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25 友人

「リード!」

 詰問するように振り返ったジムの顔から笑顔は消えていた。

「何をやった?」


「消しに行かなくていいのか? 親衛隊の諸君。下手をすると燃え広がって、大変なことになるんじゃないかな?」

 ジムの問いかけに無視をして、リードは兵士に呼び掛ける。


 彼らは明らかに動揺した顔をして、彼らの指揮官であるジムをみる。


「リード! これはあんたの仕業か?」


「僕はここにいるのに、あそこに放火できるわけはないだろう」

 リードは注意深くタイミングをさぐる。

「残念だったね。ジム。結婚式の後に僕にすべてを負わせるつもりだったんだろう。でも、今証拠は灰の中だ」


 ゴールドバーグ家の残党は、本当に有能だった。

 指定した時間に、こちらの合図に合わせて見事に“工場”を爆破してくれた。


 そういうことなら任せておけ。


 彼らは嬉々としてリードの提案に飛びついた。彼らがなぜそこまであの工場を敵視するのかわからない。豚嫁との確執でもあったのだろうか。まるでかたき討ちをするような勢いだった。


「ジム様」

 遠くから見ても明らかに激しくなった火勢に兵士たちは落ち着きをなくしている。


「落ち着け。こいつを捕らえろ」

 ジムはリードから目をはずさないまま命令した。

「まず、こちらが先だ。捕らえるのが難しいようなら、殺しても構わない」


「しかし、王妃様のご命令は……」

 明らかに兵士たちは渋っている。


「いいのか? 僕が死んだら、ポーションは……」

 リードが兵士の気持ちを代弁する。


「こいつが言うことは嘘だ。王妃様が関係しているはずはない。ロナルド殿下は、反逆者は始末しろといわれた。こいつは命惜しさにお名前を出しているだけだ。やれ」


 そういうと、ジムは剣を抜く。


「リード、下がって」

 ノヴァの声が響く。


 リードは立っていた場所から飛びのいた。

 彼ととジムの間に瞬間、光が走った。祠にかけられた結界が作動したのだ。

 見えない壁に阻まれて、ジムや親衛隊の兵士はたたらをふんだ。


 ありがとう。わが女神様。

 ノヴァの呪は優秀だった。


 リードは後も見ずに祠の裏につないでおいた馬に飛び乗る。

 馬首を巡らせて、一気に坂を駆け下りた。すぐに、影のようにノヴァも合流する。


「兄上は?」


「あなたがおしゃべりしている間に、連れだしたわ。安心して」


「君はけがをしていないか?」


「あんな寄せ集めの連中、準備運動にもならなかったわ」

 黒ずくめの衣装の下でノヴァが含み笑いした。


 祠のあたりをみあげると、松明の灯りがばらばらと散らばるのが見えた。


「追ってくるかしら?」


「当然。ジムはそのためのスキルを持っている。だから……」

 だから、彼らはジムを送ってきた。確実にリードを捕らえるために。


 ジムの能力はどのくらいのものだったろうか? 最盛期のリードのスキルだと戦場の隅々まで感知できるくらいの範囲はあったのだが、はたして。

 リードは後を振り返りながら、馬を走らせた。こちらを追いかけてもらわないと困るのだ。


「こっちよ」

 ノヴァが道を先導する。


 夜目の利く彼女に前は任せて、リードは後ろの気配をうかがった。

 馬で追ってこられるのは数人。何人が残るだろうか。


 前を行くノヴァが片手をあげると小さな光る玉がいくつも現れて、まるでシャボン玉を吹いた時のようにこちらに流れてきた。そのまま消えていくかと思った玉はリードの馬につかず離れず、あたりをぼんやりと照らしながらついてくる。


「おいおい、こんなに明るくして、後ろから丸見えになるぞ」

 広い道に出たところで、リードはノヴァのすぐ後ろに馬をつけた。


「これは、馬用の灯りよ。彼らには多分見えてないわ」

 見えていないのか。こんなに明るいのに。


 リードは空を振り仰いだ。光の玉の向こうにこぼれんばかりの星空が広がっている。

 僕の知らない空だ。知らない星座だ。

 そんなことを思って胸が締め付けられた。


「足元に注意してね」

 再び、ノヴァが道からそれる。

「明かりが見えているのなら、ついてこられるわね」


 リードは注意深く馬の速度を落として、ノヴァの馬にぴったりとついていく。


「ここよ」

 ノヴァは馬を止めた。


「予定通りだね」

 リードは後ろを振り返る。

 松明の灯りが揺れて近づいてきた。

 彼は馬を降りて、一歩、二歩、進み出た。


 ジムのスキルには彼がどんなふうにうっているのだろうか? 

