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セドリックは死を覚悟し、最後にもう一度シャルロッテに会いたいと願う

 目の前には白い壁に囲まれた城塞都市があった。門は固く閉ざされ、僕らを激しく拒絶している。

 北から吹く冷たい風に僕は体を縮こませ、小さなため息をつくと空を見上げた。

 空は鉛色の雲に覆われていた。ここ二、三日で急に寒さが増してきていた。今年の冬はえらく足が早そうだ。

 背後で僕の名を呼ぶ声がした。

 振り返ると一人の男が立っていた。四角ばった顔にドジョウのような髭が鼻の下でハの字を描いている。口許にはどこか人を小バカにしたような笑みが浮かんでいる。副官のカール大佐だった。


「セドリック様。そろそろ軍議のお時間です」


 僕は頷くと近くに張られた天幕へと向かった。



「ハーマンベルは難攻不落の城塞都市です。

下手に攻撃してもこちらの損害が増えるだけです。

ここはじっくりと囲って、相手が根負けするのを待つのが常道かと存じます」


 トレードマークのヤギのような髭を震わせながら話すのはヴォーゼル大尉だった。

 自分が物心ついた頃からずっと近衛隊の隊長として僕を守ってくれている恩人だ。

 かなりの歳で頭も髭も雪のように白かった。

 退役間近で、退役したら孫を世話して過ごすと笑っていたのに、僕はこの人をこんな死地へと連れてきてしまったのだ。なのにこの老人は一言も文句を言おうとしなかった。

 本当に申し訳ないと思っている。


「何をそんな弱気なことを。

栄光の第三近衛兵団がそのような消極的な行動をとっては、我が偉大なるファーセナン王国の恥となるでしょう。

ここはセドリック様を推しいだいて、全軍で総掛かりで一気に揉み潰すのみです!」


 副官のカールが声高に叫んだ。

 栄光も何も近衛兵団なるものは一月前には影も形もなかったのだ。それなのに、この男はなにをそんなにいきり立つように叫んでいるんだろう、と心の中で僕は思った。

 前はヴォーゼル大尉が率いる歩兵2個中隊と騎兵2個中隊の600人程度の、軍隊と呼ぶのもおこがましい小さな組織に過ぎなかったのだ。それが、ハーマンベル鎮圧を命じられ、あれよあれよと膨れ上がったのだ。いまでは10000人位だろうか。数こそ1個師団規模に達するが、その実態はいろいろな部隊からの溢れ者をかき集めた寄り合い所帯の過ぎない。それをよくも栄光の近衛兵団とか言えるものだ。僕はカールを半ば呆れた面持ちで見た。

 カールは近衛隊を再編成したときに副官として異動してきた人物だった。そのため、その人となりは良くわからない。だが、短い時間なりの結論は、あまり肌は合いそうにない、であった。

 常に自信満々な態度は、軍隊の指揮官として有能な証なのかもしれないが、人を見下すかのような笑みをいつも口許に浮かべているのはあまり見ていて感心できない、いや、神経にさわるというのか正直なところだった。


「馬鹿なことを。

そんなことをして殿下にもしものことがあったらどうするおつもりですか!」


 カールの言葉にヴォーゼルは顔を真っ赤にして怒った。組織としてはカールはヴォーゼルの上官に当たるのだが、僕の身の安全を第一に考えて、懸命に反論をしてくれているのだ。


「これはしたり。貴官は負けることを前提に戦をされるおつもりか?

それでは勝利の女神も振り向いてはくれまい。勝てる戦もたちまち負け戦だ」


 カール大佐はヴォーゼルを見下すような薄ら笑いを浮かべ糾弾する。旧知の古老が責められるのを見るのは良い気分ではない。


「さて、他の方々の意見も聞いてみましょうか。まあ、よもや、このご老体のような弱気の者など、この栄光の第三近衛兵団の幕僚にいるとは思いませんが」


 カールは、テーブルを囲む他の士官たちの顔をゆっくりとねめつける。そのほとんどはカールと一緒に近衛隊再編成時に異動してきた者たち、つまり、カールと同じ穴の狢だ。

 案の定、異論を唱えるものは一人もいなかった。

 

「馬鹿なことを!

気合いで(いくさ)がどうにかなるなどと本気で思っておるのか?

貴官は本当に一軍を率いる将なのか?」


 ヴォーゼルはその場のすべての者から冷淡な視線を受けながらも、なおを食い下がった。それもこれも、みな僕のためを思ってのことだ。


「もう良い。ヴォーゼル。」


 いたたまれなくなり、僕はヴォーゼルを止めた。ヴォーゼルの頑張りは心に沁みるが、そのために彼の立場が苦しくなるのを見ているのが辛かった。いくら言葉を尽くしても駄目なものは駄目なのだ。


「しかし、殿下」

「良いのだよ。ここへはハーマンベルを取り返しに来たのだ。戦わなければなにも始まらない」


 それが、父、国王陛下の御意思でもあるのだから。と、心の中で秘かに付け加える。

 ハーマンベル鎮圧の命を拝命した時の国王陛下と王妃、そして二人の兄、ガーシュイン王太子、ランドルフ王子のあの氷のような視線!

