19 評議会
馬鹿なことをしているのかもしれない。
リードはそれでも評議会の本部に足を運んだ。
悪い癖だとは思う。どうしても確かめてみたいという欲求を抑えることができなかったのだ。
評議会が、麻薬を作っているという話は意外にも平静に聞くことができた。もっと感情的になるとか、否定する気持ちが起こってもおかしくはなかった。
心のどこかで、やはりという思いがあったのだ。そのようなことをしていてもおかしくないと、自分たちが作り上げた組織に対して不信をいだいていた。悲しいことだが。
それでも、もう一度確かめたい。白黒はっきりさせたいとリードは思った。それは祈りに似た感情だったのかもしれない。
「こんなところで何をしているのですか。リード様」
ラルフが飛んできた。
「わるい。もう少しだけ手を貸してくれ」
「手を貸すも、何も……」
ラルフはリードを物陰に引き込んだ。
「若様、ここにいてはなりません。なんで、のこのこと現れたんですか?」
「のこのこって……なにかあったのか」
ラルフは目をそらした。
「若様はご存じないのですね」
彼は唇をかんでから話始める。
「若様に関する芳しからぬ噂が流れています。かなり後ろ暗いことにかかわっているのではないかとの噂です」
「え?」
リードは言葉を失う。
「それを調査するためにひそかに親衛隊が動いているという話です。いったい何をされたのですか?」
「僕は何もしていない。その後ろ暗いということはいったいどういう……」
「心当たりは、ないのですね?」
心当たりはあった。ありありだ。
だけど、いくらなんでも早すぎる。
リード自身もそのことに気が付いたのはつい一昨日のことだ。噂がラルフの耳にも入っているというのはずいぶん前からそういう話が出ていたということか。
背筋がぞくりとした。
「いつ頃からそういう話が出ているんだ?」
「悪い噂は前からありました。まぁ、その時は悪口の類でしたけれど。怪しげなことをしているという噂は最近ですね」
「そのうわさが出たのはいつごろだ? ここ二日か三日ということではないよな」
「私の耳に入ったのがそのくらい前でしょうか」
リードは目を閉じて、懸命に心を落ち着けた。
「ラルフ、確かめたいことがある」
「私の話を聞いてましたか?」
ラルフがリードの腕をつかむ。
「ここにいるのは、危険です。親衛隊の連中に見られでもしたら。すぐにでもお父上のところに……」
「その噂を確かめたいんだよ。頼むよ。これが最後だから」
ラルフはじっとリードの顔を見て、つかんでいた手を離した。
リードは評議会の備品を入れてある倉庫へ向かった。倉庫といっても、一軒家の中に雑多な品物を詰め込んでいるような場所だ。ここに品物を運ぶときなるべく整理して入れようとしたが、うまくいかなかった悪い思い出のある場所だった。ずっと前に一度、何とか備品のリストを作り上げた記憶がある。
あれからさらに混沌が増している倉庫の中で、記憶を頼りに、備品の棚を探す。
ない。
ポーションの棚は空だった。周りを探ってみたが、それらしきものは一つもない。
「何を探しているのですか?」
ラルフも棚をのぞく。
「ポーションだ」
リードは周りあちこちを探しながら答えた。
「ポーションはないと思います」
ラルフが首を振る。
「どうしてだ?」
即答されたことに、リードは驚いた。
「なぜって、ポーションはすべて第二王子の命令で持って行ったはずです。それでも足らなくて、個人で持っているものがないか、持っているものがいたら供出しろと命令されましたから。リード様のところにはそのような指示はなかったのですか?」
「ジムが来てそんなことを聞いてきた。だが、……。その命令が来たのはいつだ?」
ラルフの表情が曇った。
「ずいぶん前のことになります。第三王子様の事故が起こってしばらくしてから最初の命令が出されました。親衛隊の立ち上げ前だったかと思います」
兄がポーションを知らないか、といっていた時期だろうか。
「それはロン……ロナルド王子が直接出した命令なのか?」
「ええ。私はそう理解しています」
リードはポーションを探すのをやめた。ここでこれ以上探しても無駄だ。
「ラルフ、僕に関する悪評というのは具体的には何だ? ひょっとして、物品を横領して売り払ったとか、ポーションを裏で売りさばいたとか、そういう噂か? それで、告発されるかもしれないという」
「おおむね、それに近いです。まさか、若様、本当にそんなことを?」
リードは思わずうめいた。
はめられた。
リードは首元に短剣を突き付けられているような気分になった。
彼らはリードを罪に陥れるつもりだ。
豚公爵の時のように。
じりじりと追い詰められていくような感覚で体がこわばる。今まで考えたこともないほどの誰かの悪意が胸を締め付ける。
だれが? いつから?
いくつもの問いが頭の中を巡る。
なぜ、こんなことをされなければならない。理由は何だ?
