目的地
太陽が西に傾き空が真紅に染まった頃、陸に上がった列車は街中を走っていた。決して大きくはなかったが活気に溢れている街だ。家の造りは日干しレンガで造られているドゥナッタとはかなり違い鮮やかな色のレンガを用いられ、綺麗な直方体の形と洒落た屋根、ガラス窓が付いている。道も綺麗に整備されていて馬車が並んで走っている。列車が止まった駅は木造建築で広く、沢山の人が食べ物や土産物を持って窓の側に集まってきた。
「はぁ〜待ちくたびれた。ようやく夕飯だよ。あんたは?何か欲しいものはあるかい?」
「そうだなぁ……あ〜と、見たこともない料理ばかりだな……何かオススメとかないか?」
「そうだねぇ……あ、そこのお兄さん、それ買うよ。ほら、プルテニス。これがうまいんだ。」
差し出されたのはサンドイッチの様なものだ。かなりボリューミーで挟まっているのは魚、ドゥナッタでは見ない魚だ。それと、レタスが挟まっている。俺は右手で受け取り、少し不安定だが、そのままかぶりついた。
「お、うまい!魚とパンって意外と合うんだな。野菜はレタスだけだと思ったけど玉ねぎも入ってるしレモンで味付けもしてある。シンプルなのに満腹感が凄いな!」
「それはバルック・エクメーイって言う料理で、魚はサバを使ってあるんだ。ってちょっとちょっと、そのままじゃ落ちるよ。左手も使いなよ」
「え、ああそうだな…」俺は動かない左手の指でこぼれそうな中身を無理矢理口に押し込んだ。
「豪快な食べ方だね……まあ、気に入ってくれたんならよかった」
「お、そうだ。オメェらも食えよ」と、俺はバルック・エクメーイを縛り付けた盗人2人にも差し出した。
「いいのか?」俺が答える前にかぶりつく。
「おお、食え食え。多分、務所の飯はゲロみたいなのばっかだろうからなぁ」と言った瞬間2人の顔が真っ青になった。
「おいおい、本気にするなよ……どうせ盗みしかしてねぇんだろ?そんな奴隷みたいな扱い受けるかっての。それ食ったらこの列車から降ろして引き渡すからな?」
2人は咀嚼しながらうなずいた。
「随分と聞き分けがいいね。あんた何したんだ?」
俺は言った通り、2人が飯に満足すると列車から連れ出し駅員に報告した。2人は大人しく連行されていった。その時、バイコーンの鳴き声が聞こえ、足音と線路の上を転がるタイヤの音が聞こえた。物売っている人々をかき分けながら出ていき、発車した列車の最後尾になんとか走って追いついた。
コンパートメントに戻ると食べ物に囲まれたルイスが何かを口に含みながらこっちを見てきた。
「遅かったね。食べ物、出来るだけ買っておいたよ」
「あ、ありがとう」息切れしながら言う。
「ほら、飲みなよ。ここの酒はうまいよ」
「悪い、俺今、酒は禁止されてんだ」
「誰に?」
「師匠」
「な〜んだ。酒には強いと思ったのに」
「悪かったな」
「それよりさ、さっき、あんたが食べている様子を見て思ったんだけど……あんた、右手が動かないんじゃないのか?」
「ああ、そうだが……そういや話してなかったな」
「そうなのか。あ、変なこと聞いて悪かったね。何か手伝って欲しいことがあったら言ってくれ」
「気なんか使わなくったっていいぞ?」
「そんなこと言うなよ。私達もう友達だろ?ほら、これも美味しいぞ、口開けて、あ〜ん」と串焼きにされた羊肉を突き出してくる。
「おお!美味そう!あ〜ん…じゃねぇ!左手が使えねぇからって子供扱いすんな」
「アハハ、冗談冗談。でも、不思議なんだよ。あんた頼りになりそうなのに何処か危なっかしくてほっとけないんだよね」と笑う彼女を見てどこかカイロと似たところがあるなと心の中で俺は微笑んだ。
「全く、まだ知り合って数時間だってのによくそんなことできるな」
とまぁ、旅を始めて早々、彼女と仲良くなった。時は進み次の日の夜だ。
