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ハーマンベル攻防戦 Ⅲ

「な、なんで敵の騎兵が後ろから攻めてくるのだ!」


 ジョルジオ将軍は敵襲の報に血の気を失い叫んだ。その叫びは悲鳴のようにも聞こえた。


「後方の砲兵隊はほぼ壊滅の模様です。

将軍……将軍、ジョルジオ将軍閣下、ご命令を!」

「……うむ、騎兵で防御せよ。後方に騎兵を使って防衛線を張るのだ」

「将軍!しっかりしてください。騎兵はありません」

「なんだと。なんでないのだ?」

「あなたがお命じになったからです。

騎兵予備はついさっき正面の攻撃に出撃してます」

「な、な、なんということだ。運がないとはこの事だ。

歩兵で縦深(じゅうしん)防御陣形を組むのだ。騎兵をここに近づけるな!」


 ジョルジオ将軍の命令は直ちに第3連隊本隊に伝えられた。

 

「各大隊は中隊を縦にならべて騎兵の突撃に備えよ」


 第3連隊連隊長メルリット少将の命令に各大隊は速やかにその隊列を変更していく。

 そこへ砲兵隊を蹴散らした騎兵が突撃をしてきた。

 先陣は槍を掲げた騎兵。


「ぬう。女か?」


 メルリット少将は騎兵を率いて先頭を走る者が女であることに気づいた。

 フェルミナの名が一瞬頭を掠めたが、それをすぐに振り払う。フェルミナは確かに実在の人物と聞く。だが、プロの軍人は皆、その話を話半分として聞いていた。

 フェルミナは表舞台で踊る役者で、その役者を後ろで操っていた人物がいたのだろうと勘ぐっていた。メルリット少将もその一人だ。

 荒唐無稽な絵空事。まして、そんなものが唐突に自分の目の前に現れるなんて事が起きるはずかない。 


 フェルミナなどおらん!

 

 そう心の中で断言するとメルリット少将は正体不明の女騎兵を指差し、大声で叫んだ。


「撃て! あの女を撃ち殺せ。

他の騎兵も同様だ。一人残らず撃ち倒せ!!」


迫りくる騎兵に向けて一斉にマスケットが撃ち出された。戦場が轟音と白煙に包まれる。風で白煙が吹き払われると騎兵の姿はなくなっていた。


「やったか」


 とメルリット少将は満足そうに笑みを浮かべようとするのを副官の叫び声が遮った。


「将軍、あそこです!」


 副官が指し示すほうへ視線を向けると敵騎兵が大挙して進軍しているのが見えた。大した被害を受けているようには見えない。少将は困惑し首をかしげた。


「なんだ。きゃつら何で無傷なんだ?

何をしようとしているのだ?」




「やるな、あの指揮官」


 高地から戦場を俯瞰するように見ていたモルデオン准将はうなった。

 マスケットの一斉射撃が行われる直前、騎兵たちは射線から逃れるような機動をしたのだ。それは先頭を駆ける騎兵指揮官の状況判断力が並外れていることを意味していた。


「まずいな、これは」


 さらにモルデオン准将は唇をかみ締める。騎兵の軌道は縦深陣形を大きく迂回して歩兵の側面に回りこもうとしていた。


「一気に突き崩されるぞ」


 陣形が小刻みに震えて見える。急峻な騎兵の動きに翻弄され、歩兵が浮き足立っているのだ。後一押しされれば、味方の陣形はあっけなく崩壊するだろう。

 一刻の猶予もない。この状況は騎兵で対抗するしか乗り切れない。

 瞬間的に准将は決断する。

 今、動ける騎兵は自分だけなのだ、と。


「後先考えず騎兵を投入するからだ。馬鹿者どもが。

おおーい!

集まれ。全員集まれ! ぐずぐずするな!!」


 モルデオンは部下たちの方を向くと雷のような大声で怒鳴った。


「これより本隊の支援に向かう」


 集まってきた部下に向かってそう宣言する。

 そして、部下の反応など待たずに一気に坂を駆け下りていった。あまりの早さに一瞬置いてきぼりをくった部下たちは気を取り直し、慌ててモルデオン准将の後を追いかけ始めた。




