シャルロッテ、強襲する
「全軍突撃!!」
号令をかけると旗を高く掲げ、一度前後に振ってから前に大きく倒す。と同時に私は馬を走らせる。それに続けとばかりに他の騎兵も一斉に駆け出す。ドドドドドという地響きを纏い100を越える騎兵が雪崩のようにグランハッハの夜営に迫る。丁度太陽が地平から顔を出し、辺りを照らしだした。奇襲に戸惑い右往左往しかできない夜警の姿が急速に大きくなる。
ガツン
横を通り抜けざま軍旗で夜警の1人を殴り飛ばす。
後方で小さな爆発音がした。
振り向くと夜営の天幕が燃えていた。騎兵の何人かに即席の火炎瓶を持たせておいたのだ。
軍旗を高らかに掲げ、叫ぶ。
「進め!
怯むな!
叩きのめせ!」
叫び、旗を振り、夜営地を疾走する。後に続く騎兵が天幕に火を放ち、慌てふためく兵士たちを銃剣で突き、撥ね飛ばす。
やがて、天幕が切れ、小さな家が1つに2つ見えてきた。ガンゼホンの村だ。男が何人か、何事かと外に出てきて私たちを窺っていた。中にはボナンザン陸軍の青い制服を来ているものいた。それを尻目に私は旗を上げ、大声で叫ぶ。
「集結っ!
集まれ。集結!」
わらわらと騎兵が集まってくる。
「反転!反転せよ」
馬の軛を返し、後ろ、すなわち今突撃してきた方へ向ける。
「これより反転突撃に入る。
銃剣持て~、構え!」
号令一下、全員反転すると銃剣のついたマスケットを小脇に抱える。
「突撃!」
軍旗を前に振ると、同時に全員が密集隊形で再び今突き抜けてきたばかりの夜営地に突撃を開始する。夜営地では天幕から焼き出されて呆然としている者、自分の武器を探してうろうろしている者たちで溢れていた。その誰もがなにが起きたのか半分も理解できていないだろう。そこへ銃剣をを持った騎兵が突っ込んできたのだからなす術をもたない。阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
突き、馬で踏み潰して、グランハッハ軍の前衛を壊滅させながら、一気に最初の突撃をかけた坂の上まで駆け上った。
「整列!
点呼とれ。
報告!」
「第1小隊、欠員なし」
「第2小隊、欠員なし」
「第3小隊、「第4小隊、欠員なし」」
全員無事の報告が速やかに上がってきた。
上々。
安堵のため息を心の中でつきながら、望遠鏡で敵陣を伺う。望遠鏡の丸い視界の中で将校らしき男がこちらを指差しているのが見えた。
坂の上で逃げずにぼうっ突っ立っている私たちを見つけたのだろう。
そりゃそうよ。日はもうすっかり明けてるんだから。坂の上で馬に股がって立ってれば、嫌でも見つかるわよね。勿論、見つけてほしいから立ってるのだけどね。
さて、どう出る。まさか、たかが150の騎兵に前衛を壊滅させられたからって、びびるんじゃないわよね。
あっ、マスケット持った兵隊が何人か出てきた。ふふん。そうこなくっちゃね。
上半身がシャツのまま、マスケットを抱えて将校にケツ……コホン、お尻を叩かれてワラワラやってくる。
どんどん集まってくる。
……
200人ぐらいが横隊を組み始めた。そろそろ、頃合かしら。
「総員、集まれ。
突撃準備。目標、前方1000ムゥ、敵陣。抜刀!」
金属が擦れる乾いた音が閃き、全員が一斉に腰のサーベルを抜き放つ。私は再び旗を高く掲げる。
「突撃!」
馬の胴を軽く蹴り、馬を走らせる。だけど、まだ速足に押さえる。500ムゥほど走らせて、駆け足に切り替える。
敵陣まで残り500ムゥ。
私たちが突撃してきたのを見て、横隊を作ろうとしていた兵士たちが浮き足出すのが手に取るように見えた。
「声出せ!」
150人の騎兵が一斉に声をあげる。蹄が地面を蹴る地響きと一体になって空気をワーンと震わせる。
横隊を作ろうとしていた人の列が前後にうねる。逃げようとする者と押し留まろうとする者がぶつかりあっている。パン、パンと私たちに向かって銃声が響いた。
パニクった射撃だ。まだ。全然早い。この距離では当たるものではない。
敵陣まで残り200ムゥ。この距離が一番危ない。
