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シャルロッテ 夜想曲(ノクターン) アルギアの小さな指輪

 もう、なにがなんだか分かんないよ!


 今まで積み上げてきたものが音を立てて崩れ落ちる気がした。

 そっとナイフとフォークを置く。半分も食べていないけれど、食欲は既にない。

 

「よろしいですか?」


 うつむいて固まっていると給士がそう問いかけてきた。黙って頷くと皿が片付けられて新しいお皿が出てきた。


 ……おかわり、ですか。そりゃ、そうか。

 フルコースだから、次の来るよね。これメインディッシュの一つ前のお肉料理かしら。

 どうしよう。


 カツレツが乗せられたお皿を恨めしそうに眺めなら思案に暮れる。もう、自分の料理のマナーの知識がすべて信用ならかった。萎縮して動きが取れない。また変なことをして恥ずかしい思いをするぐらいなら食べないほうがましというものだ。

 と、思っていると名案が頭に閃いた。


 そうだ、他の人のを見て、真似ればいいんだ! 

 ああ、私、なんて頭がいいの!

 では、さっそく……

 って、みんな、めっちゃ、こっち見てるよ!!


 テーブルに座っている人たちが、フォークもナイフも置き、一斉に私のほうを見ていた。ちょっと引くぐらい異様な雰囲気だ。


 な、なに? 一体、なにが起きてるの。

 なんでみんな、私に注目しているの?


 誰もぴくりとも動かない。みんな、次の私の動きを監視しているみたいだ。

 も、もしかして、あれかしら。

 剣術の達人同士の果し合いみたく、「先に動いたほうが負け」ってやつ?

 まさか、晩餐会でこんなことになるなんて想像もしてなかったわ。

 上流階級の晩餐会恐るべし、だわ。


 う~ん、このまま何もしないでじっとしていても許してもらえる雰囲気じゃないなぁ。

 特にメアリー様のあの期待のこもった目が怖いわ。どうみたって、さっきのダンスの一件を根に持ってるわよね。


 助けを求めるように、隣に座るギャセルへと目を向けた。でも、ギャゼルは、明後日の方向を見て完全に目をあわせようとしてくれない。

 居てくれるだけで心強いなんて思ったけど、前言撤回。駄目だ。まったく役にたたないわ。


 ああ、なんか何もかも面倒くさくなってきた。もう良いか。どうせ、恥かきまくりなんだから、もう好き勝手しようかしら。


 そんな風に考え始めてると、カチャ、カチャと食器がぶつかり合う音がした。マナー悪いなぁ、と思いながら音のするほうをみると、セドリック王子様だった。

 まるで申し合わせていたように視線があう。

 と、セドリック様は微かに首をかしげるとゆっくりと、これ見よがしにフォークとナイフをとった。


 これは!


 私の頭に稲妻が閃く。

 私は急いでセドリック様が取ったのと同じフォークとナイフを手に取った。




「はぁ~~」

 

 中庭に一人佇み、夜空を見上げる。

 そして、大きくため息をついた。

 やっと食事が終わって歓談時間なったのを見計らって中庭に逃げてきたのだ。

 ぐずぐずしていたらまた、メアリー様辺りから変なちょっかいをかけられそうで怖かったからだ。それこそ、さっきの躍りの続きがどうとか言われそうだった。

 中庭には誰もいない。

 雲はない、新月で一際星が映える夜だった。何百もの星が静かに瞬いていた。

 その静寂を破るように声がした。


「やっぱり、ここにいたんだ」


 もう、声だけで誰だかわかってしまう。それが良いのか、悪いのか。声に振り向き、お辞儀をする。


「これは、ユァ・ロイヤル・ハイネス」

「あはは、止めてよ。君にそんな呼ばれ方されるとなんかすごくくすぐったいよ」


 どうせ、自分のようなマナー知らずの山猿が、正しい呼称をしても滑稽なだけか。


 そう思うと、悲しさと怒りと失望がいっしょくたになった感情に包まれた。


「ならば、なんとお呼びすれば良いので?