 大きく迂回され、柔らかい脇腹である側面に突撃を受けた第3連隊は大混乱に陥った。

 縦横に駆ける騎兵に次々と跳ね飛ばされ、銃剣や槍に突き倒されていく。


「うう~む。隊形を崩すな。 陣形を維持しろ!」


 メルリット少将は大声で怒鳴ったが、怒鳴っているだけではもはやどうにかなるレベルではなかった。


 カツッ、カツッ、カツッとひずめの音に目を向けると先程見かけた女騎兵が猛然と近づいてくるのが見えた。左の小脇に槍を抱え、その視線はまっすぐにメルリット少将に向けられていた。傍らに控えていた副官、参謀たちが算を乱して逃げ出す。


「ああ、こら。逃げるな。戦え!」


 カツン


 馬が少将の横を通り過ぎる。一陣の風と共に蹴り上げられた泥が少将の頬にべったりと張り付く。しかし、少将がそれに不平を言うことはなかった。すれ違いざまの槍の一撃は寸分たがわず少将の心臓を貫く。少将はなんの痛みを感じることもなく一瞬で絶命した。


「後方防衛線が崩壊しました」


 伝令の報告がジョルジオ将軍の耳に空ろに響いた。


「前線の第2連隊と騎兵を戻せ。大至急だ」

「駄目です。敵の砲撃が激しく、伝令が通りません。連絡不能です」


 副官の悲痛な声。それもどこか遠くで聞こえる教会の鐘の音のような空々しさがあると将軍は思った。

 

 あまりにあっけなさすぎる

 ほんの数十分前までは我が軍が優勢だったのではないのか?

 高地を奪取し、これから正面を突破する、そういう手はずであったはずだ

 なのに、一体何が起きたというのだ。なんでこんなってしまったのだ……


「将軍。騎兵が、敵騎兵がきます」


 副官の絶叫にジョルジオ将軍は我に返った。



 モルデオン准将は一気に坂をかけ降りると騎兵本隊の天幕へと向かった。

 そこには伝令用の軽騎兵が300ほど残っていた。これが正真正銘、最後の騎兵戦力だった。


「なにをぼうっと突っ立っている。敵の迎撃をせんか!」


 モルデオン准将は手近の将校たちに向かって怒鳴った。

 その内の一人が首を竦めながら反論する。


「し、しかし、我らは伝令でありますので、勝手に持ち場を離れるわけにはいきません。いつジョルジオ中将の伝令指示がくるかわかりませんから」

「馬鹿者、その将軍の命が危ないんだ!

こんなのところでぼうっと見ていたら伝令など一生来なくなるわっ!

今すぐ、敵の騎兵を迎え撃つ。全員、俺についてこい!」


 モルデオン准将は一言吠えると騎乗する馬の尻に鞭を一つ入れた。馬は弾かれたように駆け出す。後には高地攻略に参加した残存500と軽騎兵300の800騎が続いた。




「敵の騎兵がそこまで来ています。早く退避してください」


 確かに騎兵がこちらに向かってかけてくるのが見えた。衛兵がマスケットを撃ちながら騎兵の進路を妨害しようと努力していたが、焼け石に水。あっという間に蹴散らされていく。


「うわ。だめだ。だれかおらんのか?」


 迫りくる騎兵から走って逃げようとするジョルジオ将軍と副官だが、人の足で馬から逃れれるべくもなく、あっと今に追いつかれる。

 追いついた騎兵が槍を振りかざす。

 その刹那。将軍と騎兵の間に割ってはいるものがあった。


「将軍! ご無事で」

「おお、モルデオンか!?」

「ここは私が防ぎます。将軍は早く安全な場所へ!」


 モルデオンはほんの一瞬だけジョウルジオ将軍へ目を向けると短く叫ぶ。

 そうしてすぐに視線を将軍へ襲い掛かろうとしていた騎兵へと目を向けた。そこで初めてモルデオン准将は、対峙している相手が女だと知った。


「女だと? だが、戦場で相見あいまえる以上は容赦せん」


 手綱を引き絞るとサーベルを振り上げ、モルデオンは女騎兵へと猛然と突進した。

 女騎士のもつ槍が目にも止まらぬ速さで繰り出された。それは准将の予想をはるかに上回る早さだった。まったく反応できずに槍はモルデオン准将の胸、心臓へとつきたてられる。

 ガツンと鋭い音がして槍が弾かれた。

 モルデオンはにやりと不適な笑みを浮かべ、そのまま強引へと前へと出る。女騎兵はその勢いに押し込まれた。


「この胸甲はちょっとやそっとでは貫けんぞ」


 重騎兵が装備する分厚い鉄で作られた胸甲はマスケットの弾丸やサーベルを弾くが、モルデオン准将のそれは特注品で通常のものよりさらに頑丈だった。その分重量も重くなったが、並外れた体格を誇るモルデオン准将はそれをなんなく装備できた。そして、そのモルデオンを支える愛馬『ストーム』も重騎兵が騎乗する大型の馬の中でも群を抜いて大きかった。その姿は中世の重装騎士を髣髴とさせる。

