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グランハッハ戦終結 或いは、セドリック宙を舞う

 本隊司令部まで私たちは馬を駆り、10分ほどでたどり着いた。

 

「本当にシャルロッテたちは大丈夫なの?」


 荒く息をつく馬をなだめながら、なおもセドリック様は心配気に問いかけられた。


「大丈夫です。あれがお嬢様の狙いですから」

「狙いって、騎兵に追いかけられることがかい?」

「違います。相手に先に騎兵を使わせることです」

「騎兵を先に使わせる……?」


 セドリック様の首が傾く。その顔には、それがそんなに大事なことなの?と書いてあるようだった。


「騎兵は、攻める時には敵の脆弱なところに投入して突き崩したり、逃げる敵を追撃してさらなる損害を与えるのに使えます。また、守る時には穴が開きそうな箇所に投入して戦線を支えたり、迂回攻撃で敵の動きを牽制したりすることに使える、攻防における軍の切り札なのです。

味方にしたら頼もしく、敵にするなら予測困難な油断ならない相手になります。

今、敵はお嬢様の挑発でその切り札を早々に切ってしまったのです。

その意味はお分かりでしょう?」


 馬上からパノン大尉を呼んだ。

 長身で面長な大尉はすぐにやってくる。彼もシャルロッテ様が連れてきた部隊の将校の一人で私とも顔馴染みだった。


「敵情を報告してください」

「現在、敵はお嬢様の奇襲でダメージを受けた大隊の再編をやっています。ただ、再編をしているだけで行軍形態を組み替える行動には出ていませんね。今回の攻撃を単発の奇襲、もしくは遅滞行動と見なしているようです。

騎兵を投入することでそれは排除できると考えているとおもわれます」

「再編をしている場所はどこですか?」

「ガンゼホンの北、1クルム辺りですね」

「そうですか」


 報告を聞いてため息をついた。失望のため息をではない。感動のため息だった。

 『敵は奇襲で逃げ出した兵士たちを再編するとしたらこの辺りね。手頃な広さがあるし、大体このぐらい走るとパニックで逃げ出した兵士もくたびれて一息いれて、気分が落ち着いてくるのよね』という戦闘前のお嬢様の言葉が思い出される。お嬢様が指し示した場所こそまさにガンゼホンの北1クルムのだった。


「騎兵の配置は予定通り、この付近ですか?」

「はい、バッチリ。この場所に配置してます」

「他の歩兵も予定通りの場所へ移動完了していますか?」

「そちらも完了しています」

「ならば、第1、第2騎兵連隊でここを攻撃します」

「えっ、騎兵を全部投入するんですか?

シャルロッテ准将の首尾を見てからじゃなくて?」


 計画通りなら伏兵のところまで敵騎兵を誘導して一網打尽にする。その結果を見てから行動するのが確かに安全ではあった。しかし、騎兵がこちらの誘導に乗るとは限らない。罠を察知して引き上げる可能性もある。そうなれば一からやり直しになる。いや、そんなリスクは背負えない。もうこれ以上お嬢様に危ないことをさせるわけにはいかない。


「敵は持っている騎兵を全部投入している。この好機を逃すべからず。なによりお嬢様の頑張りを無駄にはできないわ。いえ、そんなこと私がさせない!

さあ、陛下。ご命令を!」

「えっ?!め、命令?命令ってなんの?」


 私に気圧されてセドリック様は狼狽られる。

 ああ!この人のこういうナヨナヨしたところが我慢ならない。お嬢様はなんで、こんなのが良いなんて思うのかしら!

 目が自然とすーっと細まるのを感じながら(きっとすごく人相が悪くなっていることでしょう)、私はセドリック様に圧をかける。


「全軍攻撃。そう言っていただければ良いです。

さぁ!ご命令を!!」

「えっ?えっと、なんだか良く分からないけど。命令すれば良いのかな。

ぜ、ぜっ、全軍攻撃!

