21 義兄
義兄に連れてこられた部屋は豪華な貴族らしい部屋だった。小ぶりではあるが座りやすい椅子がおかれ、すでに四角いテーブルの上には銀器が並べられていつでも客をもてなせるようになっていた。
「飲むか」
義兄は手ずから小さなガラスの器に酒を注いでリードに渡した。
「ありがとうございます、義兄上」
渡された酒をあおるとのどが焼けるようだった。気付けにも使えるほど強い酒だった。机の上にグラスを置こうとして初めてリードは自分が震えていることに気が付いた。いままで、それすらも感じないくらい緊張していたのだ。
「危ないところだったな」
義兄はそんなことも意に介さずにゆったりとリードの斜め横の席に腰を下ろした。
「もう少し遅れたら手遅れになるところだった。クロードに感謝しなければならないな」
「いったい、いや、なぜ、あなたがあそこに……」
リードは混乱した頭を働かせようとする。
「君の家から、緊急事態だという連絡が入ってね。それで、急いであの辺りを捜索していた。本当に助け出せてよかった。間一髪だったな。我々も情報をある程度はつかんでいたのだが、まさかこんなに早く事態が動くとは思っていなかった。こういうことになるのは結婚式が終わってからだと思っていたのだがね」
ラルフか。元副官が家に知らせ、それがこの男に伝わった。
「ずっと、僕の行動を追っていたんですね……」
「君ではなくて、君たち評議会員、まぁ、我々流にいうなら第二王子派の動きをね。たまたまその中に、君も含まれていたというわけだ」
「いつから……」
聞こうとしてそれは野暮な質問だと思った。初めからだ。おそらく評議会を立ち上げたころから、彼らはずっとリードたちの動きを見守ってきた。リードが英雄として祭り上げられ、それから排除されていく過程をずっと。
姉があれほどしつこく評議会をやめるように勧めたはずだ。あれが義兄からの招待状だったことをいまさらながらに思い出した。あの時からこの男はリードがこうなることを予測していたに違いない。
「しばらくゆっくりするといい」
義兄は考え込むリードに優しく声をかけた。
「ここは安全な場所だ。彼らもさすがにここまでは手出しができまい」
そういえば、他の人たちはどうしただろう。兄は? それから、先に逃げたはずの二人は?
「そういえば、コリンさんとアンナ……病気の男とその妹も一緒に保護されたはずですよね。彼らはどこです?」
「彼らも保護している。君と彼らが一緒に行動しているとは思わなかったよ。アルターを保護してくれたのは君だったのだな。あの、神殿に君が出入りしていることは知っていたが、いやはや」
クレメンス伯は首を振る。
「アルターは私の部下でね。ずっと、評議会の動きを探っていた。ああいう状態になって我々の手で療養させていたのだが、何者かに襲われた痕跡を残して姿を消してしまった」
ひょっとして、アンナが言っていた彼らを見張っている“奴ら”というのは味方だったのだろうか?
「無頼者が押しかけていたところに居合わせて、それで、ほっておけなくて連れて帰ったのです。大切な部下なら、なぜもっと早くに保護しておかなかったのですか?」
クレメンス伯は小さく嘆息した。
「私たちは彼がどこまで調べていたのか把握していなかった。奴らが彼のことを探しているようだと知って、動いた時にはすでに君が二人を連れだしていたというわけだ」
「あの、ジムは、あなたの部下ではないのですね?」
ためらいがちに、リードは聞いた。
「ジム? 評議会員のジムだろう? 王子の“猟犬”の。なぜそんなことを聞く」
「コリンさんが、彼と話しているのを見たと。アンナがいっていました」
「あの男は、ロナルド王子の“犬”だよ。追跡を得意とする狩人だ。コリンは彼から情報を得るために接触したのだろう。そこまで危険な相手だとは認識していなかったようだ。警戒してしかるべきだったな。あの嗅覚は本当に犬並みだよ」
答えはわかっていた。でも、その答えが間違っていればいいと、まだ思っている。
「あれは、危険な男だな。標的にされたら、逃げられないとまで噂されている。とはいえ、君を見つけることができたのは彼のおかげといっていい。あの男の後をつけて君たちの隠れているところを発見したのだ。間に合ってよかった。もともと我々は調査を得意として、こうして表に出てくることはないのだけれどね。今回は特別だ。君を評議会の“猟犬”の手に渡すわけにはいかなかった。特に、ヴィオラ家を貶めようとする工作であればなおさらのことだ。すでに、五家あった国守りの一族のうち一つは消されてしまった。これ以上、国の守り手を減らすわけにはいかない」
「そんな、ヴィオラの家と僕は何の関係もない」
「君はヴィオラの血を濃く引いている。血に絆は絶対だ。だから、彼らは今回のことを利用しようとした。君の罪を表ざたにすることで、ヴィオラを引きずり降ろそうとした。物資の横流しは重罪だろう。しかもそれを使って麻薬を生成したとなれば極刑もありうる罪だぞ」
「それは僕のしたことじゃぁない」
「そうだろうね。だが、彼らはそう思っていない。それにしていようが、していまいが、関係ないのだよ。君がそういうことをしたという告発があればいい。そして、そんなたくらみを君一人でできたとはだれも思わない」
