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8 調査

前回のあらすじ リードはゴールドバーグ家の人々(前作の主人公側)と会う。そこで自分の考え違いを指摘されて、盛大に落ち込む。

 次の日の朝、昨夜の苦い記憶を振り払うようにリードはラルフのところへ向かった。体を動かしていないと、やりきれない気分が追いかけてくる。


 ラルフはリードが来ることを予測していたようだった。評議会の手前で待ち構えて、朝から空いている店にリードを引きずり込む。


「どうしたんだ。いったい」


 ラルフは何かをつかんだのだ。

 何も知らなければ、こういう行動はとらないだろう。

 自分が一日かかって、コリンなる男は見つかりませんでした、という結果しか出なかったのに。有能なことだ。


「これはクロード様からの頼まれごとですよね」

 ラルフはもう一度念を押した。


「そうだよ、兄上が一昨日の晩、僕の部屋を訪ねてきて調べてくれといったんだ。何かまずいことでもあるのか」

 あるから、こんな場所に連れてきたのだろう。


「最初にいっておきますが、リード様はこの件から手を引かれたほうがいいと思います」

 ラルフは真面目な顔をしていう。


「その、コリンという男、大悪党だったのか?」


 ラルフは首を振った。

「違います。彼は、騎士です」


「騎士だって?」

 リードは驚いた。

「しかし、兄上はそのようなことは何もおっしゃらなかったぞ」


「コリンの本名は、アルター・コリン・ウィック。身分は騎士です。クロード様の下で、会計をしていた下級貴族です。評議会の活動に傾倒して、先だっての戦から評議会軍の裏方として働いていました。評議会軍の中で名前が残っている珍しい士官ですね。いくつもの書類に、彼の署名が書かれていましたから間違いありません」


「しかし、それほどの男なら、なぜ、兄上は騎士といわなかったのだろう」

「わかりません」

 ラルフは歯切れが悪い。

「彼はコリンと名乗っていたようです。評議会軍には平民出身の者が多いですから、それに合わせていたようですね。ですから、クロード様も彼のことを平民と思っていたのかもしれないです。あるいは」


「あるいは、何か隠したい事情があるか、だね」


「……正直、いやな感じがいたします」

 ラルフは顔をしかめた。

「何がとは申し上げられませんが。それで、コリンなる男は見つかったのですか?」


「いや。まだだ。…まだ、なにもわかっていない」

 ラルフの表情を見てリードは付け加えた。


「そうですか」

 それはよかったという心の声が聞こえたような気がした。

「気を付けてくださいよ。リード様は例の豚の一件で、無用な批判を浴びることになったのですから。また、空気を読まない男といわれたくなかったら、自重なさってください」


 リードはうなった。あの時は副官だったラルフにも多大な迷惑をかけてしまった。


「それから最近評議会を狙った暗殺者がいるという噂も流れています。くれぐれも一人で出歩くのはお控えください。リード様は、“英雄”だけあって顔を知られています。目立たないと思っても、その髪の色と眼鏡ですぐにばれてしまいますよ」


 一人で調査に向かうこともお見通しというわけか。だてに長い間リードの副官を務めてきたわけではない。まさか、すでに一人で調べに行ったということがばれているわけではないのだろうが。


 しかし、騎士とわかればいろいろ他に調べようがある。平民の祭事記録は地元の神殿にしか残っていないが、貴族ならば中央神殿にも祭事ごとの記録がある可能性が高い。貴族としての箔をつけるために、中央神殿に寄進していることが多いからだ。


 中央神殿に行く前に、仕事場に顔を出してみたが、やはりまだ誰も来ていなかった。副官のムラは昨日の仕事の記録すら残していなかった。怠慢もいいところだ。誰もいない部屋の中でリードはひそかにため息をついた。飾りだけの空っぽな役職という姉の指摘は正しい。何もしなくても誰も困らない仕事なのだから。


 神殿は、いつものように人でごった返していた。昨日の祭壇が焼け落ちていた場所とはえらく違う。祭事用の華やかな服を身に着けた人たちの間で、リードは完全に使用人たちの中に埋没していた。


 誰か知り合いはいないだろうか。彼は目で知っている顔がいないかを探す。


「これはこれは、リード様。今日はどのような御用件で?」

 個人的な理由なのだが神殿の記録が見たいというと、顔見知りの神官は二つ返事で許可してくれた。聖女様の取り巻きの称号は神殿では絶大な効力があるようだ。


 記録保管庫に入り、評議会とは比べ物にならないほどきちんと整理されている記録を調べていく。


 アルター・コリン・ウィック…ずいぶん時間がかかったが、なんとかそれらしい記録を見つけることができた。地方での下級貴族だったら見つからなかったかもしれない。そんなささやかな記録だった。記録によると彼の家は昨日訪れた酒場の近くだったようだ。ブルーウィングのゆかりの者なのだろうか? 小規模な結婚式や葬式の記録からはそうした情報は読み取れなかった。


「あら、リードじゃない」

 暗めの記録保管庫から明るい回廊に出たところでリードは声をかけられた。神官のつける薄い面覆いの下からでもはっきりわかる特徴的なピンク色の髪の少女が走り寄る。


「リーサ様」

 彼は慌てて膝をついた。


「もう、そんなことはしなくてもいいでしょ。友達なんだから」

 聖女リーサは手を後ろに組んで笑った。


「そんなことをいっても、ここは神殿内だよ。侍女たちも大勢いる中で無理だよ」

 リードは小声でささやく。


「それはそうなんだけどね」

 彼女はちらりと後ろに控えている女たちを見た。

「本当にお久しぶり。元気してた?」


 聖女リーサことリサは、とても快活な少女だった。このゲームの世界になかなかなじめなかった吉川と違って、最初からこの役柄を楽しんでいるように見えた。何度も悪役令嬢にはめられかけたリードを助けてくれたのは彼女だ。