 あの視線を見て、確信した。これは厄介払いなのだと。

 みんなは僕がここで戦死することをのぞんでいるのだ。

 ヴォーゼルはなおも何かを言おうとしたが、僕の表情を察し、黙って腰を下ろしてくれた。


「殿下の了解も得られましたので、具体的な作戦について議論を進めますかな」


 カールは満足げに笑みを浮かべ、腰に手を当て誇らしげに宣言した。


「作戦は単純。砲撃して城壁を壊して、壊れたところから総力で突撃を敢行。以上です」


 誰も何も言わなかった。

 ヴォーゼルだけが驚いたような顔で僕のほうを見たが何も言わなかった。僕は目で何も言うなと合図を送ったからだ。

 余りにもそっけない。

 作戦とは思えない。いや、軍事素人の僕にでさえ、この作戦のデタラメさが分かる。どう考えても上手く行くはずがない。それでもこんな作戦を提示してくると言うのはこのカールという副官が余程の無能か、僕を謀殺しろとの密命を受けているかのどちらかだろう。

 おそらくは後者なのだろう。

 

「その際の栄えある先鋒はヴォーゼル大尉にお願いしたいですな」


 カールの言葉に僕は驚く。先鋒などと聞こえは良いが、敵の待ち構えている城塞へ、いの一番に飛び込めば格好の的でしかない。それは、すなわち……


「いや、待ってくれ。ヴォーゼル大尉はここ二、三日の急な冷え込みで体調を崩していると聞くから、先鋒はまずい。休養もかねて後方の補給部隊の警護の任に当ててもらえないか」

「殿下!なにをおっしゃいますか。私は体調など崩してはおりません」


 いきり立つヴォーゼルを僕は、何とか制して座らせた。

 気持ちは分かる。まるで役たたずのような言われようは彼のプライドを大いに傷つけたに違いない。それは本当にすまないとおもう。だが、長年僕に仕えてくれたこの老人を自分の運命に巻き込み無駄死にさせるわけには行かないのだ。


「ふむ。だとしたら困りましたなぁ。この名誉ある役割を担える人材はこの近衛兵団にはいないのですが……」


 カールがさも困ったように腕組みをして言った。良いだろう。魂胆は分かっている。もう、こんな茶番は終わらせよう。


「私が先鋒として出れば良かろう」

「ほほう。殿下自ら先鋒を務めると申されますか。それはそれは感心。さすが、名誉あるマクラマン王朝の血筋であります。感動いたしました。

いやー、殿下自ら兵を率いるならば勝利間違いなしです」


 ヴォーゼルの目がこれでもかというほど見開かれた。文字通り飛び出しそうになっている。

 だが、これで良いのだ。

 今回の派兵の最大の目的が僕の命であるのなら早く済ませるのが良いのだ。そうすれば無駄な血が流れないですむ。

 もう僕は覚悟を決めているのだ。

 果たしてヴォーゼルに通じるかどうかは分からないが、僕は目に力を込め、アイコンタクトで伝える。ヴォーゼルは体をぶるぶると震わせいたが、分かってくれたのか黙っていてくれた。


「それでは戦闘は明日の夜明けをもって開始ということでよろしいですかな」


 どこか嬉しそうなカールの言葉に僕は頷いてみせた。


 明日の夜明けで僕は死ぬことになるのだろう。そう思うと少し複雑な思いにかられた。

 今さら命が惜しいわけではないが、心残りがないわけでもない。


 ああ、シャルロッテ

 最後にもう一度だけ君に会いたかった

 あの太陽のような笑顔を……

 

 いや、いや、いや、と僕はその想いを振り切る。王家に疎まれ、謀殺されそうな自分なんかと関われば彼女の命も危険にさらすことになる。だからこそ、断腸の思いで彼女との関係を絶ったのだ。


 彼女だけは幸せになって欲しい


 心の底からそう思うのだ。

 そんな物思いに耽っていると突然声がした。


「申し上げます!」


 振り向くと一人の兵士が緊張した面持ちで立っていた。


「何事だ。今は軍議中だぞ」


 カールに不機嫌そうに怒鳴られ、恐縮しながらもその兵士は大声で叫んだ。


「何やら怪しげな軍勢が本隊に向かって接近中であります!」


 

 僕たちは接近中の軍勢を見るために外へ出た。確かに遠方からこちらに進軍してくる一隊があった。


「敵か?反乱軍の増援が来たのか?」


 カールがオロオロと叫んだ。


「た、直ちに応戦を。

騎兵を、いや、砲兵で砲撃をするのが良いか……

殿下、砲兵の準備をいたしましょう」


 それをヴォーゼルが遮った。


「馬鹿な、今から準備させて砲兵など間に合うものか。

それによく見ろ。あの軍旗はファーセナンのもの。あれは味方だ」


 確かに近づいてくる軍勢の先登に翻っているのは金十字に赤、白、緑、青の四色。それは紛れもなく栄光あるファーセナンの国旗だった。そして、その隣に翻る旗にはエメラルド地に黒い二匹の蛇が描かれていた。左右の蛇はV字を描きながら盾と剣に絡み付いていた。それはベルガモンド家の家紋だった。

 まさか。

 いや、いくらなんでもそんなことは無いだろうと思うのだが……

 やがて、謎の軍勢は僕の目の前までやって来た。

 その先頭の白馬に乗っているのは、誰あろう、僕が会いたいと願ってやまなかったシャルロッテだった。なぜか深緑のファーセナン正規騎兵の軍服を纏っていた。それも上級将校のものだ。


「セドリック様、お久しぶりでございます」


 馬上からシャルロッテが満面の笑顔を僕に向けて言った。


 そうだった。忘れていた。


 そう、彼女はいつも、僕の予想の斜め上を行く人だと言うことを。


 

2020/05/13 初稿

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