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4 商人

 それから数日間、彼はその町から出ることができなかった。

 寺ちゃんたちが余計なことをして回ったせいだ。


 なぜ、自分がこんなに人に頭を下げて回らないといけないのか、寺ちゃんたちに不当な扱いを受けた人たちに詫びを入れながら何度もリードは思った。


 彼が、したことではない。断じて意図したことではなかった。


 早川の判断は正しかったとも思った。彼がヴィオラ公の息子であるから、こうして冷たい目で見られる程度で済んでいるのだ。ただの評議員だったら、殴られていたかもしれない。


 そうして、ある程度の後始末をしてから彼は寺ちゃんたちを追った。寺ちゃんと彼の雇った護衛たちの集団は何の目的かは知らないが、兄のところへ向かったらしい。


 ちょうど顔見知りの商人とであったので、彼の馬車にのせてもらった。幸運なことだった。このあたりの道は荒れていて、夜盗が多く出るという噂だった。


「ご一緒させていただいて、ありがとうございます」

 リードは丁重に礼を言った。

「私たち、二人だけだと心もとなかった」


「いえいえ、お気になさらず。リード様にはいろいろお世話になっておりましたので」


 同行しているのは、友愛会のころからアイテムを買っていた商人だった。黒いすそ野広がったワンピースに真っ白なエプロンをつけた美少女、もとい、美少年だった。

 初めて顔を合わせたとき、彼はその商人が女の子であることを疑わなかった。同行していた“仲間”にあれは男だと告げられて、ものすごく驚いた。


「こんなところでお会いできるとは思いませんでした」

 最近見かけていなかった商人に正直な気持ちを打ち明ける。


「ですよね。最近、アイテムの販売に出かけていませんでしたからね。実はアイテムの材料がなくなってしまいましてね。アイテムを流通させていた私たちの商売はおしまいになってしまったのですよ」


 商人は人形のように愛らしい笑顔を浮かべた。

 “仲間”は彼のことをゲームのチュートリアルキャラクターだといっていた。そういえばそんな人もいたような気がする。腐姉の代わりに面倒な箇所だけを攻略していた彼にはなじみのないキャラクターだったのだ。


 ダンジョンの攻略や魔王戦では彼の売るアイテムにはお世話になった。もうこれからはそんなアイテムを必要とすることもないだろう。そんな感慨を思い浮かべながらとりとめのない話をする。

 最後に会ったのは魔王戦の前、アイテムを大量買いした時だっただろうか。あの時ずいぶんと値上がりしていて、値切るのに苦労した。

 あの時から一年もたっていないのだ。それなのに、ずいぶん昔のことのような気がする。


「そういえば、どうして今日はこの辺りに?」リードはきいてみた。


「実は商売場所を変えようと思っていましてね。今日はその始末でこの辺りを回っていました」


「そうなんですか」

 ゲームのシナリオもあと少しだけ。ゲーム内のキャラクターも、去ってしまうのか。

 そう思ってから、他人事のように考えていたことを気が付く。


 ならば、自分は?

 自分はどうなってしまうのか?


 リードはそのことを目の前の少年に聞こうとして、でも思いとどまった。目の前にいる人はただのキャラクターだ。“仲間”でもない人に、こういうことを話すのはおかしいとどこかで思っていた。


「では、もうお会いすることはできないのですね」


「また、ご縁があればお会いできると思いますよ。そうだ、今までごひいきにしていただいたお礼です」美少年は目をきらりとさせた。

「まだ処分しきれない在庫を抱えているのですが、どうでしょう。格安でお売りしますよ」


 彼は後ろの箱から見慣れたケースを取り出した。ダンジョン探索や魔族討伐で役に立った回復アイテムの入っていたケースだ。中には最後の戦いのときに買い求めたメガポーションや復活の薬が入っている。


「これは試作品でね。売り物にならないので取ってあったのですが、この際です。いかがでしょう。こちらの首飾りなど、徐々に回復す効果のあるアクセサリーです。珍しいですって。そうでしょうとも。非売品なんです」


 お安くしておきますという言葉通りに、以前の買値が馬鹿らしくなるほど安かった。

 これが在庫処分というものだろうか。たたき売りされているアイテムの値段にリードはついつい飛びついてしまった。


「だいぶ劣化していますので、早く使ってくださいね」

 在庫を押し付けた後に、商人はそんなことをいう。


「魔力の回復は、ないのですね」

 押し付けられた商品を点検しながら、リードは尋ねた。


「ああ、あれは人気商品でしてね。売り切れてしまいました。魔力が、どうかされたのですか?」


「いや……」

 魔法の効きが悪くなっているような気がするとは言えなかった。

 最近魔法の威力が落ちてきていると感じることが多い。彼の得意としていた風魔法は気配を感じることのできる魔法だった。だから、誰よりも早く敵の位置を察知することができた。それが、最近、不意打ちされることが多くなった。魔法感知の罠魔法も作動しないことがたまにある。


