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シャルロッテは嘆き、セドリックに想いを馳せる

「お嬢様……お嬢様。

いい加減に起きてくださいまし。

朝食を食べていただかないとちっとも片付きません」

「うううう、いらない。

私はこのまま何も食べずに飢え死にしてやるのよ……」


 私はベッドでお布団を頭から被ったまま、情けない声を上げる。セドリック様から婚約破棄を言い渡されて早、一月(ひとつき)になる。私は未だにその傷が癒えることもなく日々を泣き暮らしていた。


「そうは言いましても、お嬢様、夜中にクッキーとかこっそりお食べになってますよね」


 ギクッ


「それだとなかなか飢え死できないと思われます。

毎日、死ぬ、死ぬとか言いながらベッドで日がな1日ゴロゴロされていますが、わたくしには単にマナーのレッスンとかが、かったるくてサボっているだけに見えますが」


 ギクッ ギクッ


「ナ、ナ、ナ、ナニヲイッテイルノ、かるでぃな」


 あっ、声が裏返っちゃった。ゲフン、ゲフン


「あなたには、私がセドリック様から婚約を破棄されてどれほど傷ついているの分からないのよ。

絶望よ!この世の終わりよ!」


 がばりと布団を引き剥がされた。窓から差し込む陽の光を背にカルディナが呆れたような面持ちで私を見下ろしていた。


「わたくしにはお嬢様がどうしてそれほどセドリック様に拘るのか分かりませんね。

確かにセドリック様は王子ですが第三王子。それにお母様は側室。それも侍女のお手つきですから強力な後ろ楯もありません。それ故、王室ではかなり肩身の狭い思いをされているとか。

巷では臣籍降下の噂も絶えません。

お顔立ちは気品がございますが、ぶっちゃけわたくしは好みではありませんね。

頭の方も……

人柄はよろしいようですが、人が良いのは権謀術数が渦巻く宮廷では不安要因でしかありません。

率直に申し上げると、お嬢様が嫁がれても苦労しかないと思います」

「……すごい言われよう。主人の想い人をそこまでディスるか。

なんかだんだん腹がたってきた。

ええぃ!おまえにはセドリック様の良さが分からんのだ」

「はあ、セドリック様の良さですか。

手短かつ具体的にご教示願います」

「むむう、あの目よ。あの目が良いのよ」

「目?やっぱり男は顔ですか?」

「違う!私は、そんな軽い女ではないわ!

セドリック様はな、私のことを、こうじっと見つめてくれるのじゃ!

私が私であることを認めてくれるのだ。

ありのままの私が良いと言ってくれたのじゃ!」


 私はベッドの上に仁王立ちになり、両手を上げて叫ぶ。

 ああ、セドリック様!褒め称えよ(ハレルヤ)

 あっ、なんか天上から光が降り注いでくる感じ。


「その割りに婚約破棄されましたよね」


 カルディナの一言が私をガラガラと奈落の底に突き落とした。


「うわあああ~、そうだったぁ~~」


 私はヘタリこみ頭を抱えた。


「そこそこ仲がおよろしいように見えましたが……

男心と秋の空、と言う奴ですかねぇ」

「私のセドリック様に限ってそのような浮わついた心など持ち合わせていない!……と思うのだが……

私もその点はずっと腑に落ちずにいるのよ」


 私は透け透けネグリジェのまま、ベッドの上で胡座を組んで、ついでに腕も組むと頭を捻った。


「うーーん。

あの泥棒猫のミーシアがセドリック様にちょっかいを出してきたのかとも思ったのだけど、あいつは今、王太子のガーシュイン様に色目を使っていて、婚約者のメアリー様と絶賛恋の鞘当て中なのよね。とてもセドリック様にまで手を出す余裕はなさそう」

「ミーシアって、最近噂の元平民の娘のことですか?いろんな御令息に粉かけて顰蹙を買っているそうですね。

でも、そのミーシア様は関係ないとすると、やはり、お嬢様の魅力がないせいですかね」

「うむ。そうだな。これも私の魅力がな……

またんかい!誰の魅力がないだ!」

「だからお嬢様」

「やめろ、やめろ、指を差すな!