私のような不作法者には分かりかねます!」


 思わず荒い言葉が飛び出した。

 しまった、と口を押さえてももう手遅れだ。発した言葉は元には戻らない。


「あっ、そ、その申し訳ございません。

その、やはり、私、全然ダメでした。ここへ来る資格なんてなかったのです」


 頑張ったのに結果を出せなかった悔しさ。もっと上手くやれた筈という後悔。その他、色々な思いが頭の上でぐるぐると渦を巻く。


「う~ん、そうだね。セドリックで良いかなぁ」


 私の負の感情を全く無視したような、屈託のない笑顔でセドリック王子様は言った。

 

「はい?」

「うん。僕のことはセドリックって呼んでくれれば良いよ」

「いえ……その、さすがに王子様を呼び捨てにはできかねます」

「そうなの? 僕は気にしないよ」 

「私が、いえ、回りが気にします」


 「それは残念」と言いながら、またふわりと笑った。その笑顔を見ているとなんだか心臓の鼓動が早くなった。


 なんだろ。この感覚?

 なんかふわふわして気持ち悪いけど、今はやらなくてはならないことがある。


「あ、あの。

先ほどから、大変失礼なことをしてしまいました。つ、慎んでお詫び申し上げます」


 深々と頭を下げ、謝罪する。

 最初の中庭での態度やさっきの八つ当たりのような言葉。不敬を問われても文句が言えない。

 

「う~ん。だから、気にしてないって」


 セドリック王子様は苦笑いを浮かべた。


「私、メアリー様が言うように本当に何も知らない田舎者です。

食事のマナーもてんでデタラメで――」

「いや、食事のマナーは別に間違ってはなかったよ」

「へっ?」


 間抜けな声がでた。きっとこれも不敬に当たる気がしたけど、マナーが間違っていなかった、という言葉のインパクトの方が強すぎる。


「間違ってなかったって……

私、フォークとかは外から使うって教わっていましたけれど、でも、みんな私とは違うフォークやナイフを使ってたから、てっきり順番を間違えたものと思ったのです」

「うん。外側から使っていくで間違ってないよ。それがルール」

「合ってたのですか?

でも、じゃあなんでみんなルールと違うことを……

なんで? 意味が分かんない」

「たまにね、マナーに慣れていない子が参加すると、その子の方をじっと見て、先に食べさせてから、敢えて違う方法でみんなで料理を食べるってことをするのさ。

そうすると標的になった子は、作法を間違えたって慌てる。大抵泣き出したり、逃げ出したりするんだけど、それを見て、またみんなで笑うんだ。

みんなちょっとしたイタズラっていってるけどね。まあ、悪趣味な苛めだね」

「じゃ、じゃあ、私、その苛めの標的にされたってことですか?」

「有り体に言えばそうだね」


 なんとなくほっとした。


「そうですか」


 出てきた言葉はそれだけだった。怨みとか怒りは不思議なほど湧いてこなかった。ただ、自分のやっていたことが間違ってなかったのが何より嬉しかった。


「君はやっぱり、変わってる」


 セドリック様は不思議そうに言った。


「普通、そういう話を聞かされると怒ったり泣いたりするものだけど。君は何か嬉しそうだ」

「自分でも不思議ですけどなにか怒る気にはなりません。

私の場合は、途中でユァ・ロイヤル・ハイネス・セドリックに助けていただいたからですかね」

「長いね、その名前!やめないかい?

それに助けたって、何の話?」

「だから、呼び捨てなんかできません。ユァ・ロイヤル・ハイネス。

おとぼけを、私が困っていたのを見て、先にお手本を見せてくれたではないですか。

だから、私は王子の真似をして安心して食べることができました」

「王子!

良いね、それで行こう。セドリック王子って呼んでよ。

いやいや、なんのことだか分からない。ほら、さっきも言ったと思うけど、僕は単にお腹がペコペコだったら早く料理に手をつけただけだよ」

「ならば、セドリック王子様、で!

