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2 間の悪い男

 リード・ヴィオラこと吉川文夫は間の悪い男だった。

 いなければいけないときにいなくて、いなくていいところにいる、そう噂されていた。


「華学」と呼ばれている乙女ゲーム「華の学園」に出てくる攻略キャラだったにもかかわらず、リードはそれにふさわしい立ち回りができなかった。


 いきなり攻略対象者としてふるまえというのは、むちゃぶりだ。そう、吉川は思っている。

 そもそも、ゲームの世界に“転生”なんて、あり得ないことだろう。それも「乙女ゲーム」の世界だ。百歩譲って、異世界転生するにしてもここだけは行きたくなかった。“転生”するのならばもっと別のゲームはなかったのかと、思っていた。


 何が悪かったのだろう。このゲームに詳しくなかった彼はそれすらわかっていなかった。

 彼は腐った姉の代わりに面倒なダンジョン攻略や戦争パートを攻略しただけなのだ。イベントのフラグとか会話とかそんなものは知ったことではない。


 知識も熱意もかけていた吉川は、ガチプレイヤーが多い同じ“転生者仲間”から浮いていた。

 攻略対象者のリード・ヴィオラになったからといってうれしくもなんともない。第一、彼の憑りついているリードという青年はゲームのキャラとはずいぶん中身が違っていた。


 学園一番の頭脳を持つ切れる男という設定がリード・ヴィオラにはついていた。クールな頭脳派というのがリード・ヴィオラの立ち位置なのだそうだ。


 しかし、どこが、天才的な頭脳を持つ男、なのだろう? 本体のリードは勉強熱心であったが、そこまで頭のきれる人材ではなかった。うだつの上がらないがり勉タイプのコミュ障、それが吉川の見たリード・ヴィオラの内面だった。憑りついた吉川もまた、優秀というにはほど遠い学生だったから、二人分の知能を足しても秀才にもなれなかった。


 神様から与えられたチートな能力、という点では確かに優遇されていたかもしれない。ただ、周りの“仲間”たちが多かれ少なかれチートスキルを持っているので、比較するとそこまで飛びぬけて優秀というわけでもない。


 ゲーム内の評判が高かった分、転生者仲間の間でリードの評価は低かった。リードはバッドエンディングへ至るフラグを踏みまくっていた。“仲間”の知識がなければ、危うく悪役令嬢の下僕となるところだったのだ。


 それに加えて、みんなの反応からすると、このゲームシナリオの難関といわれた中ボス戦に参加できなかったことが最大のミスだったらしい。主戦力のヒーローと探索担当のリードを欠いた聖女パーティはかろうじて中ボスに勝利はしたものの、その代償に町一つが消滅してしまった。シナリオ内ではありえなかった大損害である。

 

 お前が参加していたら……王子を責めるわけにもいかず、非難はリード一人に集中した。


 本当は第二王子とリードを置いて先走った聖女パーティーが悪かったのだ。正論を言っても、仕方がないことなのだが。


 これ以降パーティーの雰囲気ががらりと変わった。

 王族である王子はともかく、リードは参加しなければいけない戦だったのではないか。リード自身もそう反省するようになっている。


 このままではいけないと気合を入れて参加したラスボス戦は、拍子抜けするくらい短時間で終わり、大量に買い込んだアイテムを一切使うことなく終わってしまった。

 準備が必要だった時に手を抜いて、どうでもいい時に力を入れている、そんな自分の噂を聞いた時には穴に入りたい気分になった。

 自分ではそんなつもりではないのだが、はたから見るとそう見えるだろう。焦れば焦るほど、小さな行き違いが重なり、齟齬が大きくなっていく。


 そんなこんなで、彼はシナリオを読まない男といわれるようになっていた。


「よく、みんな、ここがゲームの中の世界だということを納得できるよな」

 リードはモブ役で転生していた早川にこぼした。早川はここではジムと呼ばれていたが、リードは彼のことを向こうでの名前で呼んでいた。

 ジムは、ゲーム流にいえばヒーローの取り巻きの平民3とでもいうのだろうか。名前も付けられていない学園モブその3だった。外見も痩せ気味の茶髪の少年としか評するものがなく、目立つ外見を与えられたリードとは対称的な存在だった。