 一方、女騎士のほうは騎兵といっても軽騎兵の部類だった。纏っているもは普通の布製の軍服であり、騎乗する馬も中型から小型の部類だ。ざっくり大人と子供ぐらいの体格差があった。

 

「でいや!」


 彼我の差を一瞬で見抜くとモルデオンは力で押しきる戦術を選択した。

 ぐいぐいと前にでると叫びながらサーベルを振り下ろす。

 女騎士はそれを槍の真ん中あたりで弾くが、ぐらりと体勢をくずした。女騎士は手綱を引き、懸命にモルデオンとの距離を取ろうとする。モルデオンは逆にそうはさせじと前にでる。

 微妙な手綱さばきとサーベルと槍の攻防が何度も繰り返される。

 その内、モルデオンは女騎士の動きがおかしいことに気づいた。


 こいつ、右手がうまくうごかせないのか? 

 手綱捌きにむらがあるから、馬を動かせない方向がある

 ならば!


 モルデオンは、その弱点を利用して女騎士の死角へ入ることに成功する。すかさず、隠し持っていたピストルを取り出し、女騎兵の背後に撃ち込んだ。


 パン!


 乾いた銃声が響き渡り、女騎兵が馬上から地面に落下した。



 ジョルジオ将軍とブルクホン副官はモルデオン准将の助けを受けた後、ひたすら戦場を逃げていた。だが、あちらこちらに敵騎兵の姿があり、完全に逃げるべき方向を見失っていた。


「もはやこれまでか。

四方を敵に囲まれて、これではどこにも逃げようがない」


 ジョルジオ将軍は疲労困憊という風に地面に座りこんだ。

 それをブルクホン副官が励ます。


「何を弱気なことをいっておられるのですか。ここはなんとしても切り抜けて再起を……

だ、だれだ?!」


 副官は気配を感じ振り返る。と、そこには薄汚れた格好の男が一人たっていた。

 青い軍服はボナンザン兵士であることを示している。副官はひとまず胸をなでおろした。


「ジョゼ中尉であります」


 面長で無精ひげを生やしたその男は敬礼をすると強い訛りでそう答えた。


「どこの所属だ」

「へい、正面のところです」

「ふむ。第2連隊か」

「へい、そうです。みんな散り散りになっちまいやして。

えっと、そちらは将軍様で?」

「うむ。ジョルジオ中将閣下だ。わたしはブルクホン。少将である」

「へへい。これは。これは将軍閣下様でありますか……

見たところ、お二人だけのようですが、なんでこんなところに二人だけで?」

「敵に司令部を強襲されて、ここまで退避してきたのだ」

「はあ~、なるほど。それは心細いでしょう。ならばここは私めの部隊でお守りします」


 ジョゼ中尉は、そう答えると草むらにむかって、「おおい、でてこい」と叫んだ。すると、草むらから一人、二人と次々と兵士が立ち現れた。その数に将軍と副官は大いに驚いた。


「へへ。うちの中隊です。100人ほどに減ってますけどね」

「う、うむ、そうか。しかし、いまのこの状況では100人でも、いてくれれば心強い」


 突然の友軍の出現にジョルジオ将軍は力を取り返したように立ち上がった。


「さて、問題はどちらへ逃げるかだが……」

「それなら閣下。私めに考えがあります」


 どちらの方向へ行くか決めかねていた将軍にむかってジョゼ中尉が進言してきた。


「ハーマンベルに行きましょう」

「なんだと?」

「へい。ここから一番近い味方はハーマンベルです。だから、そこにいくのが一番手っ取り早いです」

「馬鹿を言え。敵の正面を抜けてハーマンベルに行けるわけがなかろう」

「そうでもありやせん。敵の正面っていっても、敵の密度はそんなに高くは無いですから。このぐらいの人数でこっそり行く分には案外見逃されるもんです。

奴さんがたもまさか堂々と中央を突破してくるとは思わんものです。やってみると意外とあっさり出来たりするんですよね」

「しかし……そうだろうか?」


 迷うジョルジオ将軍に向かって、ジョゼ中尉は胸を叩いてにやりと笑った。


「大丈夫。私めらが命に代えて閣下をお守りしますから、大船に乗った気でいてくだせえ」



2020/08/08 初稿


次話予定 「終局 スナップショット ~ ミゼット」

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