計画
部屋は広く、光の灯ってないシャンデリアが吊るされている。部屋の雰囲気は北欧にある城のような感じだ。窓にはこの辺りでは珍しいステンドグラスで凝った装飾がされている。その他に家具はなく、あるのは下に赤色の大きなカーペットと真ん中に小さなテーブル、その上にワインボトルと二本のワイングラス。俺が呆気に取られて突っ立っていると不意に声がした。
「いらっしゃい。プルテニス君」気がつかなかったが奴はステンドグラスの窓の前に浮いていたらしい。ゆっくりとこっちに近づいてきた。
「君のために取り寄せたワインだ。飲んでくれ。」
「いいのか?酔拳を使う俺に酒なんて出して」俺は落ち着いたフリをしてテーブルまで歩いていき、遠慮なくワインをいただいた。
「君がかなりの酒豪だって事は分かってるからね。その程度のアルコールじゃ酔わないでしょ。逆に聞くけど毒が入ってるかも知れない飲み物を普通飲むかい?」
「お前が俺に何させたいのかは知らねぇが少なくともこんなつまらない事で殺したりはしねぇだろ。」
「ふ〜ん………凄いねぇ。一昨日の晩あった時は全く動けてなかったのに、今は堂々とできるのか……」不機嫌そうに言う。
「まぁいいや。君を呼んだのは僕の計画を話すためさ。全て明かした上で、実験台になってもらい、殺す。勿論、抵抗してくれても構わないよ。どうせ僕には勝てない」
俺はワインを飲みながらムドゥルの話を聞いていた。
「まず、結論から言って僕の目的は人類の進歩だ。君は最近の魔物に対する警戒が足りてないと思わないかい?君達討伐隊やら護衛隊やらを任せてるって世間は言ってるけど、僕に言わせてみれば労あって益なしだね。何の意味もない。それが根本的な解決になったと言えるかい?たった一つの旅団を守ったからなんだい?何故こんな糠に釘を打つような事を続けるのか考えた末に僕は分かった。人間がまだその次元に到達していないからだとね。それからと言うもの僕は何十年という月日をかけてある魔術を生み出した。潜在能力を表に引き出し、身体の組織を戦闘に向いた凶器に変える術だ。黒鉄達も君達と闘ったタスも僕の実験の末に生み出された強化人間ってわけさ」
「俺には進歩ってよりは頭が悪くなって暴れてるだけに見えたんだがな?」
「そこも重要なポイントさ。国を一つの人間と考えたとき、彼等は身体だ。血であり肉であり骨であり、手であり足であるんだ。そして脳は僕。僕という頭脳がある事で僕とそれ以外というたった二つの組織で国が成り立つのさ。今の国は貴族やら議員やら会議やら、戯言をほざく集団の集まりで形成された噛んだ後のガムみたいな脳だからね。僕は今まで奴らに従ってきたのさ。こんな言葉があるだろう?
"従う者はいずれ従われる"ってね。僕は検証したのさ。国王に従う事で僕も従われる側になるのかね。仮説は大当たり。おかげで力を欲した者達が次々に実験台として来てくれた。さっき君は頭が悪くなったと言ったがね、人間の退化は人類の衰退ではないんだよ。馬鹿とハサミは使いようなんだよ。今はこれだけの数だがいずれは国民全員を強化人間にする。そして、魔物を根絶してやる。これこそが我が国を守る最善策なのさ。分かってくれるかな?」
俺はワイングラスをテーブルにドンと置き、一つ溜息をついてから、戦闘態勢に入った。
どうせなんと言おうが俺を生かしておくつもりはないだろうからな。
「ククク……訂正しよう……やはり君は実験なんかせず、今ここで殺すとしよう……あまりに僕の予想通りに動いてくれるもんだから興味が失せたよ」
奴が手を叩くと、黒鉄達が飛びかかってきた。
俺は深く息を吸い込み、軽くステップをした後に黒鉄達を文字通り蹴散らした。蹴った1人1人からは何かが砕ける鈍い音がした。
「……!黒鉄の硬化系タンパク質の筋肉と肌を簡単に破壊した……?」
「へっ……俺がなんの対策もなしに火に飛び込む夏の虫とでも思ったか⁉︎」俺は片膝を溝落ちまで上げて叫んだ。
「この匂い……黒鉄を蹴った時の音………特殊カーボンファイバーか……全世界を探しても加工できる者は数十人単位しかいないとか……」
「そう!3ヶ月前、拳を壊した時点でとある国の職人に加工を依頼して置いた特注の鎧(足だけ)だ!軽くて丈夫で職人技の関節可動も文句なしの優れもんだ!」残りの黒鉄も一掃しムドゥルに向かい合う。
「なるほど、損傷した際のリスクは高いもののあそこまで自在に使いこなせるのは格闘家であるプルテニスならではってわけだね」感心と嘲笑の混じった微笑みを見せてきた。
「でも、黒鉄の対策しかできてないようだね。結局それが………限界なのさ!」奴が指を鳴らすと俺の手足はピクリとも動かなくなった。所謂、金縛りってやつだろうか。縛られるというよりは仕立て屋のマネキンみたく骨が針金になったように動かない。
「悲しいね。君がいくら死ぬ気で努力しようと、どんな貴重な装備を得たとしても勝てない。僕と君とでは根本的な闘い方が違う故にね」首を横に振りながら奴が近づいてきた。
「もし仮に……まぁ天文学的に低い可能性だろうけど、君に勝算があったとしても、僕が被害者だと言えば国王はその通りだと思うだろうね。もしそうなったら幾つ君の首があれば償えるかな?」不敵な笑みを俺の顔に近づけてくる。
「プルテニス!後者の問題については解決したぞぉ!」聞き慣れた声がする。首は動かせなかったが目で確認すると銀のイバラのアーチを背にしてカイロが勝ち誇った表情で立っていた。