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終局 スナップショット ~ カルディナ

 狼煙による攻撃命令に従い、移動中の砲兵の後方に一気に襲いかかった。

 完全な奇襲なので、全く抵抗らしい抵抗を受けない。この辺は想定通り。しかし、私たちの真の目標は敵本隊だ。砲兵を蹴散らすのもほどほどにして、切り上げる。

 騎兵たちを集めると、高らかに宣言する。


「敵本隊に攻撃を仕掛ける!」

 

 宣言とともに視線を次の攻撃先へと向ける。敵本隊は慌てて隊列を組み換えようとしていた。縦深陣形だ。手早く隊列を整えると全軍に号令をかけた。


「目標、敵本隊。 突撃!」


 先陣をきってアベルを走らせる。敵の陣の真っ正面に一直線。

 ぐんぐんと距離が縮まる。

 距離400ムゥ。

 敵の兵士たちがマスケットで狙いをつけてるのが見えた。

 距離300ムゥ。

 左手の槍を高く掲げると右に大きく振る。と同時に手綱を右に引く。アベルは右に進路を変える。後に続く騎兵たちもみな一斉に急角度で右に曲がる。と、その一瞬後にマスケットの轟音が響き渡った。

 しかし、私たちは既にその射線上にはいない。

 敵の左側面へと大きく、大きく、回り込む。

 敵陣形が微かにうねるのが見てとれた。こちらの機動についてこれず、混乱して動揺しているのだ。


 一気につけ入らせてもらいましょう。

 

 敵歩兵の横にそのまま突撃する。速度を緩めることなく陣を突き抜けるとすぐに切り返して再度突入する。

 逃げる歩兵を馬で蹴りつけ、マスケットを構える相手に槍を突き刺し、突き刺し、がむしゃらに敵陣を駆け抜ける。

 陣を突き抜けるとアベルを反転させ三度目の攻撃を敢行する。丁度敵陣をZを描くように蹂躙する。

 敵は完全に戦意を喪失して逃げ惑うばかりだった。

 こうなると後は追撃戦。どれだけ敵にダメージを与えられるかが問われる。


「各自判断で敵を倒しなさい!」


 自由戦闘の指示を出して、ぐるりと戦場を見回す。目指すは連隊司令部。

 目当ての軍旗を見つけるとアベルをそちらへ向かわせる。

 途中、途中の敵を倒しながら進む。

 と、三角帽を被っている男が見えた。

 将軍クラスだ。相手も私に気づいたようで、左右にいた幕僚とおぼしき男たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。それとは対照的に三角帽の男は、直立不動でなにか大声で喚いていた。

 

 おあいにくさま。私にはあなたがなにを言っているか分からないから。

 

 速度を緩めることなくその男の横を通り過ぎる。

 男が崩れ落ちるのを横目で確認すると、槍を軽く振り、血を払う。

 戦場で威張り散らすのは勝手だけど、置かれている立場を正確に把握して、助かるための行動をとるべきね、と思う。

 でなければあっという間に命を落とす。それが戦場の掟だ。

 私は、付近で暴れている騎兵たちを何人か集める。

 こうなると一気に敵本隊の司令部も落としてしましたいところだった。それでこの(いくさ)は終わる。

 すぐに4、50人ほど集まった。多くはないが、司令部自体は守備隊が1個小隊程度しかないはずだから戦力的には問題ない。

 問題なのは時間だ。混乱している今この時を最大限生かすことが重要だった。

 

「これより、敵司令部を強襲する。私に続きなさい」


 司令部の位置は軍旗の配置で大体あたりがついた。

 そこへむけて一気に駆け抜ける。抵抗らしい抵抗は無い。

 白い天幕が見えた。

 さっきのように三角帽をかぶっている男がいた。

 顔は知らないが、名前は知っている。

 ミゼットが教えてくれた。

 ジョルジオというらしい。

 さっきの名も知れない将軍とは違い、こちらは私たちの姿を見ると一目散に逃げ出した。しかし、もう遅い。人の足で逃げれるものではない。あっという間に追いつく。逃げる背中にむかい槍を刺そうと構える。


 可哀想だけれど、これで終わりよ!