「あ、そういえば、なんだか新しい役職に昇進したんだって?」

 聖女はリードの手を取ってぶんぶんと振り回した。

「おめでとう。よかったね」


 屈託なく笑う彼女を見ていると、本当に自分が昇進したような気になってくる。


「今日は何をしにここに来たの? 神殿なんて来る柄じゃないと思っていたけど」


「ああ、ちょっと私用でね。調べものだ。それで、リサは……ああ、お勤めか」


「うん。結婚前にいろいろと仕込まれてる。大変だよ。複雑な儀式とか、お清めとか。神殿の魔法は大変なの。今まで使っていたのと、かなり違うみたいで」

 彼女は覆いの向こうで顔をしかめた。


「へぇ、そうなんだ。ひょっとして、スキルが使いにくくなってたり、する?」


 リードは探りを入れてみた。スキルや魔力が落ちていると感じるのは自分だけかと思っていた。ひょっとするとみんなそうなのだろうか。


「リード君、当たり前のことを言わないの。神殿の中には結界があるからスキルは使えないよ。学校で習ったじゃない。優等生の君らしくもないなぁ」


「そ、そうだったかな?」

 そんなことは習っただろうか? リードは慌てて記憶をさらう。


「そうだよ。基本中の基本じゃない。ひょっとして、難しいことばかりやりすぎて、簡単なことを忘れちゃったのかな」

 彼女は冗談めかして笑う。


「リーサ様、お急ぎになられませんと」

 後ろで侍女が苦言を呈した。

「あ、ごめんなさい。それじゃぁ、またね。リード君」

 彼女はあっさりと背を向けて去っていく。


 聖女一行が通り過ぎて静けさを取り戻した回廊でリードは息をついた。

 聖女は相変わらずの明るさだった。さっぱりとした気性で、女子のおくてのリードでも友人と呼べる気安さがあった。


 友人でよかった。これがメイン攻略対象者だったらそんな風には思えなかっただろう。

 リード・ヴィオラはゲーム内ではゲームの攻略対象者だった。だが、ここではただの取り巻きの中の一人にすぎない。恋人になる気配はみじんもなかった。リードはリーサの好みではなかったし、逆もしかりだった。彼が好ましく思っているのはもっと落ち着いた女性だった。例えばノヴァのような。


 ノヴァのことを考えると少し気分がよくなってきた。彼女のことを思い浮かべると胸がほっこりと温かくなる。


 彼は昨日も訪れた神殿に向かった。ひょっとしたら、まだ彼女がそこにいるかもしれないという期待を胸にして。朝、ラルフに言われたことなどとうの昔に気にしていない。今日向かっているのは治安のいいブルーウィング公が力を持っている領域だ。荒れ果てた”集会所”のあったあの地区とは違う。


 彼女はまだ昨日の神殿にいた。というよりも、今日もお使いでこちらを訪れていたらしい。

 リードの姿を認めると、彼女は驚いた顔を見せた。


「どうされたのです。昨日に引き続き今日もこちらにいらっしゃるなんて」

 ここで、君がここにいるからだ、などとイエローリンク卿のようなことがいえたら苦労はしない。


「昨日の調査の続きでね。コリンという男がここの地区に住んでいたことが分かったんだ」

 リードはコリンが貴族階級であったことを話す。


「それは、見つからないはずです」

 ノヴァがうなずいた。

「まさか、貴族出身だったなんて。でも、よかったですね。下級でも貴族なら、神殿の神官たちも覚えているはずですよ。すぐに見つかりますね」


 そのノヴァの意見は当たらなかった。

「ウィック家は、もうこの地区には住んでいません」

 神官はあっさりとそう告げた。


「どちらに、移動したのでしょう」


「さぁ。川向うで見かけた人がいると聞いたことがあります」


「川向う?」


「魚河岸の先ですよ。一時は景気が良かった地域なのですけれどね。あそこもねぇ」

 神官は口を濁した。


「川向うはどんなところなんだ?」

 リードは神殿の外でノヴァに聞いてみた。


「下町です。下層民が多く住んでいる町です。それも、かつてゴールドバーグ家が力を持っていた場所だといえばわかりますか? 」


「ああ、あの、暴動が激しかった地帯か」

 王軍だけでなく、評議会にも抑えられなかった地域のことだったのか。なるほど、リードが向かうのには危険な場所かもしれない。


「彼らは、ゴールドバーグの繁栄のもとに商売をしてきたものが多いんです。ですから、評議会の格好の標的にされて……」


「あそこの地域の管轄は確か」


「ええ、私のお世話になっている神殿…”集会所”ですね」

 あんな燃えカスのような場所に記録が残っているとは思えなかった。ノヴァが元神官たちや元信徒に聞いてみるとはいってくれた。


「あまり、期待しないでくださいね。川向うは、その、神殿にも訪れないような人たちが多くて」


 もうそこを訪れるには遅い時間だった。明るい昼間でさえも行くのがはばかられる場所なのだ。むかし、普通の下町を歩いていて追剥にあったリードのトラウマが刺激されるようなところでもある。


 明日、また会う約束をしてノヴァと別れた。彼女と出会うことだけがひそやかなリードの楽しみだ。あのくそ兄貴の頼みを聞いてよかったのは彼女と再会できたことだろうか。


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