閑話 カトレアの心
カトレアの視点になります。
昔は、大好きだった。フランシア姉様のこと。お母様は、あまり私たちにかまってはくださらなかったし、何よりも早くに亡くなられたから正直あまり覚えてない。
お兄様はまあ、嫌いではないけれど、そこまで仲が良いわけではなかったから。
そんな家で、フランシア姉様だけは違った。姉様はいつも優しくって、よく遊んでくださった。当主としてやらなければならないことが。山積みであったのにも関わらず、よ。
年も大分離れていたから、私にとって姉であり、母であった。
でもある日、突然いなくなってしまった。始めはなにが起きたのか理解できなかった。
朝から屋敷中が騒がしいなと思っていたら、侍女が慌てた様子で部屋に入ってきた。
「カトレア様!
フランシア様をご存じありませんか?
朝からお姿が見えなく……」
私が呆然としていたからだろうか、侍女は私が何か言う前に部屋を出ていく。少しすると兄様が入ってきた。
「カトレア、姉様がいなくなったようだ。
現在、屋敷の者総出で探しているが心当たりはないか?」
「兄様?
何を言ってらっしゃるの?
姉様がいなくなったなんて」
私の混乱した様子に、哀しみを含んだ瞳で兄様はこちらを見てきた。どうしてそのような瞳でこちらを見るのですか?
これは夢ではないのですか?
また来る、そう言って兄様は部屋を出ていった
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あれからどれほど経っただろうか。結局、姉様は帰ってこなかった。
食事を用意したという侍女の言葉に食堂へ行くと、兄様一家がもう座っていた。私もそろそろ結婚することになっていたのだ。ずっと婚約していた侯爵家の三男と。
そして、姉様を支えながら、兄様のように子供を産んで幸せな家庭を築いていくのだと。そう信じて、いたのに。
私を、サンタリア家を、裏切ったの?
姉様……。
……ゆるさない。
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あれから、近親の親戚が集まり緊急会議を開いた。姉様のことを探すのは続けるが、その間当主不在をどう補おうか、と。
そこで、白羽の矢が立ったのは直系の娘である私だった。私は嫌だ、と言ったもののもちろん受け入れてもらえない。
姉様のようになれないなんて、始めからわかってていて当主の座につくなんて嫌だったのに。私はそのとき、泣いていたと思う。
当主の座を交代するとき、通常はその証であるペンダントも継承する。たが、姉様はそれを持って失踪してしまった。
本当に、なぜいなくなってしまったのか、と親族たちは首を捻っていた。何不自由ない暮らしをしていただろうに、と。
その言葉にも腹が立った。姉様のことをなにも知らないくせにって。あの暮らしは不自由ばかりだったと私は知っている。
それでも、何も言わずにいなくなったことは許せない。
もう、私の心はよくわからなくなっていた。
爺婆が行けばいいのに、妹の失態でもあると陛下への報告を私になすりつけてきた。そんな私を不憫に思ったのか、兄様もついてきてくれたけど。
陛下に報告すると、まず顔を真っ赤にして私たちを怒鳴りつけてきた。
「そなたらはフランシア殿と共に暮らしていたのであろう!?
なぜ防げなかったのだ!
このようなこと、起きたことはなかったのに」
そして、少しすると今度は真っ青な顔になった。
「ああ、この国はどうなるのだ?
サンタリア家の当主が居なくなるなど……。
早く探しださなければ。
その間はカトレア殿が当主を務めるのか。
しかと、己の役目を果たせ!
良いか、しかとだぞ」
そのようなことを言われても、である。当主の役目など知らないし、自分ができることではないのはわかりきっているではないか。
そして、本当に自分が当主になることになり、それを周囲に報告すると、予想通りざわついた。貴族の筆頭であり、最も古い血筋であるサンタリア家の当主が初めてこのような形で交代したから当然である。
この頃には、もうすっかり私は冷め切った目で周りを見るようになっていた。一応扉の前で血を垂らしてはみたが、びくともしなかった。
これは、以前姉様に頼み込んでペンダントを開けようとしても開かなかったからわかりきっていたことだが。
私の結婚は先延ばしとなった。
そして、当主となって少ししたころ、兄様だけは変わらずに接してくれたが、私は周囲から冷たい目で見られるようになった。当主なのに役目を果たすことができない、代わりは所詮代わりか、と。自分で望んだわけではないのに、そっちが勝手に押しつけたくせに。
私の恨みはたまっていくばかりだった。そんな様子をみて、婚約者側が私との婚約を破棄してきた。
そんなレッテルを貼られた女性に息子はやれない、と言って。
夢見ていた生活を何もかも奪われて、姉を恨まずにいられようか。
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姉様の捜索はいっこうに進まなかった。うまく逃げられたようで、一年経ったころにはもう亡くなっているのではないかと噂された。
捜索も打ち切って、一生こんな状況で生きていかなくてはならないのかと、私は絶望した。それでも、姉様への恨みを糧に生きていた。
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あれから何年経っただろうか。いつの間にか、陛下も変わっていた。もう、思い出したくもないから忘れてしまった。
始めの方は何も起きなく、役目が行われなくても大丈夫じゃないか、と安心した頃変化が起きた。
国の土地が徐々に枯れ始めたのだ。
つまり、それが役目を果たせなかった代償だった。周りが焦り始めて、もう一度大規模に捜索しようという話があがってきた頃だろうか。
突然私にリレイアンが怪しいと進言した者がいた。リレイアンがこそこそと、どこかに行っているのは知っていたが、好いている人のところだろうと気にもしていなかった。
一応調査をさせると、下町のある家に度々訪れていることがわかった。しかも、生えている木から魔力を感じるという。すぐにその家に、魔法を扱える特殊部隊を向かわせた。
しかし待っていた報告は、その家にもう住民はいないというものだった。だが、どうにも住んでいたのは少女一人であったと思われると言われた。同時にリレイアンも姿を消したという。
そこで確信を得た。もう新しい当主は生まれていて、今リレイアンが連れて逃げているということを。
それはすなわち姉様はもう亡くなっているということだが、悲しいとは思わなかった。そちらの捜索をさせつつ、リレイアンの行方を追わせた。
息子のことなんだからと、兄様にも声をかけたがあまり期待はしていない。
サンタリア家の名をだせば、下町の者はすぐに口を割るだろうと思っていたが、誰も何も話さないと聞いたとき、一瞬視界が真っ赤になった。どうして、そう人々に愛されるのか、と。
この家でも未だに姉様のことを信じている人が居ることは知っていた。見たこともない姪が、余計に憎らしく思えた。
特殊部隊に捜索を行わせて数日、ようやく姉様の子が捕まったという報告があがった。輝くような銀の髪で当主となる器に違いないという報告と共に、もう一つ衝撃的なことを告げられた。
その子が蒼の瞳を持っている、という。
殺してやりたい、そう思った。
蒼の瞳を持っているということは、姉様と王族の直系の辺りの子供ということになる。それは互いの血筋を守るため、禁止されたことだった。王族の血を持つ者と当主が結ばれることはあるが、それは瞳の色が変わる程度離れた者とだけ。
この子は姉様が禁忌を犯してでも、愛した人との子供ということだ。
私の幸せを奪っておいて!
だが、国のために殺すことはできない。一度、姪が眠っている部屋に訪れたが、すぐに姪の前を離れた。
あれから当主の座をミレティアに譲った。そんな座に何の未練もなかったから譲ることに何も思わなかった。姉様にそっくりな顔に蒼の瞳をもつあの子とどう付き合えというのだろう。
ああ、私に笑って過ごせるような、幸せな未来は訪れるのだろうか。




