カルディナは割りかし気が気でない
クールっぽいカルディナの内面を覗いてみると実は……
というお話です
「始まりました」
「ねぇ、本当にシャルロッテに任せて大丈夫なの?」
セドリック様は心配そうにおっしゃる。なんというか、正直5分おきぐらいに同じようなことをおっしゃるので内心うんざりする。
そもそも大丈夫なのか、などという言葉を戦場で指揮官たるものが気安く使うものではない。兵士の士気に関わるというのがこのお気楽な王子様は分からないのだろうか。この丘の上にセドリック様と自分しかいなくて本当に良かったと思う。
「お嬢様が大丈夫と言えば大丈夫なんです」
「でも、シャルロッテに騎兵の指揮なんてできるとは思えないよ」
「何ゆえそう思われますか。シャルロッテ様は武勇の誉れ高きベルガモンド家のご令嬢です。
騎兵中隊の指揮の一つや二つ造作もありません」
「ええ?!
いや、だって、いくらベルガモンドの令嬢といっても実戦経験がないのに、無茶だよ!」
実戦経験がないのはあなたでしょう。そもそもシャルロッテ様が実戦経験が無いなんて誰が言ったのですか?私のお嬢様は百戦錬磨なのですよ!と言いたくなるのをぐっとこらえる。これは言ってはならない秘密だから。言葉を飲み込み、代わりに小さく溜息をついた。
まあ、確かに、お嬢様に騎兵の指揮ができるかできないかの議論は今は横へ置くとして、お嬢様が騎兵の指揮をとられることに関しては私にも異論がないわけではない。本来ならばあれは私の仕事だと思う。実際、お嬢様にはそう進言したけれど、この戦いでもっとも重要で、かつ危険な任務だからと頑として聞き入れてもらえなかった。ああ、お嬢様!お嬢様の美しい体に万一のことがあったらと思うと私は居ても立ってもいられなくなります。
「わぁ、まだ暗いのに突撃を始めたよ!」
と、陛下が突然叫ばれたのでびっくりする。
陛下!呆れますよ。そりゃ、そうでしょう。明るくなってから突撃したら朝駆けの意味がない。と突っ込む代わりに黙って馬上の王子様を軽く睨んだ。しかし、セドリック様は突撃を開始した騎兵を熱心に見守り、そんな私のささやかな抗議に気づかない。
金髪、碧眼。
白く柔らかそうな肌。
見ているだけならお人形さんのような容姿。間違いなく肌は私よりも白い。いや、自分のような山猿と比べても仕方ないか。比べるならばお嬢様とか。
う~ん、肌の白さはお嬢様のほうが少し負けているかもしれないけれど……でもシャルロッテお嬢様も容姿なら負けていない。きめの細かさならば間違いなくお嬢様のほうが上だ。シャルロッテお嬢様のお肌はツルツルのスベスベなのだ。
それにあの髪の色ッ!
あの髪の色を金髪と称す人は沢山いるけれどとんだ見識違いですから。
お嬢様の髪は金髪などと言う蓮っ葉な言葉で形容すべきものではない。あれはもっと深く、尊いもの。そう、誰も侵すことができない純金のそれだ。あの色はお嬢様の内面から滲み出てくる純粋な心そのもの。そう!お嬢様は見た目だけではなく、その中身も実に……そう、本物なのだ。あの人形のような華奢な体に強靭な意志と何事も恐れない勇気と悪魔さえたぶらかす知略が詰まっているのだ。この見た目だけの頭の中、お花畑の王子とは似て非なるもの。
「あれ、通り過ぎちゃったよ」
あっ、しまった。すっかり考え込んでた。
えっ?!ど、どうなったの?
お嬢様は無事………
ほっ。良かった。無事だわ。
「(コホン)あそこから反転して再度突撃します。最初の攻撃で天幕等に火をつけて、慌てて外に出てきた敵に追撃を加えて、一気に壊滅させるのが目的です」
「そうかぁ。で、でも反撃されるリスクもあるんだよね?」
「ゼロではありませんが、夜中に叩き起こされて、外に出たら今度はサーベルや銃剣を振り回す騎兵に追い立てられたら普通の人は逃げることしかできません」
「なるほど。ふぅむ。わぁ、すごい。どんどん蹴散らしていくよ」
はん。そりゃそうよ。シャルロッテお嬢様をなんだと思っている?
