シャルロッテ、婚約破棄を言い渡される
「シャルロッテ。君との婚約を無かったことにしたい」
セドリック王子の言葉がシャルロッテ・ベルガモンド伯爵令嬢である私の鼓膜に突き刺さった。
秋の涼やかな日差しが差し込む居間で、楽しいティータイムを、さあ存分に楽しみましょう、と思ったその矢先の出来事だった。
私は生暖かい笑みを貼り付けたまたまま、持っていた白磁茶碗を受け皿に何とか着地させることに成功した。その偉業を成し遂げた後、たっぷり30秒の作動停止を経て、ようやく私の頭は機能を回復した。
「えっ……と、すみません。
セドリック様の顔に見とれていて、どうやら私、セドリック様のお言葉を聞き間違ってしまったようです
今、何とおっしゃったのでしょう。
式の日取りのお話でしたでしょうか?」
「いや、違う。
そのぅ、君との婚約を破棄したいのだ」
破棄……
破棄って……婚約?
婚約を破棄?
私とセドリック様のこ、こ、こ、こ、婚約、破棄ですって!!
一体なんで? なんで?!
私のお誕生日に贈っていただいた詩を皆様の前で朗読したから?
いや、だってマジに嬉しかったんだもん。
後でカルディナに極プライベートなものを公開するとはなんの罰ゲームですか、と注意されたけど、だって貰ったとたんにアドレナリンがドバドバでて舞い上がってたから、そうよ、あれは不可抗力よ……
それとも砂糖と塩、シロップと酢を取り違えて作ったパイをムリヤリ食べさせたあの件?いえ、だって一口食べて不味いと言っていただければ、無理に食べさせるなんてしませんでしたのに、表面上はニコニコして食べられるのですもの、二枚目をお勧めしたのは決して悪意ではなかったのです……
作った本人が言うのもなんだけど二枚完食したセドリック様は神ね。私なんて一口含んだだけで卒倒しかけたもの。このまま呑み込んだら命が危ないと思って本能が拒否したものね。
それとも……それとも……
あ、あかん、思い当たる件が多すぎて見当がつかない。
いえ、落ち着け私。怒ったり、慌てては駄目。ここは伯爵令嬢として優雅に穏やかに理由を問いただすのよ。
良いこと。まず深呼吸をして。
すーーはーー
すーーはーー
うん、落ち着いた。
穏やかに行くのよ。
私、頑張れ!
「なんですとーーー!」
私は堪えきれず大声を上げて立ち上がる。立ち上がる時、膝でテーブルを蹴りあげて、派手にティーカップをひっくり返した。
「わぁ!」
セドリック王子は私の剣幕に驚いた文字通り椅子から飛び上がったが、そんなのにお構い無く私は王子に詰め寄った。
「なんで、なんで。
わ、私のなにがいけなかったのでしょうか。
おっしゃっていただければ如何ようにも直します。
母には良く大口開けて笑うなと常常言われておりますが、それでしょうか?
直します。直します!
必要なら口を縫い合わせても構いません!
それから侍女のカルディナからは食べ過ぎと良く言われますのでこれからは自重します。
半分、いえ、さ、三分の一にします。ひもじくでもセドリック様が喜ぶのであれば私、頑張ります。それか、それとも……」
「シャルロッテ様、シャルロッテ様、落ち着いてください。
僕はあなたの笑顔が大好きだし。
本当に美味しそうに食事をする姿も好きです。
それらの事と今回のことは関係ありません。あなたには全く非はないのです。全ては僕の不徳の為せる業なのです。
本当にただ、ただ、申し訳なく思っています。
賠償については既にあなたのお父様であるグラフ侯爵には申し出て、了解をいただいております。
勿論、今後の社交界でのあなたの評価に傷がつかないように丁寧な説明もしていく所存です。
ですのでシャルロッテ様は、私のことなど忘れて、幸せになっていただきたいのです」
「私の幸せはセドリック様と結ばれる以外にはあり得ません」
私の言葉にセドリック王子は目を伏せ、首を横に振った。
「僕はもう、死んだと思って諦めてください。
では、失礼いたします。
もう、二度とお目にかかることもないでしょう」
もう、お目にかかるかかることもないでしょう
その言葉に私は血の気がすーっと落ちるのを実感した。視界に薄いもやがかかったように暗くなった。
お目にかかることもないでしょう
お目に お目に お目に
ないでしょう ないでしょう
もう もう、二度と
二度と 二度と 二度と 二度と
私の頭の中でセドリック王子の言葉がリフレインする。
「し、しかしセドリック様!
あ、あれ?
セドリック様?どこへ行かれましたか?」
どれくらいの時間がかかったのか。
本日二度目の作動停止から再起動に成功した私はキョロキョロと部屋を見回す。さっきまで目の前にいたはずのセドリック様の姿はどこにもなかった。
2020/04/13 初稿