 臆病なリードにはふさわしい魔法だったのに。使えなくなってみると何気ない魔法の効果がありがたくなる。あの魔法があったから、リードはかすり傷程度で戦闘を切り抜けてこれたのだ。今はこうして危険を避けるようにほかの人の馬車にのせてもらわなければならなくなっている。


 ここで商人Aに会えたことは本当によかった、とリードは思った。


 半日ほどゆっくりと進む馬車に揺られてようやく兄のいる町にたどり着いた。町の入り口でおろしてもらおうとしたが、商人は自分も用があるから、と町の広場までリードを送ってくれた。


「どうもありがとうございました。商売がうまくいくといいですね」


 親切な商人だと思った。領主の息子とはいえ、リードは評議会の発行した手形しかもっていなかった。この辺りの人がそれを受け入れてくれるかは怪しいとリードは考えていた。寺ちゃんたちが何かやらかしていればなおさらのことだ。町の門でのやり取りを考えると気がめいっていたのだ。この制服を見て喜んでくれる人ばかりではない。


「それではお元気で」

 兄のいる城の前で別れるときに商人はにこやかに礼をした。


 よい、ゲームライフを……雑踏に紛れてそんな言葉が聞こえたような気がした。

 ゲームライフとは、何とも不吉な言葉だ。まるであちらの世界にいるようではないか。


 城には、顔見知りの衛士がいたためにすんなりと入れた。


 久しぶりに会う兄はあまり変わっていなかった。彼はいつもの生真面目な顔で、それでも弟として出迎えてくれた。


「どうした、いきなりここに来ると聞いて驚いたぞ。何か用なのか?」


「あの、テラ評議員はここに来ませんでしたか?」

 リードは挨拶もそこそこに兄に尋ねた。


「テラ? 評議員? そのような人は来ていないぞ」


「そうですか? 何日か前にここへ向かって旅立ったと聞いたのですけれど」


 兄が衛士に目を向けると、家来は首を振った。


「おかしいな。まっすぐここに来たのなら、もうとうの昔にたどり着いていてもいいと思うのですが」

 リードは顔をしかめた。


「どこかよその町に向かったのではないかな?」

「いえ、彼らが兄上に会いに旅立ったと聞いたもので、あとを追いかけてきたのです」


 リードは言葉を選びながら事情を話した。寺ちゃんとその一行は評議会の中でもかなり過激な思想の持ち主であること。彼らのこの地域に及ぼす“影響”を、リードを心配して止めようとしに来たこと。


「彼らの話は聞いている」

 兄はそっけなくいう。

「平民たちを扇動して、暴動を起こさせたとか、貴族を処刑しようとしたとか、そんな噂だ。今のところ、この町に彼らが現れたという話は聞かないし、この周りで何かしているという話も聞かない」


「そうですか」

 リードはホッとするともにがっかりした。彼のこれまでの焦りや憤りはいったい何だったのだろう。


「もう二三日様子を見るといい。彼らがここに現れたら、知らせよう」

 兄はそう言ってリードをしろに招き入れた。


 それから何日過ぎても寺ちゃんたちは現れなかった。早川が最初にそういったように行方不明だ。  

 本当に前の町で騒動を起こしたのは寺ちゃんたちだったのだろうか? それすら疑問に思えてきた。

 いつまでもヴィオラ領にとどまっていても仕方がない。リードは王都に戻ることにした。


「私も王都に戻る用がある。お前も随行するといい」

 兄の寛大な申し出にリードは驚いた。

 いままで、長兄はリードの存在など召使以下にしか考えていないと思っていたからだ。


「いいのですか?」

 思わず聞き返してしまう。


「別に構わない」

 今の兄はリードの記憶にあるよりもずっと親切だった。

 恐れていたような冷たいあしらいもなく、召使たちに陰でリードをいじめろと命じることもない。


 リードは思い違いをしていたのかもしれない。小さい時に冷たくあしらわれていたという記憶も、今おもえば、兄はリードの関心がなかっただけなのではないか。

 思い返せば、幼い時から今に至るまでこれほど長い時間を同じ場所で過ごすことはなかった。顔を合わせるのは公式な場だけで面と向かって話すことなどなかったのだ。年の差があることに加え、家を継ぐものとそうでないものの差は歴然としていた。


 まだ幼い甥や姪を遊ばせながらリードは兄がリードのことを疎ましく思っていたのではないのかもしれないと思い始めている。

 ただ単に興味がなかっただけ……それだけなのかもしれない。穏やかに話しかけてくる義姉にできるだけ丁寧に応対しながら、リードは戸惑っていた。


 彼を一人前の家族として認めてくれたということなのだろうか。それとも何か裏があるのだろうか。


 兄は、しかし、淡々と当たり前のようにリードを連れて王都に戻った。

 そして、そこでリードは自分が「護民官」なる新しい役職に就けられたことを知る。



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