…… これで良いのかな?」


 よしっ!命令いただきました。

 頷くとパノン大尉へと顔を向ける。


「騎兵連隊に命令。敵陣に攻撃を開始しなさい」


 すぐさまパノン大尉が各所に伝令を飛ばした。20分ほどすると遠くから銃声が幾つも聞こえてきた。騎兵の突撃が始まったのだ。

 暫く待っていると騎馬兵が一人やってきた。

 

「第1、第2騎兵連隊、敵陣突破に成功。第2段階へ移行しました」


 全てはお嬢様の構想した通りの展開になっていた。敵陣を突破した騎兵はそのまま行軍形態の敵軍を丁度二分する形になる。その状態からミュゼ河に沿って北東と南西に敵を追いたてる。それが作戦の第2段階だ。

 騎兵に追いたてられた敵兵はやがて目の前に槍を構えた歩兵の一団に出くわすことになるどだろう。それが第3段階。

 槍兵と騎兵に前と後ろから圧力をかけられ否応なく密集する敵。敵兵のパニックも最高潮(ピーク)に達する頃だろう。

 ドドーンと一際大きな音が轟いた。

 砲声だ。

 そう、それが第4段階、作戦の最終仕上げを告げる鐘の()だ。

 これまた予め隠して設置しておいた2クラギー砲で密集した兵士たちの側面に散弾(キャニスター)を直線射撃で撃ち込むのだ。零距離で撃ち込まれるキャニスターの威力は凄まじい。当たったところは文字通り根こそぎ吹き飛ぶ。


「一体何がどうなっているの?」


 セドリック様が不安そうな顔で馬を寄せてきた。


「もう終わりました」

「えっ?終わったって僕が攻撃命令を出して1時間ぐらいしか経っていないじゃないか」

「そうかも知れませんが、戦いは最終段階にきています」


 そう言うと、今一度望遠鏡で戦場をぐるりと俯瞰してみた。端の方で敵砲兵を騎兵が追撃しているのが見えたが、それももうすぐ捕捉できそうだった。


「あらかた終わっています。後は敵の残存兵力を掃討するぐらいですね」

「掃討?つまり僕たちの勝ちって言うこと?」

「はい、おめでとうございます。見事初陣を勝利で飾られました」


 セドリック様はポカンと口を開いて、眼前の戦場に視線をあてもなくさ迷わせた。恐らくはまだ、どこを見れば良いのかも良く分かってはられないのだろう。頼りない、と言ったらない、と私は思うのだけれど……

 馬ッ鹿じゃないの!そこが良いのじゃない、というお嬢様様の声が聞こえてきそうだ。

 ああ、お嬢様。私にはその感性が理解できません。ミゼットではないですが、それはもう確実に変態の領分に足を突っ込んでいると思うのです。そう心の中で残念なため息をつく。


「そうか、勝ったのか。

すごい、すごい、すごい!」


 一方、セドリック様は感動したように、実際されているのでしょうけど、満面の笑みを浮かべ両拳(りょうこぶし)を握り、馬上でガッツポーズを決めていた。

 手綱を放していると危ないですよ、と注意しょうと思った、その矢先――

 突然、セドリック様の馬ががっくりと前足を折った。前のめりになる馬に、声を上げる間もセドリック様の体が投げ出されて宙を舞った。



2020/05/23 初稿

2020/05/23 次回予告タイトル変更しました

2020/05/26 文章一部修正


次回から毎週土曜日 12:00投稿予定とさせていただきます

今後とも宜しくお願いいたします


次話予告

『戦場の夫婦漫才』



【おまけ】

ミゼット「はーーい、皆さんお待ちかね。

ファーセナン豆知識の時間だぉ。

ファーセナンの砲兵はグリモーガル=カノンシステムというのを採用しているの。これは使用する大砲や荷車の部品を規格化することで生産効率やメンテナンスの効率化を図った世界最先端のシステムなのだぁ!

正式砲はサイズ違いで2クラギー砲、4クラギー砲、6クラギー砲の三種があるの。クラギーっていうのは重さの単位。2クラギーの重さの弾丸(ボール)を打ち出せる大砲を2クラギーって言ってるのよ。2クラギー砲が一番小さくて、6クラギー砲が一番大きいのね。2クラギー砲は大体250クラギーぐらいの重さで、馬三頭で引っ張って移動するのよ。軽量な分、歩兵と一緒に移動できるから歩兵砲とも呼称されてるの。

砲弾は弾丸(ボール)葡萄弾(グレープ)散弾(キャニスター)の三種類。今回の戦闘で使った散弾というのは小さな丸い玉を無数に打ち出す対人用の砲弾だよ。射程は短いけど威力はエグいの。

お嬢様はグランハッハ戦のために砲兵隊から2クラギー砲を全部で8門抽出して持っていたのだぁ。

後、補足の捕捉としてね、クラギーについて。

1レットルの水の重さを1クラギーと定義しているよ。

1レットルというのは容積の単位でね。1辺が100メルムゥの立方体を1レットルと決めてるよ」






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