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シャルロッテ たくらむ

 朝。寒さが身に染みた。

 僕は半分夢の中で、あてずっぽうで毛布をまさぐる。しかし、あいにく目当ての毛布はなかなか見つからなかった。


 ベッドからずりおちてしまったのだろうか? 


 そう思いながらも、目を開けて気だるいが心地よい夢を手放す気にはなかなかならなかった。

 寒さと眠気のはざまで葛藤をしていると、肩に優しく毛布が掛けられた。

 僕は、ほっと息をつき、毛布の暖かさにくるまれて、再び夢の中へ……落ちていこうとした。


 ………… いや、なんで毛布が一人でにかぶさるの?


 その違和感に僕ははっと目を開いた。

 視界一杯にシャルロッテの笑顔があった。


「おはようございます。セドリック様」 

「ぬうわぁ~!」


 僕は、素っ頓狂な声を上げつつ横回転で距離をとろうとする。が、すぐにベッドの端を超え、あえなく地面に落下する。だが、その衝撃をものともせず、僕はそこまま地面をごろごろと転がり続けた。


 なんだろう。つい、最近、同じことをしたような気がする……。


 天幕の端まで行ってようやく止まる。

 毛布が巻きつき冬支度完了のミノムシみたいな格好でベッドのほうを見ると、やはりシャルロッテがちょこんと座っていた。


「なんで、そんなところにいるんだ」


 ああ、既視感(デジャヴュ)


「なんでって、言われましても……

そうですね、添い寝? ですかね」

 

 シャルロッテは小さく小首を傾げて言った。その姿はとても愛らしい。

 いや、いや、いや、そうじゃない。そうじゃないんだ。

 なんだろう。なんだろう。これとおんなじような会話をつい最近した気がすごくする。


「添い寝?って、また疑問形なの?

って言うか、このパターンつい最近やったよね」

「そうなんですよ!

私も今回は添い寝ではなく一歩も二歩も進展させる心づもりだったのですが、セドリック様があまりにぐっすりとお眠りになっておりましたから。

きっと連日の戦闘でお疲れなのかと思い、起こさずにおりましたの」

「ありがとう……いや、そうじゃなくて。うんっと、もうどこから突っ込んだら良いのか分からないよ」

「まぁ!突っ込むだなんてなんと嬉し恥ずかしいことをおっしゃるのですか。

セドリック様がその気なら良いです。望むところです。今からでも遅くありません。

前からでも、後ろからでも、横からでも、則ちどこからでも突っ込んで下さい」

「いや、顔を赤らめながら、なに際どいことを言っているの?

第一、その格好はなんなの?」


 シャルロッテは両手を広げて『どやぁ』とした笑顔を湛えていた。顔は笑顔なのになんだか不穏なオーラがびしびしと発散されている。


「ご存知ありませんか?

世間では『す~し~ざんまい』と申すポーズです」

「『す~し~ざんまい』とか言われてもご存知ないよ。意味分かんないから。

あのね、君は伯爵令嬢だからね。

どこの世界に『す~し~ざんまい』な格好して、どこからでも突っ込んで下さいなんて言う伯爵令嬢がいるって言うの?」

「ここに……」

「仮定法過去だから!

『いるだろうか?(いや、いるはずがない!)』だからね。

いちゃ駄目な事案なの!」

「いちゃ駄目って、そんな酷い!

私なんていなければ良いなんて思っているのですか?

私、こう言ってはなんですが、結構頑張ってますよ?

それなのに、セドリック様は誉めてくださらず、あまつさえ、いちゃ駄目とかおっしゃるのですか?」

 

 シャルロッテは急に今にも泣きそうな表情になった。それを見て僕は狼狽した。


「い、いや、そんな意味で言ったんじゃないよ。僕が言ったのは『す~し~ざんまい』なるポーズをする伯爵令嬢についての是非であって、シャルロッテがいちゃ駄目なんていってないよ。む、むしろ居てもらわないと困るというか、なんていうか」


 慌てて言い訳をする。

 今回の戦いの最大の功労者はシャルロッテで間違いない。彼女にはいくら感謝してもしきれないのだ。


「うん。そうとも、シャルロッテが頑張ってくれたのは誰よりも分かっている。

君がいなければ今頃どうなっていたか分からない。感謝しているとも!」


「まぁ!」と感嘆の声を上げながらシャルロッテは僕の手をガシッと両手で握りしめた。


 あれ? さっきまでベッドにいたと思ったのになんで目の間にいるの。シャル、素早い……


「私の頑張りをそこまでお認めになっていただけるのですね!!

