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9 探し人

 リードは、いったん自分の職場に戻った。

 もう日が暮れかけていた。


 誰もいないと思っていた部屋に明かりがともっているのを見て、彼は不思議に思った。誰がこんな遅くまで働いているのだろう。彼の部下と名乗っているものは朝日が高くなってから顔を出し、昼ご飯といってはどこかへ消え、昼寝といっては自宅に戻り、それっきり出てこない人しかいなかった。言い訳して帰るものはまだましだった。実は一度も顔を見たことがない部下もいる。


 中にいるのが誰かを探ろうと、スキルを発動したが、不発に終わった。

 本当に、役に立たない能力だ。


 リードはそっと扉を開けて中をうかがった。それから音を立てずに閉めなおした。


「こら、リード。何をしてるんだ」

 閉めた扉が勢いよく開けられる。


「もう、帰るところですから」

 子供のころのように襟首をつかまれて、部屋の中に引きずり込まれた。


「わざわざ、待ってやったのに、その態度は何だ!」


「待ってくれなんて言ってませんよ」

 リードは兄の力強い腕に引きずられながら抗弁した。


「お前というやつは、いつまでも言い訳する子供だな」


 扉の脇に立っていたムラと目が合った。まるで、陸に上がった魚のような目をしていた。クロード兄に居座られて、帰るに帰れなかったのだろう。初めて彼のことを気の毒に思った。


「おまえ、もういいぞ」

 兄はそんな副官を追い出した。新しい犠牲者が来たので、ポイ捨てかい。しかし、ムラはその指示を聞くや否やあっという間に扉の向こうに姿を消した。


 兄はムラが離れたのをわざわざ扉を開けて確認してから、きちりと扉を閉めなおす。


「おい、それで見つかったか?」


「見つかるわけがないでしょう。こんなに早く」


 開口一番、それか。

 リードはクロードがせっかちな性格であることを思い出した。命令してすぐに結果を出さないと殴られていた。ろくでもない記憶だ。


「昨日と今日、お前はここに顔をださなかったと聞いたぞ」


「だしましたよ。だした時はまだ誰もいなかったので、一人で仕事をしていました」


 リードが言うと、クロードは眉をひそめた。


「護衛もなくて、一人で動いていたのか。軽率だな」


「別に構わないでしょう。危険な場所に行ったわけではないのですから」


「それで、何かつかめたのか」


 クロードがコリンは騎士だということを隠していた、といおうかとも思った。だが、リードは首を振る。


「まだ、なにも。コリンという名前の男は川岸にはいないみたいですね」


 クロードはどさりと椅子に腰を下ろした。


「お前でもつかめないのか。それは、また」


「でも、とはなんですか。僕はそういうことを専門にする職業じゃぁありませんよ。ただの文官ですから」


「お前なら、何かつかんでくると思ったんだ。ほら、昔から陰でこそこそとするのが得意だっただろう」


 人のことを何だと思っているのだろうか。リードは憤慨する。陰でこそこそとはひどいいい草だ。


 確かにリードは目立たないように努力してきた。少しでも兄や姉の目に留まると何をされるかわからなかったからだ。その努力を“こそこそ”といわれるのは心外だった。


「ともかく、まだ何もわかりません。兄さんこそなんですか? 何か隠してるんじゃないですか? なんでそんなにコリンという男のことを気にかけるんです? 長期の欠勤くらいで人に頼んで探させるなんて。そんなに重要な仕事をしていたんですか」


 リードの部下など、欠勤を咎めようにも顔さえ知らないのだ。


「たいした、仕事はしていない。ちょっと、会計の仕事をしていた。評議会軍の帳簿をつけていたんだ」


「まさか、横領とか言いませんよね。その会計士官が金を持って逃げたとか、裏金を作っていたとか」


 リードも同じような仕事をしていたからよくわかる。各所から上がってくる種類の中には明らかに怪しいものが混じっていた。きちんとごまかしてあるのはましなほうで、どう見ても数字がおかしいだろうという書類ばかりだった。


「それなら、評議会の上役に訴えたほうが早いですよ。兄上がどうこうできないでしょう」


 本来は内部で処理できるのが一番いい。その裏金作りにクロードがかかわっていなければの話だ。リードの経験から大体がグルなのはわかっている。怪しいと問い合わせた先からまともな返事が返ってきたことはなかったからだ。