馬を一気に加速させる。全力疾走だ。毎分1200ムゥ。敵陣までの200ムゥを10秒で駆け抜ける。
鞍上で鐙を踏み、頭上いっぱいに旗を掲げる。おなかの底から声をあげる。
「突っ込め!蹴散らせ!!」
私の声に騎兵たちが呼応する。
「「「「おおおう」」」」
ワーンという敵を圧する大音響が一際大きくなる。兵士の少なくない者がマスケットを放り出して逃げだす。それでも私たちの圧力に耐え、踏みとどまる者もやはりいる。勇敢な者たちがマスケットを私たちに向け、一斉に発砲してきた。
ドン
ドドドン
大丈夫、当たらない。当たらないたら、当たらない。
私はおまじないのように唱え、歯を食い縛つった。絶対に手綱を緩めてはいけない。
ブーン
ブーン
耳元を虫の羽音のようなものが通り過ぎる。
マスケットの弾の音だ。
ほら、当たらなかった。
これであんたたちの手番は終わり。これからは私たちの手番。そして、ずっと私たちのが続くのよ。
そのまま、敵陣へと馬を突き進める。
私の騎兵たちが逃げ惑う兵士を馬で追いたて、サーベルの一撃を浴びせ、作りかけだった横隊を散々に蹂躙する。
しばらくすると、ガンゼホン方面から増援がやってくるのが見えた。密集した横隊には長い槍を携えた者もちらほらと見えた。今度はきっちり騎兵対策を考えているよう。そろそろ潮時ってことかな。
私は旗を左右に大きく振る。退却の合図だ。
「撤収。引きます。総員離脱!」
騎兵たちは、すぐさま、離脱を始める。逃げる方向は、やはり突撃を敢行した坂の上だ。
一気に坂を登る。背後から銃声が追いかけてきたけど、距離は遠い。大丈夫。
坂を上りきるとさっきのように点呼をとらせる。報告が来るまでに敵陣の様子を伺う。
さっきの倍以上の人数が集まって再び横隊を作ろうとしていた。大隊一つをまるごと投入してきたみたい。
「欠員なし。全員無事です」
「了解。再度突撃する。準備」
旗を大きく掲げ、前後に一度ふると一気に倒す。バネで弾かれたように騎兵たちが前に駆け出す。私たちが再び突撃してくるのをみて、敵陣にもうごきがでた。槍を持った兵士が隊の前とでて、前方、私たちのほうへと向ける。槍衾を作り騎兵の突撃を封じるつもりだ。
「第1小隊 左翼展開」と叫びつつ、旗を一度だけ上に掲げ、さらに左へ振る。突撃をする騎兵の一部が左へ向きを変える。それを見た槍隊は少し動揺を見せたが、左翼へ向かう騎兵を追って何人かが左へ走っていく。
敵陣まで距離300ムゥ。
そのまま槍衾にむけた馬を突き進める。
数秒で200ムゥを切る。
残り100ムゥ。敵が発砲してきた。再び、ブーンという羽音が耳元をいくつも通り過ぎていく。
「ぐあぁ」
少し前を走っていた騎兵の体が大きく揺らぎ落馬した。その横を矢のように通り過ぎる。
…… たまには当たる時もある。
私は旗を左右に振り、後ろに倒して叫ぶ。
「全軍停止。停止!」
敵陣前100ムゥで停止命令を発する。臆したのではない。予定の行動だ。旗を地面に突き刺すと、後ろのホルスターからマスケットを取り出す。
「銃構え! 目標左翼槍兵! 撃て!!」
100を超えるマスケットが同時に発射された。銃口から前方に真っ赤な火柱が2ムゥほど伸びる。文字通り火を吹くのだ。と同時にもうもうと白煙が私たちの視界を遮った。煙に遮られよく見えないが左翼の槍兵の何人かが地面に倒れ伏すのが辛うじて見えた。槍が左右に揺れ動き、槍衾が崩れる。そこへ左翼へ分かれた第1小隊が突っ込んだ。嵐の海面のよう敵横隊がゆっくりとうねるのが見て取れた。
マスケットを肩にかけると地面の旗をとり、今一度頭上に掲げ、前に倒す。
「全軍突撃!!」
全騎兵が銃剣を構え、敵陣に再び突撃を開始する。後は夜明けの奇襲の再現だ。騎兵たちに追い立てられ陣形は総崩れになる。頃合を見計らい、私は旗を左右に振った。
「終結!撤収する」
三度、坂の上で私は損害報告を聞いていた。
「第1小隊 1人死亡、2人不明」
「第2小隊 3人軽傷」
「第3小隊 2人重傷 1人軽傷ながら馬喪失」
「第4小隊 1人死亡 1人重傷」
