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さらば拳よ


「辞めるって、本当かよ……」


部屋は重い空気が漂っている。メンバーの視線は全員俺とリーダーのカイロに向いている。


事の発端は昨日。



ここは乾燥帯で砂漠に囲まれた国、「ドゥナッタ」。

砂漠は開拓がここ以外は進んでいないため商人の旅団が魔物や盗賊に襲われやすい。だから国は護衛隊や開拓使、討伐隊なんかを向かわせて道の整備に努めている。そして倒した魔物の素材で発展してきたわけだ。俺の所属している第六討伐小隊は俺も含めて8人という比較的少ない人数ながらもトップクラスの実力を持つ精鋭揃いだ。


リーダーでバランスの良い剣術を扱うカイロ。

副リーダー的存在で経験豊富な弓使いのホース。

年長で状況の判断が素早い魔女のイリス。

最近入ってきた槍使いのシテナ。

あらゆる動物を手懐ける猛獣使いで俺の師でもあるキュルキュロス。


普段はこの5人と俺の6人で行動していて後の2人は遠征に出ていて俺も会ったことはない。


その日も俺達はとある旅団の護衛を終え、帰路につこうとした時だった。


カイロ「よし、俺達の護衛任務はここまでだ。帰投するぞ。」慣れた手付きで報告書を書き上げ、荷物を纏める。


ホース「素材の調達もある程度できたな。」

こちらも慣れた様子で骨やら皮やらを保存する。


シテナ「う〜ん……もうちょっと骨のある相手が欲しかったな。」


カイロ「お前はどうだった?怪我とかしてないか?プルテニス。」


そう、プルテニスは俺の名前だ。一応この中では遠征している2人を除けばキュルキュロスに続いてこの隊に長くいる。


プルテニス「ああ。なんとも。ちょっと手に違和感があるが……」


イリス「さっきの魔物はかなり強靭な身体でしたものね。格闘家の貴方には厳しかったのではなくて?」


プルテニス「大丈夫ですぜ、イリスさん。俺だって伊達に格闘家やってるわけじゃあねぇんで。」


ホース「まあみんな無事ならいいだろう。早いとこ帰ろう。」


キュルキュロス「待て……何かくる……」

ハゲワシを手に乗せ、何かを感じ取ったのか、焦った様にみんなを止める。


イリス「これは……まずいですわね。」


気づくと足が砂に埋れていた。

地面が揺れているからだ。それも、細かく素早く、そして強く。


カイロ「何かやばい……!!すぐに移動するか!?」


ホース「いや、ここは下手に動かないのが吉だ。」


シテナ「え?え?何!?みんなどうしたの?」


キュルキュロス「シテナ!!構えろ!後ろだ!!」


声と同時にシテナの後ろから巨大な一本の角を持ったアルマジロの様な奴が地面から飛び出してきた。

一番近くにいた俺はとっさにシテナと魔物の間に入り盾になった。


突進してきた魔物の角で肩を突き刺されたがシテナは無事らしい。痛みで意識が飛びかけたがなんとか力を込めて刺さった角を殴りつける。拳から血が出るのを感じたがとにかく殴りまくった。次第に深く突き刺さっていく角で傷口が開いていった。

腕が千切れる前になんとか角をへし折ってやった。怯んだ魔物に隙を与えない様、カイロが剣を突き立て、ホースが矢を放つ。そこまで効いているかは分からなかったが、魔物は逃げていった。


カイロが駆け寄ってくるのが見えるのを最後に俺は意識を失った。



目を覚ましたのは次の日の朝。つまり今朝だ。


肩の傷よりも拳の方が重症で第一関節から手の甲にかけての筋がズタボロで骨にはかなり酷いヒビが入っていたらしい。医者が言うには普通の生活に支障はないが拳を使うのは無理らしい。もし、また昨日の様なことが有れば今度は日常生活すら難しくなると。


