを手に入れるために努力してきたのではないわ」


 辞令を握りつぶすと歩き始める。教会を出ていこうとする私をカルディナが呼び止めた。


「お嬢様、どこへいかれるおつもりですか?」

「決まっているでしょ。セドリック様を追いかけるのよ」

「セドリック様の思いを踏みにじるおつもりですか?」

「セドリック様の思いを踏みにじるってどういう意味?」


 歩みを止めると私はカルディナに向き直った。カルディナは私をじっと見つめていた。


「お嬢様ならば北方連合がなんなの、そして、今回の命令の意味するところを正確に認識されているでしょう?

もしも、これが本格的な侵攻であるならば、カルドナ地方は、このハーマンベルとは比べ物にならないと危険な場所になることでしょう。

それが分かっているから、セドリック様はわざと一人で旅立たれたのです。

お嬢様を危険に晒したくないからです。

それなのに、今、お嬢様がセドリック様の後を追ったらその思いを踏みにじることになるのではありませんか?」


 ああ、そうね。そうよね。また、そうそう。また、それなのね。


 お腹の中でドロリしたものがゆっくりと弾けた。


「そんなのクソッ食らえ、よ!」


 喉から絞り出した声は低く、掠れて、少し震えていた。


『セドリック様の思い? 

ええ、ええ、きっと私のことを思ってくれた優しさなんでしょう。

分かるわ。

ありがたいわ。

私はそれを感謝して受け入れなくてはならないのね?

でもね。本当にそうなの?

反れって、私の思いはどうなるの?

カルディナ。あなた、前言ったわよね。

『お嬢様はむしろ一緒に死んでくれっと言われるのを好まれる』って。

ええ、そうよ。その通り!

私はそう言われたいのよ。

でも誰も彼もに言われたい訳じゃない。そう言われたいのはセドリック様からよ。

セドリック様から言われたいの!

分かるかしら?

それが私の思い。私の願い。」


 そこまでまくし立てると急に鼻の奥がカッカと火照り、頬を一筋の涙が流れた。

 でも、悲しいんじゃない。


「あーー、悔しいなぁ」


 そう。悔しいのだ。腹立たしいのだ。


「良いわ。

分かってもらえないのなら私も私の思いを通すだけよ。

私は諦めない。

絶対にセドリック様に『一緒に死んでくれ』って言わせてやるんだから!」


 私は高らかに宣言するとそのまま足早に教会を飛び出した。



 ハーマンベルの執務室に私は一人でいた。

 自分の倍はあるかと思える机に向かい、じっと考え事をしていた。

 コンコンと自分の頭を拳骨で叩く。


 冷静になりなさい、シャルロッテ


 私は自分に言い聞かせる。

 快晴の良い啖呵を切って教会を飛び出たまでは良かったけれど、執務室にたどり着く頃には色々と難しい現実が見えてきていた。

 感情としては、今すぐ何もかも放り投げてセドリック様を追いかけたいけれど、目の前の現実はそれを許さない。

 まずはハーマンベルの防衛の問題。

 近衛兵団だけで一万人の人間がいる。ハーマンベルの市民を加えるならさらにその人数は桁違いに増える。それらの人の命や生活を無責任に放り投げる訳にはいかない。それなりの防衛計画を立てる責任があった。

 そして、カルドナ方面の状況が見えないことも問題だった。情報が決定的に不足しているために、今すぐセドリック様を追いかけることが最善手なのかの判断がつかない。

 ハーマンベルの防衛計画の策定とカルドナ方面の情報収集のどちらもすぐにやらねばならない。しかし、一人ではとてもどはないが手が足りない。

 考えあぐねているとドアが開かれた。

 見るとカルディナとミゼットがドアのところにいた。二人とも沈鬱な表情で私の方を見つめていた。


 気まずかった。


「お嬢様ぁ。クッキーお持ちしましたよぉ」


 どう反応すれば良いか分からず黙っているとミゼットがおずおずとお皿を持って近づいてきた。


「私、もうクッキーを食べないって言ったでしょ」


 私の冷たい言葉にミゼットはびくりと体を震わせ止まる。


「そんなぁ、美味しいですよ、クッキー……」


 ミゼットはガックリと肩を落として項垂れる。


 違う! 

