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陛下に謁見する日、ミレティアは朝から大忙しだった。朝食後、すぐにやってきた侍女たちによってミレティアは飾り立てられ、今まで以上に装飾がはっきりとした、フリルが程よくあしらわれたドレスを着せられた。怒涛の準備が終わると、カトレアが待っているという玄関ホールへ向かう。カトレアも以前より美しく飾っていた。
共に馬車に乗り込むと、気まずい時間が流れた。どちらも一言も発さない。カトレアが何も言わないのは、ミレティアと話したくないからだが、ミレティアは違った。
とにかく緊張していたのだ。
初めて王宮に行くことに加え、そこにはミレティアの父がいる可能性が高い。一度もあったことがない父に会えるかもしれないという、期待と不安が入り混じり、ミレティアは何も話せなくなっていた。
十分ほど行くと、王宮の門に着いた。サンタリア家の紋章が入った馬車に乗っているため、門はすぐに通ることができた。
「こちらで少々お待ちください」
通された部屋で、少し待っていると再び同じ人がやってきて二人を謁見の間へと案内する。
「陛下、お連れいたしました」
「入ってまいれ」
中から低めの心地よい声が聞こえてきた。扉が開けられるも、ミレティアはなかなか動けなかった。そんなミレティアをよそにカトレアはさっさと謁見の間に入っていく。
恐る恐る、あとについてゆく。
「久方ぶりです、陛下。
カトレア・サンタリアですわ。
本日は、サンタアリア公爵家の当主交代の儀を明日、執り行うこととなり、ご挨拶申し上げに参りました」
「ご苦労。
そちらの者が、新たに当主となる者か?
名は何という」
ミレティアは陛下から直接声をかけられ、緊張に乾いた喉を必死に動かした。
「ミレティア・サ、サンタリアと申します」
「なぜ、床ばかり見ておる。
顔を上げよ」
その言葉に仕方なく、ミレティアは顔を上げた。陛下の顔を見た瞬間、ミレティアには分かった。
この方が父親だ、と。
それは予想というよりも、確信だった。自分に流れる血が、この人が父親だと騒いでいた。
そんな不思議な感覚に、ミレティアは陛下の顔を見つめたまま何も言えなくなっていた。陛下の方も、ミレティアの顔を見た瞬間だけ、軽く目を見張った。
「歴代のものよりも少々成長しておるな。
今後はよろしく頼むぞ。
して、この者は役目を果たすことはできるのか?
もう、猶予はあまり残されておらん」
そういうと、ミレティアを見ていた陛下は、カトレアへと視線を移した。
「きっと、役目をはたしてくれるはずです。
その資質は十分にございますので」
そういってカトレアはにっこりと笑った。
「ならば結構。
少し二人で話したい、カトレアそなたは先に帰っておれ」
その言葉に、カトレアは少し訝し気な顔をしたが、しぶしぶ先に下がった。
「明日、決して失敗するなよ」
最後に、ミレティアにそう耳打ちして。今日はもう会う気がないという、その言葉にミレティアは少しほっとしていた。
「少し、場所を移そうか」
先ほどよりもラフになった口調で陛下はそういった。そして部下を呼ぶと別室を用意させる。別室は落ち着いた雰囲気だが、謁見の間よりも圧迫感がなく、机とふかふかのソファーが備えつけられていた。
お茶と茶菓子を置いて侍女が出ていくと、陛下のまとっている空気が一気に柔らかくなった。
「さて、ミレティア。
気が付いているかもしれないが、私は血筋上の君の父親だ。
今更、父だと名乗るのもおこがましいかもしれないが……。
だが、一度でもいい、抱きしめさせてくれないか?」
手を広げた陛下に、ミレティアはすぐに抱き着いた。ミレティアに父親はずっと、いなかった。
特に母がいなくなった後、ミレティアは何度も父親のことを考えた。自分のとこを会いたくないほど、嫌っているのではないか、と。
しかし、今痛いほど強く抱きしめているこの人からはそんな感情は一切感じられない。ミレティアは思わず涙を流していた。
「っ、すまない、痛かったか?
