傷の舐め合い
夕焼けの空にパチンッと破裂音が辺りに響く。
涙目のお袋が俺に強烈な平手打ちをしたからだ。俺の頬は赤く腫れ、力が向うままに顔を横にした。
リン「あんたって子は……!!よくそんな酷い事ができたね!」
お袋の武術は強いけどそんなものよりお袋の平手打ちがなによりも効くらしい。腫れた左の方を手でさすりお袋に視線を戻す。
プルテニス「俺も、反省してる……悪かったよ……」
再び平手打ちが入る。
リン「反省してるだって!?それで私に謝るのかい!謝る相手が違うでしょ!」
プルテニス「……分かった……ちょっと行ってくる…」
リン「ああ、早くシテナちゃんに謝ってきなさい。」
プルテニス「は?なんでシテナが出てくるんだ?」
リン「とぼけんじゃないよ!あんたが昔、シテナちゃんを脅して金をせしめようとしてた事くらい知ってるよ!全く!あんたは一族の恥だ!」
プルテニス「え、いや……さっきのやつじゃ…」
腫れていた頬の痛みが一気に冷める。
リン「え?馬鹿言うんじゃないよ!あんな悪い奴なんて痛めつけて当然よ!」
俺は記憶に無い罪を着せられたが謝らない限り、お袋の怒りは覚めそうにないのでシテナに謝りにいった。
プルテニス「覚えてねぇけど……その…悪い…」
シテナは呆れた様に手入れしていた槍を俺の首に向けてくる。
シテナ「覚えてない事を謝られたって全く嬉しくありませんよ……私が謝って欲しかったのは5年前のプルテニスです。」
プルテニス「おい、先輩に武器突き付けんのかよ。」冷や汗を流しながらシテナの目を見つめる。
シテナ「プルテニスは先輩という以前に私のトラウマなんです。5年分の恐怖を味合わせたいところですが……謝ってくれたんでもういいですよ。」
プルテニス「クソガキが……」
俺もシテナもしばらく黙りこんでから大笑いした。
シテナ「でも、正直嬉しかったですよ。プルテニスが例の人だったって分かったらそんなに怖くなくなったんで。」
プルテニス「そうか…じゃあ、俺はもういくぞ。」
その日の夜、俺達は仮に襲われたとしてもすぐに動ける様に道場の真ん中で寝ていた。
とは言え、砂漠の夜は氷点下まで下がるため、俺はみんなが円を描いて寝袋で寝ている時に毛布に包まりながら見張りも兼ねて火の世話をしていた。
空には無数の星と十三夜月が浮かんでいた。
眠い目を擦りながら火を扇いだり、柱の間に吊るされた提灯の見回りをしたり、何となく拳に巻いた包帯を解き、深い傷跡を眺めたりしていた。
その時、後ろから物音がしたと思い振り向いて見るとカイロが涙を流して起き上がっていた。
プルテニス「どうした……寒いか…?」何故奴が起きたかは分かっているが敢えて分からないフリをした。
カイロ「ああ……寒い……」カイロも敢えて本当の事を言わないらしい。震えた声で答えていた。
プルテニス「そうか。待ってろ。」と言い、キッチンから陶器製のヤカンと茶葉を持っていき火にかけた。数分後、二杯の茶碗にお茶を入れる。辺りには穏やかな香りが漂った。
プルテニス「ほら、熱いぞ。」片方をカイロに手渡し、もう片方を自分の口元に持っていく。
カイロ「アチッ…ふぅ…美味いな。」
プルテニス「わざわざ祺門紅茶っていう貴重な茶を入れたんだ。美味いと言ってくれなきゃ困る。」
カイロ「綺麗だな……月…」
プルテニス「月は好きだが、今日の形は嫌いだ……中途半端で…」特に意味もなく自分の考えを伝える。
カイロ「見張り、かわろうか?」
プルテニス「…………いや、いい。お前は疲れてるだろうからな。それ飲んだらもう寝ろ。」
カイロ「悪い……」ズゾゾと残ったお茶を飲み干して再び寝袋に戻っていった。俺も自分のお茶を飲み干し、再び火の方へ目を向けた。
その後、カイロの声が後ろから聞こえた。
カイロ「やっぱりまだ起きてていいか……」
プルテニス「俺に許可とる必要ねぇよ。起きたきゃ起きてろ。」