「まぁ、そうだな。そうなんだが、いや、そっちじゃないんだ」

 兄は頭をかいた。

「いや、それもあるのだが、俺たちが彼を探しているのはそちらではなく……」

「裏金作りのほかに、何かあるんですか?」


 兄はリードを手招きして呼び寄せた。


「実はな、奴は調査していたんだ」


「何を調査していたんです?」


「それは言えない。極秘の調査だった。彼はその調査の最中に行方不明になったんだ」


「そんな、何を探していたのかもわからない、どこに住んでいるかも不明な男を探し出せというのですか?」

 リードはクロードから離れた。

「それは無理です。僕にだってできることとできないことがあります」


「お前はそういう能力を持っていると聞いたぞ。いろいろなものを察知できる便利な魔法をな」


「ある程度敵意のある人のことはわかるときがありますよ。でも知らない人間のことを探すのは無理です。そのコリンという人間に会ったこともないんですよ」


「そうなのか。そうだよな」

 珍しくクロードが弱気になっていた。

 よほど、困った事態に陥っているのだろうか。


 身内として力になりたい気持ちはある。だが、正直今の彼にはスキルの力で人を探すのは無理だ。それは『華学』の中でレベルがカンストしたリード・ヴィエラだったらできたかもしれないことだった。


 しかし、いったい誰がこのことをクロードに話したのだろう。それはクロード達“現地人”の知らない知識のはずだ。


「とにかく、地道に調べてみますから」

 リードはクロードを慰めた。

「あちこち歩きまわっていたら、色々な情報が手に入るかもしれません。そうだ、情報といえば、父上に頼んだらどうでしょう。父上ならきっと……」


「だめだ。それはできん」

 思いのほか激しい反発を受けて、リードは目を見張る。

「だめなんだ。わかるだろう。俺は、クロード・ヴィオラだ。ヴィオラ家のクロードじゃないんだ」

 クロードは椅子を蹴ってしまった自分を弁解するように手を広げた。

「評議会にいるお前ならわかるだろう。俺たちは父の力に頼ってはいけないんだ、な」


「努力はします」

 リードはしぶしぶうなずいた。

「何かわかったら兄上に知らせますよ」


 それから、リードは機嫌を直した兄に連れられて酒場をはしごした。はしごさせられた。

 これは、俗にいうパワハラというやつではないだろうか。吉川の知識が頭の隅をかすめる。たしか、無理矢理酒を飲ますのは犯罪だったはずだ。おまけにリードはまだ未成年だ。完全にアウトのはずだった。ニホンでは。


 朝遅くに気が付いた時には、まだ、兄の調子の外れた歌声が頭の中でガンガンと響いていた。ひどい気分だった。最後のほうはどんな会話をしていたのか記憶がなかった。ずっと自慢話を聞かされていたような気がする。


 ノヴァのいる場所にたどり着いた時には昼前になっていた。


「どうしたんですか? まるで拷問にでもあったみたいな表情をして」

 神官の彼女は苦い二日酔いの薬草茶をリードに飲ませた。


「昨日、兄に引きずりまわされた……死ぬかと思った」

 リードはずきずきする頭を抱えてうめく。


「どうしますか? 今日、川向うに行ってみます? それとも、またの機会に?」


「行こう」

 またクロードに押しかけられてはたまらなかった。なんとしてでもコリンという男を探し出す。クロードにそれを知らせるかどうかはまた別の話だったが。


 川向うは、荒れ果てた街だった。町のあちこちが焼け焦げていて、ぼろぼろの掘立小屋が並んでいた。明らかに貧しいとわかる町並みが広がっている。スキルなど使わなくても、敵意のある人があちこちにいるのが分かる、そんな街だ。


 ノヴァの勧めてくれた厚手の全身をすっぽり覆う外套を着てきてよかったとリードは思った。

 ほかの場所だったらあからさまな不審人物だが、ここでは多かれ少なかれみんな似たような恰好をしている。ぼろを着た住民以外はみな後ろ暗い人間というわけだ。


「どうやって探します?」


「口入屋とか、ないのかな?」


「この町はこの前の暴動でめちゃくちゃにされたから……そうだ、酒場はどうでしょう。金を積めば話してくれると思うわ」

 ノヴァが提案する。


 正直、気が進まない。

 目の前の酒場は、入るだけで皮膚が腐ってしまいそうな不潔な店だった。中にたむろしている連中もリードの緊張を否応なく高める。スキルなんて使わなくてもわかる。隙があれば襲ってやろうという気で満々だ。