特に胸と顔とか指差すのをやめんか!」


 私が掴みかかろうとするのをカルディナは軽やかなステップでかわす。


「うぬぬぬ、小癪な奴!」


 私が歯軋りをしていると突然、ドアが開き、一人のメイドが飛び込んできた。


「ああ、お嬢様、たいへん、たいへん、たいへんですぅ」


 それは私付きのもう一人の侍女、ミゼットだった。


「たいへんたいへんたい、お嬢様、へんたいです!」


 私は血相を変えたミゼットの眉間にチョップをぶちこむ。ミゼットは眉間をおさえ、悶絶する。


「ぐはぁ」

「誰が変態だ」

「『たいへん』って繰り返して言ってると『へんたい』になりますよね。

そもそもお嬢様は『変態』なんですからミゼットを責めるのはおかしいですよ」

「もう、カルディナは黙れ。話がちっとも進まない!

で、ミゼット。なにがそんなに大変なの?」

「ううう、お嬢様、ひどいですぅ。眉間割れちゃいますよぅ」

「主人を変態呼ばわりするメイドにはそれぐらいで丁度良いわよ!

そんなことよりなにが大変か、早く話しなさい」

「ええっとですね。セドリック様が第三近衛兵団の団長に任命されて、カルドナ地方へ遠征に向かわれるとのことですぅ」


 ミゼットの言葉に私は驚いた。

 もうどこから突っ込めば良いかと悩むほどの情報だった。

 まずはカルドナ地方への遠征。

 今、カルドナ地方で軍事行動を起こすとしたら目的は一つしかない。

 私は眉間にシワを寄せる。


「ハーマンベル鎮圧か」


 ハーマンベルとはカルドナ地方の国境に近い城塞都市だ。交通の要衝で、カルドナ地方における最重要軍事拠点であった。

 そのハーマンベルが一月ほど前に突如として反乱を起こした。本来なら正規軍を送って速やかに鎮圧すべきところが、その命令がなかなか下りなかった。

 陸軍大臣の私のお父様がいくら進言しても、様子を見るだの、慎重にことを運ばなくてはならない、とか言われて今日まで指を咥えてみていたのだ。


「ようやく重い腰を上げたのは喜ばしいことだけど……

近衛兵団を派兵?

それも指揮官が軍事素人のセドリック様とは。解せないことばかりね。

そもそも第三近衛兵団なんてあったかしら?」


 我が国、ファーセナンにおいて親衛隊、近衛隊は王族を守護するのが仕事で軍隊より警備隊の性質が強かった。なので、第三近衛隊とはセドリック様専用警備隊のことだ。国王陛下や王太子と比べれば、第三王子の警備となると手も薄くなりがちだった。有り体にいえば重要視されていない。私の記憶が正しければ、第三近衛隊の規模は、歩兵と騎兵が各々二個中隊。1000人にも満たない。


「ハーマンベルの反乱軍は5000人位だったと思ったけど……

とても第三近衛隊で手に負える規模じゃないわ」

「なんでもいろんなところから人をかき集めて10000人位にしたとか言ってましたよ」

「それでも無理。城塞攻撃の経験値が高い指揮官ならともかく、セドリック様では2倍程度の兵力でハーマンベルの攻略は無理よ」

「あらまぁ、セドリック様。やられちゃいましたね」


 カルディナが言いたいことは分かる。どうもセドリック様は得体の知れない悪意に晒されているようだ。どこかで誰かが糸を引き、セドリック様のお命を狙っている、と考えるべきだろう。


 命の危険!


 その言葉が私の全身を貫いた。

 色々なものが電光石火で繋がっていく。


「あーーーー、そういうことか!」


 私は立ち上がると大声で叫んだ。


2020/5/13 初稿

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