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「ここ、は……」
ミレティアが目覚めると、見覚えのない天井が見えた。まだ、ぼんやりとする頭で周囲を見回すと、自分が広い部屋にあるふかふかのベッドに寝ていたことが分かった。ミレティアの着ているものも変わっていて、すべすべとした肌触りの高級品のようだった。
そっと寝台から出て近くの窓から外を覗くと、地面が遠い。
(ここは、三階ぐらいかしら……)
おそらく、サンタリア公爵家の屋敷にでも連れてこられたのだろう、ミレティアがそんなことを考えていると、ノックの音が聞こえてきた。返事をすると、眼鏡をかけ髪を高く結った厳しそうな女性が入ってきた。女性はバターの良い香りがするクロワッサンと紅茶が載せられた銀のトレーを持っている。
「お目覚めですか、ミレティア様。
朝食をお持ちいたしました。
どうぞお召し上がりください」
「あの、あなたはどちら様?」
「申し遅れました、私、侍女のマリアンナと申します。
ミレティア様専属の侍女でございます。
何かご要望がございましたら、何なりとお申し付けください」
マリアンナは一礼すると、手早くミレティアが朝食を食べられるように場を整えた。マリアンナの態度はまさしく主人に対するそれなのだが、親愛の情というものが一切感じられない。
ミレティアは、マリアンナが用意したものを、口にすると自分がお腹を空かしていたことに気がついた。おそらく、出来立てなのだろう。リレイアンと共に逃げていたあの場所で食べたものよりもおいしい。
品定めをするような視線に居心地の悪さを感じるものの、ミレティアのクロワッサンを食べる手は止まらなかった。そして、紅茶を飲んでみると、こちらもとてもおいしい。そして、食事を終えるとマリアンナは手早く片づけをする。
「もう少ししましたら、侍女が数人参りますのでドレスに着替えていただきます。
カトレア様がミレティア様とお会いできるのを、大層楽しみにしておいでです。
最低限のマナーはできているようですが、粗相のないようにお気を付けください」
そういうとマリアンナはさっさと部屋を出てしまう。ミレティアは、叔母が自分に会いたがっていると聞き、憂鬱な気持ちになった。
会わなくていいならば、会いたくない。一つため息を吐くも、その気持ちは変わらなかった。
それよりも、ミレティアが気になるのはリレイアンがどうなったか、だった。助けるという交換条件だったが、リレイアンの元気な姿を見るまでは安心できなかった。
「失礼いたします。
ミレティア様のお着替えを手伝いにまいりました」
数人の侍女たちがやってくると、ミレティアはすぐに着替えさせられた。侍女が取り出したドレスは、以前リレイアンがミレティアに与えたものよりもはるかに高価らしく、ミレティアは着るのが恐ろしかった。何よりも、利便性よりもデザインが優先されたドレスは、重く動きづらい。ミレティアは早くも脱ぎ去りたいという衝動を抑えるのに、苦労した。
着替えを手伝う侍女たちも寡黙で、会話らしいものはない。ミレティアはやりにくさを感じながらも彼女たちのなすがままになっていた。
ドレスの着替えが終わると、ミレティアは鏡の前に座らされて侍女が化粧を施す。それも終わると、髪を結う。人に髪を結ってもらうのはフランシアがなくなって以来だった。
「できましたわ。
大変お美しいです」
髪を結い終わると侍女はそういって下がった。ミレティアが鏡の中を見てみると、いつもよりも大人っぽい自分がいた。
「すごい……」
そうつぶやいたミレティアに、一番近くにいた侍女が少し目を見張ったあと、かすかに笑った。そこで、ミレティアはふと身につけていたはずのペンダントがないことに気がついた。
「あの、ペンダント、ご存知ありません?
ここに来るときに身につけていたはずなのですが……」
すると、侍女たちは不思議そうに顔を見合わせた。
「何を言ってらっしゃいますの?
あのペンダントはもともと、サンタリア公爵家当主の証。
当然、現当主であらせられるカトレア様がお持ちになっております。
当主交代の儀にて、ミレティア様に引き継がれるはずですわ。
さあ、カトレア様がお待ちです。
参りましょう」
フランシアから受け継ぎ、ミレティアが今まで大事にしてきたペンダントは、すでにカトレアの手にあるという。ミレティアはそれに、いいようのない不安を感じた。
サンタリア家の屋敷であるここは、フランシアの生家でもあるはずなのに、ミレティアは決してフランシアを近くに感じることはできなかった。