カイロ「そうか……お前、すげぇよな。人の……タネン先生の生首見て、直ぐにあんな反応できて。」
俺は何か反応するわけでもなく黙って聞いていた。
カイロ「俺は全然動けなかった。事実と思考が異なると全然動けねぇんだよ……お前は強いんだな。」
プルテニス「俺は強くねぇよ。」不意に反応してしまった。ここは黙ってカイロの話を聞くべきだろうが俺が強いという言葉には納得がいかなかった。
プルテニス「強いのはお前の方だ……旧知の間柄の人間殺されて、一晩で誰かの気持ちを考えれるなんてよ……」
カイロ「何を……言ってんだ……?」寝袋に埋めていた顔をこっちに向けて聞いてくる様子が何となくわかった。
プルテニス「俺は……そんなんじゃなかった……俺はくだらねぇ感情で人生の15年間を棒に振っちまった。その挙げ句にシテナの心に深い傷を負わせちまった。」パチパチと燃える火をボーっと眺めながら呟く。
カイロ「なんの話をしている……?」
プルテニス「シテナがどれだけ辛かったろうか……5年間もたった1人の男に怯えて……そいつと再会したのにまともな謝罪もねぇとはよ……キレるぜ。普通よ……改めて思い知らされた……ここが国の精鋭部隊…第六討伐小隊だってことをよ。」
カイロ「……お前もその一員だろうが……」
プルテニス「そうだったな……」
カイロ「それに…俺がマトモっていうんかな…平常心を保ってられんのはお前のおかげでもあるんだぞ。」
俺は再び黙りこんだ。カイロは続ける。
カイロ「お前が俺の代わりにアイツに罰を与えた……だから俺は心置きなくタネン先生の身体を探すことを心に決める事ができた……」
プルテニス「トドメを刺したのはお前だ。俺はただ質問しただけだ……胴体はまだアイツの仲間が持ってる………アイツの仲間が……"仲間が"だと!?」
俺は立ち上がり叫んだ。
カイロ「どうした!?いきなり!」
プルテニス「今思えばそれがおかしいんだ!奴はこの場所を知っているのは奴だけだと言っていた!仲間に知らせればいいものを、奴はたった1人でここに来た!」
カイロ「つ、つまりどういうことだってばよ……」
プルテニス「つまり、俺の仮説はこうだ!黒い連中を振り切った後も奴らは俺達を夜中中探し回った筈だ。その時、俺達がここに入るのを偶然目撃したジーフは夜明けと共に変装し兵士学校に侵入。大方、見学とでも言ったんだろう。そしてタネン先生をおびき出して、首を切断し殺害。首だけを持ってきたのはそれが何かの暗号や目印になるからだ。奴がわざわざそんな周りくどい方法を用いたのは俺達を油断させるため。俺達の居場所を知っているのが自分だけだと安心したところで黒い連中をここに呼び寄せるつもりだったんだ!……もしそうだとしたら……ついて来い!」
カイロ「どこに行くんだよ!」
俺はカイロを連れて玄関を出て、大通りを確認した。
プルテニス「ここにあるはずだ……あった!見ろ!」
俺は道の隅を指で指した。そこには点々と続く血痕があった。
プルテニス「これは恐らくタネン先生の血だ……ジーフはここに来るまでに血痕を残し、仲間に道を示したんだ。奴は最初から死ぬつもりでここに来たんだ……ウチに戻るぞ。」
道場に戻り、いったん落ち着くために俺は再びお茶を飲んだ。
カイロ「確かにお前の推理は凄いが、俺にはこじ付けにしか聞こえないぞ?だいたい、どうやってタネン先生の血痕だと奴らは判別する?自分で仲間に伝えに行って時間差で来る様に言うこともできただろ?」
プルテニス「た、確かに……」
???「それはね……彼らは彼らのボスに直接会うことができないからだよ。」穏やかな猫撫で声で声がした。
そんな声とは裏腹に俺の頭にはバラバラになって死んだ俺とカイロの映像が流れた。カイロも同じものを見たらしい。強い殺気だ。
俺とカイロは声のする方を振り返ると十三夜月を背にし1人の男が屋根の上に腰に手をやり立っていた。