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18 薬

「お前、何者?」

 ノヴァが身構えるのを、リードが制する。

「大丈夫だ。この人は、たぶん、味方だ」


 例の宿屋で見かけた男だった。亭主と親しくしていたところを見ると、彼もゴールドバーグの一味なのだろう。


 男は、身振りでこっちにこいと合図をする。ノヴァは少しためらったが、男の後をついていった。


 屋根を降りて、民家の中を走り抜ける。

 あらかじめよく知っている道なのだろうか。男はこんなところを通るのかという場所を平気な顔をして通り抜ける。


「ここまで来たら、安全だろう」

 男は障害物競走で息を切らしているリードを涼しい目で見た。


「この人は? あなたの知り合いなの? リード」

 ノヴァがきいてくる。


「この人は…」


「俺はゴールドバーグ公の身内だ」

 男は自ら名乗った。

「あんたは同業者だな。お名前はかねがね」

 ノヴァが露骨に嫌な顔をした。


「ゴールドバーグの残党がいまさらこんなところで何をしているの?」


 男は肩をすくめた。


「実は、こいつを昨日からつけていてね。また、えらいところに首を突っ込んでくれる。」

 リードは顔が熱くなった。つけられていたのに、全く気が付いていなかった。ということは、昨日のあの喧嘩も目撃されていたということか。穴に入りたい。


「こいよ。向こうで話をしよう」


 男に案内されたのは、よく知っている酒場だった。表から入らなかったので、いったいどこに連れていかれるのかと思っていたのだが、見知った場所で少し安心する。


 ただ昨日までいたはずの老婆や女中たちの姿は消えていた。かわりに、いかつい系の男たちが何人か作業をしている。


「今日は休業している」

 酒場の主人が当たり前のように現れて、酒を注いだ杯をテーブルに並べた。

「開業したばかりで早速の休業というのは何なんだが、女の子たちを危険にさらすわけにはいかないからな」


「心配性だな。お前よりも、あいつらのほうがよほど逃げ足が速いというのに」

 先ほどの男が断りもいわずに盃を取り上げて酒を口に含んだ。


「念のためだ。もうすぐ聖女様の結婚披露行進があるからな。やつら、ピリピリしていやがる。そんな連中に踏み込まれたらたまらん」


「僕のことをつけていたのか?」

 一息ついた後にリードは宿の主人に聞く。


「ああ。昨日、あんたはかなり思い詰めていただろう。何か思い当たるところがあるのだろうと思ってね」

 主人はゆっくりと足をかばうように椅子に腰を下ろした。


「昨日も話した通り、あの麻薬は俺たちとも縁の深いものでね。最近また、流れているという噂を聞いて、色々調査をしていたんだ。今日お前たちが踏み込んだあの場所も、前から目をつけていたところだった」


「前から、ねぇ」

 ノヴァはつぶやく。


「不満そうだな、神官殿」

 初めて顔を合わせる初老の男が後ろから声を上げる。

「手出しできるのなら、とうの昔にしている。あそこは我々に手出しのできる場所ではないんだよ。我々はあの場を作った神に嫌われているからな。あそこは奇妙な場所だっただろう」

 これはリードに対する問いかけだった。

「ああいう場所をウィリアムたちは“あってはならない場所”だと表現していた。げえむの神の作り上げた存在しない場所だと。神官殿には、異界の神の領域といったほうが分かりやすいだろうか」


 ノヴァの体がこわばった。


「あんたたちがあそこに入ることができたのは、あんたが"プレイヤー"だからだろうな。で、あそこに何があった? 大体推測できるんだが」


 リードは黙ってポーションの袋を出して、見せた。

 宿の主人がそれを手に取って、しげしげと眺める。


「本当にゲームに出てきたポーションの袋そのものだな。これは最終決戦で使ったメガポーションかな。俺は実物を見るのは初めてだ」

 彼はパウチ式の口をねじって開けて、また閉めた。


「君たちは、これが麻薬の原料であるというのを知っていたのか?」

 リードは聞く。


「ああ。豚嫁が麻薬を資金源としていたといっただろう。ここと同じようなところでポーションの類も作っていたんだ」

 さらりといって、主人はリードに袋を返した。


「ここにいる、チャールズやアーサー様がその工場を壊して、原料も全部始末した。それからも残っている原料という原料を焼いて回ったので、もうあれを作ることはできないと思っていた」


「でも、実際には出回っていた」

 リードは確認する。


「そう。それで、ずっと出所を探していた。評議会の一部が豚嫁の代わりにあれを流しているというところまではわかったんだが。肝心の場所に踏み込むことができなくてな。神官殿もわからなかったのだろう?」

 初老の男がノヴァに問う。


「あれの原料がなんであるか、あなたたちは知っているのか?」

 ノヴァが固い声で尋ねる。


「もちろん。ゴールドバーグ領で作っていたといっただろう。安心しなさい。我々の知る限りで、あれの現物は残っていない。だから、連中はポーションをかき集めていたのだろう。もともと、あの香はポーションを作り出すときにできる残りかすのようなものだ。だから、ポーション本体からあれを薄めて精製したのだろう」


「じゃぁ、兄上がポーションを集めていたのは……」

 クロードがやはり薬物取引にかかわっていたのではないか、そんな黒い疑惑がせりあがる。


「クロード・ヴィオラが、直接あれを作るのにかかわっていたとは思わない」

 鋭い目をした男が淡々と告げる。

「最初は彼がかかわっているのではないかと疑っていた。だが、あれを売りさばいていた集団は、貴族であるクロードとは一線を引いていたようだ。せいぜい裏切り者の行方を探させたり、原料を集めさせたりしたくらいじゃないか?」


 リードはほっと息を吐いた。いままで、心の奥底で淀んでいたものが開放されて、体が軽くなったような気がする。


「評議会の内部にいた僕のことを疑わないのか?」


「知らないから、兄貴にケンカを売りに行ったり、工場に乗り込んだりするのだろう?」

 目つきの悪い男は冷笑する。

「おそらく、あれを作っていたのは評議会の中の平民勢力だろう。貴族の連中はなんだかんだといって金は持っている。あんな危ないものに手を出すなんて、よほど金に困った連中の仕業だよ」


 リードは爪を噛んだ。

「でも、やはり信じられないな。そもそも評議会というのはそういう組織じゃないんだ。わかるだろう。“お茶会”の延長のようなもので、ああいう派閥で争うのをやめて、みんな一丸になって頑張ろうって、そう思って始めたんだ」

 信じたくなかった。“仲間”がそんな後ろ暗い取引に手を染めていたなんて。そういうことをやっているのは敵側のはずだった。


「そもそも、どうやってあれだけの原材料を手に入れたんだ? あんな量は評議会にしかなかった……そうか」


 ジムは在庫がないといっていた。

 棚のどこかにあるだろうと、投げやりに彼は答えたのだった。あそこにまだポーションはあると思っていたから。

 誰かが、それを横流しにした? 

 それができるようになったのは……


 答えはそこまで出ていたが、彼はまだためらっていた。


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