ミゼット 騎兵と対峙する
「来たよぅ、来たよぅ」
わたしたちのいる高台に向かって、ボナンザンの兵隊さんたちが進軍をしてくる。青い服を着た人たちの縦隊が幾つも幾つもわらわらと登ってくる。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……」
30ほど数えて飽きてやめた。縦隊一つで30人ぐらいだから、2000人より多い。
「ミゼット様、どうされます」
砲兵隊の隊長さんが聞いてきた。わたしは首を急角度で上に向ける。むぅ、この隊長さん、無駄に背が高いので首が疲れる。
「砲撃準備だねぇ~。
弾種は弾丸だよぉ」
「了解しました。
よし! 野郎ども、弾込めろ。
砲撃準備だぁ!!」
大体、高台のここまで1000ムゥだから、人の足だと10分位はかかるかな。
「手持ちの6クラギー、4クラギー砲全てを正面に集めるんだよぉ」
全部合わせて40門。一分で一発撃てるとして、ざっと400発を撃ち込める計算。
「全砲門、弾込め完了です」
「良いよ。うんじゃぁ、水平砲撃開始だよぉ。
各自でどんどん撃っちゃって」
わたしの命令で砲撃が開始される。
砲弾が登ってくる兵隊さんたちに容赦なく撃ち込まれる。砲弾は着弾したところから跳ねて、更に坂を転がり落ちていく。跳ねても勢いはほとんど変わらない。高温に熱せられた凶悪な鉄の塊だ。人なんかに当たったら、遥か彼方に弾き飛ばしてしまうだろう。事実、砲弾が通ったところは一本の黒い筋になった。
敵が登ってくる北西の斜面はたくさんのボナンザンの兵隊さんの軍服で青い野原、というか一枚の布を敷いたようだった。そこを何十という砲弾が通りすぎていく。通り過ぎたところはジグザグの黒い筋になった。まるで虫に喰われた葉っぱのようだった。でも、実際はあの黒い筋の下には何十もの人の死が折り重なっているのだ。それを想像すると少し気分が悪くなった。
気を強く持ちなさい。戦場では、一瞬の気の迷いで立場が反対になる。殺す側が殺される側にいとも簡単に入れ代わる。だから、殺す側であるならば、歯を食いしばり、その場に踏みとどまるのよ。
カルディの言葉が頭をよぎった。
ううう……、頑張ろう
ひたすら砲撃を続ける。と、隊長さんが叫んだ。
「敵が撤退していきます」
隊長さんの言うように、兵隊さんたちが坂を降りていくのが見えた。
「撃ち方やめ~。やめだよぉ~。撃つのやめて~」
「了解です。
撃ち方やめだ。 野郎共、撃つのをやめろ。
おら! さっさと撃つの止めんかい!!」
隊長さんが怒鳴りながら走り回る。なんてったって大砲は音が煩いので、どんなに大声を張り上げたって聞こえやしない。
隊長さんは、砲兵さんたちの頭をぺしぺし叩きながら砲撃停止を命じていた。あー、砲兵隊の隊長さんって大変だなぁ。
「はぁ、はぁ、はぁ
止めましたが、次はどうしますか?」
戻ってきた隊長さんは肩で息しながら聞いてきた。
「少しお休みだよぉ。
多分、今度は騎兵が出てくるよ。砲撃準備しておいてね。弾種は散弾に変更だよ。いつでも撃てるようにしておいてねぇ」
少しは休めるかなと思ったけれどそんなに甘くはなかった。
「ミゼット様。騎兵です。重騎兵、数は1個大隊規模です」
隊長さんが緊張した声で言った。
「そだね~。それじゃ6クラギー砲は各自でどんどん撃っちゃって。
できるだけ弾がバラけるように各砲少しずつ角度をつけてね。
4クラギー砲は待機だよ。指示するまで撃っちゃダメだよぅ」
再び砲撃が始まった。散弾に撃ち抜かれ、バラバラと騎兵さんが落馬していく。
マスケット弾の一発、二発ならば耐えられる頑丈な重騎兵の胸甲もさすがに大砲で大量に発射される散弾には耐えられない。それでも何騎かの幸運な騎兵さんが弾をかい潜って坂を登ってきた。
ざっくり100を超える騎兵さんが坂の中腹を超えてきた。
残り距離500クルム弱。
わたしは大声で号令する
「4クラギー砲、撃って!」
周囲に轟音が轟き、もうもうと白煙が舞い上がる。
視界が真っ白になった。
どうなったのだろうとぼんやりと白い煙を見ていると、煙の向こうに淡い影が現れた。
影はどんどん濃く、大きくなる。
ドドドという蹄の音が地面から自分の足へと伝わってくる。
ぶわりと白煙を押し退けて騎兵が現れた。
騎兵が持つサーベルが太陽を捕らえ、ぎらりと光を放つ。
それを合図にするように世界の時間軸がグニャリと歪む。
何もかもがゆっくりと動いていく。
巨大な騎兵は大きく口を開けていた。わたしを睨みつけ、きっと何かを叫んでいるのだろうけれど、何故だか何も聞こえない。
ゆっくりとサーベルが振り上げられ、そして振り下ろされる。
わたしはまるで粘り気のある飴の中に放り込まれたかのように、のろのろとしか動けない。