これ以上は負かりません。

そんな、空腹を抱えた王子様など聞いたことありませんよ」

「う~ん、王子を外してほしいなぁ、でも、まあ、ふふふ。仕方ない。それで手を打とう。

ふふふ、なぜだろうねぇ。今日は無性にお腹が空いたのさ。ふふふふ」

 

 セドリック王子様は可笑しそうに笑い始めた。それを見ていると何故だか自分も笑いが込み上げてきた。


「ふふ、嫌ですわ。セドリック王子様、ふふ、なんで、そんなに可笑しそうに、ふふふ、笑うの、うふふふ、です?」

「なんでって?ふふふ、さあ、なんでだろう。ふふふふ、そう言う君はなんで笑っているの、ふふふふふ」

「えっ?だって、なんていうのか、ふふふ、王子様の呼び方をどうするかなんて交渉するなんて、それも、平民が市場で値切り交渉するみたいにって、さらに言うなら当の本人を目の前にしてって、ふふふふ、絶対、ふふふ、可笑しいですもの。ふふふふ。変、絶対に変です。

あははは」


 ついにこらえきれなくなって、私は大声で笑いだした。笑うのを止められなかった。


 こんな、こんなのあり得ない。


 王子様の目の前で馬鹿みたいに大口を開けて笑いこけるなんて、マナー違反にもほどがある。マーサに見られたらとてつもない雷を落とされる。それとも、卒倒するかも?

 それでも笑いを止めることができなかった。セドリック王子様も私と同じように口を開けて笑いだした。

 それが……そう、それが無性に楽しかった。

 私と王子の笑い声が、夜の空の下、朗々と響きわたった。




「ああ、苦しい」


 笑いの発作がようやく落ち着いて、涙を指で拭いながら呟いた。


「本当に。久しぶりに笑わせてもらったよ」とセドリック王子様も言う。その表情は少し寂しげだった。


「久しぶり?」

「まあね。王子という役回りも(はた)で思うほど楽しくはないんだよ」


 私の何気ない問いに王子はイタズラを見咎められたようなばつの悪そうな表情になった。

 王子が自然に発するオーラ、屈託の無い善意と表現したほうが良いかもしれない、とにかくそういう好ましいなにかが急に陰を潜める。

 それを見て、王子の中にある触れてはならないなにかなのだろうと直感した。

 だから安易に大丈夫とも、大変ですね、ともいえなかった。当たり障りのない言葉で誤魔化しては駄目だとおもった。

 そんな手抜き、それこそ不敬に当たると私には思えた。

 だから、「空を見ていました」と言ってみた。


「えっ?」

 

 聞き返すセドリック王子様に、王子様に負けないとびっきりの笑顔をみせる。それで少しでも気分が軽くなってと願いながら。


「ほら。さっき、何をしているのかってお聞きになられたでしょう?」

「あ、ああ。うん、聞いた。

夜の空をじっと見ていたので心配になったのさ。

そうか、空を見ていたんだ……

でもさ、それ本当のこと? 実は泣いていたんじゃないの?

涙がこぼれないように空をみていたのではないの?」

「いいえ。泣いてなんていません。本当に空を見ていただけです」

「ふ~ん。でもさ、空なんてなにもないじゃないか。特に夜の空なんて真っ黒でさ。

それなのに本当に単に空を見ていたっていうの?」


 セドリック王子様は疑り深そうな目を向けてきた。


「空になにもないなんてとんでもありませんわ。

空は色々なことを教えてくれるのですよ。

とても有用なんですから」

「えぇ、本当かなぁ。たとえばどんな役に立つというの?」

「例えば、月にかかる雲を見れば明日の天気が分かります」


 私に言われて王子は半信半疑の様子で空を見上げた。


「月……ないね」


 しまった。今夜は新月だ。


「ま、まあ、そういう夜もありますわ。

え、えっと。でもそんな夜は変わりに星が綺麗なのです

そうそう。星を見れば方角を知ることができます!」

「へぇ、知らなかったな。どうやるの」


 すこし空へ視線を動かし目星のものをさがす。それは、すぐに見つかった。空を指差し王子様に説明を始める。


「まずですね、あそこに見える白っぽい色の星と青みがかった星。それから、そのすぐ下の星を繋いでいくとスプーンみたいな形になるでしょう?」

「え、どれ?」


 セドリック王子が私の指指す星を見定めようと、私の肩に頬をつけてきた。


 いや、ちょっと、王子様、近いです、近い。


 王子の息遣いが頬に当たり、私の心臓が警鐘のように脈打ちだした。

 

