一触即発
酔いが覚めた頃、丁度拠点に着いた。
部屋に入るとキュルキュロスとアラマイヤが冷たい視線を送ってきた。
キュルキュロス「酒の臭い……酔拳を使ったな……」
アラマイヤ「酔拳は人前で使うものではないと、貴方も知っているでしょうに……」
プルテニス「反省してます…」
イリス「まあまあ、お酒を飲ませたのは私ですのでそこまでプルテニスを責めないでくださいな。」
キュルキュロス「それがいかんのです。イリス殿。酔拳は人体に有害なほど大量の酒を飲む故に酒に溺れてやめられなくなる。だから、一度だけならという考えが命取りとなるのです。」
ホース「酔拳……興味深い武術だな。」
カイロ「ああ、凄かったぜ。第二討伐大隊のシーサイさんをあっという間に倒しちゃったんだからよ。」
キュルキュロス「とにかく、プルテニス。お前は今後、酔拳を使ってはダメだ。酒も慎むように。」
プルテニス「はい。」
それからしばらく、俺は筋トレに励んだ。さっき買ったある本を参考にしながら。日が西へ傾き始めた頃、カイロが何処かへ行くようで誘われたので気分転換で行ってみることにした。それと、途中である店に寄った。
カイロ「なあ。禁止されたけど酔拳ってよ、なんで酒を飲むと強くなるんだ?」
プルテニス「あ?酔拳ってのはな相手との間合いが十分なときは思いっきり力を抜いて温存、からの狭い距離で一気に爆発させる。酒に酔えば酔うほどその力を抜いたときと爆発させるときの反動が大きくなるんだ。」
カイロ「へぇ。じゃあ酒に強くないとできねぇのか。」
プルテニス「まあそうだな。」
カイロ「そういえばお前、何買ったんだ?」
プルテニス「ヌンチャク。」
カイロ「使えんのか?」
プルテニス「ガキの頃親父にかじる程度教えてもらった。それからさっき本でちょっと勉強した。」
カイロ「様は初心者程度に使えるってわけか。」
プルテニス「おいおい。俺は格闘の超人だぜ?こんなもん使いこなせるさ。」
カイロ「どうだか。ほら、もう着くぞ。」
5km程歩いて俺達がきたのはカイロの母校、ドゥナッタ兵士学校。ここで剣術を学んだらしい。
俺達は塀を周り、裏口の小さな扉から入っていった。中には中年の厳しそうな男が立っていった。
カイロ「お久しぶりです、タネン先生。」
タネン「おお、カイロ。手紙は読ませてもらったぞ。生徒達も良い参考になるだろう。今丁度第四鍛錬場で剣術の練習をしているところだ。いってみるといい。」
庭はいくつかの鍛錬場に分かれていてそのうちの一つへ案内された。中では15人程の少年少女達が剣を振るっていた。
プルテニス「お前、わざわざ先輩風吹かすためにここにきたのか?」
カイロ「失礼な。俺は可愛い後輩達に立派な剣士になってほしいだけだ。」
タネン「整列!!今日はお前達の先輩で我が校の誇りであるカイロがお前達に稽古をつける!!しっかり学ぶように!」
カイロ「よし!じゃあまず、君達と1人1人組み手しよう。順番を決めてくれ。」
生徒達は整列を崩し、小さく集まり順番を決めていた。その時、タネンはカイロに何か話しかけていた。
タネン「実はお前に特に指導して欲しいのがあそこにいるタスという少年なんだが剣士の天才でな。訓練すれば立派な戦士になると思わないか?」
指差した方向には誰とも打ち解けなさそうな少年が何かを考えている様子で立っていた。
プルテニス「分かりました。しかし、取り敢えず全員の相手をさせてもらいますね。」
生徒達も順番が決まったらしく1人がカイロの前で剣を構えていた。
カイロ「お!準備できたか!じゃあ始めようか。」
プルテニス「俺はなにすればいい?」
カイロ「お前は審判をやってくれ。どっちかの攻撃が当たりそうになれば止めるんだ。」
プルテニス「了解。」
こうしてカイロの剣術指導が始まった。奴の指導は思いの外厳しく、1人1人に対し本気で剣を振った。また、やる気を落とさないようにか褒めるべきところはよく褒めていた。奴が誰かに剣術を教えるところは初めて見たが俺からすれば最高の先生だと思う。なんて考えている内にあのタスという少年が相手になった。
カイロ「遠慮はしなくていい!思い切りこい!」
タス「はい。」
無機質に答える。
2人の組み手が始まった。タスの攻撃は激しくカイロも驚いた様子だった。2人とも一歩も引かず真ん中で互いの攻防が繰り広げられていた。俺はいつ決着が着くか分からないのでずっと神経を2人の剣に集中させなければいけなかった。そこで俺は気づいたことがある。それはタスの表情だ。何故か笑っている。というよりニヤけている。長年、幾多の戦いを潜ってきた俺の経験からか、奴は危険だと感じた。それはカイロも同じらしい。カイロはいつにもない真剣な表情でいる。俺が目でで止めるか?と訴えると奴は止めなくていいと目で返してきた。
その一瞬だ。俺に目を逸らした一瞬でタスは一気に距離を詰め、カイロの首に剣を突き立てた。カイロは済んでのところで急所は避けたが肩に深い傷が付いたらしく、後ろに数歩下り膝からガックリと倒れた。俺はすぐさま辞めの合図を出したがタスは再びカイロに斬りかかろうとしている。その様子は獣のそれより酷く狂気以外の何物も感じなかった。