人をこのように抱きしめたことなどないものだから、加減が分からず……」
ミレティアが見上げてみると、おろおろとした表情でこちらを見ている。それが何だかおかしくて、ミレティアは思わず、ふふと笑っていた。
「いえ、そうではございません。
……私はずっと父親に顔も見たくないほど、嫌われていたのかと思っていたのです。
お母様は何も教えてはくださいませんでしたし。
申し訳ありません、お名前を教えてはくださいませんか?」
一般の者に陛下の本名を公開することはめったにない。上位貴族ともなれば本来なら皆知っているものだが、ミレティアは下町育ちであり、知らなかった
そのことに少し唖然とした後、陛下は優しく笑った
「僕の名前は、フィカルト・ムンカレだ。
僕が君を嫌いだなんてありえないよ。
ミレティア、本当はずっと会いたかった。
でも、状況がそれを許さなかった。
フランシアが家を出たと聞いた瞬間、僕には僕との子をはらんだんだとわかった。
本来なら一緒に相談したかったが、フランシアは僕には何も言ってくれなかったんだ。
それは、すべて僕の責任だ」
そういうとフィカルトは辛そうに視線を落とした。
フィカルト・ムンカレ様、そうミレティアがつぶやくとフィカルトはさらに落ち込む。
「あの、フィカ、……お父様?」
ミレティアがそういった瞬間、フィカルトは顔をばっと上げて、もう一度言ってくれないか? と言う。
「お父様?」
照れながら、ミレティアがもう一度そういうとフィカルトの表情は一気に明るくなった。
「ミレティアは、フランシアによく似ている。
娘がこのように可愛く育っていてくれて、嬉しいよ。
だが、この瞳は……、僕に似てしまったな。
こうなると予期できたからこそ、フランシアは何も言わなかったのだろうな。
生まれた赤子を見て、瞳が蒼だったら、一体どうなっていたことか」
父にすら瞳の色をほめてもらえず、ミレティアは落ち込んだ。もともと、ミレティアはフランシアが綺麗だと褒めてくれたこの蒼の瞳も、フランシア譲りの銀の髪も大好きだった。
しかし、近頃瞳の色は悪く言われるばかりで嫌な気持ちになっていたのだ。落ち込んでしまったミレティアの様子に、フィカルトはいち早く気が付いた。
「いや、ミレティアのその瞳の色が悪いのではなく、
逆に僕の色を引き継いでくれてうれしい!
ただ、その、周りはいい顔をしないだろう。
君のその容姿は、サンタリア家とムンカレ家の直系の血を引いていることを意味している。
両家はもともと巨大な権力を持ち合わせているから、それが増すようなことを連中は喜ばない。
それに加え、サンタリア家の当主筋と王家の直系が交わってはいけなという決まりは両家の中枢しか知らないが、もし、生まれたばかりの君の瞳を爺、婆たちが見たら、すぐに殺そうとしていたかもしれない。
だからこそ、フランシアは君がお腹にいるとわかったとき、すぐに家を出たのだろな」
その言葉にミレティアはぞっとした。
「なぜ、なぜ、生まれたばかりに私の瞳を見たら、殺そうとするのですか?
それに前、カトレア叔母様が私たちの血筋は龍神様による加護を賜っているとおっしゃっていましたが、どのような意味ですか?」
「それは、サンタリア家の正しい当主がいなくなったことがなかったために、当主の役目がこの国にどのように影響を及ぼしているのかよくわかっていなかったのだ。
当主の役目がこの国に繁栄をもたらしている、これは両家にとっては周知の事実だが、影響力はそうでない。
しかし、フランシアが役目を放棄して十数年、我が国は衰え始めている。
特に影響が出ているのは、農作物の件だ。
結果的に、フランシアの行動に我々は救われたという意味だ。
それに、龍神様の件だが、それはいずれわかるだろう。
その時を待っておれ」
真剣なフィカルトの声にミレティアもつられてうなずく。
「そうだ、一つ先に言っておくことがある。
大変申し訳ないのだが、僕とミレティアが親子ということは周りには秘密にしてくれ。
感づいているものは多いが、決して確信させてはならない。
約束してくれないか?」
「分かりましたわ、お父様」
すまない、とフィカルトはもう一度言うと再びミレティアを強く抱きしめた。
「そろそろ、行かなくては……。
これからよろしく頼むな。
明日は頑張ってくれ」
「はい!」
ミレティアが笑顔で力づよく答えると、フィカルトも嬉しそうに笑った。




