招待状
俺とカイロとホースは取っ組み合った姿勢のまま拍手の方へ視線を向けた。そこには、静かに微笑んだムドゥルがうつ伏せで浮いていた。
「いや〜…もうバレちゃったか……流石キュルキュロスとイリスだね」
「ムドゥルアルギュエス……」キュルキュロスら焦った様子で名前を呼んだ。初めてみたかもしれない。恐怖したキュルキュロスを。
「ムドゥルでいいよ……」
ついさっき今まで通りの調子に戻ったってのに奴の出現で全員恐怖で動けなくなっていた。カイロが「お前、こんな奴と一対一で話したのかよ⁉︎」と見開いた目で訴えてくるのが視界の端に映ったが俺はムドゥルだけを凝視していた。いつでも奴を攻撃できるようにするためだ。幸いと言うべきか奴からは戦う気や殺気といったものが感じられないため今攻撃すれば当たるだろう。そう思い、飛び出そうと両足に力を入れたところで、「やっぱり、君たちは僕の研究対象にピッタリだ。ただ単にそれぞれの達人ってだけじゃあない。何か特別な……そう、僕を惹きつける何かを持っている。しかし、僕の邪魔である事に変わりはないね……」と凍りつくような雰囲気を醸し出しながら言ってきた。俺は無意識に足を後ろに下げてしまった。ムドゥルは続ける。
「まぁ、今日来た訳なんだけどね…これを渡しに来たんだよ。指を鳴らすと、俺の手の中に黒曜石でできた正四面体が現れた。
「君達を生かしておくわけにはいかない……でも、すぐに殺すつもりもないんだ……待ってるよ」そう言って指を再び鳴らすとムドゥルを中心に旋風が起きた。俺はすぐに飛び出し、蹴りを放ったがそこにあったのはドライアイスから出るような霧しか残ってなかった。
「クソ……本当に謎だ……」
「おい、何を受け取った?」キュルキュロスが聞いてくる。
「分かりません。ただの装飾品に見えますが……」
俺が正四面体を眺めているとその内の一面の表面がどんどんと崩れていき、文字が彫られていった。
「な、どんな魔法だよ……ヒエログリフだと?」
書かれていた文字はヒエログリフだった。
この国では基本的に3つの書体がある。
神聖な物や碑石などに使うヒエログリフ。記録ようの書物に使うヒエラティック。それを崩した一般用のデモティックだ。基本的にヒエラティックとデモティックが使われていて、ヒエログリフを読める者は少ないし、俺も読めない。
「貸してみろ。」とキュルキュロスが言ってきた。俺もそれに従い、差し出した。
「ヒエログリフか……奴も洒落た事を……」
「なんて書いてあるんですか?」
「ああ、読み上げるぞ」
キュルキュロスが言うにはこう書いてあるらしい。
【プルテニスへ】
《君を王宮へ招待しよう。余計なお節介だとは思うが君達は今やお尋ね者。道は選んだ方がいいだろう。話が逸れたね。僕は現在、カー国王陛下の専属魔術師として王宮に住まわせてもらっている。君にも是非ウチは来てもらいたいと思ってね。それと、来るときは君、1人で来るんだ。勘違いしないで欲しいんだが、君の命を保障するわけではない。逃げたくば逃げるといい。覚悟があるならば来ればいい。僕はいつでも歓迎するよ。僕なりにね。》
【ムドゥルアルギュエス】
キュルキュロスが口を閉じると全員暗い顔で俯いている。ムドゥルはこのタイミングを狙ったのだろう。自分が俺と接触したことがバレた時、この隊のメンバーなら見捨てずに団結するだろうと読んでいたはずだ。そして、この文の様に俺「1人」と指名することでみんなのやる気を一気に削ぎ落とした。
「それで、行くのか…?」キュルキュロスが聞いてくる。
「……行きますよ、俺は」
「明らかに罠だぞ?」カイロも口を開いた。
「それでも行く。お前がこの前に言った通り、奴からはドス黒いもんを感じる。それに、タネン先生も報われねぇだろ。なんにも分からねぇまま殺されたんじゃあよ」
「………頼んだぞ……」震えた声で俺に言ってきた。
「任せろ。」
「そうじゃあなくて……生きて帰ってこいよ……」
「了解」
そして昼過ぎに俺はこっそりと家を出た。お袋は朝早くから個人経営の病院を開いている。カイロは俺を真剣な眼差しで見送ってくれた。
人目を避けて通っているうちに当たりはもう夕方になっていた。そして俺の前には夕日を背にして王宮が建っていた。その時、ポケットに入れていた黒曜石の正四面体が揺れその内の一面がまた崩れ始め、今度はヒエラティックでこう書かれていた。
《この文が現れたということは無事、王宮前に着いたようだね。君には悪いが王宮の衛兵に君の事は伝えてないんだ。見つからないように王宮内部へ侵入し、東階段を上がって3階へ向かってくれ。そこからは僕の部下の黒鉄達が案内するよ。それじゃあ待ってるよ。》
王宮には何度かきたことはある。その時は誇らしい気持ちで門を潜っていったが今は恐怖と葛藤する焦りに近い気持ちで門を飛び越えていった。
庭を駆け抜けて王宮の中へ入る。柱で体を隠しながら階段を目指した。途中何人か衛兵に見つかったがすぐに気絶させて適当な場所に隠しておいた。
3階に上がると例の黒い連中達に囲まれた。正四面体に書いてあった黒鉄はこいつらのことだったのか。黒鉄の1人に鉤爪を突きつけられてされるがままに進んだ。すると、銅鉄製で銀のイバラの装飾が施された巨大な扉の前に着いた。それと同時に黒鉄達は静かに去っていった。
俺は腹を括り、取手に手をかけようとした瞬間、正四面体がまた崩れだした。
《扉の前まできたようだね。この扉はちょっと特殊でね。僕は難なく開けられるけどこの扉はある魔術を使わないと開かないようになっているんだ。その魔術は僕のオリジナルだからね、僕しか知らないし無理に開けると消し炭になるよ。扉の右下を見てくれ。丁度これがハマるほどの窪みがあるはずだ。そこにこれをはめると扉が開くから。これで案内を終了するよ。》
たしかに扉の右下には窪みがあった。指示通りに俺は正四面体をはめ込み様子を伺った。すると扉に付いていた銀のイバラが外れてアーチ状に組み上がった。そこから怪しげな光りが放たれ俺を包み込んだ。