「だって仕方がないだろう。“華学”のシナリオ通りに物事が進行していくのを目の当たりにしているんだからな」


 入学式、お茶会、ダンジョンでの戦闘訓練…いきなり他人の体に入り込んでいて、そこが見も知らぬ異世界で、周りには似たような境遇の人がいて、思考停止するほどのイベントが盛りだくさんのなかで、周りの人たちはすぐになじんでいるように見えた。中には嬉々として“イベント”に参加しているものもいた。ジムもまた、リードよりもゲームに詳しくあっという間にゲームになじんだ一人である。うらやましいことに。


 リードが、適応できずに固まっている間に、物事は進み、もうすぐ物語は終わりになる。

 侵略してきた帝国は手を引き、魔王は倒され、裏で工作をしていた豚公爵と悪役令嬢は断罪された。

 あとはヒロインとヒーローが結ばれて終わりになる。そのはずだった。


 この物語が終われば、解放される。

 そう、吉川も本体のリードも思っていた。今もどこかでそうなってほしいと願っている。

 帰りたい/行ってみたい

 リード・ヴィオラはそう思っていた。

 帰りたい/行きたい

 最近では、この思考のどこまでがリード・ヴィオラで、どこまでか吉川文夫のものなのかわからなくなってきている。


「リード、ちょっと仕事を頼みたいのだが、いいかな」

 そっと早川から声をかけられたのは仕事の合間にお茶を飲んでいるときだった。


「どうした、早川」

 ここでの身分ではジムからリードへ話しかけることなどできるわけがなかった。場所がここ評議会の中でなければだ。


「実はな。寺ちゃんと連絡が取れない」


 いやな予感がした。寺ちゃんは、友愛会の中でもかなり過激な考え方の持ち主だった。革命上等、“自由・平等・友愛”の思想を広めて回っている尖兵の一人だ。


「寺ちゃんには誰かお目付け役が付いているんじゃなかったっけ?」

「あー、彼もいっしょに行方不明だ」


「また先走ったことをしていないといいけどな」

 寺ちゃんの性格からするとまた余計なことをしているに違いない。関わり合いになると面倒なことになる。リードは、生返事にとどめた。


「そのことなんだけれど」早川は言葉尻を濁した。「探しに行ってくれないかな?」

「悪い。早川。今、仕事が山積みで……」リードは断れる理由があってよかったと思った。


「実はな。彼が姿をくらましたのは、ヴィオラ領なんだよ」


 リードはカップを口から外した。


「ヴィオラ領だって? いったい彼は何をしに、うちの領地にいったんだ? なにもない田舎だぞ」


「知らない。寺ちゃんたちが考えていることはわからないよ。君の父親は、どちらかというと貴族派だろう。だから、かな?」


 頭が痛くなる問題だった。三男坊とはいえ彼も一応ヴィオラ家の一員だ。いくら自分が友愛会に属しているとはいえ、領地で騒動を起こされたらたまったものではない。


「どうして、事前に教えてくれなかったんだ? お前、彼をサポートする役だろう」

「あいつらが、そんなこと報告すると思うか?」早川もうんざりといったしぐさを見せた。


「わかった。行く。ほかのものが行くよりも僕が行ったほうがいい」


 本当はあまり行きたくない場所だった。彼はヴィオラ領を収める領主の家に生まれたが、ほとんどそこに足を踏み入れたことはなかった。まったくなじみのない田舎の領地なのだ。

 だが、他の評議会員があそこに行くことを考えたら、自分が行ったほうがましだと判断をせざるを得ない場所でもあった。まだまだ封建的なところが残っている世界だ。評議会を目の敵にしている地方もあるという。ヴィオラ領もどちらかというとそういう気風が残っている土地柄だった。