 しかし、そんなところでもノヴァは率先してさっさと店に入る。彼女はちらりと店の中を見回して、こちらににらみを利かせている亭主と思しき人物に声をかけた。


「お兄さん、人を探しているのだけれどいいかな」


 今までリードが聞いたこともない荒い話し方だった。言葉遣いこそ丁寧だったが、有無を言わさない迫力がある。


 男がうなずくと、ノヴァはリードを顎で指した。


「人を探している。アルターという家の少女だ」

 リードは話を振られてかすれた声でそう伝えた。

「この辺りに住んでいるという話を聞いた。どのあたりに住んでいるのか、心当たりはないか」


 ノヴァが男の手に貨幣と思しきものを握らせる。男は手のひらを開いて、中をちらりと確認すると懐にしまい込んだ。


「アルターね。たしかこの先の路地を曲がったあたりに家を構えていたかな。もっとも、今はそこにいるかどうかはわからねぇ。この町からも随分人が出ていったからな」


 そういうと、男は笑顔のようなものを顔に張り付けた。


「姐さんたちはいいお客のようだ。もう一つ、いいことを教えてやってもいいぞ」


 ノヴァがどうする?というようにリードを見た。リードはうなずく。

 もう一枚銀貨を手に入れた男は口先だけの礼を言ってから、ささやいた。


「お前たちと同じことを聞いてきたやつがいる。探し出したかったら、さっさと探したほうがいいかもな」


 どういうことだろう。リードはいわれた場所に急いで向かった。


 兄はほかの連中にも同じことを頼んでいたのだろうか。ほかの人が探し出せなかったのに、リードに依頼してきたのではなかったのか。それとも遅れていた調査がようやく実ったのか? あるいは全然別の連中がかかわっているのか。


 かつてはにぎわっていたであろう通りから一本道を入ったところにアルター家の家はあった。見つけるのは簡単なことだった。リードがその通りに差し掛かった時に衣を咲くような悲鳴が上がったからだ。


 半壊した門を乗り越えながら、リードはスキルを作動させた。赤い点が5つ。青い点が二つ、いや、三つか?


「5人組だ」

 リードは、いつもの戦闘の時のように風の強化呪文を唱えた。

 体が軽くなる。

 目の前で男たちがまだ幼さの残る少女の手をつかんで振り回しているところだった。

 そばに女が顔を伏せて倒れ込んでいる。


「『ウィンドアロウ』」

 複数の矢のように彼の魔術は空をさく。あっという間に少女のそばにいた二人の男が血しぶきをあげて倒れた。


 間を置かずに、その近くにいた体格のいい男に切りかかる。


「なんだ、なんなんだ、おまえら」

 男はリードの攻撃を小手で防いだ。


「後ろ!」


 気配感知のスキルで位置はわかっていた。リードは後ろを向いたまま魔法を放った。また一人男が倒れる。


 こいつら、兵士じゃない。リードは男がこん棒を振り回したのをよけながら思う。隙だらけだ。簡単に、制圧できるはず……


 空間がぐらりと揺れたような気がした。

 不意に体が重くなる。急な変化にリードは一瞬虚を突かれる。

 スキルの感覚が消えていた。急に眼をふさがれた時のように、感覚を失ってリードは慌てた。


「危ない!」


 ノヴァが投げた石つぶてが後ろから来た男に直撃した。リードはその場に立ち尽くしたままだった。


 感知できなかった? 冷たい認識が戦闘中であることを忘れさせた。

 背後に忍び寄っていた男のことが戦闘中にわからなくなったことは初めてだった。


 スキルが、消えた? 気配さえもわからなくなったのか。


 リードが自分の不調に気を取られているすきに、男たちは後ろも見ずに逃げ出した。


 ノヴァは襲われていた少女と女に駆け寄る。


「大丈夫ですか」


 少女はおびえた目をしてこちらを見ていた。


「大丈夫ですか? けがはありませんか?」


 少女はのろのろとうなずいた。少女の無事を改めてから、ノヴァは倒れている女の様子を見る。女はうめいていた。


「リードさん、手を貸して」


「ああ」


 リードも我に返って、女のほうに近づいた。幸いにも大した傷ではないようだ。ほっとした。


「アルター家のご息女だね。私の名前はリードという。こちらは神官のノヴァ殿だ。よかった。無事だったようだね」


「神官様? どうしてここに?」

 少女の目がさまよった。


「実は、わたしはお兄さんの仕事先の知り合いでね。最近お兄さんが仕事に来ていないので、病気じゃないか確かめてきてくれといわれたんだよ」


「兄さんの仕事の、知り合い」少女は不思議そうだった。「あなたたちも遺産を求めてここに来たんじゃないんですね?」


「遺産? だれの?」


 アルター家はそんなに資産家だったのか? リードは首をかしげた。


「遺産です。彼らは何度も聞いてきました。“ゴールドバーグの遺産”はどこにあるのかって」




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