「ああ、あれか確かにスプーンみたいにみえるね。それからどうするの」

「え?! ええと、ですね」


 慌てて身を翻して王子との距離をとった。

 心臓の音を聞かれなかったかとか、汗のにおいが臭くないかとか色々なことが急に気になりだした。

 顔が全体的に熱を帯びる。火照る頬に手を当てて熱を一生懸命冷ましながら、なんとか言葉をつなげる。


「ス、スプーンの先のところから、垂直に延ばした先に目だって光る星が見えると思います。

あれが北極星ポラリス。常に北の方向に輝く星です。別名、竜の一つ鱗、片目の復讐者アベンジャーズアイと呼ばれています」

「ああ、あれがアルギアの小さな指輪か」

「え? なんですか、アレ、アル……アルギアの小さな指輪……?」

「母上の故郷では、北極星のことをアルギアの小さな指輪というそうなんだ。

話には聞いていたけど、見るのは初めてだよ!」


 セドリック王子は急に熱っぽく語り始めた。なんか、王子がうれしそうなのを見てると私もうれしくなってくる。なんでだろ?


「あるところにアルギアという少女がいた。

ある日のこと恋人が海で難破して返ってこれなくなった。アルギアが岬で神様に祈りを捧げると恋人が無事に戻ってきた。

真っ暗な海で右も左もわからない状況だったけれど、空に一点だけ光る星があってそれを目指して進んでいたらアルギアの元に戻れたと恋人は言う。

それは恋人がアルギアに送った小さな指輪の光だったんだ。アルギアは感謝を込めてその指輪を神様に差し出すと神様はそれを天空に掲げ、旅行く人の目印にした。それが今の北極星になったという言い伝えさ」

「はぁ、なるほど、それがアルギアの小さな指輪ですか。初めて聞きました」

「うん、だろうね。僕の母上は南の辺境の出身だから。ファーセナンの言い伝えではないよ」

「そうなんですか。でも、ロマンチックなお話ですね」

「そうだね。僕も、そうやって誰かの身を守る道しるべになれたらいいなと常々おもっているんだ」

「あら、王子様はもう立派にその役を果たされてますわ」

「どういう意味?」

「ほら、食事の時に私に道を示されたではありませんか」

「ええ、あんなのは大したことじゃないよ」

「いいえ。あの時、王子様のご助力がどれほどありがたかったことか。言葉には尽くせません」


 と言ったとたん、私の心臓がきゅうっと音を立てた。見えない手で引き絞られようなくすぐったい疼きに戸惑った。

 戸惑いながら、何かしなくてはという正体不明な衝動に駆られた。

 小さく息を吐く。そして、片膝をつき、静かにこうべを垂れた。

 突然の行動に王子様は驚きの声をあげた。


「え。急にどうしたの?」

「わたくし、シャルロッテ・ベルガモンドはセドリック・マクラハン陛下に終生の忠誠を誓います」

「え、ええ!それって……なんでそいう展開になるわけ?」

「陛下。騎士の誓いでございます。許諾をお願いいたします」

「騎士の誓いって君は女の子じゃないか」

「女である前にわたくしは武をもってお仕えするベルガモンド家の者です。騎士の誓いの一つや二つ、無問題でございます。

さぁ、忠誠の誓いの許諾を!」

「ああ、なんか本当に君は僕の想像を軽々と超えてくるなぁ。いいよ。わかった。

セドリック・マクラハンの名において、汝、シャルロッテ・ベルガモンドの忠誠の誓いをここに許諾する」


 王子の手が私の肩に軽く触れる。


「許す!」と王子が一際大きな声で言った。




「クシュン!」

 

 セドリック様が突然くしゃみをした。


「大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫。急に冷え込んできたから」

「これからぐっと冷えますので風邪など召せませんようにしないと。

もう少し行くと休憩所があります。そこで温かい飲み物とか手に入れれるでしょうから、もうしばらく辛抱願います」

「なんでそんなことが分かるの?」

「先ほどの休憩所から3時間ほど経ちますので、そろそろ見えてくる頃合いです」

「そこだよ、そこ。なんで時間が分かるの。まさか心の中で数を数えているわけじゃないよね?」

「まさか。そんなことをしてたら、セドリック様と楽しくお話ができないじゃないですか。

ほら、あれです。アルギアの小さな指輪ですよ」

「アルギアの小さな指輪? 