既に奇襲効果は無くなっているから、被害が出てくるのも仕方ない。そろそろ限界なのよね。
「各小隊から1名抽出して重傷者を後方へ運ばせてください」
「シャルロッテ様、そろそろ限界かと」
この騎兵中隊の本来の隊長であるミルマン大尉が心配そうに声をかけてきた。
「うん。了解してるよ」
私は前を見つめたまま、気のない返事を返す。目の前には焼き払われた天幕の残骸や打ち捨てられた武器や死体が散在していた。敵はガンゼホンの村まで下がり、陣を構築する考えを完全に放棄してしまっているようだった。
このまま何も起きずにただ時間だけが過ぎていくような気がしてきた。その時だ。「シャルロッテ様!」とミルマン大尉が叫んだ。
「騎兵……」
ミルマン大尉が指し示す方向には、青い軍服に纏った騎兵がこちらに向かって駆けてくるところだった。
10…… 20…… 40……
どんどん集まってくる。あっという間に100人を越え、さらに増え続けた。
「うわ、すごい」
「500を優に超えてますね。まだ、増えてる」
「こりゃ、持ってる騎兵を全部投入してる?」
「かもしれませんね。やっこさん、よっぽど頭に来てるのかも。数で揉み潰すつもりですな」
ミゼット情報だと騎兵は1000とか言っていた。望遠鏡を取り出して様子を見ると指揮官ぽいのが同じように望遠鏡でこっちを覗いているのが見えた。むくむくとイタズラ心が沸き上がる。
それ、あっかんべーー!
「べーーーーー (・┰・)」
「……なにをされているんですか?」
舌をだしているのを思い切りミルマンに見咎められた。
「えっ?!
いや、向こうの指揮官ぽいのがこっちを見てたから少しからかってみようかなっと」
「そんなことすると――」
ワーーンという喚声が沸き起こる。振り向き見るとグランハッハの騎兵たちが一斉にこちらに向かって突撃してきていた。
「ほらね、怒って向かってきましたよ」
「わぁ、本当だ。逃げましょう。(棒)
撤収!総員退却!」
2020/05/20 初稿
【おまけ】
ミゼット「ね、ね、カル。ガンゼホンってファーセナンの村だよね?」
カルディナ「カルって言うの止めなさい。
そうよ、ファーセナンの領地にあるからファーセナンの村ね」
ミゼット「なのになんでボナンザンの兵隊たちを泊めてるの?
はっ!( ゜д゜)ハッ!!
もしかして侵略されて、ボナンザンの兵隊たちに女子供が蹂躙して酒池肉林な状況になってるの?
まずいじゃん、まずいじゃん、すぐに助けないとぉ」
カルディナ「基本、その心配はないわ」
ミゼット「ふぇっ?なんで?」
カルディナ「お嬢様も言っていたけど、この辺りはファーセナンとボナンザンが互いに領有権を主張して取ったり取られたりしてる地域なのよ。そのため、ガンゼホンもファーセナンの村だったりボナンザンの村だったりしてる。実際、15年ぐらい前はボナンザンの村だったのよ。
まっ、その歴史的な背景からガンゼホンは中立地帯のような村になっている。来るもの、協力を要請するものを拒まずという態度を取っている。つまり、宿屋を貸してくれと言えば素直に提供する。その事に対して双方の軍は咎めないという暗黙の協定のようなものが結ばれている変わった村なのよ」
ミゼット「えー!?そうなんだ。でもでも、中には俺たちの言うこと以外聞いたら酷いぞ!とか言われて脅されたりしないの?」
カルディナ「過去にそんなこともあったけど、逆に村の反発を食らって、その後、一切協力してもらえずに後の軍事行動に多大なる支障をきたしたことが何度もあって、それ以来、アンタチャブルな村になってるの。お嬢様もその事はよくご存知なので司令部を奇襲するのを諦めてるわ」
ミゼット「あーーー、確かに前衛抜いて、司令部のある村を焼き討ちした方が効果的だよね。鬼畜な所業だけどぉ」
カルディナ「まあ、ガンゼホンみたいな特殊な村でなくても、お嬢様はそんな鬼畜な行動はとらないわ。
正々堂々の女なんですから」
ミゼット「あーー、カルちゃん。お嬢様ラブがにじみ出てるよ」
カルディナ「だから、そのカルちゃんとか止めなさいって。
って言うかお嬢様ラブってなによ?!」