ああ、でもお嬢様、そろそろ退き時ですよ。
おっ、さすが分かってらっしゃる。
「あっ?! あれ?なんかみんなを集めているよ。あれれ、退却するんだ。なぜ?まだ、逃げている敵が沢山いるよ」
ちっ、これだから素人は!
「王子、奇襲効果は意外と早くなくなるのです。引き際を心得ることが肝要です。ガンゼホンの方を見てください。兵士たちが少しずつ終結しています。敵が隊列を組んで進撃してきたらもう遅い。今が退き時なのです。このタイミングを見誤るか誤らないかが良き指揮官かどうかの分かれ目と心に留め置くようにしてください」
「そ、そうか。ふぅむむ、シャルロッテは初めての実戦なのにそれが分かるの?
偶然かな?」
いや、だから初陣じゃないって。一度はっきり言ってやらんと分からんな、こいつわ。
ああ、言いたい、言いたい、言いたい。
お嬢様の名誉のために言いたい。
シャルロッテお嬢様はちゃんと見えているのです。偶然ではないです(ビシッ!)。あなたのようなぼんくらとは違いますから(ビシッ!ビシッ!ビシッ!!)。と言ってやりたいけど、言えない。ああ、つらい……
「あれれ、坂のところで止まったよ。あんなところに立っていたら敵に攻撃されちゃうよ」
「敢えてですよ。敢えて敵の攻撃を誘っているのです」
「敵の攻撃を誘う?でもあんな目立つところに立っていたら奇襲になんかならないよ」
「それは相手の出方次第です」
そう答えると私はじっと敵陣の動きを見守った。これから先は相手の出方で動きが千差万別に変化する。後方から兵士たちが三々五々と集まってきて、なんとも中途半端な横隊陣形を構築しようとしていた。
「わっ!? 突撃した!
無茶だよ。あんなの銃で撃たれちゃってやられちゃうよ」
「無茶ではないです。マスケットの射程は900クルムほどありますが実際に命中が期待できるのは200クルム。騎兵の全力疾走は200クルムを10秒で駆け抜けます。敵が撃てるのはせいぜい一発ぐらいです」
「で、でも、一発は撃たれるのでしょ?当たるかもしれないじゃないか」
「当たりません!」
「えっ?なんでそんなことが言い切れるのさ」
「気迫と根性があれば当たらないのです」
「やっぱり無茶苦茶じゃないか!」
と、セドリック様は叫んだ、いえ、お叫びになられたけれど、実際ここはもう運を天に任すしかないの。腹の底から声をだし、厳つい顔で突っ込んで相手をびびらすだけだ。相手が恐怖で浮き足立てばそれだけ命中率も下がる。この瞬間は気合いが全てなのだ。
どうか、どうか、お嬢様、ご無事で!
ドドーンと一斉にマスケットが火を吹いた。もうもうと白い煙がわき起こり視界が妨げられる。
お嬢様は?!
…… …………
ほっ、良かった、凌いだ。さすがシャルロッテお嬢様!
「すごい、誰にも当たらなかった!」
「当たり前です。お嬢様は根性が据わってますから」
「そ、そうか。なんだかわからないけどそういうものなんだ。
むむむ、だけど、またすぐに引き上げちゃったよ」
「一撃離脱が基本ですから」
「なるほど。そうやって。少しずつ削っていくんだね」
うん、うんと素直に頷くのを見て、ああ、この人のこういうところがシャルロッテ様はお好きなのだろうな、と思う。何故かイラッとした。
「戦術のイロハでありますので、陛下も一軍の将ならばその程度は理解しておいてもらわないと困ります。本当に下の者たちは命が幾つあっても足りません」
「えっ?ああ、そうだね。
どうやら、僕は本当になにも知らないようだ。もっと別の勉強するよ」
私の言葉にセドリック様はしゅんとなられた……
なんというのだろう、素直というのか。
確かにね。
私のような下賎な者の無礼な言葉でも時に真摯に受け止める度量の広さはこの方の美徳と言えば美徳なのか。まあ、私は余り魅力とは感じられないけれど。私はやはりお嬢様のような頭の良い方が好き。
などと思いつつ、視線をお嬢様へと戻す。
丁度三度目の突撃をしようとしているところだった。
お嬢様!気付かれますか?槍を携えた者が多数いますよ。お気をつけて、下手に突っ込むと火傷されます……あっ!ほら、槍兵が出てきた!!
