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10 遺産

「“ゴールドバーグの遺産”??」

 記憶のどこかに引っかかっている言葉だった。


「あの人たち、しつこく聞いてきたんです。“ゴールドバーグの遺産”はどこだって」


「本当に、そんなことを言っていたの?」

 ノヴァが少し怖い顔をして、少女に尋ねる。


「そうです。でも、そんなことを言われても私は何も知らない」

 少女は泣き始めた。


「大丈夫だよ、わたしたちは君のお兄さんを探しに来たんだ。その、遺産には興味がないよ」


 リードは泣く女性が苦手だった。特にこういう年端もいかない少女に泣かれると、どうしていいのかわからなくなる。


「兄は、兄さんは……」少女は泣き止まない。

 まさか、すでに死んでいるとか? 悪い予感が頭をよぎる。


「兄さんは?」


「こちらに来ていただけますか?」


 少女は泣きながら、奥の部屋への扉を開けた。女性が倒れて開けられなくなっていた扉だった。


 リードは恐る恐る部屋の中を覗き込む。部屋の中では誰かが背もたれのある椅子に座っていた。遺体ではないようなのでほっとする。


「失礼します。コリンさん?」


 返事はなかった。

 部屋が静かすぎる。

 少女が目をこすりながら、明かりをつけた。


 椅子には一人の青年が座っていた。胸が動いているので、呼吸しているとわかる。が、こちらが部屋に入っても身動き一つしない。


「コリンさん?」

 男は宙を見つめていた。男の目の前で手を振ってみても反応がない。抜け殻だ。とっさにそう思う。


「ちょっといいですか?」

 ノヴァがリードを押しのけるようにして男のもとに近づいた。

「いつからこの状態なんですか?」


「この前の祭日に、夕方人に会うといって出かけたんです。次の朝、家の前に倒れていて、それから、ずっとこの状態なんです」


 ノヴァが脈を診たり、瞼を裏返したり、男の反応を調べている。


「重湯を飲んだりお水を飲んだり……最低限のことはしているのですが、まるでこちらの言うことに反応しなくて。ずっと、目を開けたり閉じたりするだけで……」


「中毒症状だわ」

 ノヴァがリードの顔を見ていった。

 リードは理解できずに返事ができなかった。


「夜来香の中毒症状よ」


「なんだ? それは?」


「今、はやっている麻薬なの。本来は、媚薬として使われているものなのだけれど、よくこういう中毒症状を起こすの」


 媚薬。ノヴァの口にはふさわしくない単語だとリードは思った。


「最初はあまり害がないので、みんな、手を出してしまうのだけれど。粗悪な製品を使ったり、量を間違えたりすると、向こう側に魂を持っていかれてしまうのよ。神殿の療養所にもたくさんの魂を抜かれた人がいるわ」

 ノーヴァは少女のほうを見た。

「お兄さんに誰か付き合っている人がいたのかしら?」


「わかりません」

 少女は首を振る。


「それでは、その、馴染みのお店に通ったりすることは?」


「兄さんは私たちのことを心配してきちんと夕方には家に帰ってきていました。仕事で遅くなる時はちゃんとそう言って出かけてましたし」

 少女は抗議するように声を上げた。

「暴動以来、危険だからといって買い物とか付き合ってくれたり、それはもう……」


「お兄さんの仕事は忙しかったんだろう? 違うかな?」


「ええ。まぁ。確かに朝早く出勤したり、仕事のやりくりは大変そうでした」


「だろうね。数字を毎日見る仕事だからね。くたびれるだろう」


「数字? ですか?」

 少女は首をかしげた。

「兄さん、そんな仕事をしていたんですね。知らなかった。騎士団というから、てっきり警備の仕事かと思っていました」


「先ほどの話だけれど、あのガラの悪い人たちは“ゴールドバーグの遺産”を探しているといったんだね」


「はい。そんなもの知らないといっても、知っているだろうといわれて」


「兄さんから、その話は聞いたことがないんだ?」


「兄さんからは聞いたことはないです。でも、この辺りではとても有名な話ですから」

 少女は唇を結んだ。


「有名?」


 リードには全く心当たりがない言葉だった。そもそもゴールドバーグ家の資産はほとんど残されていなかったのではなかったか。かの家に捜索に入った部隊がそう報告していたはずだ。


「ええ。ゴールドバーグ家は滅びる前に莫大な資産をどこかに隠したという噂です。あの連中は、評議会は、そんな噂をもとに、この町を無茶苦茶にしたんですよ」


「評議会が、町を無茶苦茶にした? それは暴動が原因だろ?」


 少女は首を振る。


「周りの人はそう言ってるけど、逆なんですよ。先に襲ってきたのはあいつらなんです」


 か弱いはずの女の子の目に宿った危険な光が宿る。

 これは、続けてはいけない話題だ。聞いて履けなかったものを聞いてしまったような気がする。


「この人をこのままにしてはいけないわ」

 ノヴァがうまく話題をそらしてくれた。

「いずれ衰弱して死んでしまう。治療院に運びましょう。あそこでなら、できる限りの治療ができるわ」


「兄は、治るんですか?」

 少女が尋ねる。


「わからないわ。でも、時間をかければ戻ってくるかもしれない。あとはどれだけ彼の魂が精霊の加護を得られるかにかかっているのだけれど」

 ノヴァは言葉を濁す。

「リード、お願い。私のいた神殿…治療院にいって助けを呼んできてほしいの。私たちだけでは彼をここから運ぶことができないから」


「わかった。すぐに呼んでくる」


「日が暮れる前に呼んできてくれる? 彼女たちだけにしておくのは危険だから」

 ノヴァがささやく。

「また、あの男たちがやってくるかもしれない」


 リードは急いで元神殿に引き返した。幸いにもリードにちょっかいを出してくる無頼漢はいなかった。


 神殿でノヴァの話を伝えると、リードは自分の職場にいったん顔を出すことにした。


 その気はなかったのだが、色々と気になることを考えているうちに自然となれた方角に足が向いてしまったのだ。


 使えなくなっている彼の能力のこと。“遺産”のこと。暴動の話。


 この世界は彼が見てきたものとは違う側面を見せ始めていた。

 仲間と協力して、困難に立ち向かって、それに打ち勝っていく。そういうゲームだったので、世界もそういう風に動いていると思っていた。ここは愛と友情と数学的な数字で大抵の問題が片付いていくプログラムされたゲームの世界だと感じていた。戦争が終わるころまでは。



 “仲間”たちと冒険をして、少しは大人になった気でいたことが恥ずかしかった。リードはこの世界のことが何もわかっていなかった。兄姉に子ども扱いされて当然だった。


 仕事場はまた明かりがともっていた。兄がまた来ているのだろうか? リードは回れ右をして帰ろうかと思いながら、扉を開けた。


「リード様、何をしていたのですか!」

 扉を開けると、副官のムラが飛んできた。


「何をしていたって、何かあったのか?」

 いつも気力の抜け落ちたような男が、焦っていた。


「なにが、って、大変なことが起こったんですよ。都中大騒ぎしてるのに、どこ、行ってたんですか!」


「だから、何があったんだ?」


「第三王子のヘンリー様が、大けがをされたんですよ。緊急の招集がかかっているんです」


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