奇妙な戦い
「話は全部聞かせてもらった。」自身ありげなカイロの後ろでアーチ状の出入り口からホースやシテナが偶に手足を出しているのが見えた。向こうで黒鉄と応戦してるんだろう。
「後者の問題は解決した……?まさか……!」
ムドゥルは一気に血の気の引いた顔になり、慌てた様子で動けない俺の体に手を当ててきた。
「く、クソ!」と言いながら俺の服についていたハエを握りつぶした。その時、アーチ状の出入り口からキュルキュロスが誰かを連れて転がるように飛び込んできた。
「か、カー国王陛下……!」俺とムドゥルは同時に叫んだ。その瞬間、俺にかかっていた金縛りが解けた。
「陛下……これが今回の事件の真相です。」キュルキュロスがひざまずきながら言った。
「そうか……ムドゥルアルギュエスよ……私がお前を引き取り早百数年…実の子のように育てたが、そんな野心を持っていたとは……残念だ…」どんな経緯でそうなったかわからないがムドゥルは国王の養子だったらしい。心の底から悲しみの声を出しているように話した。というより百数年?ムドゥル何歳だ?
「へ、陛下……ど、どういうことだ⁉︎何故ここに?」尋常じゃない動揺の仕方だ。同じ宮殿に住んでいるのに、例え警備が厳重だろうとカイロ達が乗り込んでくることは想定しているはずなのに。
「俺が説明しよう。いや、だいたい察しはついたんじゃあねぇか?さっきお前が潰したハエはキュルキュロスさんが操る物だ。イリスさんの魔法でお前が話していた事は全部筒抜けだったんだ。国王陛下にも聞いてもらった。これで俺達の無罪は放免された。格好つけてあの魔法をつけた正四面体を渡したのが失敗だったな。そいつをマーカーにしてイリスさんのテレポートでひとっ飛びよ。黒い連中も衛兵も大方ぶちのめしたぜ。」
「全く、大仕事で疲れました……私にはもう体力が残ってないですわ……」後ろでヘタれているイリスが見えた。
「クソォ……!陛下に合鍵を渡したままなのを忘れていたばっかりにこいつらの侵入まで……」
「プルテニス!後はお前次第だ!残りの黒い連中は俺達がやってやる!」
「もうやってるよ!師匠、いいんですよね?」
「ああ。この際だ、思う存分暴れるといい。」
俺はフラフラと立ち上がった。顔を真っ赤にし、力の抜けた身体で構える。
「な……酔ってるのか…⁉︎あの程度の酒では酔うはずが……ハッ!」奴の視線の先には使い捨ての注射器を握った俺の手があった。カイロが今までの事を説明している間に俺はあらかじめ用意しておいた注射器を使い、テーブルにあったワインを全て体内に打ち込んで置いたからだ。元々、一緒に持ってきた瓢箪に入っている酒を使うつもりだったが、こっちはアルコール度数が異様に高く少し躊躇していたんでワインがあったのは好都合だった。
「俺んちは医者やってんだ……アルコール……直接血管に打ち込んだぜぇ……酔いなら十分だぁ…!」
ムドゥルは再び金縛りを仕掛けてきたが怪力で無理やり振り解く。
「ば、馬鹿な……物理的な力で僕の魔術を……!」
その後もムドゥルは攻撃魔法を放ってきたが完全に酔いが回った、いや、中毒症状を起こし神経が麻痺した俺は何度吹っ飛ばされても傷だらけにされても立ち上がり奴に飛びかかっていった。ぶっちゃけ、意識は完全になかった。
覚えている光景は防御魔法を発動させたムドゥルに何度も何度も蹴りをお見舞いしているところだった。その内、防御魔法が砕けたのか奴の顔面に俺の足がめり込んでいるのが見えた。
その直後に俺は足から崩れ落ちたがカイロが支えてくれた。
「か、カイロ……随分と、ゴリ押しなことするじゃあねぇか……」
「馬鹿言え。怪力で魔法を振り切る方がゴリ押しだろ。」俺もカイロも安心して話しているが、ムドゥルが立ち上がるのが見えて俺達は気合を入れ直した。ムドゥルの顔の半分は骨が折れているのかかなり歪んで血もだらだらと流している。
「ククク……そう、お前だ、お前だよキュルキュロス。僕が始末したかったもう1人の男は……動物を操る力を持つお前だったんだよ。本来なら殺すのはプルテニスとキュルキュロスの2人だけで良かったんだが、カーも聞いてたんじゃあ仕方ない……第六討伐小隊は国王の暗殺をし、その直後に発見した僕が仇をとった……てことでいいかな…?」と言い、指を鳴らした。すると、キュルキュロスはいきなり国王を掴み、カイロの方は向けた。カイロは剣を抜き、国王とキュルキュロスの方へ向かって歩き出した。
「し、しまった……!」
「お、おい……!どうなってんだこりゃ!」二人ともいきなりの事態で状況を飲み込めてないらしい。俺は足に力が入らず、立つこともできないので国王を殺しにいくカイロの背中を眺めることしかできなかった。
「か、カイロ!!やめろ!師匠!陛下を放して!」そんな分かりきった事を何度も叫ぶが何も状況は変わらない。
「陛下……!なんとか振り解いてお逃げください!」
「う……キュルキュロスよ……私がお前の力に敵わぬ事はお前自身よく分かているだろう。私の事はいい。お前達が生きてさえいれば奴を倒せる。」
「そんな……ダメです。ムドゥルは私もろとも貴方様を串刺しにするつもりです。真実を知っている貴方が生き延びなければ国民はどうなりますか!」
「フフッ……無罪になりたい一心でカーを連れて来たお前が悪いんだよ、キュルキュロス!老いぼれどもは仲良く死んで貰おうか。」血走った目でカイロが剣を突き立てる様子を眺めている。倒れている俺は自分自身が情けなく、弱々しく拳を握った。
その時、スパッと風を切る音がしてカイロは剣を手放した。キュルキュロスは国王を抱え込む腕の力が抜けたらしい。
「ふぅ……危なかったですね、キュルキュロス様。」
「外の黒い連中はホースさんが任せろと言ってくれたので入って来ましたが、正解だったようですね。」アラマイヤとシテナがカイロとキュルキュロスの間に立っていた。
「イリスさんに残った最後の魔力をいただきました。それで貴方達の呪縛を斬ったというわけです。」アラマイヤが説明する。イリスがその後ろで完璧に気絶しているのが見えた。あの人も大分無理していた様だ。
「黒鉄どもめ……殺し損ねたのか…!」
「俺は殺し損ねねぇがな……!!」俺は奴の背後に回り込み握った拳に力を入れた。
「な、何故……!さっきまで指一本動かせ……ヘグォ……!!」言い終わる前に奴の歪んだ顔面に拳をお見舞いする。残った力で防御魔法を何重にも重ねていたらしいが俺は無理やり拳をねじ込んだ。奴の顔からグロテスクな音がしてステンドグラスを破り、外に吹っ飛んでいった。俺の拳からは血がだらだらと滴り落ち、指が異様な角度に曲がっているのが見えた。
その後、視界が徐々に暗くなり最後には真っ暗になった。