なんとご褒美もいただけると?」


 えっと……あれ? なんか変な方向に話がいってる。


「もう、いやですわ。

私はただ、セドリック様をお守りしたかっただけですのよ。

でも、せっかくのお申し出を受けないのも失礼と思いますので、そうですねぇ、ほんのささやかなお願いにします。

私たちの婚約を元に戻していただくというところでどうでしょう!」

「いやいやいやいや。駄目だから」


 なんとかシャルロッテの手を振りほどく。


「感謝はしてるけど、それとこれは別だよ。

それと、褒美の話なんて文脈のどこにもなかったからね」

「天下のファーセナンの王子様の感謝が口だけなんて、そんなショボいことを言わないでいただきたいですわ。

もっとこう、気前良く『特別』(スペシャル)『形のある』(サブスタンシャルな)ものをだす器量をお示しください」

「分かったよ。それはそれで用意するよ。でも婚約の件は駄目だからね」

「むう、何故ですか?」

「だってまだハーマンベルの攻略がすんてないからさ!

古来から攻城戦は攻撃側が多大な犠牲を出すことになると言うよ。

僕はその陣頭指揮をとらなくてはならない身なんだ。つまり、いつ死んでもおかしくない身であることは変わりないんだ。だから、君との婚約を元に戻すこともできない」

「では、ハーマンベルが落ちれば良いのですね?」

「えっ? う~ん、まあ、そうなれば……

一度破棄しているので元に戻すには父上、いや、国王陛下の許しを得なくてはならないけど……、許しさえ貰えれば、婚約し直すというのもないこともないけど。

なんにしても難攻不落として名高いハーマンベルを攻略してからの話であってさ、今、そんなことを考えるのは時期尚早って思うんだよ」

「分かりました」


 えっ、分かってくれたんだ。以外とすんなり納得してくれたな。


「ならばハーマンベルをさっさと攻略してから改めてこの件はお話させてもらいます。

それでは今回のご褒美を今すぐいただきたく思います」

「えっ今? う~ん、今とすぐと言ってもここは戦地なんで準備ができるかどうか。まあ、でも、希望をまず聞いておこうか」


 「では、遠慮なく」といいながら、シャルロッテは頭を僕の方に近づけてきた。


 ? 

 意味が良く分からない


「さあ、頭を撫でて下さい。

スリスリと心を込めて宜しくお願いします。

『えらい』と言葉を添えていただきますと大層喜びます」



 それから何事もなく、ある意味、怠惰な日常を三日ほど過ごした後のことだ。


「今夜ですね。夜襲をかけることにしました」

 

 夕食をシャルロッテと一緒にとっていると突然切り出された。まるで月が綺麗なので食後に散歩でもしませんか?とでも誘われた気軽さだった。


「えっと、それってハーマンベルへの夜襲のことだよね」


 だからにわかに信じられず妙な質問を返してしまった。案の定、僕の言葉にシャルロッテは眉をひそめた。


「他にどこへ夜襲をかけるんですか?」


 何を馬鹿なことを、とでも言うような口ぶりだった。そりゃ、そうかもしれない。


「いや、まあ、僕の天幕とか?」

「もう!セドリック様は私をどう見ているのですか。私がそんな馬鹿なことをするとでも?」

「あっ……いや、ごめん」


 内心、実績二回のはずなのにと思ったけれど、取り敢えず謝った。


「私は、夜襲をかける相手に前もって宣言するような愚かなことはしませんから。

セドリック様に夜襲をかける時にはちゃんと秘密にしますから安心してください」


 えーー、やっぱり僕に夜襲をかける気満々なの?