 まさにその瞬間だった。ジョルジオ将軍と私の間に割って入ってくるものがあった。


「ちっ?!}


 突然の乱入者は騎兵だった。

 しかも、乱入者は目の前の騎兵だけではなかった。そいつは何十騎もの手勢を引き連れていた。あちこちで私が引き連れていた者たちと騎兵同士の戦いが始まっていた。数は100人ほどいる。不味いことにその辺りはいつの間にか敵の騎兵の方が数は多くなっていた。


 どこからこんなにたくさんの騎兵が湧いて出てきてきたの?


 想定外の出来事に驚き、少し前に出すぎた、と後悔した。


 しまったかもしれない


 ほぞを噛む私にお構いなしにその騎兵はサーベルを振りかざして斬りかかってきた。そのタイミングに合わせて槍を繰り出す。

 しかし、槍はガツンと音を立てて弾かれた。


 胸甲鎧!

 全く、厄介な代物だ。


 そいつは勝ち誇ったように嫌らしい笑みを浮かべると叫びながら斬り込んできた。

 そのサーベルを槍で弾く。


 だ、か、ら、あんたがなに言ってるのか分かんないって!


 何度か突きを入れるが今度はサーベルでいなされる。見た目の大雑把さとは違い、動きが繊細だ。場数を踏んで積み重ねてきた重厚な経験値のようなものが感じられた。これは一筋縄ではいかない相手だと気を引き締める。

 取り敢えず間合いを開けたい、と思うのだけどこちらが間を開けようとするも逆に相手はぐいぐいと前に出てくる。体格差と胸甲の防御力で強引に押しきりに来ているのが分かる。こうなると右腕が上手く動かせないのが地味に効いてきている。


 あっ?! しまった。


 手綱捌きが思うに任せず、動きが単調になったところを先読みされた。思わず前に飛び出して、無防備な背中をさらけ出してしまった。

 後ろを慌てて振り返る。

 すると相手の手にはどこから取り出したのか、ピストルが握られていた。

 ほとんど反射的に体を捻り、馬上から飛び降りる。同時にピストルの発砲音がして、脇のすぐ横を弾が通り抜けていった。

 間一髪だった。

 くるりと一回転してきれいに着地するとすぐに槍を構え直す。

 とっさの判断で難を逃れたが窮地なのは変わらない。

 相手の騎兵は弾を避けられたことに少し驚いた顔をしたがピストルを投げ捨てるとサーベルを構え直して突っ込んできた。

 同じ鞍上でも威圧されるほどの大きさがあったのが地面から見上げると山ほどの大きさに見える。それが地面を揺るがしながら近づいてくる。

 正直、怖い。


「っ!」

 

 ギリギリのところで左にかわす。ぎりぎりでかわさないと、対応されて馬に潰されるか、サーベルに切り刻まれる。今対峙している相手はそういう手練れだった。

 非常にまずい状況だ。

 周囲の味方はほとんど制圧されているようだ。助けは期待できない。いや、逆に敵の方の増援がくる。それも後少しもしないうちにだ。そうなれば複数の敵を相手にすることになる。

 完全に詰んだ状態だった

 完全に状況を見誤ったということか、と自分の迂闊さを後悔する。


 これ、死ぬかも、と二度目の突撃をぎりぎりでかわしながら思う。

 そこへ、ついに敵の増援がやって来た。右の視界の片隅に別の騎兵が接近してくるのが見えた。

 どんどんと大きくなる。

 接近してくるのが新手へ目を向ける。

 大きく口を開き、怒っているような表情だった。

 私はよろよろと立ち上がり、身じろぎもせずにそいつが近づいてくるのを待つ。

 このままではなぶり殺しだ。

 ならばいっそのこと。 

 覚悟を決めると槍を手放す。

 そいつは身を乗りだし、私を一刀両断にしようとサーベルを振り下ろした。


 そう、それを待っていた!