僕はやっていない。知らなかったんだ。
それをいっても無駄なのはよくわかっていた。
彼が、本当に罪を犯そうが、犯すまいが関係のないことなのだ。なんとでも、理屈はつけられる。彼もまた、ただの人を究極の悪人として弾劾する立場にいたものなのだから。
ラルフと目が合った。古い馴染みの男も同じことを考えているのだろう。
リードは棚を背に座り込んだ。
冷静な認識をしようと脳を必死で動かした。
まだだ。まだ、罠の口は閉じていない。
本当に彼らがリードのことを血祭りにあげたいのなら、それなりの連中がやってくるはずだ。
ラルフはまだ、親衛隊が彼のことを調べているといっていた。まだ、時間はある。
リードが犯罪を犯していない証拠、それはあるだろうか。
「ラルフ、もう少しだけ頼む」
「何をするおつもりですか?」
忠実な元副官の本当に心配してくれている。本当に心強い。
「証拠を探してみる」
リードは立ち上がって、先生の部屋に向かった。
先生ことクリストファー・グリーンヒルの部屋の周りは相変わらずごたごたしていた。この区画の主と化している先生は前に見た時以上のガラクタを運び込んでいた。
リードが扉を何度もたたくと、眠くてぼんやりしている先生がのそりと顔をのぞかせる。
「いったい、誰だ。うるさいなぁ」
先生は、最初リードのことが誰だかわからないようだった。しばらくじっと顔を見つめてから、慌てたようなもう一度リードの顔を見つめる。
「なんだ。リードじゃないか。どうしたんだ?」
扉のところにでくの坊のように立っている先生を押しのけるように、リードを急いで部屋の中に入り込む。
「誰かと思ったよ。どういう風の吹き回しなんだい、君? 眼鏡は? その髪は? イメージチェンジでも狙っているのかな?」
「眼鏡ですか? 壊してしまって、まだ新しいのを手に入れていないんです」
眼鏡や髪のことなどどうでもいい。
「それよりも、先生。前に預けていた書類はどこですか?」
「書類? ああ、そんなものがあったかな?」
先生は寝間着の襟を掻き合わせて、奥をさした。
「君が大量においていったあれは、あの辺りにあったはず……」
場所を聞くや否や、リードとラルフはその山に一目散に向かった。
「購買記録とか、在庫記録とかなんでもいい。僕が、残した記録を探してくれ」
「よかったですね、リード様、記録は残しておくものですね」
ずっとリードについて仕事をしてきたラルフはリードの作っていた書類について熟知していた。二人で書類の山をひっくり返す。
「何をしてるんだ?」沸いたばかりのヤカンを片手に先生は、がさがさと書類を漁るリードたちを覗き込む。
「ポーションですよ」
「ポーションだって? そんなものをその間に隠しておいたのか? 今頃になって王妃様へのお土産なんて、君らしくもない」
「王妃様ですか?」
リードは書類を繰る手を止めた。
「ああ、ポーションを必要としていたのは王妃様だろう。ほら、第三王子の回復のためだよ」
先生はヤカンからポットにお茶を勢いよく注ぎ込む。
「え? あの方は回復されたとみんな言っていませんでしたか?」
先生の手が止まる。
「君は、聞いていないのか?」
それまで眠そうにしていた彼の目が鋭くリードを見通そうとする。
「え?」
「誰も、君に話していないのか? 第三王子ヘンリー・エイドリアンは意識不明の重体のままなんだよ。回復したという噂はこれ以上結婚式を延期させないための方便だ」
回復したと町で噂されていた第三王子はかろうじてポーションの力で生かされている状態なのだそうだ。クロードやジムがポーションを探していたのはそのせいだったのだ。
「みんな、そのことを知っていたんですね」
「ああ、そうだね。評議会の中心メンバーはほとんど知っている。ああ、でも、実は神殿にいるリサにはそのことを知らせていない。彼女なら、おのれの力を使い果たしてでも回復させるとかいいそうだからな。彼女には黙っておこうと、そういう話し合いをしたんだ」そういうと、先生は淹れた茶を一口すする。
「だが……リード。君は本当に知らなかったのか?」
「ええ、まぁ、僕は最近避けられているみたいですから」
リードは自虐的な笑みを浮かべる。
「殿下とは町にいると顔を合わせることもありませんしね。評議会のメンバーで最近あったのは先生とジムくらいかな?」
「ジム、早川君だね」
先生は自分の椅子に腰かける。
「彼とは今でも親しいといっていたね」
「そうですね。でも、彼も親衛隊で忙しそうですから」
リードは書類仕事に意識を集中させる。かなりの量の書類を見直したはずだ。だが、肝心の書類が出てこない。
「いったい何を探しているんだね」
ずいぶん時間がたってから、先生がまた聞いてきた。
「会計資料ですよ。買ったもののリストを探しているんですよ」
正確には在庫リストを探していたのだが、そこまで正確にいう必要はないだろう。
「そういう資料なら、そこにはないかもしれない」
先生は手にしていた器を机の上に戻した。
「どういうことです?」
「前に、新しい会計係がやってきてそういった資料はもっていったんだ。引継ぎするとか何とかいって……ガサツな連中でね。この部屋を荒らしていった」
先生は不満やるかたないといった表情で、わけのわからない紙が積み重ねてある部屋を見回した。
「それは、いつ頃のことですか?」
「たしか、王子殿下が怪我をされた後だった。この大変な時にと思ったから、間違いない」
リードは手にしていた資料を閉じた。
「先生、どうもお世話になりました。お邪魔してしまい申し訳ありませんでした」
もう、ここにいる必要はなかった。グリーンヒルが何か声をかけてくれたが、耳には入らなかった。彼はもう足を踏み入れることはないであろう評議会の建物を立ち去った。