 しかも、全然安心できないよ。


「ずっと機会を伺っておりましたが、本日ようやくその機会が巡って参りました」

「機会?」


 僕への夜襲ではなく、ハーマンベルのことだよね……


「月明かりのない夜を待っておりました。

幸い今日はずっと厚い雲が空を覆っていますから。次の新月まで待たないかと気を揉んでおりましたがどうやらそこまで待つこともなさそうです」


 光のない夜に奇襲をかけるということか。成る程、少しでもリスクを減らそうということなんだ。

 攻城戦というのは熾烈な戦いになると聞いている。激しく打ち込まれる砲弾の雨。その中を城壁に必死に取り付く将兵たち。また、それを阻止しようとする守備兵との血みどろの抗争。将兵たちを鼓舞するために陣頭で指揮をとる指揮官。その指揮官も流れ弾でいつ死ぬか分からない。すなわち、それが僕の立場であり、運命でもある。

 僕はふっと溜息をつくと目の前にいるシャルロッテを見る。

 彼女は何事もないように夕食に支給されているパンを頬張っていた。堅くてパサパサで、食べると口中の水分を吸い尽くして飲み込むのも難しいという代物だ。最初、食べた時はむせて、窒息死するかとおもった。


「どうされました?」


 僕の視線に気づいたのかシャルロッテが聞いてきた。


「ああ、いや、なんかおいしそうに食べているから」

「ええ、おいしいですよ」

「えっ?! これ、おいしい? 僕は砂を食べているように思えるんだけど」

「ああ、まあ。冷静に味だけを判定するならそんな感じですねぇ。

このパンも塩辛いだけの乾し肉もとんでもなくまずいです。でも、おいしいですよ」


 まずいのにおいしいって……なんだか、意味が良く分からないなぁ。


「不味いと思っているのにシャルロッテはなんでそんなに美味しそうに食べてるの?」

「不味いけど美味しいんです。

私には魔法の調味料がありますから」

「そんなの使っているようには見えないけど。一体その調味料ってなんなの?」

「……恥ずかしいから秘密です。

それより、お食事が済んだら少しお休みになるのが良いと思います。夜襲は夜半過ぎの予定です」


 シャルロッテは微笑みながら、そう言った。



 夜半。僕らは天幕近くでハーマンベルを見つめていた。

 シャルロッテが言ったように空には厚い雲がかかっていて月どころが星すらみえなかった。

 正面は一面の闇。城壁で点々と炊かれている篝火かがりびの微弱な光が届く範囲でハーマンベルの姿をかろうじて浮き上がらせていた。僕らとあの光の間には恐ろしいほどの闇が充満していた。その闇の中を見えないけれど、僕らの部隊がじりじりとハーマンベルへ向かって進軍しているはずだ。


「ねえ、僕らはこんなところで高みの見物していて良いの?」


 僕は、緊張に耐え切れなくなり傍らに立つシャルロッテに尋ねた。


「良いです。今回は私たちの出番はほとんどないですから」

「それさ、本当にそうなの? 城塞攻略ってすごく大変で、特に攻撃するほうは損害がたくさん出るって聞いているよ。攻撃するほうと守るほうの気力と気力の戦いで、結局気力の続いたほうが勝つ戦いだって。

だから、指揮官は陣頭に立って常に部隊を鼓舞しなくてはならないって言っていたよ」

「だれからそんな話をお聞きになりました?」

「えっと、カールに」

「ああ、あの無能な副官さんですか。その名前、久しぶりに聞きました。そんなのいましたね」


 シャルロッテは望遠鏡から目を離すと言った。


「そうならざるを得ない場合もありますが、そもそもそうならないようにするのが私たちの務めだと私は考えております」

「えっ、そうならないようになんてできるの?」

「時と場合と運がいりますけどね。できないこともないです。

部隊も予定の位置に着いたみたいなのでそろそろ始めましょうか。

伝令! 砲兵に砲撃開始を伝達しなさい」


 シャルロッテの命令で伝令が漆黒の闇へ駆けていった。

 しばらくすると、もうすっかり聞きなれた砲声が幾つも聞こえてきた。

 僕は始まった戦いに少なからず興奮していた。これから血を血で洗う戦いがはじまるのだと思うとお腹の底がぶるぶるの震える。でも、これは怖いからじゃない、そう武者震いだ、と自分に言い聞かせる。

