1 焚書
目の前で派手に火が燃えていた。
たくさんの男達がせっせと薪を運んで、広場中央のたき火にくべている。
いや、薪ではない。本だ。
「ちょっと待った」
リードは、焦って声をかけた。焦りすぎて馬から落ちそうになったくらいだ。ずり落ちそうになる眼鏡を押し上げる。
「おまえ達、何をしてるんだ」
作業中だった男達は仕事の手を止めて彼を見上げた。
「なにってここの評議員様の命令で、悪魔の書を燃やしてるんですよ」
悪魔の書だ? いかにも高価そうな本が次々と運び込まれていた。高価だが、ただの本だ。
いかにも本の価値がわかっていないとわかる監督役が不思議そうに聞き返した。
悪魔の書だ? いかにも高価そうな本が次々と運び込まれていた。高価だが、ただの本だ。
「待て、待て、待て」リードは本当に慌てた。「何を馬鹿なことをしているんだ。すぐにそんなことをやめろ」
監督役の後ろにまだまだ山のような本がつんであった。無造作に湿った広場に積み上げられている。
「そんなことを言われましても」作業をしていた男達はとても困った顔をした。
「お偉方が来るので、それまでに燃やせ、という命令でして…何でも、あやしい書物は始末しろという上からの命令だそうで」
「誰だ、そんな命令を出した奴」めまいを覚えた。
「評議員様です」
「まて、まってくれ。私も評議員だ。私の名前はリード・ヴィオラ。知っているかもしれないが、ヴィオラ公の息子だ」
たぶん、ここまでいえば彼が何者かわかってくれるはずだ。
今のリードはかなり特徴的な外見だった。薄紫の髪というこのファンタジーの世界でもめったに見ない髪の色に紫色の瞳、まっすぐな髪を無造作にまとめたどこか冷たい印象を与える眼鏡をかけた男、それが“ゲーム”の中のリード・ヴィオラだった。今の“彼”も外見上はゲームのキャラそっくりのはずだ。
「これは、これは、若様」戸惑ったように男は声を高めた。「お噂はかねがねお聞きしています。しかし、この本を処理するようにと命じたのは、評議会の書記テラとかいう評議員の方で……」
「彼らのことは知っている」リードは努めて冷静にふるまおうとした。「彼らとは、その、ちょっとした行き違いがあったのだ。ここにある本は貴重なものだ。だから……」
「それは、領主の息子としてのお言葉ですか?それとも、評議会議員としてのお言葉ですか?」
作業をしていた男たちが息をひそめるようにしてこちらを見ている。
何が正しい言葉なのだろう。リードは必死で知恵を絞った。
「評議員として私の言葉であり、この土地の守護一族の言葉でもある」リードは告げた。「この本は貴重なものだ。即刻元の場所に戻すんだ。あー、残っているものはだ」
彼は赤々と燃えている本を見つめた。本が燃えているのを見るのは腹の底がよじれるほど苦痛なことだった。リード・ヴィエラという人間にとって本は幼いころからの友であり、すべてを忘れて逃げ込める安全地帯だったのだ。
彼は深く“仲間”を恨んだ。彼と同じように“プレイヤー”としての人格を抱えているいわゆる“転生者”のことだ。いくらこちらとここの思想が違うからといって、なかったことにするのは知性に対する冒涜だ。
男達は、何事もなかったように無造作に積まれた本を逆回しのように元会った場所に運び始めた。良かった。内心リードはほっとする。何がここで正しくて、間違っているのか、いまだ彼は判断できかねている。
それからのリードは忙しかった。他の評議員の残した無茶苦茶な指示の後始末に追われたのだ。ちょうどいいところに来たといわんばかりに、会議室のような部屋に押し込められ、不満をぶつけられる。
「神官達を拘束しておけだって?」彼は椅子から転げ落ちそうになった。「薬屋を連れてこい? 一体彼はなぜそんな命令をだしたんだ?」
「さぁ」
わたしたちのほうこそそれが知りたいといわんばかりの町の有力者に囲まれて、リードの頭は白くなる。彼の知る限り評議会でそんな決定がなされたことはなかったはずだった。
テラちゃんの独断だろうか。なんとしてでも彼を捕まえて話を聞かなければ。
「その命令は保留にしておいてくれ。テラ殿は、それで、どこにいるのだ。彼に話がききたい」
「テラ様は、小ヴィエラ様に話があると町を出て行かれました」
「兄上のところへか」
最悪の展開だった。許されるのなら寺ちゃんをすぐにでも追いかけて行って引き戻したい気分だった。だが、そういうわけにもいかない。寺ちゃんの残していった指示はほかにもあり、その対応にリードは追われた。
「なんで、君たちはこんな無茶苦茶な指示に従っているんだ」
同じ評議員であるリードにも理解不能な指示が多かった。
「“革命”評議会の指示だと評議員様たちはおっしゃられました」
「は? “革命”?」いつの間にそんなものに足を突っ込んでしまったのか?
彼の“仲間”が作った組織はただの評議会であり、そんな物騒な枕詞はついていなかったはず……
「“革命”は忘れてくれ」
「はい……ところで、カクメイって何なのでしょうか」
「………」
くたびれた。結局この町に来たのは寺ちゃんたちの不始末の後始末をつけるためのようなものだった。これだから、いやな予感がしたんだ。
リードの予感は正しかった。
寺ちゃんとその一派は“仲間”たちの中でも過激な主張をするグループだった。主流である攻略対象者の“仲間”よりもずっと向こう寄りで、かなり厄介な問題を起こす一派だ。
リードはここで彼らと話すはずだった。でも、肝心の元凶には会えていない。今のリードはその残った影を相手に格闘しているようなものだった。
すでに日は暮れている。この時間に町を出ることは危険だということは常識に欠けるリードでもわかっていた。寺ちゃんたちと違って、そう、寺ちゃんたちはかなりの規模の集団になっていた、リードの供回りは一人しかいない。
その供回りのラルフはすでに粛々とこの町に泊まる準備をしていた。彼はリードが小さい時からついている供回りで、リードの性格をよく把握していた。ほんの数歳離れているだけのはずだが、年の割には老けて見える。性格もずっと大人びていた。
「兄上のところへ先ぶれを出してくれないか?」リードはラルフに頼んだ。
「兄上のところへ行かれるのですね」意外そうにラルフは問いかえす。
「なんだ? 礼儀を失する行為だろうか?」
「いえ、リード様が兄上を頼られるというのが意外でした」
本当は行きたくないんだ。それこそ、親子ほど年の離れた長兄のことは苦手だった。それを言うならば苦手ではない家族は誰一人としていなかったのだけれど。
これからのことを思ってリードはため息をついた。