北極星のこと? でも、あれは方角を示してくれるけれど時間なんかは分からないでしょ」

「いえいえ。北極星以外の星は北極星を中心に回転してますから、北極星から見た角度で大まかな時間が分かるのですよ」

「ああ、成る程。そうか。すごいね」

「だから、申しましたでしょう。空を見れば色々なことが分かると。

覚えてられますか?」

「うん、うん。勿論。

僕らが初めて会った日のことだよね。

あの時からシャルロッテには驚かされっぱなしだよ。

特にいきなり騎士の忠誠の誓いを始めたのはビックリした」


 セドリック様が思い出してクスクスと笑いだした。逆に私は恥ずかしい。


「いや。それは思い出さなくても良いです!

あれは、本当に子供の馬鹿な戯言でした。

思い出すと恥ずかしさで死にそうになりますから、きれいさっぱり忘れてください」

「どうしょうかな。あんな面白いことは滅多なことでは忘れられないな」


 セドリック様はイタズラぽい笑みを浮かべる。


 だって初めての経験だったのですから。


 あの心の中に芽生えた、じんわりと熱い、それでいてむず痒いあの感覚と義務感を騎士の忠誠心のようなものと勘違いしてしまったとしても仕方ないではないですか。


 口を尖らせて不満の意を表明すると、セドリック様は『出来るだけ思い出さないように努力する』とケラケラ笑った。


 まあ、良いですわ。

 あの時とはお仕えする、意味合いは変わっていますけど、セドリック様が私のアルギアの小さな指輪であることは変わらないのですから。今も、そして、これからも。


 

 


 休憩所にはミルマン大尉がいた。


「陛下、お疲れ様です。

お嬢、お疲れ様です。

ここまでつつがなく、何よりです」

「お疲れ様です」

「お嬢。ボナンザン側の最新の情報があります」

「そう、なら、向こうでお話を聞かせてもらって良いかしら。

セドリック様は少しお休みください。

誰か!

セドリック様に暖かい食べ物と飲み物をお願いします」


 私は馬を降りると、ミルマン大尉と設置された天幕へと移動した。セドリック様が自分も話を聞くとごねたけれど、強引に休ませる。落馬されたら大変ですもの。


「ミッターゲンの陣容ですが騎兵3500、歩兵5000、砲兵2500。総力15000。

軍を率いているのはジョルジオ将軍らしいです」

「ハーマンベルの兵力も合わせると20000か」

「こちらの戦力は騎兵2000、歩兵5000、砲兵3000。まともにぶつかれば倍の敵と戦うことになります」


 ミルマン大尉は深刻そうな顔をした。

 

「そだね。

そうならないようにしないとね。

で、今は、どの辺まで来ているの?」

「今日の昼の時点でハーマンベルの約50クルム北東とのことです」

「ふん、ふん。そうするとハーマンベルに到達するのは一日半か二日後ってところか」


 素早く彼我の位置関係を計算してみる。想定よりも敵の進軍速度が早かった。すこし運用計画を練り直さないと駄目かもしれないな、と思った。でも、まあ、修正可能な範囲に納まっている。


「分かりました。

では引き続き、連絡と連絡所の維持をお願いします」


 大尉に指示をするとセドリック様の所へ戻った。セドリック様は焚き火のところで毛布にくるまってうたた寝をしていた。

 可愛い寝顔だった。


 幼き頃、人を導く『アルギアの小さな指輪』になりたいと言った王子の言葉が甦る。

 

 王子は生まれながらの高貴な心をもっていた。でも、私は違う。いつまでたっても自分のことしか考えない、自己中心の山猿のままだ。でも、それで良いと思っている。


「セドリック様。

私はあなただけの『アルギアの小さな指輪』になりたいのです。

ねえ、セドリック様。私はちゃんと出来てますか?」

 

 私は、セドリック様の耳元でそっと囁いた。


2020/06/27 初稿


次話予定

「ハーマンベル攻防戦」

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