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13 先生

 寝ているクロードをそのままに、リードは護民官として与えられた部屋に向かった。昨日書くことができなかった報告書を仕上げるためである。


 最初はきちんと“護民官”としての仕事を記録していたつもりだった。今はただ誰に書くというものでもなくただ書いてもいいことだけ書いているので、報告書というよりも、随筆に近いものになっている。


 町の様子や人々の暮らしを書き連ねていると珍しく来客があった。


「先生!」


 学園の教師でもあり、評議会にも名を連ねているグリーンヒルがひょっこりと顔を出したのだ。


「やぁ。リード。元気そうだね」


 彼は軽い足取りで部屋の中に入ってきて、中を見回した。いつものように部屋の中にはリードのほかには誰もおらずがらんとしていた。


「今日は、ここは休みなのか」

 彼は興味深そうに机の上の埃を手ですくった。


「すみません。掃除をしていなくて」


 リードは赤面した。なるべくきれいにここを使っているつもりだったが、きれい好きのリードですらあまり寄り付かなくなったこの部屋は汚れたままだった。

 。

「先生、今日はどうしたのですか。来るのなら連絡してくれればいいのに」


「いや、ちょっと立ち寄っただけだ。君がどうしているのかと思ってね」

 彼はリードが書き上げたばかりの報告書に目を落とした。

「ちょっと見てもいいかい」


「ええ、どうぞ」


 リードは紙を渡した。先生に見せるのは答案を出すようで緊張する。


「うん、よくかけているね。これ、いつも書いているのか?」


「ええ。それは昨日のなんですけれど。昨日の夜は書くのが間に合わなくて」

 先生を前にすると宿題を忘れた言い訳をしているような気分になってくる。


「ふうん」

 先生は興味なさそうに報告書をくるりと回して返した。

「思ったより元気そうで安心したよ。体調が悪かったのかな? このところ本部にも顔を出していないよな。捜査にも加わらなかったし、要請にも応じていないだろう。みんな心配していたよ」


「捜索ですか? 第三王子の事故のことでしょうか? 」

 あまり触れられたくない話題を振られてリードは口ごもる。

「捜索には加わりたい気持ちはあったのですが、その、役に立たないですから。今の私は」


「どういうことだ? 君のスキル特性は捜索に向いた探知系のはずだろ。捜索に加わるのは当然だとみんな思っていたのに」


 リードの中にいる吉川よりもリード・ヴィオラのことに詳しい先生は首をかしげる。


「いや、その、早川から聞いていないですか?」

 リードは目をそらした。

「僕はスキルが、無くなってしまって」


「スキルがなくなる? そんな話は聞いていないが」

 先生はますます不思議そうな顔をする。


 リードはぼつぼつと自分の状態を話した。スキルや魔法が使えないということを話すのは苦痛だった。それでも、まだ相手が先生だから何とか話せている。これが、王子や魔導士相手だときちんと話せていたかわからない。