ゆっくり、ゆっくりとわたし目掛けて振り下ろされるサーベル。それを避けようとするわたしの動きは、それよりももっと遅い。絶望的にのろかった。これでは避けることができない。
ああ、そりゃ、そうよ。だってわたしは、カルディでも、お嬢様でもない。どんくさい、役立たずなんだから……
強い衝撃。と同時にズシャっと顔面を地面に押しつけられた。顔中、土だらけ。口の中にもたくさん砂が入ってきた。
「うへぇ、ジャリジャリ~」
わたしは顔をしかめて口の中の砂をペッペッと吐き出す。
グニャリと時間軸が歪んで、再び時間と音が帰ってきた。
「大丈夫ですか?」
間近に顔があった。
気がつくと、わたしは隊長さんに覆い被さられるように地面に伏せていた。間一髪のところを隊長さんに救われたようだ。
「ウキャ!」
隊長さんがぐいっとわたしを抱きしめとゴロゴロと地面を転がった。
わたしたちの横を再び馬が通りすぎる。ついさっき寝転がっていたところだ。
「槍兵! おら、さっさと始末せんか。砲撃の邪魔だ!」
隊長さんが大声を上げる。槍を持った兵隊さんたちが陣地で暴れまわる敵の騎兵さんたちに群がっていくのが見えた。
「あうううぅ。敵に抜けられたの?」
「大丈夫です。たかが5、6騎です。すぐに始末できます」
「大尉!」と声がかかった。兵隊さんの一人がマスケットを投げてきた。隊長さんはそれを器用に受け止めると、すぐさま狙いをつけて発砲した。
命中。
マスケットの先にいた騎兵の馬が大きくいななきどうっと倒れた。すごい。
「取り敢えず、こっちへ」
「はひっ、あわわわわ」
暴れるボナンザンの騎兵さんとそれを制圧しようする味方の兵隊さんたちで騒然となる陣地で、わたしは隊長さんに引きずられ、というかほとんど小脇に抱えられあっちへ行き、こっちへ逃げてを繰り返した。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「はひ、はひ、はひ」
ようやく一段落した時には二人とも肩で息をしながら地べたに座り込んでいた。
もう、暫く動けない、と思ったところへ一人の兵隊さんが血相を変えて駆け寄ってきた。
「大変です。北方向から敵騎兵が多数現れました!
こちらに向けて進軍して来ます」
わたしと隊長さんは顔を見合わせると急いで北端へ向かった。
「軽騎兵ですね。数が多い。さっきの倍はいますね」
「むふぅ……」
わたしはどんどん近づいてくる騎兵さんたちを見て、ため息を吐いた。
北側は坂の中腹まで林になっていた。林が切れてから陣地のある頂上まで急に勾配がきつくなる。シャルロットお嬢様からは、人や重騎兵では厳しいけれど軽騎兵なら登坂できるから注意しろと言われていた。
だけれど、正面より砲撃できる距離が絶対的に短かった。それはすなわち敵を砲撃できる機会が少ないと言うことだ。だから北側には砲列を敷くのやめ、正面に集中させた布陣をとっていた。
敵はその布陣につけこんできたと言うことだ。
林を抜けた騎兵さんが掛け声高く叫ぶと更にお馬さんを加速させる。
ドドドッと大きな土煙が上がった。
「おっ、転けた」
と、隊長さんが呟いた。
ドドド、ドドドンと斜面のあちらこちらでお馬さんが転ける。
「転けたねぇ。うわ、痛そう」
わたしは顔をしかめて答えた。
弾幕で圧倒できないから、代りに罠を仕掛けておいた。
斜面の一面に幾重にも網を敷いておいたのだ。お馬さんが勇んで駆け込んできたら、たちまち足をとられ、スッ転がるって寸法なのだ。
転んだ馬に、急には止まれない騎兵さんがつまずいてまた転ぶという大惨事が目の前に繰り広げられていく。
頃合いを見計ると、わたしは手を上げて、すぐにスッと下ろす。
それを合図に北の斜面の要所に隠しておいた2クラギー砲が火を吹いた。
「いやぁ、完全に敵の動きを読みきった、見事な采配ですね」
隊長さんは、砲弾に倒されていく敵兵さんを眺めながら言った。なんとなくくすぐったかった。
「それほどでもないよぉ~。北から敵が来ると言うのはシャルロットお嬢様が言ってたからねぇ」
「そうだとしても、射程の長い4、6クラギー砲を北西の敵正面に集中させて、逆に射程の短い2クラギー砲を全てを北側に配置する陣地設計はミゼット様の考えです。
こんな思いきった配置はなかなかできません」
と、言うと隊長さんはニカッと白い歯を見せて笑う。
………あれっ? 誉められて照れるのは分かるけど、わたし、なんでこんなにドキドキしてるんだろ。
あれっ?
わたしはそっと隊長さんの方を覗き見る。
ドキン!
一際大きく心臓が跳ねた。
あれっ?
あれっ?
これ、なんでだろうっ??
2020/07/11 初稿
次話予定『ハーマンベル攻防戦 Ⅱ』