 敵を示す赤い表示? 

 それともそれ以外の灰色の表示だろうか?


「それ以上近づかないほうがいい」

 ほのかに人影が見える距離まで来たところでリードは声をかけた。

「王妃様との約束は守る。僕と兄が姿を消したら、必ずポーションは送る。だから、ひいてくれないだろうか。今から帰ればまだ、パレードには間に合うぞ」


「リード・ヴィオラ。反逆者め」

 馬に乗ったままのジムの顔が松明に照らし出された。

「まだ王妃様の名前を出して、言い訳をするつもりか?」


「もうやめよう。ジム。君が僕を殺したい気持ちはわかるが、それをやると君も困った立場におかれるだろう? 王妃様のご不興を買うことになるぞ」


 ジムについてきた部下の数は少なかった。ムラの姿はない。あいつはクロード兄を追っていたのだろうか。リードはそうでないことを願っていた。クロードの家臣たちはリードと違って容赦がない。敵対しているとはいえ一度部下だったものが死体になるのはいやだった。


「俺に出された命令は、おまえを捕縛すること。いざとなれば、生死はとわないと、ロナルド殿下は言われた」


「という言質を王子からとったのか?」


 ジムならばそうロナルドに言わせたのかもしれない。確かに彼の立場からすると直接の上司であるロンの言葉は絶対の盾になるだろう。

 ジムは第二王子よりも王妃のほうが怖い存在であることを知らない。リードも彼女と差し向かいで話すまではわからなかった。


 忠告はした。それも何度も。


「どこへも逃げられないぞ。俺のスキルはお前の存在を感知している。俺ならば、どこまでもお前を追っていける」


「相手との距離が離れていない間は、だろ」

 リードは冷静に指摘する。

「君のスキルの探知能力は遠見の力じゃない。離れると行方は皆目見当がつかなくなるはずだ」

 それも、離れれば離れるほどあいまいになっていく。リードのスキルも似たようなものだったから、よくわかる。


「スキルの力を失ったお前に言われることじゃぁない」


 ジムは片手をあげた。後ろの部下たちが寄ってくる。


「おいおい、もう一度言うが、ここであきらめたほうがいいと思うけどな」

 リードは前を向いたまま後ろに下がった。


 つられるようにして、ジムたちはリードのほうへ近づいて、足を止めた。

 歩を進めようとするジムに、馬が激しく抵抗する。


「だから言ったのに」

 リードはため息をついた。

「ここは沼地だ。それも足場が悪く底なし沼と呼ばれている場所でね。一度はまるとなかなか抜けられない」


 そこを抜ける道は一本しかない。明るい時分でもわかりにくい小道だ。


 追手が泥に足を取られてもがいているのをしり目にリードは再び自分の馬にまたがる。


「じゃぁな、ジム。お達者で」


「卑怯者。逃げる気か? 英雄が聞いてあきれる。お前は“リード・ヴィオラ”なんかじゃない。ただのまがい物だ」

 足を抜こうともがく馬にてこずりながら、ジムは苦し紛れの挑発した。

「お前は、屑だ。本物の“リード・ヴィオラ”だったら、こんなにせこい手は使わない。みじめな状態にはなっていなかった。今のお前に何が残されているんだ? 富も名誉も何も残っていない。そもそも、お前が“リード・ヴィオラ”になったこと自体間違っているんだよ」


 そうかもしれない。


 ゲームの中の“リード・ヴィオラ”は攻略対象者の名前にふさわしい英雄だった。天才的な頭脳で軍を指揮し、冷静沈着な作戦の要、顔もいいし、頭もいい、うらやましいばかりの人物だった。


 今のリード・ヴィオラはそんなに頭はよくない。作戦参謀どころか、人の立てた作戦の後をついていくのが精一杯だ。あっさりと人に騙されるし、手玉にもとられる。ただの内気な、勉強を取柄にするしかないヘタレな男だ。


 だが、それでも。


「僕が、リード・ヴィオラだ」


 こんなに情けない、敵から逃げることしかできない人間だけれど。


 リードは馬の腹をけって向きを変えさせた。この先には沼が広がっている。


 矢が飛んできた。誰かがせめてもの抵抗をしようとしているらしい。


「リード、行こう」

 ノヴァが誘う。


 小さな光の玉に照らされた道は、思いのほか明るくはっきりと先まで見えた。





これで本篇は終了です。あと2話、エピローグが入ります。

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