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閑話 とある精肉屋の心配

視点が朝市にいたお肉屋さんのものになっています。


「どうか、どうかミーアが無事でありますように。

 そして、あの子が幸せになりますように」


 スタリーン王国で崇められている龍神の像を前に、あたしは祈りをささげていた。それは、つい先日突然いなくなってしまったミーアのため。

 なんでも、昔からよく出入りしていた男に連れられて馬車に乗ったようだ。こんな街で馬車に乗るような人は、なかなかいないからね。相当目立っていたようだが、それを聞いた時あたしはとうとうこの時が来たか、と思ったよ。


*****************

 ミーアの母、フランシアは本当に突然この町にやってきた


「あの、このあたりに安く、庭があるような一軒家はないでしょうか?」 


 店の片づけをしていたら突然そんなことを言われたもんだから、思わずまじまじとあの子を見てしまった。この辺じゃ決して見かけない銀の髪に、美しい容姿に思わず目を奪われた、ともいうが。


「あ、あの……。

 何か変なことを言ってしまいましたか?」


 困惑したようなあの子の反応に、ようやくあたしは反応をかえした。女のあたしでも目を奪われるほどの容姿に加え、少し膨らんだ腹に、上質な服、一目で訳アリとわかる。

 そんな人にも何も聞かないのが暗黙のルール。あたしはちょうどいい家があると、フランシアを近くの家に案内した。

 

「わあ、素敵な家ですね。

 ここを借りても良いのですか?」


 庭がついてはいるが、家の間取りは狭い。元お嬢様であろうフランシアにとって、決していい家とは言えないはずだが、とても嬉しそうにあの子は笑ったんだ。


「ちょいと待ってておくれ、持ち主と話をしてみるから」


 そう言って家を出ると、あたしは持ち主のところに行き事情を説明した。そいつと一緒に家へと戻ると、フランシアは律儀に同じ場所で待っていて驚いちまったよ。


 話は順調に進み、その日からフランシアはそこで暮らすことになった。


「こんな身もともわからない私に、こんなに良くしていただいて……。

 感謝の言葉しかありません。

 まだ、名前を申しておりませんでしたね。

 フランシア・サ……、フランシアと申します」


 家名を言いかけたフランシアは慌てて名前の名乗りなおすと、優雅に一礼した。

 

「あたしは、マチルダだ。

 よろしく頼むよ、フランシア」


そう挨拶すると、フランシアは見とれるような笑顔を見せてくれた。


あの日のことをあたしは一生忘れないだろう。


****************

 見るからにお嬢様なフランシアが、果たして暮らしていけるのかハラハラしたもんだが、一カ月がたつ頃、いきなり商売の相談に来たときは驚いた。なんでも、フルーツを売りたいが、どうしたらいいかわからないらしい。

 相談にのるため、久しぶりにフランシアのうちに行くと庭にいつの間にか大きな木がたっていてまた驚かされたよ。しかも実っているのはおいしそうなものばかり。普段、朝市に出回っているのとは比べ物にならないほどだった


 一から商売の方法を教えてやると、フランシアはそれを熱心に聞いていたね。ただ、出店者の名義にあたしの名前を借りたいと言われたときは、どうしようかと思ったよ。でも、フランシアのすがるような眼には抗えなくって、つい了承してしまった。

 後悔はしていないがね。


 そして、いざ商売をはじめて見ると大繁盛だった。そのころには、フランシアも町の人たちに認められていたということが大きかったのだろうが。


*****************

 ミレティアが生まれた日のことも、あたしは一生忘れられないだろう。赤子の髪は母譲りの美しい銀だったが、その瞳は……。


 フランシアは何か訳アリだろうとは思っていた。が、ここまで深刻なものだとは思っていなかった。赤子の将来を生まれた瞬間に案じることになるとは思っていなかったよ。


「この子の名前は、ミレティアよ。

 よろしくね、ミレティア」


 息も絶え絶えのフランシアが、そう言う。もともと名前は決めてあったようで、生まれてすぐに赤子の名前は決まった。


 それから、町の人たちはミレティアのことを、ミーアと呼ぶことになった。ミレティアという名前は少し言いづらいのだ。


 ミーアは、母譲りの美貌を持ちながら、とても活発で幼いころから母を手伝うようないい子に育った。


 母を亡くした後もそれは変わらなかった。フランシアがなくなったとき、あたしたちは皆嘆き悲しんだ。こんなにも若くして亡くなってしまうなんて、と。


 それほど、フランシアは皆に愛されていた。母を亡くし、落ち込んでいるミーアをどうやらよく出入りしている少年が支えたようだ。どうやらその少年はミーアの従兄妹らしい。

 あたしたちにできるのは、ミーアを優しく見守ることだけだったから正直、ミーアに拠り所があってよかった。

 

「早く、ミーアが元気を取り戻しますように」


 あの頃は皆して、龍神様にそうお祈りしていたもんさ。ミーアもまた皆に深く愛されていたんだ。


 そんなミーアは先日その少年と共にどこかへ行ったらしい。どこにいてもいいから、どうか無事でいておくれ。そしてどうか誰よりも幸せになってほしい。


あたしがそうやって龍神様にお祈りしていると急に誰かが扉を強くたたいた。面倒だったが、仕方なく開けると、衛兵の格好をした男が二人、厳しい表情で立っている。


「なにか用かい」


 あたしはぶっきらぼうにそういうと、衛兵は苛立ったように答えた。


「このあたりに、銀の髪の少女が暮らしていたはずだ。

 知っていることを全て話せ」


 衛兵の態度に今度はあたしが腹を立てた。どうして、可愛いミーアのことをあんたらなんかに教えなければいけないのか、と。


「知らないね」


「我らはサンタリア公爵家、現当主カトレア様の命で動いている。

 ここで真実を述べぬのは、サンタリア公爵家に対する冒とくと同義。

 そうと心得て返事をせよ」


 衛兵の言葉にあたしは固まった。


今なんと言った?

 サンタリア公爵家だって?

 ミーア、あんたって子は!


 あたしが思っていたよりも、フランシアが、ミーアが背負っていたものは重いようだ。


「サンタリア公爵家がそのように探されている方が、このような場所にいるわけないじゃないか。

 他を当たっておくれ」


 皮肉たっぷりに言って、扉を閉めると衛兵が何か騒いでいたが、知ったことか。


 後日聞いてみると、他の家にもあの衛兵たちはいったようだ。だが、ミーアのことを話したものはいない。

 あんな奴らに捕まってはだめだ、そう強く思いながらマチルダの夜は更けていく。


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