「ちょっと、“鑑定”の魔法を使ってもいいか?」

 先生は眉をひそめて力を発動させた。発動させたのだと思う。リードにはその波動すら感じ取れなかった。


「本当だ。ひどく、文字化けしている。名前まで、文字が消えかけているな」

 先生はつぶやいた。


「そうだと思います。早川も似たようなことを言っていました」


「早川? ああ、ジムのことか。彼も確か“簡易鑑定”のスキルを持っていたよな。彼には君の状態を話したのか?」


「ええ。彼は私と評議会との連絡役を務めてくれていて、色々な指示やこちらの状態を伝えていたのですが。聞いていませんか?」


「ふうん」

 先生は宙を見つめた。

「なるほど、君の状態はわかった。今の君では“鴉”を追うのは無理そうだな。報告しておこう」


「“鴉”ですか?」

 捜索の対象は王子の事故を起こした人物だと思っていたリードは聞き返す。

「“鴉”って暗殺者なんですよね。噂では、魔王軍の生き残りだということですが、ヘンリー様の事故にかかわっていたんですか?」


「聞いていなかったのかい?」

 教師は驚いたように目を見張る。

「“鴉”が狙っているのは殿下だけではない。“鴉”は我々“転生者”を狙っているようなのだ」


 エッと今度はリードが驚く番だった。


「その反応は、本当に何も知らないんだな」

 先生はあきれたようにいう。

「もう何人も犠牲が出ている。行方不明の者も含めれば、かなりの数だ。君も身の回りには気を付けたほうがいい。感知の能力をなくしているとすれば、なおさらだ」


 彼は犠牲者としてリードも知っている名前を何人も上げた。


「そんなに。知らなかった」


 リードは言葉が出なかった。みんな、学園で机を並べて勉強してきた“仲間”だった。とても大切な存在のはずだったのに、そのことを知らなかったという事実が重い。


「寺島君たちの行方不明も奴の関与が疑われている。殿下の“事故”も、実は第二王子を狙っていた、という情報もあるくらいだ。ヘンリー様は巻き込まれた形だね」

 先生は机の上に腰を下ろして足をぶらぶらさせた。

「今のところ、スキルや能力の高いものはみな健在だ。標的とされているのは、モブに近い能力を持たない者たちだ。だが、君のスキルが失われたとなると……」


 ふいにグリーンヒルは言葉を切った。机から降りてつかつかと扉のほうへ歩いて行った。そして勢いよく扉を開ける。


「ひ」

 小さな悲鳴が上がった。扉の向こうで、誰かがうずくまる。


「君のスキルが作用しないというのは本当らしいね」

 先生はその人間を見下ろしながら、リードのほうを振り返った。

「この子に気が付いていなかったんだろう」


「アンヌ!」

 コリンの妹が固い顔をしてこちらを見上げていた。


「知り合いかい?」


「ええ。どうしてこんなところに」


「この子はずっと私の後をつけてきていたんだよ。害はなさそうなので、そのままにしておいたのだけれどね。さすがに立ち聞きは趣味が悪い」


 先生はポンとリードの肩をたたいて、また来るよと言い残した。


 後には青い顔をしたアンヌと、リードが残される。


「アンヌ。どうして先生の後をつけたりしたんだ?」

 リードが問いかけてもしばらく彼女は答えなかった。


「あの人は、“英雄”に名を連ねる人だ。本気になったら、ただじゃすまないところだった」


「……あの人、評議会の制服を着ていたから。ひょっとしたらと思って……」


「何が、ひょっとしたらと思ったんだ?」


「リード様のところにこの前、評議会の人が来てたでしょう」


「あぁ。ジムのことかな?」


「最初、同じ制服だったのであの人かと思ったんです。途中で、たぶん違うとわかったのだけれど、同じ評議会の人だから何か知っているかと思って」


 アンヌはうつむいたままだった。


「何のことを、知っているのかな?」


「……兄とあの人があっているところを見たことがあるんです。兄さんがあんな状態になる前に。評議会軍ではなくて、評議会の制服だから珍しくて。それで覚えていたんですけれど。そこで、“ゴールドバーグの遺産”のことについて話していたので……兄さんは普段はそんな噂を信じるような人ではなかったんです。そんな与太話をするなんて珍しいなって」


 早川とコリンが知人だった? 信じがたい話だった。評議会軍にいたコリンと評議会本部にいる早川とは接点はないように思えた。


「あの二人は知り合いだったのか。わかった。ジムは私の友人だ。今度会ったら、コリンのことについて聞いてみ…」


「だめ、やめてください」

 アンヌが激しくリードを遮った。

「あの人に兄の話はしないで。絶対にダメ」


 言い切ってから、少女は自分の立場を思い出したかのように一歩下がって目を伏せた。

「ごめんなさい。……リード様は、とてもいい人だと思います。でも……あの人は。評議会の人のこと、信用できないんです。あの人たちのしたことを思うと。私は……」


「……わかった。コリンの名前は出さない。…君のことも彼には言わない。それでいいね」

 少女はうなずいた。


「あー、忙しい。忙しい」


 そこへ、ムラが現れた。こんな時間に現れて、忙しいも何もないだろう。

 見慣れない派手な外套を身にまとったムラは、リードとアンヌを見てにんまりと笑った。


「おやおやおや、お若い人というのはいいですね」


「待てよ。僕たちはそんな……」


「ごめんなさい。お時間を取らせました。失礼します」

 アンヌは身をひるがえして、ムラの脇を抜けて走り去った。


「これはまた」

 ムラは訳知り顔にうなずいた。


「おい、誤解するな。彼女はただの知り合いだぞ」

「もちろんです。ただの知り合いですよね。はい」

 ムラは、彼女の後姿をわざわざ振り返ってみた。


「そんなことはいいんだけど。その派手な外套は何だ?」


 まるで何かの新しい制服のようだった。青地に銀の縁が入っているいかにも儀礼的な外套だ。

「ああ、これですか。これは第二王子の親衛隊の外套です」


「……なんだ? それ」

 舞台衣装のようで普段着るのには悪趣味だと思う。どこの道化師の衣装なのだろう。


「だから、親衛隊の外套です。ご存じないんですか?」


 親衛隊ね。どこぞの国の親衛隊は容姿端麗なものしか入れなかったような気がする。その基準からすると目の前の男は選考外なのだけれど。


「評議会軍はいつから親衛隊と名を変えたのかな?」


「違いますよ。親衛隊は、親衛隊です。評議会軍とは別の組織で、第二王子ロナルド様に忠誠を誓う組織なんですよ」


「ああ」

 なるほど、昨日兄が酔ってリードの家に転がり込んだわけがやっとわかった。第二王子派としての評議会軍に入ったと思ったのに、はしごを外されたような気持なのだろう。


 それと同時に不安が押し寄せる。そんな話はリードのところに全然回ってこなかった。明らかに彼は蚊帳の外に置かれていた。


 第二王子ロナルドは攻略対象者でともに肩を並べて戦った仲間である。そして、一緒にこの評議会という組織を立ち上げた最初期のメンバーのはずだった。組織が大きくなってそれぞれの立場というものが出てきたから仕方がないのかもしれない。ここ数か月は第二王子とは顔も合わせていない。だが、一言あってもいいのではないか。

 やはり、リードは仲間として認められていないのだろうか。


 得意げなムラの顔を見ていると不安がこみ上げてきた。


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