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「さて、落ち着いたかい?」


「申し訳ありません、兄様。

 もう、大丈夫です」


 そういうミレティアの顔はまだ青ざめていてとても大丈夫とは思えなかった。リレイアンはそんなミレティアを辛そうに見ていたが、今の状況では、これ以上待っているわけにもいかなかった。


「続きを話してもいいかい?」


 優しく話しかけるリレイアンにミレティアは何とかうなずき返した。


「では続けるよ。

 サンタリア家では現在、正当な当主を失っているわけだが、いつまでも当主不在でいるわけではいかない。

 そのため、私たちの叔母、フランシア様の妹であるカトレア様が仮の当主となっている。

 他家はサンタリア家が永久公爵家であることは、建国当時からなため一応認めているはが、当主がどのような役目をおっているか知らない。

 そのため、失脚をもくろむ輩も多い。

 やはり邪魔なのだろうな、サンタリア公爵家という大きな力が。

 他家に隙を見せないためにも早急に代役を立てる必要があった。

 そこで選ばれたのが我らが叔母だったわけだ。

 まあ、仮の当主ということで『役割を果たせぬ当主』、『劣った当主』と周りからは冷たい目で見られたことで、叔母上は相当フランシア様を恨んでいらっしゃる様子だが……」


 リレイアンはそこまで言うと、と言葉をきりコーヒーを啜った。その顔は暗い。


「お母さまは、そうなるとわかってらした上で家を捨て、役目を放棄されたのですか?」


 ミレティアは聞かずにはいられなかった。ミレティアにとってフランシアは慈愛に満ちた人だった。

 そんな母が、妹がそんな目に合うとわかっていて家を出たとはミレティアにはどうしても信じることができなった。すがるような目でこちらを見るミレティアに、リレイアンは何も答えない。


それは、無言の肯定だった。


「これは私の勝手な憶測だが、フランシア様はティアの自由を選んだのだと思う。

 妹が家に縛られ、人からの目線に、評価に苦しむことは分かってらしたはずだ。

 しかし、ティアが、可愛い娘が自分と同じように、逃れることのできない運命に縛られることが耐えられなかったのだろう」


「ですが!

 ですが、それではまた別の方が縛られてしまうのでしょう?

 ならばその行動にどのような意味があるのでしょうか?」


 信じていた母の像が崩れるのを感じながら、ミレティアは叫んでいた。そんなミレティアの様子にリレイアンは動じず、あくまで冷静だった。


「ほかの者が縛られると言っても、それは正当な後継者よりもはるかに軽いよ。

 なにせ、代わりはあくまでも代わりだからね。

 正直、一族の女性なら誰でもいいんだ。

 でも正当な当主は違う。

 ティアはフランシア様がどのようにお暮しだったか知らないから、フランシア様の行動がひどいものに感じてしまうんだよ」


 リレイアンの言葉にミレティアは何も言い返せなかった。自分がいかに母のことを知らないか、ミレティアは昨日から何度もその事実を突きつけられていた。


「それに、ティアのその容姿では、両家がもめただろうし……。

 フランシア様は本当に困ったお方だ」


 そう言いながらもリレイアンの顔にはいかにフランシアのことを敬愛していることがはっきりと見て取れた。そんなリレイアンがつぶやいた言葉はミレティアには届かなかった。


 ミレティアは一度、大きく深呼吸するとリレイアンを見て、続きを促した。すでに頭の中は大混乱だが、すべて聞かなくてはいけない、ミレティアはそんな気がしていた。

 そんなミレティアの意思を感じてリレイアンは再び話し始めた。


「とりあえず、叔母上には十分気をつけてくれ。

 正直、君に何をするかわからない。

 あと、私の父であり、君の叔父であるソラトレンは油断してはいけないが、警戒もそれほどしなくていいと思う。

 まあ、いわゆる毒にも薬にもならない人というか……。

 私がフランシア様と会っていると感づいていてもおかしくないが、何かを言ってきたことはない。

 それに助けられたわけだから、結果的には良かったけどね。

 この二人とフランシア様が、二代前の当主であるフィミリア様の直系の子供だ。

 現在のサンタリア家を支えている方々でもある」


「カトレア様、ソラトレン様、フィミリア様……」


 聞いたばかりの名前をミレティアは必死に覚えようとして、つぶやいた。そんなミレティアの様子を優しく見守りながら、リレイアンは話を続けた。


「現在のサンタリア家について重要なのはこのくらいかな。

 そうだな、歴代の当主がどのような暮らしをしているのかも、知っている限りで説明しておこうか」


 リレイアンのその言葉にミレティアはびくりと反応した。歴代の当主がどのような暮らしをしていたのか……。それは母であるフランシアのことが分からなくなってきていたミレティアにとってとても重要なことのように思えた。


「当主の第一子は何故か女子と決まっている。

 そして、そのあと何人か兄弟を生む方もいらっしゃるが、長女以外に当主となれる資質を持つ方は生まれない。

 理由はわからないが、そう決まっているんだ。

 生まれた長女はすぐ母親と離され、厳選された乳母の元、育てられる。

 親子の関係など基本的には存在しないし、乳母は次期当主となる方を正しく育てられるかを重視するので、愛情をあまり注がれずに育つんだ。

 十二歳にもなれば、他の子どもは学園に通い始めるが、当主は役目を優先されるので本当にたまにしか通うことができないと聞く。

 大抵の方が十歳ほどに当主の座を引き継ぐから、同年代からも孤立していくみたいだ。

 周りからはただ役目を果たすこと、後継を残すことのみを期待されて成長するんだ。

 そんな状況の中、家を、周りを恨んでもおかしくないのに、なぜか歴代の当主たちは皆穏やかで、慈愛にあふれていらっしゃるんだ。

 フランシア様もそのような状況でお育ちになった。

 きっと、それを娘にも課すことがあのお方はできなかったんだ」


 ミレティアはただ言葉を失っていた。自分に多くの愛情を注いでくれた母がそのように孤独な状況で育ったと、考えたことがなかったのだ。

 空になってしまったカップを持って、リレイアンが立ち上がる。目の前の同じく空になっているカップを持ちあげられても、ミレティアは何の反応も返せなかった。



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