危ない。マジ危ないです、突撃は危険ですって、ああ、ああ、ああ……上手い、そう来ましたか。確かに横隊では騎兵の機動力になかなか対応できませんから。素晴らしいです、お嬢様!
私が内心で、グッジョブ!!と喝采を上げているとセドリック様も歓声を上げていた。
「すごい。また敵陣を蹴散らしたよ!
すごいな、シャルロッテは」
喜びを素直に表す様子を見て、私のテンションは逆に急に下がった。なんだろう。
「なんとか上手くいきましたが――」
低い声で言う。
「そろそろ奇襲効果が薄れてきて、油断できない状況になってきています」
「そうなの?」
「今の突撃は何人か負傷者が出ています」
「えっ?気づかなかった。じゃあ、そろそろ本当に逃げないといけないのじゃないの?
シャルロッテがそれに気づいていないのなら、早く教えてあげないと!」
「いえ、お嬢様は当に気づいておられます。気づいておられて、なお敢えて攻撃を仕掛けているのです」
「分かっているけど敢えて攻撃を仕掛けている?なんの目的でそんなことを?」
「待っているんです」
「待っている?」
セドリック様がなおも何を待っているんだ、と言うような顔になるが、今は説明する気にならなかった。なんかお嬢様を取られたり感じ?がすごくして悔しかった。それに本当にお嬢様のことが心配になってきた。確かに今のところはなんとか上手く捌いてはいるけれど、実は今この瞬間がこの戦いの大きな分岐点なのだ。
相手の出方次第でお嬢様への負担が大きく変わる。それが分かっているのは多分私とお嬢様の二人だけだろう。
その事実に私は心臓を締め付けられるような苦しさを感じた。相手がこのまま冷静に隊列を組んで面で押してくるのが一番困る。だから、少し強引というも言える突撃を繰り返し相手を挑発しているのだけれども、正直三度目の突撃は無理攻めに近かった。これ以上、同じような攻撃を続けるといつか手痛い反撃を食らう。
勿論、そんなことはお嬢様が一番分かっておられる。ああ、やはりこんな危険は任務は自分が代わりにやるべきだった。手綱を握る手に自然と力が加わった。
「あ、あれを見て。敵の騎兵がやったきたよ」
セドリック様の声に我にかえる。みると確かに青い軍服の騎兵がぞくぞくとやってきた。100、200,400……500、まだ増える。
「うわ、うわ。まずいよ、どんどん来るよ」
続々と集まる敵騎兵を目の当たりにして、セドリック様は悲痛な悲鳴をあげた。しかし、逆に私はほっと胸を撫で下ろす。これこそがお嬢様や私が思い描いていた展開だったからだ。
「いえ、これで良いのです。お嬢様はこれを狙っていたのですから」
「え?え?意味がわかんない。うわ、なんて言っているうちに敵の騎兵がシャルロッテたちに向かっていくよ!
あんなに大勢に攻められて勝てるの?
あ、あれ?シャルロッテたちは……あれれれ、逃げ出したよ。あれ、まずいんじゃないの?」
「そうですね。私たちも行きましょう」
「よし、助けにいくんだね」
シャルロッテ様を追いかけようとするセドリック様を慌てて止める。
「違います。本隊にもどるのです」
「え?助けに行くのではないの?」
「違います。
そもそも、あんな大勢の敵に、私たち二人ぐらいが加勢してどうなるものでもありません。
騎兵はお嬢様に任せて、私たちは私たちの仕事をする時です」
「僕たちの仕事?」
「そうです。これからがグランハッハ軍に対する本当の戦いです」
2020/05/22 初稿