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11 不興 

「それで、また、間に合わなかったのね」

 今日もリードは姉にあきれられていた。


 義兄の名前で送られてきた招待状を、またもやリードは断り切れなかった。王族の機嫌を損ねてしまった彼は義兄がとりなしてくれるかもしれないという一抹の希望にすがるしかなかったのだ。


 そして、その要件すら言い出せないまま姉の口撃にさらされている。


 仕方がない。仕方がなかったんだ。リードは下を向く。


 たまたま自分が留守をしているときに、第三王子が事故にあうなんてことを、誰が予測できるだろうか。そう、たまたまだ。


 それなのに、世間はまたリードに使えない男の烙印を押した。


 そもそもリードが職場にいたところで防げた事故ではない。馬車が転倒したのはリードと全く関わり合いのないところでの話だ。なのに…


「王妃様は偉くご立腹のようよ。ほかの英雄たちは駆け付けたというのに、あなた一人、使いさえもよこさなかったって」


 そんなことを言われても。


 慌てて駆け付けたのだが、もう王宮の門は閉ざされていた。誰であろうと通さないといわれて、伝言を頼んだのだが、伝わっただろうか。

 絶対伝わっていないだろう。


「本当に、お前は……」

 姉は優雅にため息をついた。

「もう評議会はやめてしまいなさい、っていっているでしょう。お荷物にしかなっていないじゃない。早くお父様の仕事を手伝って……」


「もういいだろう。フローラ」


 今まで黙っていた義兄が姉を制止した。無口な兄もさすがに目に余るものがあったのだろう。もうこのまま席を立とうかと考えていたリードは気勢を制された形だ。


「いまさらいっても仕方がないことだ。それに私にはリード君がそこまで悪いことをしたとは思えない」


 ほとんど口を利かない兄にぴしゃりといわれて、姉はリードを攻撃するのをあきらめた。が、まだ文句をいう。


「おまえといい、クロードといい、人の言うことを全然聞かないのだから。そういえば、リード、クロードはどうしているのか知らない? こちらに全然返書も送らないのよ」


「兄上なら元気にやっていますよ」

 リードは苦々しく答えた。最近、クロードはリードを連れて酒場を回るようになっていた。そのあといつもリードは二日酔いで苦しんでいる。そうだ、全部クロード兄が悪いのだ。

「そもそも、今回のことも兄上が調べてくれといったから、外出していただけで……」


「クロードのせいにするのは……」

「クロード君が君に調べてくれと…」


 義兄と姉の言葉がかぶった。義兄はちらりと姉をみて、言い直す。


「クロード君は何を君に調べてくれといったんだ?」


 クソ兄貴の依頼を義兄に隠すほどのことはないだろう。リードは素直に答える。


「兄上の部下が長らく欠勤していましてね。その男がどうしているのか様子を見てきてくれといわれたのですよ」

 それで、と促すしぐさにリードは言葉を継ぐ。

「でも、その男はどこを探してもいなかったので、行方を調査していたところでした」


 また、そんな無駄なことを、と小言を言う姉を制して兄が尋ねる。


「その男の名前は何という?」


「コリンという男ですが、ひょっとして義兄上、ご存じの男ですか?」


「いや、コリンか、心当たりがないな」

 そういって義兄はまた、沈黙の中に沈み込む。


「とにかく、お前は早く評議会など抜けてしまいなさい。あんな平民の多い下品な集団にいつまでもかかわっているとろくなことにならないわよ」


 最後まで姉は同じようなことをくどくどとリードに説教した。


 姉のしつこさから察するに王妃のリードに対する不興はかなりのもののようだ。自分の子供が大けがをした咎をなんとしてもリードのせいにしたいらしい。


 リードは胃が痛くなった。同じ“仲間”でもある第二王子にとりなしを頼みたいところなのだが、彼となかなか話をする機会がない。ひょっとして避けられているのだろうか。


 胃の痛くなる夕食会だった。普段とは比較にならないほど豪華な料理が出ているはずだった。だが、何を食べたのか全く記憶にない。


 何か月も時間がたっているにもかかわらず、第三王子の“事故”の下手人はまだとらえられていない。王子は回復傾向にあるものの、まだ人前に出られるような状態ではないらしい。八つ当たり気味の王宮出入り禁止を食らったリードは噂でしか知ることができないが、母親である現王妃の嘆きはすさまじく、息子の回復のためなら何でもすると薬をかき集めているらしい。