そして今。



プルテニス「もう拳は使えねぇとよ…」


包帯が巻かれた手をした俺を見て一同は沈黙する。


シテナ「その……ごめんなさい…」


カイロ「いや、シテナは悪くねぇ。」


プルテニス「あぁ……庇ったのは俺の判断だ。」


カイロ「で、お前は……辞めんのか……」


プルテニス「………」


カイロ「………」


プルテニス「辞めねぇよ?」


カイロ「え?」


それまでの重かった空気は何処へやら。点になった目で俺を見てくる。


カイロ「で、でも、お前、拳……」


プルテニス「拳無かったって出来るだろ!考えろよ!」


カイロ「いや〜無理だろ。」


プルテニス「大丈夫だ。」


カイロ「無理だ。」


プルテニス「大丈夫だ。しばらく俺は修行して拳なくても戦える様になって戻ってくるから。」


カイロ「だが……」


ホース「カイロ、プルテニスは格闘術に関しちゃお前より分かっている筈だ。彼を信じよう。」


カイロ「ああ、分かった。どれくらい有れば復帰できる?」


プルテニス「そうだな……3ヵ月ってところか……」


カイロ「3ヵ月か……よし、いいだろう!3ヵ月、きっちり修行して戻ってこい!前より強くなって戻ってこい!」


プルテニス「了解。」


キュルキュロス「プルテニス、待っているぞ。」


プルテニス「師匠……ありがとうございます。」


次の日の朝、俺は隊の基地から出た。


街を抜けて、旅団の道を離れ、さらに歩いた。

ここには前に来たことがある。洞窟だ。そこまで広くはないが暑さも凌げるし出入り口が一つしか無いから魔物も襲ってこない筈だ。


俺は早速、修行を開始した。拳が使えないんなら後使うのは蹴り技だ。俺はこの3ヵ月、みっちり蹴り技を鍛えて拳を使えないと言うハンディをカバーする。


まずは足に基本的な筋肉を鈍らせないように、スクワット10回を3セットの後、往復5キロ更にその後スクワット10回3セット。次にあらかじめ用意しておいた餌を巻き魔物を集める。後は実践あるのみ。

いずれも60キロの重りを足につけて行う。


結果、3日でかなり蹴り技が強くなった。


どれくらい強くなったかと言うと、空中に放り投げた平均体積20㎤の岩3つを粉々にできるほど。

拳を壊す前からも蹴り技は特訓していたがやはり殴ったりする方が優先だったためあまり実感はしていなかったが蹴りはかなり強い。

しかし、それでもこの前のアルマジロの様な魔物の外殻を破壊するほどではないと思う。奴はおそらく砂の更に下にある岩盤を掘り進んでいた。洞窟の岩を破壊できる程度じゃ安心感が持てない。事実、武器を使うとはいえ、小隊の全員がこの程度の岩なら破壊できる。


???「貴方が、プルテニスさんですか。」


冷ややかな声が背中を逆撫でする。


プルテニス「誰だ!」


洞窟の出入り口に立っていたのは二十代前半ほどの女だった。全身に鎧を纏い、腰には剣を下げている。カイロと同じ剣だ。真紅の前髪から見下す様な視線を送ってくる。マジの殺気だ。正直、動くことができない上に漏らしそうになった。自分がこの女に殺される様子が一瞬で思い浮かんだ。


???「ふぅん……キュルキュロス様が貴方を弟子にした理由が、なんとなくわかる気がしますね……しかし……」


プルテニス「あんた、まさか……」


???「う〜ん……隙がありすぎますね。」


彼女はいつのまにか背後に来ていた。


???「練習不足……って奴ですか…」


プルテニス「あんた、アラマイヤじゃあねぇのか?」


アラマイヤ「知ってましたか。」


アラマイヤ。キュルキュロスの一番弟子、遠征に出ていた2人のうちの1人……


プルテニス「あんたが何故ここに。」


アラマイヤ「キュルキュロス様に頼まれたのです。貴方の修行を手伝うように。私も弟弟子の顔を見たいと思いましてね。」


プルテニス「………」


アラマイヤ「しかし、実際会ってみてがっかりです。ここまで未熟とは……」


プルテニス「んグっ……!!」


アラマイヤ「あら、どうかしました?」


プルテニス「なんでも……ねぇっす……」


内心俺は苛ついていていた。初対面だってのになんだこの上から目線は。ちょっと殺気が強いからって調子に乗りやがって。ぶちのめしてやろうかと思ったその時。


アラマイヤ「ふふっ……いい殺気ですよぉ〜」


いきなり、甘ったるい声色になった。目の尾が下がり、力が抜けている。


アラマイヤ「その、荒々しい殺気……ゾグゾクしますねぇ……」


プルテニス「………」


アラマイヤ「そう、殺気なんですよ。闘いに必要なのは。どれだけ実力があろうと、どれだけ相手のことを知り尽くしていようと、殺意がなければ相手は殺せません。」


プルテニス「は、はあ。」


アラマイヤ「確かに貴方の殺気はいいものです。一応、私の弟弟子なのですね。」


さっきとは打って変わってフレンドリーに接してきた。


アラマイヤ「改めて自己紹介しましょう。私はアラマイヤ。貴方の姉弟子といったところです。」


プルテニス「どうも、プルテニスです…」


握手を交わす。


アラマイヤ「さっきはごめんなさいね。貴方の殺気がどんなものか確かめたくて、冷たい態度を取ってしまいました。」


プルテニス「いや、別にいいっす。」


アラマイヤ「では、早速、修行です!これから3ヵ月、共に頑張りましょう!」


プルテニス「は?」


アラマイヤ「言ったでしょう!キュルキュロス様に頼まれたって。」


プルテニス「でも、いきなりすぎて……」


アラマイヤ「まずは片道10キロを3往復です!重りもつけたまま!」


プルテニス「………はい」



こうして地獄のトレーニングが始まった。


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