 半歩前に。振り下ろされるサーベルをぎりぎりでかわすように前に半歩でる。背中のすぐに後ろをサーベルが通りすぎるのを感じながら、絶妙のタイミングで相手の腕に自分の左腕を絡ませる。間髪入れずにぐっと体重をかける。

 引き摺り落とされそうになったそいつは反射的に踏ん張る。その反動を利用して絡めた腕を支点にくるりと体を丸めて回転する。下半身が一気に相手の馬上にまであがる。

 蹴上がりの要領だ。

 回転力を殺さずに膝を渾身の力で相手の顔面に叩き込む。相手の体が栓を抜いた風船のようにぐにゃりとなる。鞍にストンと体を落とすと無抵抗になった騎兵をお尻で押し出す。

 後は奪った馬で恥も外聞もなく逃げるのみだ。


「はいっ!」


 馬を一気に全速にして脱兎の如く逃げる。敵の騎兵の間を強引にすり抜けて戦線を離脱する。

 ひたすら逃げる。

 後ろを向き、無理に相手が追って来ていないのを確認してようやく速度を緩めた。

 

 ああ、まじで死ぬかと思った 


 大きく息を吐くと周囲へ目を向ける。

 アベルが気になるけれど、見える範囲にはいない。


 あの子は賢いから大丈夫だとは思うけど……


 気にはなるけれど今は味方と合流するのが先、と思っていると


「カルディナさま~ぁ」と声が聞こえてきた。


 声の方を見て、思わず顔がひきつった。

 騎兵の一団がこっちに向かって近づいてくる。軍服の色からファーセナン騎兵なのはすぐに分かった。それは良い。先頭で手を振っている人物が問題なのだ。

 あの変な奴。確か、ボナールとか言った、あの将校だ。面倒くさい予感しかしなかった。しかし、まあ、今は仕方ない。


「カルディナ様、探しました。敵の騎兵が攻めてきましたので心配してましたぁ。

なんにしてもご無事で何より……、あれ? 馬が変わってますね。

どうしたんですか?」

「まあ、色々ありました。

それはそれとして、敵の数は?」

「う~ん、はっきりしませんが800から1000ってところですね」

「それほど多くはありませんね。

しかし、バラけていると各個撃破されますので兵を集めましょう。

軍旗を立て、そこに集まるよう伝令に回ってください」

「はい、喜んで!」

 

 嬉々とした表情でボナールは敬礼をする。


「おっしゃ!いくぞ。

『ボナール・カルディナ愛の中隊』出撃!」


 『愛の』って、なんか変な単語が追加されてるよ……。まあ、本人やる気だからいいか。

 

 去っていくボナールを見送りながら、腰の袋に手をやる。最後の一枚だった。しかも、さっきの活劇でバキバキに割れていた。

 ふうっ、とため息をつくと袋の紐を閉じた。

 食べるのはこの戦が終わってからにしよう。 

 軽く袋に触る。なんとなくお嬢様に守られている気がした。


2020/08/22 初稿


次話予定『終局 スナップショット ~ シャルロッテ』



【おまけ】

ミゼット「ねね、ボナンザンの人たちってなんで方形陣を使わないの?」

カルディナ「知らないからよ」

ミゼット「ふぇ、そうなの?」

カルディナ「私の知る限り、周辺諸国で戦闘教義に方形陣を記載しているところはないわ。このファーセナンを含めてね。

あれはシャルロッテお嬢様のオリジナルよ。

オリジナルと言っても、お嬢様も東方の古い兵法書に書かれていたのを偶然発掘したとか言っていたけどね。

東方の大国が侵略してくる騎馬民族に対抗して編み出した陣形らしいわ。だから、方形陣を採用しているのはお嬢様ぐらいよ」

ミゼット「ああ、あの本かぁ~」

カルディナ「なによ、急にどんよりした顔になって?」

ミゼット「なんか役にたつこと書いてあるから、お前、翻訳しておけって言われたの思い出したンだよ」

カルディナ「ああ、優秀な人材に翻訳させるとかいってたけど、あなただったの」

ミゼット「そだよ!大変だったんだから。東方の国の言葉って文字が何千種類もあるんだよ。それぞれ意味が違ってて、もうね、正気の沙汰とは思えない言語なの!

それで、お嬢様、翻訳終わるまでオヤツ抜きっていわれて~。

ああ、ああ、思い出すだけで涙が!

それでね、それでね……あ、あれ?!

カルディナ、カルディ~、どこ行っちゃったのぉ~」


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