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少しして、リレイアン新たに入れなおした紅茶とクッキーをもって戻ってくると、ミレティアに勧めた。一口クッキーを食べると懐かしい味がする。ミレティアが驚いてリレイアンの顔を見ると、見守っていたリレイアンと目が合った。
「これ……」
「覚えていてくれたのかい。
嬉しいな」
その言葉にミレティアはやはり、と思った。まだ母が生きていたころ、リレイアンがよく手土産にもってきてくれたクッキーと同じ味がしたのだ。
「フランシア様がこのクッキーをとても好きでね。
昔はよくあの家に持っていったな……」
しばらく、クッキーと紅茶を楽しみ、ミレティアが落ち着くとリレイアンはさて、と話を切り出した。
「これからのことなんだが。
昨日も言ったとおり一階には絶対に行かないでくれ。
もし追手がきたら、一階に行くと逃げることができないからね。
それと、少しついてきてもらっていいかな」
そういうとリレイアンは立ち上がり、一つの扉を開けた。それは二階にある三部屋の中で唯一使われていない部屋だった。
「この部屋の奥の壁、ここは裏側の家に続いている。
もし追手が来たらすぐにここに来てくれ。
そして、裏側の家の玄関から外に出て、逃げる。
わかったかい?」
ミレティアはうなずいて、そっと壁を押してみたが、一向に動く気配はなかった。
「ここをね、押すんだ」
ミレティアが押した場所の左下、少しだけ木の様子が他と違う場所を押すと今度はするりと壁が回転した。向こうを覗いてみるとこちら側とあまり変わりはなかった。
「追手が来なくても、あと数日したらここを出て田舎へ行こう。
ここは王都だからね、いつ見つかるともわからない」
まっとうなリレイアンの意見にミレティアは一つ不思議に思ったことがあった。
「……どうしてお母様は王都の残られたのでしょうか?
下町といっても王都なのだから、逃げてきたにしてはおかしいわ」
不思議そうに言ったミレティアにリレイアンは苦笑していた。
「そこは、まあ、フランシア様の優しさだね。
当主の役目を放棄したと言っても、この国を見捨てることに何も思っていなかったわけではない。
自分が少しでもこの国の中心地に近いところにいることで、被害を軽減していたのではないかな。
だからこそ、フランシア様がサンタリア家を出た後でも急激に被害が出なかったんだ。
娘のためを思って家を出ることはできても、完全にこの国を見捨てることができなかったフランシア様が悩んだ末に出した解決策、ということだね」
その言葉にミレティアは再び混乱した。結局、ミレティアが王都を離れてしまっては、その努力も意味がなくなってしまうのだ。ミレティアは、フランシアは何をしたかったのか、一度会って問いただしたくなったか、もうフランシアはいない。
もし、この国を守りたいと、そう考えてとった行動ならば自分が田舎に行ってしまうと国はどうなるのだろうか。そう考えるだけでも、恐ろしかった。
自分はどうするべきなのか、ゆっくりと考える時間が欲しいと、ミレティアは思った。
「お昼、食べられそうかい?」
少しすると、リレイアンはそうミレティアに問いかけた。正直あまり、お腹はすいていなかったのだが、何か食べなければいざというとき動けない。そう思いミレティアは少しなら、と答えた。
ミレティアの返答をうけ、リレイアンは台所へと向かう。本来なら、朝食同様自らがリレイアンにご飯を作りたかったが、今は無理そうだった。
「どうぞ、召し上がれ」
その言葉にうつむいていた顔を上げると、ヨーグルトにサンドウィッチなど、軽く食べることができそうなものが並んでいる。リレイアンの心遣いに暖かい気持ちになりながら、ミレティアは早速食べ始めた。
やはり、これらも元が高級食材、とてもおいしい。思わず笑顔になったミレティアにリレイアンはほっとした。
「しばらく、自分の部屋で休んでいるといいよ」
ミレティアは昼食後の、そんなリレイアンの言葉に甘えることにした。とにかく一度落ち着きたい。
自室となっている部屋の扉を開け、ベッドに寝転ぶと思わずため息がもれていた。リレイアンから一度に聞いた情報量が多すぎる。それらをミレティアはしっかりと理解しなければならないのだ。
(今まで知らなかっただけで、本来ならば生まれてすぐに背負わなければいけなかった責務。
その重さに、本当は音を上げたい。
耳をふさぎ、叫んで、何も聞こえない、何も知らないと言えればどんなに楽でしょう?
お母様、どうして何も教えてくださらなかったの?
私はどうしたら良いのですか?)
止まらない思考に、ミレティアの目に涙が浮かんでは枕にしみていった。そっと、ペンダントを取り出すと、それはいつもと変わらない。こんな状況でも変わらず、わずかな光でキラキラと光るそれを、ミレティアは始めて要らないと思った。
これさえなければ、自分が当主であるなんて言われないのに、と。
母の形見ではあるが、これには何百年と続くサンタリア家の歴代の当主の想いがこもっているということだ。そのようなものを自分が何者なのか、役目とは何か知らない自分が持つことが、ミレティアはひどく滑稽に思えた。
それでも、どんなに重く感じても、ミレティアにはこのペンダントを捨てることなど決してできないのだ。




