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うなだれるミレティアの頭をリレイアンは愛おしそうに撫でてから、真剣な目で尋ねてきた。
「ティア、君の母様から頂いたペンダントをしっかりと持っているね?」
「ええ、もちろん」
答えながらミレティアは服の中から首に下げていたペンダントを取り出す。家に入ってくるわずかな日光を反射してペンダントはきらきらと光っている。一目見るだけで下町暮らしの少女が持てるようなものではないことがわかるペンダント。
母から譲り受けた形見であるこのペンダントをミレティアは何よりも大切にしていた。
「良かった。
……ティア、本当にすまない。
今は何も聞かずに荷物をまとめてくれるかい?
もう、ここにはいられないんだ」
突然言われた言葉にミレティアは固まった。このような無茶な要求をされたのに驚いたのもあるが、リレイアンの追い詰められた表情を見たのは初めだったのだ。いつもと様子が違うリレイアンに従いたかったが、それでもミレティアは納得がいかない。
生まれたときから住んでいたこの家は小さく古いが、すべての思い出が詰まった大好きな場所だった。もう二度とえることができない母との思いでもあることから、ここから離れるなど考えたことがない。
「どうしてなの、兄様。
そんなこと、急に言われても……」
不安と不信が混ざったようなミレティアの様子にリレイアンは申し訳なさそうに話した。
「ティア、ちゃんと説明するから。
お願いだから今は言うことを聞いてくれないか。
本当に時間がないんだ」
納得はいかないが、見たことがないリレイアンの様子にミレティアはしぶしぶ動き出す。 その様子にリレイアンは安堵した。
ミレティアを申し訳なさそうに見つめていた瞳はもう窓の外に向けられている。
「兄様、準備ができたわ」
少ししてミレティアは一つのバッグを抱えリレイアンに声をかける。リレイアンはうなずくとミレティアの手を引いて歩き出した。
「ティア、それだけでよかったのかい?
多分もあの家には戻れないよ」
リレイアンがミレティアに話しかけてきたのは、家からしばらく歩いたところで待っていた馬車に乗り込んでからだった。リレイアンの言葉にミレティアは小さくうなずく。
「ねえ、兄様。
いい加減話してくださらない?
何があったの?
どうして私はあの家を離れなくてはいけなかった
の?」
リレイアンが話しかけてきたことでもう話していいのだと思ったミレティアは矢継ぎ早に疑問を口にした。
リレイアンは一つ息をつくとそんなミレティアの瞳をまっすぐに見つめた。
「ティア、これから言うことを真剣に聞いてくれ。
すべて真実を言うから」
リレイアンの様子に驚きながらもミレティアはしっかりとうなずいた。
そして、リレイアンの口から語られたのは、ミレティアが想像もしたことがない事実だった。
「このスタリーン王国は王族のほかに貴族階級が存在する。
その頂点に存在するのが、永久公爵家であるサンタリア家だ。
ここまでは知っているね?」
ミレティアはすぐにうなずいた。それはこの国の常識で小さな子供でも知っている。何をいまさら……と思いながらもミレティアはリレイアンの言葉の続きを待った。
リレイアンはそんなミレティアを気遣うように優しい声で話を続けた。
「君はね、ティア。
この一族の一人なんだ。
それだけじゃない。
前当主であった君の母、フランシア様から家を継いでいる。
つまり、その意識がないとはいえ。実は君が現当主だ。
そのペンダントが何よりの証拠だ」
そういうとリレイアンはミレティアがかけているペンダインを指さした。
「えっ、それってどういうことですか?
下町で育った私がサンタリア家の当主だなんて……。
信じられるわけがないわ」
何を言っているのか分からないと、混乱のままミレティアは首を傾げた。リレイアンはそんなミレティアの頭を優しく撫でた。
「信じられないかもしれないけど、本当なんだよ。
ティア、すまない。
本当は一生、この話を君にするつもりはなかったんだ。
それがフランシア様の願いでもあったからね」
「母様の?」
「ああ。
君がサンタリア家に、役目に縛られることがないように、と。
フランシア様は歴代当主の中で最も自由を愛したお方だった。
でも、当主はその特殊な役目のために、自由に外出するなんてできない。
そのためにフランシア様は家を出たんだ。
役目をすべて放棄してね。
今、一族も王族も君を必死になって探している」
「王族?
どうして王族も私を探しているの?」
「今、この国の土地が枯れ始めているのを知っているかい?」
「ええ。
市場でいつもより果物や野菜が採れないっていう話を聞いたわ」
「それはね、フランシア様が役目を放棄したことと関係しているんだ。
当主の詳しいお役目は本人以外知らない。
しかし、それがこの国の繁栄を支えていることを一族と王族は知っているんだ。
本来なら、役目の話は母から娘へと伝わるはずなんだが、きっとフランシア様は、君にこのことを話したくはなかったんだろうね。
でも歴代のなかで何も知らない当主がいなかったわけではない。
皆、役目を行う場所に連れて行くと自然と理解したようだよ。
とにかく、そんな理由で君は探されている。
きっと見つかればフランシア様のときよりも厳しく見張られることだろう。
だから、君は逃げなくてはいけないんだ。
少なくとも当主の仕事に就くことに納得できるまではね」
「兄様……。
もしかしてこうして私と共に行動するのはとてもまずいのではないのですか?
兄様もサンタリア家の一員なのでしょう?」
「そうだね、まずい。
でも、そんなことはどうでもいいんだ。
僕がティアに会いに行っていたことはもう一族に知られているだろうからね」
ミレティアが再び口を開こうとしたとき、今まで順調に走っていた馬車が止まった。リレイアンは着いたようだ、とつぶやくと馬車を降り、ミレティアに手を差し出す。
馬車を降りると日の光が建物に遮られた外は薄暗かった。
リレイアンがそんな道を迷わず進みだすと、ミレィアは慌ててそのあとをついて行った。