「あんまり気にしないほうがいいよ」

 評議会との連絡係を務めている早川ことジムがリードを慰めた。「あのお方は、気まぐれだからさ」

「いいのか? 王妃様にそんな口をきいて」


「いいんだよ。俺はしょせん平民だからね。口をきいてもらうこともない立場だ」

 ジムはそういって、こちらに黙礼をしてきたコリンの妹のアンヌに目配せをした。

「なぁ、あの子、知り合い? かわいいじゃないか」


「やめろよ。早川。あの子はそんな子じゃない。彼女の兄上が病気でここで治療を受けているんだ。手出しするなよ」


「へぇ」

 ジムは面白そうに眼をくるくるとさせた。

「リード様はあのような女子がお好みでしたか。年下好きとはね」


「うるさいな」

 リードは足早に歩き始めた。

「とにかく、いったい僕に何をしてほしいのか聞いてみてくれ。そんな命令では理解できないよ」


 あいかわらず、リードのところに来るのはどうでもよさそうな具体性のない命令ばかりだった。どこそこの住民が争っているから何とかしろといった丸投げの命令だ。右往左往させるだけで、何の意味もない指示だった。そもそもそれを解決するだけの兵隊も金もリードには与えられていない。命令を出している評議会そのものも多分言っていることを理解していないはずだ。


「一応は聞いてみるけどね。最近、みんなバラバラでろくに話もできないんだよ」

 ジムは肩をすくめた。


「そういえば、寺ちゃんたちはまだ見つからないのか?」

 リードは行方不明のままの“仲間”のことをきいてみた。


「ああ、ヴィオラ領に入ったところまでは確認している。町に滞在していたこともね。でも、そこから先、君も知っているように行方不明。盗賊にやられたのかもしれないし、“鴉”にやられたのかもしれない」


「“鴉”?」


「しらないのか? 評議会員を殺して回っているたちの悪い暗殺者だ。ヘンリー様の一件で…ああ、これは機密だったかな?」

 ジムが頭をかいた。

「とにかく、そいつはお尋ね者でね。われらが王子さまやレッドウィング君たちが必死で追っている」


「へぇ」

 暗殺者なんて関わり合いになりたくないな。そうリードは思う。以前のままの彼だったら、暗殺者を探しに行けたかもしれない。だが、今の彼は……


「なぁ、本当にできないのか? 鑑定が」


「ああ」

 リードはうつむく。

「鑑定だけじゃない。追跡とか、感知とか……軒並みスキルが使えないんだ。ほかのみんなは使えるんだろう」


「まぁね」

 ジムはふうと息を吐いた。

「君ほど極端にスキルが消えたという話は聞かないね。なぁ、一度、中央神殿で調べてもらったら……」


 リードは首を振った。たぶん無理だと、自分でもわかった。今まで使っていた力は借り物で今の状態が本来のリード・ヴィオラだと、感じるのだ。ヴィオラ家の三男坊は本当の風魔法の使い手などではなかった。


「君の力もまだ使えるんだろう」

 彼はジムに尋ねる。


「ああ。多少落ちたかな、と思うけれど、まだ健在だよ。ただ……」

 ジムはじっとリードの後ろを見るような目線をむけた。

「君の鑑定をしようとすると、文字化けしているのが分かる。名前はかろうじてわかるけど、レベルとか、消えかかっているな。もっとも、俺の能力はもともとその程度しかわからないからな」


「それだけわかればいいんじゃないかな」


 リードも同じことをしようとして、あきらめた。前はどうやってスキルを使っていたのだろう。それすらもわからなくなっている。かつてはリードたちの劣化版といわれていたジムの力にも劣るなんて。恥ずかしくて、とても“英雄”などとは名乗れなかった。


 ジムが友人で本当に良かったとリードは思う。ジムに力のことを相談すると、リードの代わりに“仲間”に話そうかといってくれたのだ。“仲間”の前で、スキルや魔法が使えなくなっていることを説明するのは怖かった。“仲間”の表情や言葉一つで、存在価値がなくなるような気がして。実際今の彼はお荷物にしかならないだろう。


「じゃぁ、早川、またな」

 療養院の外までジムを送って、リードはまた元神殿に戻った。


 最近ここに通うのが日課になっている。

 最初はコリンの様子を見に行くという名目だったが、いつの間にか引き寄せられるようにして元神殿の後片付けをするのが仕事になっていた。


 彼が評議会員だと知っておびえていたアンヌもようやく普通にふるまってくれるようになった。神殿の人たちは、評議員であることを気が付かないふりをしてくれているようだ。なぜか毛嫌いされている感じはしなかった。行事のたびに寄進を繰り返していたのが効いたのかもしれない。


 副官のムラは一回だけついてきたが、人手が必要だというジムに押し付けてからはさっぱり来なくなった。


 そして、ノヴァだ。


「あなたが話していた人は誰? 貴族には見えなかったけれど」


 今日も彼女はかわいらしいとリードは思う。彼が今まで心をときめかせた女性は二人だけだ。悪役令嬢だったエリザベータとノヴァである。どちらも少し大人びた雰囲気を持つ美少女だった。


 女はだますものだから。エリザベータにいいように扱われて以来リードはしばらく女性を遠ざけていた。彼女との記憶はトラウマである。リードも彼にとりついた吉川もどちらも女性には縁のない生活を送ってきたので、エリザベータの手管にすっかりからめとられてしまった。今でも時々彼女との逢瀬を夢に見る。それが悪夢ではないのだ。リードの業は深い。


 だが、ここのところ、エリザベータは彼の頭の中にはいない。


 頭の中では、彼は何度もノヴァの告白していた。恋人で会ったらどうだろうという妄想に浸ることもある。だが、なぜだろう。どうしても友人という壁を超えることができないのだ。