 たまっている仕事のことを考えたら、頭が痛い。リードは同じような仕事をしている“転生者”のところへ残りの仕事を頼みに行くことにした。


 副官のラルフにも書類を持たせてリードは先生のところに急ぐ。その間に何人もの見知らぬ顔と行き違った。本当に大きい組織になった。最初は生徒会の延長線上だったのに。


 今、彼の属している評議会はゲームの中には出てこない組織だった。表向きは若者たちが自らの主張をするために立ち上げた集団だったが、実際は“転生者”たちが所属している会である。


 ゲームシナリオを進めていくうえでこの組織はとても役に立っていたのは確かだ。“自由・平等・友愛”という思想は、ヒロインの聖女が平民(実は貴族の娘)であるというハンディを覆すのに役に立ったし、平民の生徒たちが活躍できる正当性も与えていた。


 でも、寺ちゃんたちはやりすぎだった。あまりにこの思想を熱心に進めたために暴動がおきたり、貴族たちが逆に襲われるような事態も起こっていた。“転生者”の中にはリードのように土地持ち貴族の子弟もいるのだ。同じ“転生者”仲間としてそのあたりは配慮して行動してほしかったのに。


「なんだ、この書類は……」

 大量の書類を預けられたグリーンヒル先生は不快な感情を隠そうともしなかった。

 先生も同じ転生者”仲間”だった。隠れ攻略対象者という位置づけになっている。生徒たちの陰で、彼らの活動を暗に応援するという役柄だ。一見凡人だが、実はイケメンというなかなかおいしい役どころだ。ただ目の前の男は、ただの無精者にしか見えなかった。


「すみません、先生。これは前の戦の時の会計書類なのですけれど、まだ処理が途中なのです」


「まさか、私に処理をしろというんじゃないだろうね」

 ぎろりと睨まれてリードは言葉を飲み込んだ。くたくたの上着を無造作にはおっている先生は見るからに機嫌が悪そうだ。


「帰ってきたら処理をするので、預かっておいてほしいのです。大切な書類なので」

 続きをやってくれとは頼めなかった。


「こんなに大量なものをどうしろというんだ。大切な書類だと? 仕方がない。私の私室にしまっておいてやる」


 先生はぼさぼさの緑がかった髪をかき回しながら、奥の部屋へとリードを案内した。そこにうずたかく積まれている本は今にも崩れ落ちそうだった。リードは小さく詫びを言いながら、隅のほうに書類を運び込む。

 先生の部屋らしいといえば、らしい。彼も隠れ攻略者であったにもかかわらず、シナリオに全く頓着しない行動でほかの“仲間”をきりきりさせていた。リードと違ってシナリオを熟知していながら、好き勝手しているようで始末が悪い。マイペースというのか、なんというのか。そんな評判に頓着しない性格が、リードはうらやましかった。


「すみません。お土産を持って帰りますから」

「甘いものはいらない。女の子たちが大量に持ち込むので辟易している。虫歯になりそうだ」

 甘党の先生がうんざりするというのはどのくらいの量なのか。


「ところでいったいそんなに焦ってどこに行くんだ?」

 煙草を管で吸いながら、先生は尋ねてきた。


「ああ、寺島がヴィオラ領に向かったみたいなんです。それで実家に少し戻ろうかと」

 ああ、と先生は小さく声を上げた。

「それは大変だな。道中気を付けていってきなさい」


 気ばかり焦って挨拶もそこそこに、リードはヴィオラ領に向かった。一応、本宅にいた家令には事情を説明しておいたのだが、領地のほうにうまく伝わっているかどうかはわからない。


 あいつらは絶対何かをしでかす。リードの中の予感は膨れ上がるばかりだった。

 そして、恐れていたとおりの光景を彼は見てしまった。



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