「おい!おい!いつまで寝てんだ!ここがセダンなんだろ⁉︎起きろ!」と、隊の紋章を付け直してもらったマントを羽織りながらルイス呼びかける。
「ん〜……?ハッ…!着いたのか⁉︎」
寝起きとは思えない素早い動きで荷物をまとめる。
「よし、準備できたよ。行こ」
「ああ」
駅は小さな村の中にあり、そこから馬車などを使って街に移動するらしい。駅の外に出て俺達は背伸びをした。外の空気をたっぷり吸い込み吐き出す。
「あんたはこれからどこに行くんだい?」
「俺はギルドってところに用があるんだ」
「なんだ、あんた冒険者志望かい。着いてきな。私もギルドの関係者なんだ」
「マジか!そりゃ助かる!」
俺が言ってる間に彼女はコンパスを取り出しランタンに火を灯して森の中に入っていった。
「お、おい……森を突っ切るのか?馬車で行った方がいいんじゃ……」
「馬車は森を迂回するんだ。そんな事してたら朝になっちまうよ。こっちなら1時間と半分もすればすぐ着くよ」
「そ、そうか」少し不安に思いつつも森の中を進む。
20分ほど経った頃、俺は何者かの気配に気付いた。
「ルイス、悪いが灯りを貸してくれないか?」
「どうかしたのかい?別にいいけど」
俺はランタンを受け取るとルイスの前にいき周りを見回した。そして、ランタンをルイスに返し、手で後ろに下がる様促した。次の瞬間、暗闇の中から鋭い刃が飛び出してきた。暗闇でよくは見えないが月明かりで照らし出された姿で確認できるのは、そいつは男で金髪で少し刈り上げ、身長は175cmってところだろう。短剣を両手に持ち、次々と斬撃を繰り出してくる。
「成敗!捕まえてやるぞ、盗賊め!」と叫んでくる。
「と、盗賊だ⁉︎待てよ!俺はただ……「うるさぁい!言い訳無用!成敗!」話を聞く気はないらしい。いろいろとめちゃくちゃだがかなりの手練れらしい。斬撃の正確性やスピードはかなりのものだった。避けれるものの俺は後退りを繰り返していった。流石にやられっぱなしは不味いと思い、隙を突いて胸に一発蹴りをお見舞いする。奴は5mほど転がっていった。がその時、足に何か絡みつくのがわかった。更に次の瞬間、足に絡みついていたものが動き、俺は近くの木に逆さ吊りにされた。足に絡みついていたのは鎖だったらしい。木の上から声が聞こえる。
「兄貴!大丈夫⁉︎盗賊は捕まえたよ!」声の主は少女だった。男と同じく金髪でセミロング。
「だから俺は盗賊じゃあ……」と言いかけたところで立ち上がった男に布を猿轡として口にはめられた。
「よ〜し!よくやったぞ、ティ!」
「ユー兄貴の方は怪我は⁉︎」
「大丈夫だ!早速こいつを連れて行くぞ」
「あいよ!」
俺は豚の丸焼きの如く棒に吊るされどこかに連れて行かれた。後ろからルイスが慌てた様子で何かを叫びながら追いかけてくるのが分かったが奴らはそれに追いつかれまいと森の中をかけていった。
30分程揺られに揺られ、森を抜けるとそこは街だった。夜でそこら中から民家の灯りが見える。その内の一件、何やら騒がしい場所に入っていった。中は酒場の様だ。そして、金髪の男が上機嫌で叫んだ。
「ユー・タイラン、ただいま盗賊退治から帰還いたしました!」そのまま俺はカウンターテーブルに乗せられた。カウンターテーブルの反対側にいる、制服らしき物を着た黒髪の女性が「お手柄でしたね。」と優しく言っている。俺は盗賊じゃない!と言おうとしても猿轡のせいでムグムグとしか喋らず、側から見ればただの往生際の悪い盗賊としか見られないだろう。そんな時に、ルイスが息を切らしスイングドアを勢いよく開けて「そいつは……盗賊じゃない!」
と決めてくれた。
「何を言ってるんだ。このみすぼらしい服装、悪人面、体格、どう見たって盗賊だ。"俺達"が捕まえたんだ!」勝ち誇った様に言い放つ。
「ああ!ちょ、ちょっと、タイランさん!こ、これ、これ!」と、カウンターテーブルの向こうにいる女性が俺の背中を指差して言った。