 何度か、ノヴァに贈り物をしようとしたのだが、うまくいかなかった。彼女はリードのことを男性だと思ってくれないようだ。友達という枠にはまってしまったのだろうか。それとも、彼の容姿は好みではないのだろうか。


 ひょっとしてジムのような男が好みだとか……彼はここはさらりと話を流すことにした。


「ああ、彼は僕の“仲間”だよ。評議会本部との橋渡しをしてくれている」


「ふーん。仲間なの? 彼、貴族でないのでしょ。評議会は、まるでクリアテスの教会みたいに平民と貴族の差があまりないのかしら」


「ないよ。ないけど、クリアテス教とは違うよ。確かに、自由、平等、友愛を唱えているけれど、あんなに変じゃないぞ」

 悪名高いクリアテスの教えと一緒にしてもらっては困る。リードは憮然と抗議した。

「彼は、その、学園の“仲間”なんだ。そう、なんと言ったらいいのだろうか。志を同じく、違うな、同郷の出身という感じなんだ。心の故郷が同じといえばいいかな」


「はいはい、わかりました。また、学園の話ね。リードは本当にそこが好きだったのね」


 ノヴァは最初のころと比べてずいぶん打ち解けた話し方をするようになっていた。神官服を身に着けた厳かな感じのするノヴァもいいけれど、いかにも町娘といった感じの服装の彼女もいいと思う。


「好きというのかな。あそこが始まりの場所なんだよ。あそこから話が始まったんだ」


 そして、物語は終わる。乙女ゲーム『華の学園』は攻略対象者と主人公の結婚のスチルで締めくくられる。この物語が終わるとき、リードはどこに立っているのだろうか。最近、治療院のボランティアになっているリードは強烈な不安に駆られる。


 このままでいいのだろうか。仕事という仕事を与えられていないリードは今は評議会のお荷物だ。暇に任せて、こうして壊れた神殿の修理を手伝ったり、ノヴァやほかの神官たちについて町を見て歩いたりしているのだがこれといって評議会の役に立っているとは到底思えない。


 定時の連絡は欠かさないようにはしているが、それもどれだけ本部のほうに伝わっていることか。朝と寸分変わらない部屋に戻って、報告書を書いて、ジムに本部にもっていかせる。


 直接の返事は何もない。向こうからの指示は早川を通して抽象的なものが伝わってくるだけだ。


 すでに評議会の制服も身に着けていない。あんなものを着なくても、ものすごく危険な場所に近づかなければ大丈夫なのだ。そしてリードもだいぶ危険なところとそうでないところの嗅ぎ分けができるようになってきた。町の人たちも見て見ぬふりをしてくれる神殿に右に倣えの行動をしてくれる。


「リード、明日、北町の神殿、じゃなくて、集会所に行くのだけれど、ついてきてくれない?」

 時々ノヴァがこうして新しい地区に誘ってくれる。


「いいけれど、あそこはレッドウィングの力が強い地区ではなかったかな。神官である君が行って大丈夫なのか?」


「だから、神殿じゃなくて集会所に行くといっているでしょ。評議会がうるさいから、名前を変えたのよ。集会所ならだれも文句を言わないでしょ」


 最近、こういう言いかえが増えてきた。評議会が“私設の神殿”を規制する方向に動いている。そういえば、寺ちゃんたちの一派は“宗教は麻薬だ”と叫んでいた。彼らの主張を取り入れるために様々な玉虫色の政策がうちだされては、結果も見ずに放置されていた。


「僕が行ってもあまり役に立たないよ。その、前も話したけれど、戦闘力が落ちてきているんだ」

 スキルとかレベルといったゲーム用語は彼女たちには使えないので言葉に困る。

「技術が、さび付いているというのか、うん」


「そうなの? でも、昨日、神殿騎士……じゃなくてここの用心棒たちと剣の稽古もしていたじゃない。長もほめていたわよ。強いって」


「そりゃぁ、一対一ならね」


 だが、まるで勝手が違うのだ。

 これは、ノヴァに説明してもこの感覚がわからないだろう。見えていたものが見えなくなるというのは恐ろしく怖かった。

 前にはどこに敵がいて、誰が攻撃をかけようとしているか、それが見えていた。それが今は全くわからない。この神殿の老人が強いというのはスキルを使わない人としての強さだろう。“英雄”として“魔族”と戦った時はもっと強かったはずだ。


「それにあなたは“魔法”が使えないといっているけれど、“精霊”はあなたに十分力を貸しているわよ。はじめ見た時よりも増えているくらい。これだけ加護があれば、何らかの術は使えると思うわ」


「僕には何も見えないし、感じることもできない」


 リードは恨めしそうにそこだけきれいに残っている神殿の石台をみた。


『ウィンドカッター』


 ためしに指をさして風の魔法を呼んでみる。以前感じていた力が沸き起こるような感覚は全くない。

 彼はあきらめて指を下ろした。




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