 私はそんなことが言いたいんじゃない


 私は心の中で叫ぶ。

 しかし、その叫びは喉元でつまり、言葉にならなかった。


「申し訳ありませんでした」


 ゆっくりとカルディナが頭を下げる。


「お嬢様の思いも考えずに出過ぎたことを申してしまいました。お許し下さい」

「ごめんなさいですぅ。許してくださいですぅ」


 ミゼットもカルディナの横で頭を下げた。


 違う。

 違う。

 二人は悪くない。

 カルディナもミゼットも謝る必要はない。

 謝らなくてはいけないのは……


「ごめんなさい。謝るのは私の方よ。

何でも一人でできるなんて思い上がっていた。

でもそれってとんでもない勘違いだった。

私には、二人の協力が必要なの。どうか力をかしてもらえないかしら」

 

 私は二人に深々も頭を下げて、謝った。どうしても二人の力が必要なのだ。

 二人が許してくれるまで頭をあげるつもりはなかった。と、私の両手に優しく二人の手が重ねられた。顔を上げるとカルディナとミゼットの笑顔が目の前にあった。


「勿論です。いつでもお嬢様のお力になります」

「私、頑張りますよぉ」

「ありがとう。二人とも」


 私は両腕で力一杯二人を抱き締めた。



 それから一週間が過ぎた。

 情報収集やさまざまな作戦計画の立案に忙殺されたけれどようやくこの日を迎えた。

 パトラッシュに騎乗した私の目の前で、ハーマンベルの城門がゆっくりと開いていき、やがて、完全に開いた。

 私は後をゆっくりと振り返る。

 後ろには第三近衛兵団のおよそ一万人の将兵が整然と並んでいた。


 ようやくここまで漕ぎ着けた。

 待っていてください、セドリック様。

 

 少し、感動しているとカルディナが近づいてきて耳打ちをした。


「先ほどボナンザンからの最新情報がきました。やはり、ボナンザンが北方連合に参加した模様です」

「そう。さすがミゼットの情報分析ね。それで兵力は?」

「およそ二万の兵がカルドナへ進軍中のようです」

「はー、二万。この間、三万近くの兵力を失ったというのに頑張るわね。

それともハーマンベルの(かたき)をカルドナで討とうって算段かしら」

「その辺の考えは分かりませんが、状況は良くはありません。

これまでの情報をまとめると、プロンテシア軍がおよそ三万。バルブ=セアスン連合が二万。ボナンザンの兵力を合わせると七万の大軍が北、西、東の三方向からカルドナに侵攻してくることになります。

それに対してカルドナ方面軍の兵力は僅かに二万。戦力差、実に三倍以上の劣勢です。

とても勝てる戦ではありませんよ」

「そうねぇ。

本来なら中央の正規軍から防衛の為の軍が派遣されるべきなのだけど、その準備は遅々として進んでいないみたいね。

 どこかハーマンベル鎮圧軍の派遣のモタモタ感に通じるところがあるわねぇ」

「ハーマンベルの反乱も今回の北方連合の侵攻も裏で糸を引いている者がいるということでしょうか?」

「なんとも言えないけれど、どうも同じ力が働いている臭いはするね。

まあ、今回、その辺も炙り出してやるわ」

「勝つ気満々ですね」

「勿論!」


 私は短く答えると空を見上げた。

 雲ひとつない青空が広がっている。この空はずっと遠くのセドリック様まで繋がっているのだ。


 さあ、待っていてください。すぐにお側に参りますから。

 そして、今度もあなたをお守りします。

 どんな大軍であろうと大丈夫。私は決して諦めません。

 だから、安心してください。


 私は深呼吸をすると叫ぶ。


「第三近衛兵団 出陣!」


2020/09/26 初稿


完結いたしました。

長らくのお付き合いありがとうございます。

また、どこかでお会いしたく存じます。

それまでお元気で。


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