 気分を紛らせようとシャルロッテに話しかけた。


「まずは、砲撃で城壁の破壊を試みるんだね」

「いえ。ちょっと違います。これは陽動ですね」

「陽動?」

「砲撃をしばらく続けて待ちます」

「待つってなにを待つの?」

「合図です」


 合図? ますます分からない。でも、それ以上の説明はなかった。シャルロッテは黙って、ハーマンベルの城門を見つめている。僕もなんとなく黙ったまま、そちらのほうへを目を向ける。


「あれ?」


 城門の異変に思わず声が出た。

 堅く閉ざされていた城門がゆっくりと開いていくのが見えたからだ。

 それに呼応するように闇の中から続々と歩兵が現れた。歩兵は迷うことなく開かれた門へと殺到し、どんどん中へ入っていく。まるで巣穴にもどるアリのようだ。


「え? え? なんで城門が開くの?」

「作戦が順調だからですわ。 伝令! 砲撃中止」

「作戦が順調? 順調なの?! え、だって、城壁を登る兵士とか、血を血で洗うような攻防戦とか、そいういうのまだ、全然やってないよね」

「だから、そういうのをやらないようにするのが私たちの務めですって」

「いや、それは分かるけど。なにをどうすると、こういうことができるの??」

「あ、終わったみたいです」

「お、終わったってなにが?」

「ハーマンベル攻略ですわ。では、セドリック様、入城しましょうか」

「へ? ハーマンベル攻略終わったの。

入城? ハーマンベル入城できるの。ハーマンベルに……

本当にハーマンベル、陥落したの?

だって、まだ、砲撃開始してから30分ぐらいしかたって、え、え? 

えーーーーーーーーーーー!?」



 ハーマンベルの見るからに頑丈そうな城門を通り抜けると、そこは少し大きめの広場になっていた。

 そこには僕らの将兵たちが整然とならんていた。その中央に数人の人間が地べたに座り込んでいた。

 僕らはその一団へと近づいて行く。

 青色、ボナンザンの制服、を着た男が僕らに向かって敬礼をした。

 シャルロッテも男に敬礼を返す。

 二人は顔見知りなのだろうか? 


「任務お疲れ様です。ジョゼ」

「はっ。ありがとうございます。

こちらがボナンザンのジョルジオ中将閣下、隣が副官のブルクホン殿。そして、あちらの方がグッグール・ドルベルマン指令です」


 ジョゼと呼ばれた男が地面に座っている男たちを順々に示しながら紹介してくれた。グッグールってハーマンベルの総司令官の名前だよね。

 展開についていけない僕とちがって、シャルロッテは落ち着いたものだった。紹介された男たちに軽く会釈をする。そして、ボナンザンの言葉、 北デール語で語りかけた。


『私は、シャルロッテ・ベルガモンド。ハーマンベル鎮圧軍の参謀でございます。

そして、こちらがセドリック・マクラハン殿下。鎮圧軍総指揮官です。

みなさま、お初にお目にかかります。お会いできて光栄ですわ』

『こ、この、裏切り者め!』


 そう叫んだのは確かブルクホンという名の男だった。視線はシャルロッテではなくジョゼに向けられていた。それに対してジョゼは困ったような笑みを浮かべぼそりと答えた。


『裏切り者ってのはちょっと違うんだなぁ。俺はもともとファーセナンの人間なんでね』


 『そうですわ』とシャルロッテがその後を引きついた。


『ジョゼはファーセナンの特殊部隊の者です。諜報、後方霍乱などが主な任務でございます。

本名をジョゼ・ベルチアーノ大佐と申します。以後、お見知りおきくださいませ』





  




 



2020/09/12 初稿

2020/10/11 誤字修正


次話予定 「シャルロッテ 既成事実を作ろうと奔走す」

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