終局 スナップショット ~ シャルロッテ
「敵が崩れたよ」
セドリック様が歓声をあげる。
「この機に乗じて攻めるべきじゃないのかい?
こういう時に騎兵を投入するんだよね?」
「そうですね。でもまだ早いです」
「そ、そうなの?」
「正直言いまして、セドリック様の軍は練度がまだ足りないんですの。
こちらから攻撃を仕掛けるのはリスクが高いのですのよ。攻めるとどうしても形が崩れるのでそこに隙が生じるものです。
それに今動くと、騎兵のカウンターをもらうことになるでしょう」
「じゃあ、どうするの?このままじっとしているの?」
「そうですね。もうすこし相手に動いてもらわないと。
大丈夫、相手は崩れた戦線を維持しようと必ず騎兵を投入してきますわ」
答えると望遠鏡を敵の騎兵の整列しているほうへと向ける。
「狼煙を一つ上げてください」
騎兵の組み替えの動きが見えたところで伝令に命令する。
ミュゼ対岸で待機している砲兵たちへの攻撃命令だ。本当は本陣に配置したかったのだけれど、時間的に間に合わなかったから対岸からの間接砲撃をメインとしたのだ。あかじめ砲撃ポイント連絡してある。
砲撃する先は、私たちの方陣と敵本隊の間。そこをひたすら砲撃するように伝えてあった。
狼煙を上げる命令と、それを受け攻撃を開始するのにおよそ、20分から30分ぐらいのタイムラグがあるのでタイミングが難しい。うまくはまってくれるといいなと内心どきどきしている。
「あ、敵に動きがあるよ。歩兵と騎兵が動き出した!」
10分ほど経過して、セドリック様が叫んだ。
おお、タイミングばっちり。内心小躍りしたくなる。
「ばっちりなタイミングです」
「え? ばっちりなの?」
「はい。あのタイミングだと。だいだい10分ぐらいで陣の500ムゥぐらいのところに到達します」
「到達すると、どうなるの」
「到達すると、ですねぇ……」
「到達すると……」
「秘密です」
「ええ! ここまで引っ張って秘密なの。ねぇ、意地悪しないで教えてよ」
「えー、どうしましょうか……そうですね。実はですね、やっぱり秘密です」
「ええ、そんなこと言わずに教えてよ。ああ、さっきの狼煙が秘密だよね。
そうか! 騎兵への攻撃命令だ! そうなんだろ?」
「うーーん。惜しい。違いますわ」
「ええ、違うのか。じゃあ、じゃあ……分からないな。なにかヒントをくれないか」
「どうしましょうか。う~ん……」
などと不謹慎なことをしている内に10分が経過する。
「そろそろ来ます」
「来ますってなにが、わっ!?」
遠雷のような轟きととともに方陣の手前500ムゥ付近の大地が突然沸き立つ。何本もの土柱がたちあがる。砲弾はすべて高価な榴弾。目ン玉が飛び出るほど高いからあまり使えないんだけれど、今回は敵から奪ったものだから派手に使わせてもらっている。
タイミングもこれぐらいない、というほどばっちりだった。敵の歩兵と騎兵が完全に砲撃に飲み込まれている。
「狼煙をもう一つ上げてください」
それは後方に配置されているカルディナたちへの攻撃命令だ。敵の騎兵予備がなくなったこのタイミングが一気に押し潰す絶好、唯一の機会だ。
□
騎兵の攻撃を命じて、数十分もしないうちに敵本隊の軍旗がつぎつぎと倒れていった。カルディナの手腕のなせる業というべきか。すこし、動きが雑なのが気になるが、ここからは指示を飛ばすことができないのがもどかしい。好事魔多し。何も無ければよいのだけれど、とすこし心配になる。
「敵、本隊司令部の旗が落ちた」
セドリック様の言葉に望遠鏡をむけると確かに軍旗が見えなくなっていた。これはかなり予想以上に早い展開だった。
「狼煙をとめてください」
「どうするの?」
「そろそろ最後の締めです。砲撃を止めて、陣をすすめて敵を圧迫します。
伝令! 各陣へ伝達。方陣を維持したまま前進せよ。第2大隊と第3大隊の間はすこし大きめに取るように。
その間を抜けるものには無理に攻撃を仕掛けないように伝えなさい」
「なんか、奇妙な命令だね。逃げる敵を攻撃するなって聞こえるけど」
「その通りです」
「その通りって、え? 逃がしちゃうの?」
「死に物狂いの相手は怖いのです。だから囲うにしてもどこか逃げ道を用意してやるほうがこちらの被害がすくなくなるのですよ」
「そ、そういうものなの? 初めて聞くけど。なんか敵をむざむざ逃がしてしまうのもどうかと思うけど」
「むざむざではありませんわ。敵の逃げる先は制御します。ハーマンベルへ追い込みます」
「ハーマンベルへ? でも、ハーマンベルへ兵力を追い込んだら、よけいハーマンベルが強化されちゃうじゃないか!」
「そうおもいますか? 大丈夫。そんなことにはなりませんから。このシャルロッテにすべてお任せください」
2020/08/29 初稿
2020/10/19 誤字修正
次話予定 「終局 スナップショット ~ つわものども 夢の後、先」