俺は奴に蹴りを入れ、数m横に吹っ飛ばした。
プルテニス「テメェ!!今、カイロを本気で殺そうとしたろ!!カイロ、平気か……?」
カイロ「なんとかな……」
プルテニス「そうか……おい!話が通じるたぁ思えねぇがまだヤンチャするってんなら!お仕置きしちゃうぜ!」
ヌンチャクを二丁取り出し体の周りでトリッキーに振り回した後構える。
タネン「私も加勢しよう!」
プルテニス「いや、タネン先生は他の生徒の避難をお願いします!」
タネン「そ、そうか……私もすぐに戻る!危なくなれば避難してくれ!」
タスが斬りかかってきた。俺は左手に持ったヌンチャクを畳み、剣を受け止める。右手のヌンチャクで腕を打ち、タスから剣を取り上げた。すると今度は奴は素手でも飛びかかってきた。
俺はヌンチャクを振り回してタスの身体中を攻撃した。骨も何本か折れてる筈だが奴の動きは止まらない。痛みを感じてないらしい。これ以上やると本当に死ぬことはないだろうが二度とまともに歩けない体になるかもしれない。その時、カイロが横からタスに向かってタックルをかまし、2人とも倒れ込んだ。
カイロ「く…!なにやってる!!攻撃しても倒れないんなら力尽くで押さえつけるしかないだろ!!お前も手伝え!!」
プルテニス「お、おう!」
俺も加勢し、2人で四肢を押さえ込んだ。しかし暴れるのをやめない。しかもその力は半端じゃなかった。95Kgある俺の体を片腕で数cm浮かせるほどだ。それでも体力が尽きたのか力はだんだんと弱まり終いには
タス「あの……2人ともなにやってんですか……」
プルテニス「このクソガキ……!俺達の気も知らねぇで……!!」
カイロ「まあいいだろ。元に戻ったんだ。離してやれ。」
タス「何があったんですか。」
カイロ「君に言えることはただ一つ。力の加減を覚えろ。」
とだけ言い、鍛錬場を出ていった。
プルテニス「は?おい!カイロ!!」
鍛錬場の外には丁度入ろうとしていたタネンが息を切らして立っていた。
タネン「カイロ。タスはどうなった!?」
カイロ「はい、元に戻ったらしいです。ただ骨が何本か折れている様なのですぐに医務室に運んでやってください。」
タネン「そうか。内の生徒がすまない。君もしばらく医務室で休みんで行けば……」
カイロ「いえ、大丈夫です。後、彼には力を制御する術を教えた方が良さそうです。それと、彼はどこの出身で?」
タネン「ああ、タスは第一討伐小隊副長の甥で幼い頃に両親を亡くしているらしい。それで彼の育ての親は叔父であった副長なのだとか。」
カイロ「なるほど、道理で……」
タネン「何かあるのか?」
カイロ「いえ。俺はこれでお暇します。では。」
足早に学校を後にする。俺もすぐさま追いつきカイロに問う。
プルテニス「おい!なんであんな奴放って出ていくんだ!!あれがただの感情の昂ぶった暴走に見えたんなら……」俺の言葉を遮る様にカイロが怒鳴る。
カイロ「あれが暴走だと!?ふざけるな!どう見たって誰かが細工したんだよ!!明らかに黒魔術によるものだ!!」
プルテニス「だったら尚更……」
カイロ「生徒だけじゃあない!あらゆる実力者が集まる学校に侵入できる奴が対象をタス1人だけにすると思うか!?これはそんじょそこらの愉快犯だとかじゃあ断じてねぇ!!もっと違う何かだ!何か吐き気のする、ドス黒いもんがこの街に、俺の故郷に蔓延ってんだよ!!」
プルテニス「お前、わざと泳がせて犯人を突き止めるつもりか?」
カイロ「ああ。明日から俺とお前でここらを張り込みするぞ。任務も全て休め。」
プルテニス「……了解。」
カイロは体力の消耗が激しかったらしく俺の肩を借りてなんとか歩けるほどに疲弊していた。
俺達が拠点に戻ると誰もが驚愕した。国でも有数の精鋭隊のリーダーが学生に手傷を負わされるなんて誰も予想しなかったんだろう。
部屋に入りメンバーに俺とカイロはあったこと全てを包み隠さず話した。
キュルキュロス「それは……不味いな……」
アラマイヤ「はい…国王様の側近も務める第一討伐小隊の副長その人に育てられた甥をも術中に収めるほどの実力者が我々討伐隊組織の中に潜入している危険性があります。」
シテナ「潜入?そう簡単に組織のセキュリティを掻い潜れるとは思えませんが。」
ホース「そこを突かれたんだ。それほど相手は皆からの信頼が厚い人物が裏で何かをしているんだろう。」
キュルキュロス「そうかもしれないしそうでないかもしれない。とにかく、情報が必要だ。もしそんな事態になればコトだ。カイロとプルテニスに任せよう。」
イリス「ええ。その間の任務は私達にお任せください。お2人も調査を頑張ってくださいね。」
キュルキュロス「それと、この事はくれぐれも内密にしておけ。敵が大きな組織だった場合、どこに潜んでいるか知れたものではない。」
俺とカイロは霞みそうな声で「ああ…」と答えた。
そのあとはいつもは楽しい筈の夕食も重苦しい雰囲気となり、俺は食事が喉を通らなかった。
そして深夜、みんなが眠った頃。俺がトイレに行くために起きたのが幸運だった。
部屋のランプをつけると俺はいい歳をこいて悲鳴を上げた。
何故なら天井には全身を黒い布で覆った連中がびっしりと張り付いていたからだ。