「ん?こいつの背中がどうした……て、あ……」
「あ、兄貴……この紋章てもしかして……」
「間違いないですよ!ドゥナッタ王国の魔物討伐隊の一員です!」
「だから、言っただろう!」と、同時に酒場では笑い声が響いた。そして俺の縄はすぐに解かれた。
「悪かった!本当に!許して!」
「ああん、もういいさ」
「えっと、俺はユー・タイラン。こっちは妹の」
「ティ・タイランだよ」
「それと、私はこのギルドで受付嬢をしています、サラ・ハウンです」
「えと、ドゥナッタ王国第六討伐小隊所属のプルテニスです」
「ああ、あなたがあの……連絡は受けています。早速、登録を済ませてしまいましょうか。その前に……タイランさん…少し、来てもらいましょうか……」光のない目で微笑みながらユーをどこかに連れて行く。ユーは半泣き状態で連れて行かれた。
「ヒェッ……」
「あ、兄貴ィ!」
「なんだここ……思ってたのと違うぞ……」
「安心しろ、私も最初はそうだった」
10分後、頭に巨大なタンコブを作ったユーと笑顔のサラが帰ってきた。
「コホン……え〜まず、このギルドの基本的な仕組みをご説明いたします。まず、あちらのボードをご覧ください。あのボードに国の重要機関から民間人に至るまでの魔物討伐や採取などの依頼が集められています。ここでは【クエスト】と呼んでおります。クエストはちょっとした資料と共に契約書として張り出しているのでクエストを受ける時はそれらを持って私のところまで来てください。クエストを受けるにもお金が必要なのでお気をつけて。次に【ランク】についてですが、ギルドで依頼を受ける人をここでは冒険者と言います。冒険者にはFから最高Aランクまであり、クエストの達成量や実力或いは試験による特別措置としてランクが決定、変更されます。ランクの見分け方については冒険者それぞれが首から下げているプレート、【ギルドカード】と呼ばれる物でわかります。しかし、貴方の様に遠くから一時的にいらした方にはゲストカードというものが支給されます」そう言って、1枚のカードが出された。
「この際、重要となりますが、【ゲストカード】には二つのコースがございます」
「コース?」
「はい、普通の冒険者と同じくギルドの許可がなければ受けられないクエストが存在する【ギルドコース】。全てのクエストが受けられる代わりに保険、保証、支給が受けられない【フリーコース】の2通りです。どちらにいたしましょうか。後に変更できないのでよく考えてください」
「………ん〜、フリーコースでお願いします」
「承知いたしました」カードに角印を押す。
「はい、これで登録完了です」
「え、もう?」
「はい。冒険者というのは基本、自由な職場ですから、そこまで厳しく取り締まったりはしないんですよ」
「へぇ……ありがとうございます」
「はい、それではまたのお越しをお待ちしております」
実感が湧かないままカウンターを後にする。
「お、終わったかい?」
「ああ、後は宿だ」
「泊まる場所がないんならなら俺んちに来い」どこからともなく飛び出してくる。
「気持ちは嬉しいんだが……いいのか?まだ会って数十分だぞ?」
「いいんだ。お前には酷いことしちまったし、お詫びとして受け取ってくれ」
「そうか、ならお言葉に甘えようかな」
「決まりだな。改めてよろしく、プルテニス……だっけ?」
「ああ、よろしく。ユー」
「よ〜し、話はおしまい!今日は朝まで飲もう、プルテニス!」いつのまにかビールが大量に注がれたジョッキを片手にルイスが呼びかけてきた。
「話聞いてたか⁉︎俺は今は酒が飲めねぇしユーのとこに泊まるって言ってんだよ!朝までなんて付き合ってられっか!」
「そういうなって!ソフトドリンクでいいからさ〜楽しく行こうよ!」
「俺も飲むぞ〜!」
「兄貴待ってぇ!」
俺はどうやらとんでもない奴らと関わってしまった様だ。