「ヴィオラ家がそれをやっていたということにするのですね。ゴールドバーグのように」
クレメンス伯はうなずく。
「義兄上は、ゴールドバーグが、ウィリアム・ゴールドバーグが告発された罪を本当に犯したと信じておられるのですか?」
リードは聞いてみた。義兄は目を落としてしばらく黙った。
「あの時は、何とかして平民たちをなだめなければいけなかった。ゴールドバーグの悪行の物語は下々の者の不満をそらすのに役に立ったのだよ。彼もそれが分かっていたから協力しただろう」
深い憤りがこみ上げてきた。本人が協力したという免罪符のもとに一人の男をいけにえに差し出すことを暗黙の裡に認めるあり方に。与えられた餌に食いついて食らいつくした貪欲な民衆に。
「今回も必要とあれば、僕を差し出すつもりですか?」
苦い気持ちで尋ねる。
「いいや、今回はその手は使えない。あまりにもこの国にとっての代償が大きすぎる。だが、彼らはそんなことは気にしていない。君の醜聞を利用する気だ、ヴィオラ家を引きずり下ろすためにね」
「そんな、でも、なんでヴィオラ家をそこまで目の敵にするんです?」
「ヴィオラ家は古来からのしきたりを重視する一族だ。もともと君たちは第一王子を推してきた。第二王子を祭り上げたい連中には邪魔なんだよ」
義兄はもう一度リードの器に酒を注いだ。
「第二王子の友人である君が、何らかの事情で次期当主の座についていれば話は別だったかもしれない。ブルーウィング家のようにね。でも、義兄上も宰相殿もご健勝だ。ヴィオラの家が第二王子派に寝返ることはまずありえない」
リードは思いだした。ゲームの中ではリードの兄たちは戦争で命を落とし、リードが次期当主になるというシナリオがあった。リードが聖女と結ばれるエンディングを迎えていたらそうなっていたかもしれないのだ。現実にはあまりにも魔王軍がぜい弱で、帝国軍もあっさりと引いたために死ぬはずだった兄たちは今も生き残っている。
「でも、だからといって、そんな……」
「彼らは、第二王子のロナルドを王にするためなら何でもする。国を売ることもためらわず、邪神とも取引をする。そういう連中だ。“シナリオ”から外れたら、友人ですら贄に差し出す。違うか?」
リードは顔を上げて、義兄を見た。彼もまた、プレイヤーだったというのか?
男はリードの反応を見て首を振った。
「私は君たちのいう“仲間”ではないよ。残念ながらというべきなのかな? “もぶ”の“現地人”にすぎない。君たち流の言葉でいうとね。ただ、ずっと君たちのことを観察して話していることをじっと聞いていると見えてくることがある。特にこの頃はいろいろわかってきた」
そうだ、どうして、彼らが自分たちのことを気が付かないと思っていたのだろう。リードはどこかで、プレイヤー以外の人はゲームのことなどわからないものだと思っていた。自分たちはゲームの枠の中にいるのであって、その外側の人たちは“現地人”、自分たちと違う人だと感じていた。まるで物語を読むようにどこか彼らはゲームのNPCであると、だから、自分たちの話すことはわからないのだと思い込んでいたのだ。
そうでないことはわかっていたのに。知っていたのに。
リードが吉川と互いの記憶を照らし合わせて理解を深めていたように、NPCと思っていた人たちもまた“ぷれいやー”を観察していた。
無言で、じっと、声を上げずに。
一人の男が、部屋の中にやってきて、クレメンス伯にささやいた。
義兄は顔をしかめて、リードに向き直る。
「悪い知らせだ。クロードが奴らにつかまった」
「兄上が?」
「けがをしているらしい。今、どこに連れていかれたか行方を探っている」
「僕のせいだ……僕が、余計なことをしたから……」
ゴールドバーグの遺産など探らなければよかった。麻薬のことを暴かなければよかった。
別に義憤があったからではない。リードはただ知りたかっただけなのだ。
いつも、そうだった。彼の知りたい病が事態を悪くしていく。
「クロードのことは、君とは関係ない。彼は自分の意思であの場に行ったのだ。我々も予期しない出来事だった」
クレメンス伯は淡々と告げる。
「ことは一刻を争う。君は身を隠したほうがいい。幸いにも我々にはまだ君一人をかくまう余力はある」
「待ってください。僕は隠れているわけにはいかない」
リードは差し伸べられたクレメンス伯の手を振り払う。
「兄のことは僕に責任がある。何とかしないと……」
リードは爪を噛んだ。
「何とかしないと、といってもな。君一人の力ではどうにもできないだろう」
義兄の中で様々な可能性が考えられているのだろう。宙をにらんでいる男を見て、リードはぞっとした。彼は救出できないと結論を出したなら、クロードを切り捨てるだろう。それが最善手であればだ。
リードは必死にクロードを救う方法を考える。直接乗り込むのは論外だ。相手もそれを見越して手を打っているだろう。何かまだできるはずだ。
まだ、なにか。
「兄上をとらえたのは親衛隊ですね」
リードは義兄に確認した。
「彼らは第二王子直属の護衛で間違いないですね」
クレメンス伯は何を言い出すのかという表情をしたが、うなずいた。
「姉上に合わせてください。姉上に相談したいことがあります」




